願っていた再会4
「……大丈夫ですか?」
ルーリアがあまりにもじっと見つめていたからか、彼が少しばかり顔を強張らせながら問いかけてくる。
そこでルーリアは慌てて頷いて、彼から視線を逸らしたが、むくむくと湧き上がってくる懐かしさと嬉しさで胸が熱くなるのを我慢できず、盗み見るかのように再び彼を見上げた。
(本当に彼なの?)
似ていると感じても確信は持てず、それならば本人かどうかを確認しようと考えるものの、話を切り出す勇気が出ない。
(もし本人だとしたら、私のこと覚えてくれていたり……しないわよね)
相手の反応に期待を寄せてみるが、ルーリアを見下ろす彼は無表情に近く、そこから何の感情も読み取れない。
「ルーリア!」
場に割り込むかのようにアズターの声が響き、ルーリアがハッと息をのむと同時に、やや手荒に腕を引っ張られ、男性から引き離される。
「娘がなにか迷惑をおかけしたようですね。失礼しました」
大急ぎで戻ってきたのか、ルーリアの腕を掴んでいるアズターの息が弾んでいる。
彼は「いいえ」とアズターの問いに軽く首を振って答えた後、気にかけるように改めてルーリアへと目を向けた。彼と目が合ったがそれは一瞬の出来事で、すぐさまルーリアの視界を遮るようにアズターが目の前へと一歩踏み出してくる。おまけに「下がれ」と言わんばかりに、アズターが肩越しにルーリアに視線を向けてきた。
(私が誰かと喋ったりして、その人の記憶に残るような行動を取らせたくないのね)
ルーリアはいつもより余裕なさげな父親を不思議に思いつつも、自分に向けられた厳しい眼差しから父の考えを読み取る。そして、ちくりと痛んだ胸を手で抑えながら顔を俯かせ、唇を噛んだ。
(彼と話したかった。でもチャンスはあったのに勇気を出せず、それを逃してしまったのは私だわ。もう諦めるしかない)
アズターの求めに応じて、ルーリアが静かに足を後退させようとした時、背後から「どいてちょうだい」と焦りを含んだ声が聞こえてきた。
振り返ると、男性たちをかき分けるようにしてこちらに向かってくるアメリアと、その後ろに「アメリア、待ちなさい!」と彼女を追いかけるディベルの姿があった。
アメリアは心なしか嬉しそうにも見えるが、ディベルのひどく強張った表情から激怒される予感を覚え、思わずルーリアは身構える。
「カルロス様! お会いしたかったです!」
突き進んできたアメリアはルーリアなど視界に入っていない様子で足早に目の前を通り、男性へと飛びつくように抱きついた。その光景を目の当たりにしたルーリアは唖然とする。
「私です。アメリア・バスカイルです。先日は困っていたところを助けていただき、ありがとうございました!」
「……ああ、あの時の。仕事なので礼には及びません。それよりも、後日回復薬を私の部隊に、しかもあのように上質なものを数多く贈ってくださり、改めてお礼申し上げます」
回復薬と聞き、もしかして自分が作ったものかとルーリアは反応する。しかし、上質なものと続いたことで、いつも低レベルな魔法薬しか作れないとクロエらから罵倒されているルーリアは、自分の手によるものではないと理解し俯く。
カルロスの視線がルーリアに向けられたため、アメリアは気を引くように彼の腕を掴む手に力を込めた。
「あれらは私が作りました。カルロス様のお役に立てたのなら幸いですわ。こうして再会できたのも強い縁があってのことですもの。ねえカルロス様、私をダンスに誘ってくださらない?」
「すみませんが、今日私は招待客ではなく、騎士団のひとりとしてここにいますので」
アメリアは甘えた声で擦り寄ろうとしたが、彼は表情ひとつ変えずに素っ気なく言葉を返し、さりげなく身を引いてアメリアから距離を置いた。
(……よりによって、彼がカルロス・ジークローヴだなんて)
馬車の中でアメリアの口から飛び出した名前と一致していることから、彼がその人だと断定する。同時にディベルに「黒精霊の気配に敏感だ」とか「死神公爵」などと言われていたのを思い出し、ルーリアの目の前が失望と共に暗くなる。
(ずっと会いたかったのに、彼は会ってはいけない人だったのね)
俯きがちだった視線を上げた瞬間、ルーリアはカルロスと目が合い、ぎくりと息をのむ。
自分を見つめる彼の眼差しが、何か探るような色合いを帯びているような気がしたからだ。このまま全てを見透かされてしまうのではと怖くなり、ルーリアが無意識に後退りした瞬間、カルロスが素早く距離を詰め、ルーリアの腕を掴んだ。
