和解と相互理解
「あー…久々に泣いた」
「おい、擦るな。赤くなったらどうするんだ」
「別にいいよ。どちらにせよ化粧取れちゃったし」
「駄目だ」
隣に座るリアムは目を擦ろうとする私の手を取って咎めてきた。結局あの後泣き止むまでリアムはずっと抱きしめてくれたのだが、今思えば恥ずかしくて仕方ない。勢いって侮れないものだ。
「ほんとごめんね」
「だから気にするなって。ミアルナの本音が聞けて俺は嬉しかったよ」
頭を撫でられながら言われる。
「…ミアルナは我慢しすぎだ。言いたいことがあるならもっと言ってほしい」
「我慢してないよ」
「欲しい物、したいこと、行きたい所。何でも言ってくれればいい。全てを叶えられないとは思うけれど、叶えるための努力はできるだろ?でも言ってくれないと分からないことが多い」
「……それならリアムだってそうだよ。何も言ってくれないじゃん」
「俺は、」
言葉を詰まらせたリアムは少しの間の後、もごもごと口を動かす。
「……俺はミアルナがそばにいてくれればいいから」
「耳どころか首まで真っ赤ね」
「おま、、、空気読んでくれませんかねぇ……!!!!」
頬を軽くつままれ、引っ張られる。
しばらくケラケラと笑い合うがそれも収まるとどこかすっきりした気分になった。
「私、リアムのことが好きよ」
「……急に何だよ」
「何となく言いたくなったの」
私の返事に彼は納得したのかしてないのか微妙な顔つきをしている。そんな彼に向かって私は微笑んだ。
「今日みたいな我が儘はもう言わないわ。最初で最後。だから今回の私の失態には目を瞑ってくれないかしら?」
そう言うとリアムは唇を尖らす。
「俺はミアルナの我が儘は嫌いじゃない。だから今回のことも失態だなんて思うな」
「そうなの?」
「ああ。我慢される方が嫌だ」
「意外」
「は?」
「面倒くさい人とか嫌いでしょ。束縛とか監視とか嫌いじゃない?」
「……やりたいのか?」
「ううん」
「なんだよ」
いつもの調子で会話が弾む。これぐらいの距離感がやっぱり私たちには合っているのかな、なんて。
「にしても、今日はどうしたんだ。学園で何かあったのか?」
「え、あー…いや、別に。」
「ん?」
「何もない」
「……」
「……」
「……」
「本当だって!!!」
疑いの目から逃げたくて焦ったように紅茶を飲む。その間もじっと見つめられてしまうが決して折れな、、
「正直に話してくれたら要望を1つ聞く」
「え、本当?」
「俺に叶えられる範囲の要望ならな。あとその返事をして逃げられると思うなよ」
しまった。こんな返事をしたら『何かありました』と言っているようなものじゃないか。まあ、今更後悔したって遅い。ただ白状させられるよりはマシだと思おう。
「先に言っておくと同級生は悪くないからね」
「? 分かった」
小さく息を吐いてから覚悟を決める。
「実は『婚約破棄ブーム』というのが到来していると同級生に教えてもらったのよ。最初は公衆の面前で婚約破棄を突きつけるという悪趣味なものだったらしいの。でも最近では婚約者に婚約破棄を申し出て、その、、相手の反応を見て本当に結婚しても大丈夫な人が見る…っていう、、」
「つまり俺のことを試した、ということでいいか?」
「あ、あとは…その、私の興味。もしかしたらリアムから珍しい言葉が聞けるんじゃないかな、って」
段々と声が小さくなってしまう。試されて気分がいいわけないだろう。何度目かの後悔と反省を込めて謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい」
「……俺の方こそ悪かった」
「え?」
リアムは若干怒ってはいるがそれよりも別の感情も滲ませている。その理由がわからなくて首を傾げた。
「俺も正直恥ずかしかったんだ。幼馴染として接してきた期間のほうが長いし、今更婚約者として接して『無理』とか言われたら立ち直れる気がしなかった」
「い、言うわけないじゃん」
「分からなかったんだよ。俺も積極的にその、、、自分の気持ちを伝えられる性格ではないし…」
確かにずっとプラトニックを貫いた関係だった。今までは違和感を持っていなかったがお互いに思うところはあったようだ。
___あ、そうだ。
「ねぇ、正直に白状したし私のお願い聞いてくれる?」
「…もう俺を試すようなことはしないか?」
「しない」
「ならいい。で、何が欲しい?」
物をねだられると思っているのだろうか。細く目を細めたリアムは私の言葉を待ってくれている。
「…リアムから唇にキスしてほしい」
たっぷり3秒。
その間の後、彼は何も言わないまま元々座っていた向かいのソファーに戻っていった。