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不安と恐怖心

フローライト第九十話

朔の絵はなかなか売れなかった。やはり今回は抽象画なので、どこかわかりづらいのかもしれない。けれど店の客は利成のファンが多いので、そういう絵も好きだと言う客も結構いるはずでそれを待つことにした。


一方で、利成の母親の誕生日のためのコンサートの練習を少しずつ始めていた。一か月後、小さなホールを借りてやるという。


練習は利成の家のピアノ室でした。英語の歌を歌う練習とピアノの練習・・・利成と二人で連弾もする予定だった。奏空は仕事が忙しくて、三人一緒というのはなかなかできなかった。


「これはヘタしたらぶっつけ本番?」と美園は利成に言った。


「ハハハ・・・そうかもね」と利成も言う。


 


週末は利成のところで練習することが多くなり朔と会えずにいた。練習がひと段落すると利成が「彼はどう?」と聞いてきた。


「朔?」


「そう」


「アニメ作ってくれて・・・それがね、すごいいいの。雰囲気あって」


「そう。どんなの?」


「私のユーチューブにアップしてあるよ」と美園はスマホを取りだして利成に見せた。


「いいんじゃない?」


利成がスマホを美園に返してくる。


「だよね」


「美園は朔君とはうまくいってるの?」


「上手くとは?」


「喧嘩してない?」


「喧嘩はしたことないよ」


「そう」


「利成さんは明希さんと喧嘩するの?」


「喧嘩はしないよ」


「したことは?」


「まあ・・・あったかな・・・昔」


「えーあったの?何か明希さんからは想像つかないけど」


「明希は咲良みたいな攻撃のしかたじゃないからね」


「どんななの?」


「受け身的な攻撃かな」


「受け身的?」


「例えば自分で自分に攻撃するとかね」


「自分で自分を傷つけるの?」


「そうだよ。それも相手への攻撃ではあるからね」


「ふうん・・・それで利成さんはどう返すの?」


「その時は言うこと聞いたよ」


「明希さんの?」


「そうだよ。まあ、言うことっていうか・・・言わんとしてることはわかったから」


「ふうん・・・」


 


利成さんでも色々悩むことあるのかな・・・と美園は思いながら帰路についた。電車を降りたところで電話が鳴る。朔からだった。


「美園?今、家?」


「まだ帰宅途中だよ。電車から降りたところ」


「・・・会いたい・・・」


「そうだよね、ずっと週末会ってないもんね」


「今から行っていい?」


「んー・・・じゃあ、私から行くよ。どうせ外だし」


そう言ってから通話を切って今来た道を戻り電車に乗った。


 朔の家に行くと、階下には誰かいる様子だった。


「お母さんいるの?」と聞くと「お父さんもいるよ」と朔が答えた。


「いいの?」


「うん、大丈夫」


朔が挨拶もいいからというから、そのまま二階に上る。部屋に入るなり朔が抱きしめてきた。


「会いたかった・・・」という朔。


「学校で毎日会ってるじゃん」


「学校とは違うよ」


「そうだね、学校ではキスも出来ないからね」


「ん・・・」と朔が口づけてくる。


執拗に口づけてくるので、美園は口の周りが朔の唾液でべたべたになった。


「ちょっと、舐めすぎ」と美園はティッシュペーパーを取った。すると今度はベッドに押し倒してくる。


「朔って、今私ここについたばかりだよ」


そう言ってもまったく聞く様子はなかった。激しく両手で胸を揉んでくる朔。


「朔って。下にお父さんお母さんいるんでしょ?」


そう言ってもまったく動きを止めないので、美園は起き上がろうとした。すると、強い力で押し戻される。


「もう、知らないよ?」


諦めて放っておくと、どんどん盛り上がって美園のズボンを脱がしてきた。それからまた太ももに舌を這わせる。その時いきなりドアが開いた。さっき朔が階下にいると言っていたのにどうやら二階にいたらしい父親だった。


「あ・・・」と美園は朔の父親を見た。


朔も振り向いて父親の方を見た。すると父親がすごい勢いで朔をベッドから引きずり下ろした。美園が息を飲むと、「どこのどなたか知りませんが、とりあえずお引き取り下さい」と言われる。


美園が朔の方を見ると、朔はただうつむいていた。美園はズボンを直してベッドから起き上がって上着を着た。


「朔、じゃあ、帰るね」


美園が言うと朔がうなずいた。美園がドアから出て行くまで朔の父親は何も言わなかった。


外に出ると真っ暗だった。美園は振り返って朔の家の二階の窓の明かりを見た。


(朔、大丈夫かな・・・)


だけどいきなりあんな乱暴をするなんて・・・と美園は思った。美園は今まで家で、誰かがあんな乱暴なことをするのは見たことがなかった。


 


