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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
六章、

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33/40

ふたりで作る未来へ1


 ジークローヴ邸の玄関がばたりと勢いよく開き、ルーリアを抱きかかえたカルロスと、レイモンドが慌てた様子で入ってきた。

 モップを手に持ってちょうど廊下に出てきたエリンは、その様子に気づくと同時に、大急ぎで歩み寄る。


「お帰りなさいませ……いったいどうなさったのですか?」

「結界を張ってあるから、屋敷の中ならなんとかなるかと思ったが、考えが甘いかもしれない。レイモンド、念の為、このままエリンを連れて裏から出ろ」

「わかりました。団長の元へと向かい、応援を頼みます」


 エリンはカルロスの腕の中で苦しそうにしているルーリアを見つめて問いかけるが、カルロスはそれには答えず、レイモンドに指示を飛ばす。


「エリン、説明は後です。行きますよ。そのモップは持っていてください。武器になる」


 レイモンドは戸惑うエリンを促しつつ歩き出すと、ようやくエリンも「わかったわ」と返事をして動き出す。勝手口がある炊事場の方へと進みながら、エリンがルーリアを心配そうに振り返った瞬間、前を歩いていたレイモンドの背中にぶつかる。


「あなたどうしたの? ……くっ、黒精霊!」


 行く手を塞ぐかのように目の前に現れた黒精霊に、エリンが悲鳴に近い声をあげる。しかもその一体だけでなく、空間に生まれた歪みから黒精霊が姿を現し始め、エリンとレイモンドはカルロスの元へと舞い戻る。

 玄関から外に出るべきかと考え、カルロスがそちらへと目を向ければ、玄関の前にも歪みが生じ、ぞろぞろと黒精霊が屋敷の中に侵入する。

 逃げ場所を絶たれたことにカルロスは舌打ちし、追いたてられるようにレイモンドたちと共に居間へと移動する。

 黒精霊の目的はやはりルーリアのようで、転びそうになっても目を逸さない。黒精霊の一体が一気に側まで近づいてきたため、エリンは持っていたモップを振り回した。


「近づかないで!」


 がむしゃらに振り回したそれが黒精霊に当たると、黒精霊の眼差しがルーリアからエリンへと定められ、鋭い鉤爪を振り上げて、エリンに飛びかかった。


「きゃああっ!」


 すぐさまレイモンドが光の魔力を使って黒精霊を弾き飛ばしたが、エリンの腕は切り裂かれ、血が滲み出しているそこには黒い影がまとわりついていた。

 息を荒げていたルーリアはそれを目にし、「カルロス様、降ろしてください」と話しかけた。床に足がつくと、ルーリアは苦しそうに胸を押さえながら、ふらふらとした足取りで、三人から離れて行こうとしたため、すぐさまカルロスが腕を掴んだ。


「ルーリア、どこに行く」


 その問いかけにルーリアはゆるりと振り返り、カルロスとレイモンド、そしてエリンへと順番に視線を向ける。


「皆さん、逃げてください。逃げて早くエリンさんの手当を。黒精霊は私を見てる。私が目的なのだから、私が囮になれば良い。私が気持ちを保てている間に、どうか早く」


 言い終えると同時に、ルーリアはその場に崩れ落ち、苦しそうに歯を食いしばった。すぐさまカルロスはルーリアに寄り添うように片膝をつく。


「こんな状況で、ルーリアをひとり残していけるか!」


 強く拒否すると、ルーリアがカルロスへと顔をあげ、厳しい面持ちで覚悟を口にした。


「でしたら、今こそ、約束を果たしてください。遅かれ早かれ、私はもうすぐ穢れ者になるでしょう。だからお願いします」


 約束と言われ、カルロスは動きを止める。


『ルーリアが自我を失い闇の魔力を使い、この屋敷の者たちを傷つけるようなことがあれば、俺はお前を闇の者とみなし、責任を持ってその命を終わらせてやる』


 かつて自分が投げつけた言葉に胸が一気に苦しくなる。その判断をすべきなのかもしれない。しかし、「わかった」という言葉をカルロスはどうしても言い出せなかった。

 迷うカルロスの背中を押すように、ルーリアはカルロスの手を優しく掴み取ると、剣の柄へとそっと押し付けた。


「あなたは私を助けたのです。そこにカルロス様が背負う罪などありません。カルロス様の妻となれて、私はとっても幸せでした。あなたのこれからの未来が温かさで満ちていることを願っています」


