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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
一章、

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7/40

願っていた再会7

 向かい合うふたりの間に重苦しい沈黙が生まれたが、大広間の出入り口近くにいた人々がこちらを気にかけていることに気づいた途端、アメリアが芝居じみた様子で大きく声を張り上げた。


「ああ、お姉様! 見た目が気に入らないからって、窓から投げ捨てるなんて! あれは、お母様の大事な物なのに、どうしてそんなひどいことを!」


 自分の言葉に反応して、「どうしたのかしら」と人々がざわついたことにアメリアは笑みを浮かべ、ルーリアを押さえつけるように抱きついた。

 ルーリアも、体全部で姉を制止している妹のように人々の目には映っているだろうと予想し、どうして良いか分からないままその場に立ち尽くす。


「黒精霊に祝福を受けたお姉様は、バスカイル家にとって、もちろんお父様とお母様にとってもお荷物でしかないわ。誰にも愛されず、かわいそうなお姉様。でも凍てつく乙女だから仕方ないわよね」


 アメリアに小声でちくりと言われ、ルーリアは悔しさを覚えた。アズターと話す前なら、アメリアの言葉をその通りだと受け止めていただろうが、今は見捨てられた訳じゃないと両親を信じたくなっていたからだ。


「でもね、心配しないで。お姉様が闇の魔力に引き込まれないよう、虹の乙女であるこの私が、ずっと面倒見てあげるから。無能なお姉様でも魔法薬の生成くらいはできるし、これからも私の仕事を手伝わせてあげるから感謝してね」


 ルーリアはあの小屋で魔法薬の生成を行っている。最初は魔力の昂りの予兆が見られた時、魔力を放出することで暴走を防ぐべく始めたことだったが、いつしか働かざる者食うべからずと言われ、常に生成を求められるようになった。

 時には無茶な数を言い渡され、眠ることもできずに一晩中作り続けることもある。そうしないと、次の日の食事の回数や量を減らされてしまうからだ。

 もちろんどれだけ作っても代価は与えられない上に「出来が悪いものばかり作って」と罵られる。時には上手くできたと自分でも思えたものは、先ほどの王妃とアメリアのやり取りから、すべてアメリアの成果となっていたこともわかった。

 とてもじゃないが感謝の気持ちを持てるはずもなく、ルーリアは気持ちを抑えきれず、距離を置くように両手でアメリアを押しやった。


(両親との時間も思い出も、周りからの愛情も、将来の期待も、アメリアはたくさんの物を持っているのに、どうして私からすべてを奪おうとするの?)


 理不尽さへの怒りは喉に詰まって言葉にできない。しかし、今まで我慢していたものが一気に爆発してしまったかのように、ルーリアの感情は一気に昂っていった。

 目から大粒の涙が流れ落ちるのを見られたくなくてアメリアから顔を背けた瞬間、ぴしっと亀裂音が響き、髪飾りが熱を帯びたのをルーリアは感じ取る。一方で、亀裂が入ったことで青かった魔法石の色に黒が混じったのをアメリアは目にして、伯父の魔力による結界の効果が失われたかもと、顔に焦りが浮かんだ。

 込み上げてくる怒りや苛立ちに翻弄されかけたが、自分の中で暴走しかけている光の魔力の渦を感じ取った瞬間、このままでは大変なことになるとルーリアは我にかえる。

 しかし時すでに遅く、ルーリアの光の魔力に反応するように廊下の隅から滲み出てきた黒い影が、ルーリアの腕や足にまとわりつく。


「闇の魔力」


 それを見て引き攣った声を上げたアメリアへと、新たに這い出てきた影が狙いを定めたように向かっていく。アメリアは小さな盾くらいの大きさの光の結界を張ってなんとか影を跳ね返してから、ルーリアをチラリと見た。

 ルーリアはアメリアと同じように光の魔力で対抗しているものの、すでに腕にまとわりつかれているためか思うようにいかない。

 アメリアにはルーリアを助ける気などさらさらなく、冷めた目を向けるのみで、自分に向かってくる影を防ぎながら、さりげなく後退していった。

 先ほどよりも人々が大広間から廊下に出てきているようで、闇の魔力に悲鳴をあげたり怯えたりする声が聞こえてくる。


(騒ぎが大きくなる前に、なんとかしてここから逃げなくちゃ)


 どんどん増えていく影と徐々に動きが封じられていくことにルーリアは焦り、このまま自分は影に飲み込まれてしまうのではと怖くもなる。

 どこからかぶつぶつと何かを唱える低い声が聞こえた次の瞬間、紐でぎゅっと縛られたかのようにルーリアの腕を影がきつく締め付けた。そして、開け放たれている窓に向かって腕を引っ張られ、ルーリアの足がずるずると動き出す。