カルロスは厳しい面持ちのまま、何か話しかけようとしたが、ルーリアの顔が青ざめていることに気づくと、「すまない」と呟き、慌てて手を離す。
僅かに動揺している様子のカルロスへと、アメリアが「カルロス様」と近づこうとする。しかし、すぐさまアズターが、アメリアの動きを手で制しつつ、再び自分の背にルーリアを隠すように移動するとカルロスに軽く頭を下げた。
「カルロス部隊長、我々、王妃様へのご挨拶がまだですので、これにて失礼します」
アズターがカルロスに告げると同時に、ディベルがルーリアの腕を掴んで歩き出す。
「ちょっと、お父様!」と納得いっていないアメリアの叫びを背後に聞きつつ、ルーリアはよろめきながらも伯父に従って歩き出した。
「まったく、よりによってあいつと接触するなんて。気付かれでもしたらどうする」
「すみません」
少しばかり気落ちしながら、ルーリアは伯父の背中に向かって謝罪の言葉を紡ぐ。
王妃への謁見の列ができている階段のところまで足を進め、最後尾に並んだところでようやくディベルが腕を離し、ルーリアは小さく息を吐いた。
すぐにアズターとアメリアも追い付き、アメリアは当然のようにルーリアを追い越して、伯父の隣を陣取った。
「もっとカルロス様とお話ししたかったわ」
「アメリア、お前はシャルード王子に顔を覚えてもらい、親しくなるのが最優先だ」
やれやれと言った様子でディベルに釘を刺されるものの、アメリアはそれをさらりと聞き流し、やって来た騎士団員と何やら言葉を交わしているカルロスを熱い視線で見つめる。
不意にカルロスが自分を見つめ返して来た気がしてアメリアは一気に顔を綻ばせたが、やがて彼の視線は隣にいるルーリアに向けられているのに気づき、膨れっ面となる。
「お姉様はカルロス様と一体何を話していたのよ。色目でも使ったわけ? 小賢しいわね」
「……大したことは話していません」
ルーリアが必死に首を振って否定するのに続いて、ディベルもカルロスがこちらを気にしているのを見て取り、小さく舌打ちをした。
「気付かれたか?」
「どうかしら。私には彼がちょっとだけ気にはしていても、警戒しているようには見えなかったけど」
「とにかく予定通り、王妃様への挨拶が済んだら、さっさと会場を後にしろ」
ディベルのひと言でルーリアは怖くなり、カルロスの方を見れずに、視線を俯かせる。一方で、アズターもカルロスの眼差しから刺々しさを感じられず、アメリアの意見に同意するように小さく頷いてから、ディベルに対して「わかっています」と固い声音で返事をした。
「そうよ。早くここから居なくなってちょうだい。そうすれば、私がどれだけカルロス様とお話ししたって許されるはだもの」
腹いせのようにアメリアからじろりと睨みつけられ、ルーリアは居た堪れないように体を小さくさせた。
ゆっくりと列が進んでいき、やがてルーリアたちの挨拶の番がやってくる。
王妃の前にアメリアとルーリアが並んで膝をついて頭を垂れると、ふたりの両脇からディベルとアズターが揃ってお辞儀をする。
「王妃様、本日はお招きいただきありがとうございます」
ディベルが胸元に手を添えながら恭しく述べると、王妃は嬉しそうに微笑んでルーリアとアメリアに声を掛けた。
「あなたたちに会えるのをとっても楽しみにしていたのよ。顔を上げてちょうだい」
そう求められ、アメリアは満面の笑みで堂々と、ルーリアはおどおどとしながらぎこちなく顔を上げ、「王妃様、お誕生日おめでとうございます」とほぼ同時に祝いの言葉を発した。
「……確か、ルーリアとアメリアだったわね。アメリアはアズターに、ルーリアはジェナに似ているわね。ジェナも変わりなく?」
「はい。この良き日に、妻に代わって王妃様に心からの祝福を」
「ふふふ。ありがとう。嬉しいわ」
(王妃様は、母のことを知っているの?)
ルーリアは王妃と父のやり取りを驚きの顔で見つめていると、それに気付いた王妃がルーリアと同じような表情を浮かべる。
「あら、もしかして知らなかったのかしら? ジェナと私は幼馴染なのよ」
「いやいや、もちろん知っていますとも! なあ、ルーリア」
「はっ、はい!」
アメリアの隣に立っているディベルから素早く言葉を挟まれ、察したルーリアは頷きながらそれに続く。ルーリアにとっては初めて聞く事柄だったが、どうやらバスカイル家では周知の事実らしい。