数年後の2人
____数年後。
コンコンコン
部屋に響くノック。扉の方を見ずに返事をすると誰かが部屋に入ってきた。しかし見ずとも分かる。
「休め」
「これが終わったら」
「2時間前もそう言ってただろ。ほら、ペンを置け」
「いーーやーーー!!」
「仕事したくて駄々を捏ねるな。普通逆だろ」
リアムは私のペンを取り上げると眉間に皺を寄せて見下ろしてきた。ただでさえ身長差があるのに、座っている私と立っている彼ではさらに差は広がっていた。
学園を卒業後、私はリアムと正式に夫婦となった。
そして多忙を極める彼の補佐として仕事をしたいと申し出た結果、こうして仕事を割り振ってもらっている。しかし元々の性格なのか、一度仕事を始めるとやめ時が分からないのだ。学園にいた時は私が彼に数えきれないほど「休め」と言ってきたが、まさか言われる側になるとは思っていなかった。
「仕方ない」
「おい、引き出しから新しいペンを出すな」
「じゃあ返してよ」
「仕事するんだろ?」
「うん」
「じゃあダメだ」
「ちぇー」
唇を尖らせるも彼はペンを返してくれない。今回は本気で休ませにきたようだ。
「リアムも一緒に休む?」
「そのつもりで来た」
「……リアムも休むならいっか」
椅子から立ち上がり、ソファーに寝転ぶ。他のご令嬢が見たら発狂ものの行動だが、それを咎める人はここにはいない。若干複雑そうな顔をしている男は1名いるが問題ないだろう。
「…俺いるけど」
「リアムならいいよ」
「ふーん」
疲れからため息を吐くと真顔のリアムに見下ろされる。仰向けに寝転んでいる自分と私を見下ろすリアム。
それは昨夜の構図によく似ていたため、嫌でも鮮明に思い出されてしまう。たしか流れるようにベッドに押し倒され、、
「わぁーーーーー!!!!!!」
思考を掻き消すために大声で叫んで飛び起きる。先ほどまでの真顔とは似ても似つかないニヤニヤ顔で私を見つめるリアムをキッと睨みつける。コイツ、分かってやったな!?
「急に叫んでどうした」
「……なんでもない」
「何でもないことないだろ」
実に楽しそうに笑われる。煮ても焼いても食えない男へと見事に成長を遂げたリアムを咎めたいが、その成長に自分が大いに関係しているとなると何も言えない。
「…昨日のことを思い出しただけですけど!!!」
「ははっ、記憶に残ってくれてなによりだ」
「驚くほど鮮明ですけどね」
チクチクと言葉で刺すも笑われるだけ。まあ、本気で怒っているわけではないからいいんだけどさ。
「また婚約破棄を申し出されたらたまったもんじゃないからな。愛されている記憶をしっかり刻んでもらわないと」
「それに関しては謝ったし、リアンも許してくれたじゃない」
「これは一生引きずっていくから。いいネタだろ」
「性格悪い」
「ごめんって」
その言葉と共にキスを落とされる。こんなことまで慣れやがって。一体誰の悪知恵だ。
……私か。
「…ほら、休憩はもう終わり!!十分休んだから仕事するね」
そそくさと立ちあがろうとしたところで腕を引かれる。そのままバランスを崩してしまい、リアムに抱き止められた。
「え、何?」
「休憩が短すぎる。もっと休め」
「……」
「なんだよ」
「私が学園に通ってた時、アンタに何回『休め』って言ったと思う?」
「ヴッ、」
気まずそうに目を逸らされる。まあ、人の休憩時間に気を遣えるぐらいに成長してくれたならいいか。
「リアムは今日の仕事終わったの?」
「明日に回しても支障ない所までは終わらせてきた」
「そう」
少し考えてから彼を見上げる。きょとんとした顔を私を見下ろすリアムにある提案を投げてみることにした。
「私も残りの仕事も明日に回しても問題ない量だし、急遽だけど良かったらデートしない?」
私の提案にリアムは目を輝かせる。その反応に笑えば、彼は照れたように頬を掻いた。
「じゃあ準備するからちょっと待ってて。そうね、30分後に玄関で」
強く頷いたリアムは軽い足取りで私の部屋を出て行った。本人は喜びを隠しているつもりかもしれないが微塵も隠れていないのが面白い。
「……ほんと、見ていて飽きないわね」
小さく呟いた言葉に愛情が混じるのを自分でも感じる。その感覚がくすぐったくて仕方ない。
数年前、冗談とはいえ婚約破棄を提案した時のような胸中の不安は綺麗さっぱり消え去っていた。
左手の薬指に光る指輪は今日も私たちの愛を証明してくれるのであった。
この物語はこれにて完結です!
元々は短編用に書いていたお話なので表面的な展開になりましたが、いかがだったでしょうか?
2人の過去や学園での描写、パーティーでの一幕も入れたかったのですが、今回は泣く泣くカットさせていただきました。
少しでも面白いと思ってくださった方はブックマークや評価で教えていただけると大変うれしいのでご協力のほどよろしくお願いいたします!
では、また別の作品でお会いできることを楽しみにしています。
宮野 智羽