【ジェントリング・ジェイ】
『情報ブローカーだからね……』
ある日、ある【統治調整局】のオフィスで、こんな会話が。
「見タ? きのうの、あのドラマ!」
「見タ見タ、めッちゃ面白かったヨネ! 特に序盤ガ!」
現地スタッフが口々に言い交わしながら、ときどき、こちらへ意味ありげな視線を向け、くすくす。
これ、ただの『ボスいじめ』ちゃうの……?
経験の浅い【統治調整官】にとっては、どう対処したらええんか、想像もつかん。
この種の職階に就くには、異例に若いこともあるが、一番の問題は自分の性格にあるて、彼女自身が痛感してる。
……私は、この地方の『【人類】と【標準人類】のあつれき』を解消したいだけやのに……。
ため息ついて、【調整官】は、聞こえよがしな部下らの続きに、耳を戻す。
話題は、地下動画サイトのローカルドラマチャンネル、のドラマ。
主人公のビジネスマンが、町で、楚々とした、若いママさんを見かける。
ママさんが、ベビーカーの取り回しに苦労してるところを、主人公が手助けすると……。
そのママさんは、歯を剥いて微笑み、
『どうもすんまへん……!』
面食らった主人公は、毒でも飲んだような顔になって、
『……【人類語】ォ……!?』
と、独白する。
このシーンが、部下たちのお気に入りらしく、
「面白かったヨネ! 『……【人類語】ォ……!?』」
部下たちが、顔真似つきで、再現してる。
毎度のことながら、【調整官】は泣きそうになる……。
そこへ、助け船が現れた。
「ちょっと、いいかな」
彼の名は、【ジェントリング・ジェイ】。
心優しき男。
暗号名を名乗り、【統治調整局】に出入りする、おしゃれなタレコミ屋。
現地に不慣れな【調整官】を、お忍びでよく【標準語バー】や【堕蟲医横丁】などのディープなエリアに、案内してくれる。
その彼が、ドラマ話に興じる現地スタッフらに、
「こんな話、知ってる?」
話しかけた。
「……ある【異舌審問官】と、彼が取り調べた『自爆テロ未遂娘』の会話だそうだ」
少し笑みを含んだ、少し眠たげな彼の声に、皆、引きこまれるように耳をかたむける。
「……【審問官】は言った。
『君ら【準人類】の食べもんやけど、たとえば『ちくわぶ』。あれて、元々は、ちくわの代用食やんな? ほんで『おでん』。これ、元々は田楽を指す言葉やで? 他にも、君らの言う『桜餅』は、餅にもなってへんし。……まあ聞き、それだけやない。醤油辛い『だし』、青ない『ねぎ』、小麦やなくて『蕎麦』……』
……まあ全部、彼の個人的意見だけどね。
さて、【審問官】は、何が言いたいのか、わかる?」
誰も答えへん。
もちろん【調整官】も。
彼は、にこって笑ろて、
「【審問官】は、『自爆テロ未遂娘』に、こう続けたんだ。
『君らは【代用食文化】やねん。……せやからて、自分まで『代用品』扱いにしたらあかんで? 命は大事にしいや?』
このあと、【審問官】は、怒った未遂娘にしばき回されたそうだが……。
彼なら、言うだろうね。
『そんな君らが見るドラマのタイトルが、『舌つづみの独奏』? こら、へそが茶ぁ沸かす……!』
……ぼくは、思うね。
われわれは……、もっと、悔しがるべきだ、って」
あとで、【調整官】は、彼に心からの礼を言い、付け加えて、
「【人類語】、お上手やわ」
「情報ブローカーだからね。『語学』も、それなりに努力しなきゃ。さすがは『公用語』だ、良く出来てる」
「やさしいなあ……。ほんでも、そんな紳士やと、しんどありません? ええかっこしいは、早死にのもと」
この冗談口に、彼は笑顔で、
「気をつけるヨ!」
彼の名は、【ジェントリング・ジェイ】……。
詰め甘き男……。
この、最後の『ヨ!』が、あかんかったのか?
三か月後、彼は、交差点で、幼児を助けて……。(『【ジェントリング・ジェイ】』完)