 にこりと笑いかけてきたルーリアにカルロスは息をのむ。そしてゆっくり立ち上がると剣を引き抜いた。

 思わずエリンが「カルロス様!」と声を上げると同時にルーリアも立ち上がり、カルロスと向かい合う。カルロスは冷静な面持ちのまま、ルーリアは覚悟を決めたような顔で互いを見つめ、そして鋭い剣先がルーリアへと向けられた。

 ルーリアは最後にもう一度微笑みかけ、すべてを受け入れるようにそっと目を瞑った。

 次の瞬間、カルロスが手の力を抜き、床に剣を落とした音が大きく響いた。驚いてルーリアが目を開けた時にはもう、カルロスはルーリアを抱き締めていた。


「たとえ間違った選択だったとしても、俺はルーリアを殺したくない。あなたとの未来を心から望んでいる」


 腕の中で息をのんだルーリアを包み込むように、カルロスは抱き締める力をわずかに強くさせた。


「ルーリアを誰よりも大切に想っている。愛している」

「カルロス様」


 涙をこぼしながら弱々しい力で抱きついてきたルーリアの頭部にカルロスは口付けを落とす。それからゆっくりと体を離し、落とした剣を掴み取った。

 そのままルーリアを背で庇うようにしてカルロスは剣を構えた。


「ふたりは隙をついてどうにか逃げてくれ。俺は耐久戦だ」


 どんどん溢れ出てくる黒精霊に対してカルロスが不敵に笑ったその時、にじり寄って来ていた黒精霊たちの動きが一斉に止まった。


「なんだこの数は」


 カルロスの目の前でふわりと時空の歪みが生じ、そこから姿を現したセレットが驚きの声をあげ、続けて現れた男と女の二体の精霊も黒精霊たちを見て顔を歪めた。

 腰ほどまで緩やかに波打った薄紫色の髪を持つ女性の精霊がすっと前に出て、胸の前で手を組んで数秒後、女の精霊を中心に光の魔力が温かな波紋となって広がっていった。

 力の波に包み込まれた黒精霊たちにふたつの変化が起きた。闇の力が弱まった者は慌ててその場から姿を消し、そしてもう一方は、闇の魔力が完全に消し去られたことで、きょとんとした顔でその場に立ち尽くしている。


「黒精霊が、普通の精霊へと……戻ったのか?」

「その通りです。黒精霊は、精霊の成れの果ての姿ですから。ヴァイオレット様のご加護により、穢れは消え去ったのです」


 銀色の長髪の男性精霊はカルロスにそう話して聞かせつつ、女性の精霊、ヴァイオレットを誇らしげに見つめた。


「ちょうどいいタイミングでしたね」


 そしてヴァイオレットもカルロスへ笑いかけてから、ルーリアへに視線を移動させた。同時に、ルーリアが警戒するように体を強張らせたのをカルロスは感じ取る。


(無理もない。俺も少し驚いたし……この女性精霊、似過ぎだ)


 窮地を救ってくれた女性の精霊は、これまで何度かカルロスやルーリアの前に姿を現している、足から鎖をぶら下げたあの黒精霊に似ているのだ。


(この二体はいったいなんなんだ)


 それを探るようにカルロスがセレットへちらりと目を向けた時、ヴァイオレットがルーリアに話しかけた。


「お久しぶりね、ルーリア」

「なぜ私の名前を」


 ヴァイオレットはルーリアに向かってにっこり微笑んだまま地面へと降り、そのままぱたりと倒れた。



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