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真夜中の再会2(カルロス視点)


 ルーリアが悪夢と不安に苛まれながら一週間が過ぎた。

 アーシアン城の、王妃の誕生日パーティーが行われた大広間で、騎士団の黒の制服に身を包んだカルロスと、銀色の短髪に黒色の瞳を持ち、騎士団長を務めているエリオット・コーニッシュのふたりが、国王の前に片膝を付いて首を垂れていた。


「カルロス・ジークローヴ第五部隊長。特に君の活躍はアリスティアから聞いておる。まずは、末娘を黒精霊から守ってくれたことに感謝する」

「恐れ入ります」


 国王の言葉を聞きながら、カルロスは顔をあげずに真摯に言葉を返す。

 五日前、カルロスは彼が率いている第五部隊の隊員一名と、エリオットの三人で、国王の末娘であるアリスティア王女の護衛の任に就いた。

 アリスティア王女は浪費家で知られていて、その日もアーシアンから山ひとつ超えた先にある町、ホーズビーでの買い物が目的だった。

 どんどん増えていく荷物にげんなりする気持ちを、時折ため息に変えつつも、カルロスは周囲に気を配り続け任務に当たった。

 問題は帰り道に起こった。アーシアンへと戻る山の中で、五匹の黒精霊に襲われたのだ。

 普通なら混乱を招くところだが、場数を踏んでいる騎士団長と闇の魔力を難なく切り裂けるカルロスがいるため、あっという間に黒精霊は沈められることとなった。

 その後は何事も起きず、アーシアン城へと帰城し、カルロスの任務も無事終了となったのだが……。


「アリスティアはお前の話ばかりする。いたく気に入った様子だ」


 国王から機嫌よく打ち明けられた言葉に、カルロスが下を向いたまま、げんなりとした顔をしたため、それを横からこっそり盗み見たエリオットが思わず苦笑いを浮かべる。

 実は帰城後、騎士団の詰め所へ戻ろうとするカルロスを、アリスティア王女は引き留め、「今度、お茶に付き合って下さる?」と話しかけた。それにカルロスは、顔色ひとつ変えずに「任務であれば」と答えたのだった。

 王女に対するカルロスの態度に、エリオットが無言となった横で、まさかそんな返答がくるとは思ってもいなかったアリスティア王女はポカンとした表情を浮かべた。

 そして、「失礼します」と言って早々にこの場から立ち去っていくカルロスの後ろ姿をしばらく見つめた後、頬を赤らめうっとりした顔で「カルロス様は剣を振るう姿は神々しい上に、媚びないところもとっても素敵」と呟いた。

 どうやらすっかりカルロスを気に入ってしまったらしく、あれから毎日のようにアリスティア王女は差し入れだったり、直接騎士団の詰め所まで会いに来たり、懲りずにお茶会へ誘ってきたりしているのだ。

 それに毎度毎度、カルロスが煩わしいといった態度をとっていることなどまったく知らない国王は、まるで褒美を与えるかのような口調でこっそりと続けた。


「なあカルロス。ここだけの話だが……そなたも二十歳となったのだから、そろそろ妻を娶っても良い頃合いだな。相手がいないのであれば、うちの末娘なんてどうだ?」


 彼にとって禁句のようなひと言が国王から飛び出し、エリオットは心の中で「やばい」と呟き、心なしか口元を引き攣らせる。

 カルロスは小さく息を吐き出しながらゆっくりと顔をあげ、国王を真っ直ぐ見つめる。


「国王陛下。今のお言葉は命令でございますか?」


 冷ややかな面持ちでカルロスから問われ、国王は意表を突かれたかのように目を丸くする。普通に考えて、王女を娶れるとなれば名誉である。国王の息がかかったことで、騎士団での立場も飛躍的に上昇し、すぐに複数の部隊をまとめあげる立場に就くことになるだろう。

 いずれは副団長へ、そしてカルロスのようにさまざまな魔法を習得し、剣術も圧倒的に優れているとなれば、間違いなく騎士団長の座まで手に入れられる。

 誰しも地位や名誉は欲しいもので、自分の話に目を輝かせて食いついてくるかと思っていたのに、カルロスは例外だった。

 国王は瞬きを数回繰り返した後、豪快に笑い出す。


「命令ではないゆえ安心しろ。アリスティアには諦めろとだけ伝えておこう。それで本人が諦めるかは知らぬが」


 国王が大らかな人柄で良かったと安堵したエリオットが肩の力を抜き、カルロスは感情の読み取れぬ表情のまま、再び国王に対し首を垂れた。


「そう言えば、アリスティアはカルロスのことを色々調べたらしく恋人は居ないようだと言っていたが、実際はどうなのだ?」

「いません」


 親子揃ってカルロスに興味を抱いたのか、国王は興味津々に情報を聞き出そうとしたが、カルロスからあっさり否定され、少しばかり腑に落ちない顔をする。

 すると、口元に楽しげな笑みを浮かべてエリオットが話に割って入ってくる。


「恋人はおらずとも、ずっと想い続けている娘はいるようです」

「そんなのいません」


 カルロスから殺気に満ちた目を向けられ、エリオットは思わず口を引き結ぶ。そんなふたりのやり取りに国王は苦笑いして、「エリオットの言うことが本当ならば、興味あるな」とぽつり呟いたのだった。