自宅マンションに着くと、咲良が「ご飯は?」と聞いてくる。


「食べてない」


「じゃあ、食べるよね?」


「うん」とリビングに入って行くと、もう奏空がいた。ここのところ帰りが夜中だったので美園は「今日は早いね」と言って奏空が座っているソファの隣に座った。


「うん、おかえりとたただいま」と言って奏空が抱き着いてくる。


「ただいまとおかえり」と美園は返した。


「今まで練習?」


「そうだよ」と美園は奏空の顔を見つめた。


「あー俺、ヤバイ。練習してないの俺だけじゃん」


「そうだよ、一回くらいは一緒に合わせてよ」


「うん、そうだよね・・・て?何?」とさっきから美園が奏空の顔をじっと見ているので奏空が聞いてきた。


「ねえ、奏空は暴力とかふるったことないよね?」と美園は聞いた。


「暴力?どんな?」


「相手をつかんで引きずり下ろすみたいな・・・」


「あー小学校の時、クラスの子を突き飛ばしたことはあるよ」


「小学校?そうじゃなくて、大人になってから」


「大人になってから?」


「そう、例えば咲良にとか」


「あーそれはないよ」


「私には?」


「ないでしょ」


「だよね・・・」と美園が考えるような顔をすると、奏空が少し心配気に聞いてきた。


「誰かに暴力振るわれたわけじゃないよね?」


「私?」


「そう」


「あー咲良になら結構あるよ」


そう言ったら咲良が「ご飯、食べちゃって」と言ってきた。美園が立ち上がってダイニングの方に行くと、奏空も一緒についてきて一緒にテーブルについた。


「奏空もこれから?」と美園が聞くと「いや、食べたけど、今の話しの続き気になるでしょ」と奏空が言った。


「・・・朔がね・・・」と美園は箸を手にした。


「朔君?」


「うん・・・お父さんにいきなりベッドから引きずり降ろされたの。すごい勢いで」


「どういうこと?」


「私としてたの。途中までだけど・・・そしたら部屋のドアが開いて朔のお父さんがいきなり・・・」


「あんた!利成のところにいたんじゃないの?」と咲良が咎めるように言ってきた。


「いたよ。その帰り朔から電話きたんだよ」


「それで行ったってこと?」と咲良が聞く。


「そうだよ」


「お父さんに現場見られたら、そのお父さんはいきなり朔君をベッドから引きずり下ろしたってこと?」と咲良が言う。


「そう」と美園が答えると、咲良が呆れたような顔をした。


「それはね、お父さん頭にきたんじゃない?」と咲良が続ける。


「何でよ?」


「そりゃあ、家に女の子引き入れてそんなことしてたらね」


「意味わかんなーい」


「・・・朔君のお父さんは、日常的に朔君に暴力・・・まではいかないけど、辛く当たってるようだね」と奏空がいつになく深刻そうな顔をした。


「えっ?そんなのわかるの?」


「わかるよ。普段の朔君を見てたら」


「えー私はわかんなかったよ。どうしてわかったの?」と美園は奏空を見つめた。


「彼のエネルギーを読んでごらんよ。奥底に恐怖心と強い憎悪があるから」


「・・・・・・」


「その原因が父親かまではわからなかったけど、今日の美園から感じる雰囲気でわかったよ」


「私から?」


「うん、人のオーラというか気というか・・・まあ、簡単に言うとエネルギーみたいなものは、形のあるものじゃないから、向けた相手にもくっつくんだよ」


「奏空、占い師になったらどうだろう?」といきなり咲良が言ってきた。


「アハハ・・・何?いきなり」と奏空が笑う。


「アイドルやめてもそれで商売できるよ」と咲良が真面目な表情で言う。


「今のところはやめないから、商売は必要ないよ」と奏空が咲良に言う。その表情はいつでも余裕があり、愛を感じる。


(でも、今日の朔のお父さんからは・・・)


何だか憎しみや苛立ちしか感じなかったな・・・。


「今日の朔のお父さんのそばには、奏空は行けないよ」と美園は言った。


「・・・そうだね・・・」と奏空が目を少し伏せた。


「何でよ?」とまったくわかっていない咲良が二人を見比べた。


「咲良って、何十年も奏空といるのに、何もわかってないんだね」と美園が軽蔑を込めて言うと「は?バカにしてる?」と咲良が言った。


「ちょっと!また、やめてよ。最近多いよ。お二人さん」と奏空が言う。


美園は憮然としたまま黙ってご飯を口に入れた。


「・・・俺が朔君のお父さんのそばに行けないっていうのはね、愛の欠片もないところでは呼吸困難になるからなんだよ」


「あー・・・そうか・・・私が皮肉を言ったら昔よく言ってたね」と咲良が言う。


「そうでしょ?呼吸困難って言っても、霊的にだけどね。昔、俺自身死にかけたことあったでしょ?」


ハッとしたような表情をした後、咲良が昔を思い出すような顔をした。


「救急車で行った時だよね?」と美園は言った。


「そう。あれは自分自身のチャンネルが狂ってね・・・何も見えなくなったんだよ。自分自身に埋没しちゃって・・・。俺は自分の方向性を見失うとこのここにいられなくなるの」


「・・・・・・」


咲良も美園もその時のことを思い出して黙ってしまった。あの時、奏空が高熱を出してほとんど意識がなくなっていた時、どれほど不安だったろうか・・・。


「あれ?黙っちゃった」と奏空が笑顔になる。それから「もうそんなことはないから大丈夫だよ」と言った。


「・・・ほんとに?」と咲良が不安そうに言う。


「ほんと」と奏空が優しい笑顔をを咲良に向けた。奏空はどんな咲良に対しても愛しか向けない。


「ごちそうさま」と美園は言って席を立った。


「・・・美園?」と咲良が呼び止めた。美園が振り返ると咲良が言う。


「朔君、美園が本当に好きなんだし、必要にしてるよ?美園は大丈夫?受け入れてあげれるの?」


「・・・そんなのわかんないよ」


美園はそう言ってリビングを出た。本当にそんなのわかるはずない。朔のことはもちろん好きだったけど、奏空みたいな愛は自分にはないような気がする。


部屋にはいってからスマホを開いてみたけれど、朔からのラインはなかった。


(大丈夫かな・・・)


美園は少し心配になったが、明日学校で聞いてみようと思って連絡をしなかった。


 

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