 転落させられるのではとルーリアが恐怖で青ざめた時、鎖が揺れた音が小さく響き、気がつけば、窓の向こうに黒精霊が浮かんでいた。

 黒精霊の美しくも虚ろな眼差しと視線が繋がったようにルーリアが感じると同時に、黒精霊は足から下げた鎖をじゃらりと揺らして、何か言葉を発しながらルーリアに向かって手を伸ばした。

 濃い影を纏わせたその手に人々から悲鳴が上がる。もちろんルーリアにとってもその手に触れられることは恐怖でしかないが、影に囚われているため逃げられない。


(もう逃げられない)


 恐れの中に諦めと絶望が顔を出し、ルーリアの目に涙が浮かんだ瞬間、鋭い声音が飛んできた。


「動くな」


 言葉に従い、咄嗟にルーリアが体を強張らせた瞬間、目の前を光が走った。

 黒精霊は機敏に後退し、一瞬で姿を消した。ルーリアは息を荒げながら、歩み寄ってくる足音を耳にし、反射的にそちらへと顔を向ける。


(カルロス様)


 助けてくれたのは彼で間違いない。感謝の気持ちは抱いたものの、殺気を漂わせている上に、先ほど見た時よりもさらに冷酷な面持ちで近づいてくるカルロスに、ルーリアは恐怖を覚え、足を竦ませる。

 彼はルーリアの目の前で足を止めると同時に、持っていた剣でルーリアの腕や足に絡みついている影をいとも簡単に薙ぎ払った。

 締め上げる力から解放された途端、緊張の糸まで切れてしまったかのようにルーリアはその場にぺたりとくずれ落ちた。


(……すごい)


 一般的に闇の魔力への対抗手段は光の魔力が有効的だとされているが、そんな光の魔力をもってしても防御したり弾き飛ばしたりするので精一杯なのが現状である。

 闇の魔力を扱う者へ攻撃を与えられるのは光の魔力に限らず強い魔力を持った一部の者だけで、葬るとなると優れた人々が数人がかりでも難しいとされている。

 それなのに、カルロスは難なく闇の魔力を切り裂いたため、圧倒されて言葉が出ない。

 カルロスは剣を鞘に納めてから、ルーリアと視線の高さを同じにするように片膝をついた。


「お前、またか」


 ため息混じりに発せられた言葉にルーリアの鼓動がとくりと跳ねた。


(カルロス様、私のことを覚えているの?)


 彼は覚えていないと思い込んでいたため、ルーリアが動揺した状態でカルロスを見つめ返していると、慌ただしく廊下を走る音が響いた。


「ルーリア!」


 アズターが走り寄ってくると同時に、遠巻きに見ていたアメリアもすぐさまルーリアの元にやって来る。


「お父様、聞いて。私は止めたんだけどお姉様が……」


 早速言い訳を始めたアメリアを「ちょっと待ってくれ」と手で制してから、アズターは恐れを含んだ眼差しでカルロスを見つめる。

 カルロスは姿勢を正すかのようにしてゆっくりと立ち上がり、アズターと向き合った。


「……娘がまた迷惑をかけた」

「いえ。仕事ですから」


 先ほども聞いたような言葉のやり取りが交わされた後、少しの沈黙を挟み、アズターが固い声音で続ける。


「君は闇の魔力だろうと、ものともとせず打ち破ると聞いていたが、実際目にすると圧巻だな」

「お褒めいただき光栄です」

「本当にその通りだわ! カルロス様、とっても素敵だった!」


 カルロスが無感情で返事をすると、すかさずアメリアも興奮気味に話に割って入っていく。

 アメリアの熱意と勢いにカルロスが眉を顰めたその傍で、アズターがルーリアへと静かに歩み寄った。


「ルーリア、すまない。兄さんが宰相との話に夢中になっているうちに出よう」


 小声で囁き掛けられ、ルーリアは小さく頷き返すと、差し出された手を取って立ち上がる。

 そのままアズターに腕を引かれて歩き出したが、「お父様、ちょっとだけ」と足を止め、ルーリアはカルロスへと体を向けた。


「あのっ、カルロス様……ありがとうございました」


 か細い声で呼びかけてから、ルーリアは膝を折って丁寧にお辞儀をする。


(あなたに会えて良かった。どうかお元気で、さようなら)


 顔を上げた後、ほんの数秒、カルロスと視線を通わせたあと、ルーリアは身を翻し、アズターと共に歩き出した。


「カルロス様、私たちも大広間に戻りましょう」


 アメリアはさりげなくカルロスの腕に自分の腕を絡めつつ、甘えるように誘いの言葉をかけた。

 しかし、カルロスは無言のままじっとルーリアの後ろ姿を見つめ続けている。視線すら寄越してもらえず、アメリアは自分の存在を無視されたような気持ちになる。

 アメリアは悔しそうに唇を噛んだ後、怒りをぶつけるかのようにどんどん遠ざかっていくルーリアを睨みつけた。



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