 いくつか騎士団としての報告を行った後、ふたりは大広間を後にした。

 廊下を進む途中で周りに誰の気配もないことを確認しながら、エリオットが小声でカルロスに話しかける。


「国王様にまであのような言い方をするなんて、本当にお前は命知らずだな。こっちは心臓が縮み上がったじゃないか」

「命令だと言われれば、わかりましたとちゃんと答えていましたよ……たぶん」


 エリオットに倣ってカルロスもぼそぼそと返事をしつつ、ちらりと目を向ける。「嘘つけ」と言わんばかりの面持ちの彼と目が合い、カルロスは知らんぷりを決め込むように顔をそらし、心なしか早足になる。

 警備にあたっている騎士団員からの挨拶に、エリオットは軽く手を上げて、カルロスは僅かに頷く形で応えてから城の外へと出た。

 日が傾き、薄暗い影を落とし始めた中を、規則正しい足音を響かせながらふたりは一気に進んでいく。城の正門を抜けると、賑やかな街並みに視線を向けることなく騎士団の詰め所へ向かった。

 カルロスの若く美しい容姿と、三十五歳の落ち着いた大人の雰囲気を存分に漂わせているエリオットに、女性たちの視線が一気に集まっていく。しかし、そんなものに気を取られることなく、エリオットが口を開いた。


「そう言えば、カルロスが想い続けている……ああ間違えた。子供の頃に会い、それから探し続けている娘は見つかったか?」

「……いいえ。それと別に探していません」


 カルロスは前だけを見つめたまま、短く返事をする。それにエリオットはニヤリと笑って、さらに続けた。


「そう言えば、先日の王妃の誕生日パーティーで、カルロスがらしくない行動をしていたのを見かけたな……はて、あの娘はどこの誰だっただろうか」


 そこでカルロスは思わず足を止めた。らしくない行動には心当たりがある。命の危険があったわけでも、警護対象の女性だったわけでもなく、触れる必要のない女性の腕を、気がついたら掴んでいた。


(怯えさせてしまったように感じて、ただそれだけで体が動いた。自分でも理解できない行動を、よりによってこの男に見られていたのか)


 とてつもなく苦々しい気持ちになりながら、カルロスはじろりとエリオットを見た。

 カルロスの反応がエリオットには面白く、笑みを深めた。しかし、カルロスが相手の女性に関して一切口を開こうとしないため、痺れを切らしたように切り出す。


「誕生日パーティー後、縁談の話が飛び交っているらしい。特に、お前を気に入っているようだったバスカイル家の妹、アメリア嬢の元にはたくさん舞い込んでいるようだぞ。もちろん、姉のルーリア嬢の方にも」


 エリオットが最後に彼女の名前をあえて付け加えたため、カルロスは眉根を寄せる。


(相手がどこの誰かまで、すでに把握済みということか)


 カルロスは大きくため息をついてから、諦めたようにエリオットに話しかける。


「確かに俺が子供の頃に探していた子は、ルーリア・バスカイルです。でも、探していたのはただ心配だったからで特別な感情があるわけじゃない……生きていてくれて、ほっとしました」


 カルロスはどこか遠くを見つめながら事実を打ち明け、再会した今の気持ちを静かに告げた。

 エリオットは弟を見るような優しい目でカルロスを見つめた後、カルロスの肩に腕を回した。仲睦まじそうなふたりの様子にどこかで女性の黄色い悲鳴が上がる。


「再会できて良かったな。ちなみに、彼女に縁談の話を持ちかけた相手は、パーティーにも参加していたルイス・ギードリッヒだ。でも大丈夫、きっとまだ間に合う。お前もすぐに縁談の話を持ちかけろ。これ以上遅れをとっちゃだめだぞ」

「俺の話、ちゃんと聞いてました?」


 目を輝かせながらアドバイスしてきたエリオットに、カルロスは冷めた顔を向けつつ、片手でエリオットを押しやる。体が離れたところでカルロスがスタスタと歩き出したため、もちろんすぐにエリオットもその横に並ぶ。


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