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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
五章、

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32/40

過去と繋がる7


「いったいどうされまして? 王妃様が見ておりますよ」


 割り込んできた女性に指摘されると、アメリアとクロエラは弾かれたように王妃へと顔を向ける。女性の言葉通り、王妃は厳しい面持ちでこちらを見つめていて、部が悪く感じたアメリアは悔しそうに唇を噛んだ。

 ルーリアに向かって「許さないから」と呟くと、くるりと踵を返し、歩き出した。

 クロエラは周りへと引き攣った笑みを向け、「そうでしたわね。私としたことが失礼しました……でも本当になんでもありませんのよ」と言い訳のように告げると、アメリアを追いかけていく。

 騒めきが収まらない中、女性はカルロスとルーリアの前まで進み出て、膝を折って挨拶をした。


「お兄様、ルーリアさん、お久しぶりです」

「カレン、久しぶりだな。お前も招待されていたんだな」

「ええ。お兄さまとルーリアさんがいらっしゃるからと、王妃様の計らいで」


 カレンがちらりとルーリアへ目を向け、気まずそうに笑みを浮かべたため、すぐにルーリアも「お久しぶりです」と挨拶を返した。

 そんな様子に、カルロスが思い出したようにぽつりと呟く。


「そう言えば、先日、言いたい放題だったそうだな」

「そのことに関しては本当に反省しているわ。ルーリアさん、ごめんなさい。お詫びは何が良いか考えているのだけれど、欲しいものはありまして?」

「お詫びだなんて、とんでもない。本当に気になさらないでください。私はなんとも思っていませんから」

「ルーリアさん、とっても優しい方ね。お兄様には勿体無い……それに比べて妹の方には、すっかり騙されてしまったわ」


 カレンがチラリと横目で見れば、遠くにまだアメリアとクロエラの姿があり、ふたりともこちらを見ていた。アメリアに関しては、その視線がカルロスに向けられていることもあり、諦めきれない様にも見て取れて、カレンは呆れた顔をする。


「お兄様、ルーリアさんと踊ったらどう? さっき、あの子が話しているのを側で聞いてたんだけど、お兄様と踊りたくて仕方がないみたい」


 ダンスと言われて、ルーリアは顔を青くし首を横に振った。


「私、踊れません。ダンスの作法もまったくわからなくて……今日を迎える前に、できる限り覚えておくべきでした。ごめんなさい」

「謝る必要はない。俺も今日は顔だけ出せれば良いと思っていたから、そこまで要求しなかったし」


 すぐさまルーリアを庇ったカルロスの様子に、カレンは目を丸くし、そして嬉しそうに頷いた。


「なんだ?」

「お兄様にも温かな感情というものがあったのかと、ホッとしているだけです」


 うふふと笑って返された言葉に、カルロスは真顔になる。カレンは兄の様子に笑みを深めつつ、提案する。


「でしたらお兄様、私と踊りません? あの子は私が妹だなんて思ってないでしょうし、同い年くらいの私と踊っているのを見たら、さぞかし悔しく思うでしょうね」

「いい性格だな」

「お兄様の妹ですもの」


 カレンはまずルーリアの手を取って確認する。


「一曲の間だけ、お兄様を借りても?」

「はい。もちろんです」

「曲が終わったら、すぐに返しますね」


 そこでルーリアの手を離し、代わりのようにカルロスの手を取った。「お兄様と踊るなんて、少し気持ち悪いですね」と呟き、カルロスに「それは俺の台詞だ」とじろりと睨みつられる。

 そんな軽口を叩きながらも、楽師たちの演奏に合わせて、楽しそうに踊り始めた。

 容姿の整ったふたりが息の合った様子で踊る姿は目を引くものがあり、否が応でも人々の注目を集めた。

 カレンの予想通り、それほど間を置く事なく、アメリアは悔しそうに顔を歪めて、クロエラと共に会場から完全に姿を消し、ふたりの姿が無くなったことにルーリアはホッと息を吐く。

 少しばかり肩の力を抜いて、ルーリアはカルロスとカレンが踊る様子を見つめた。


(……私も、しっかり覚えておけば良かった。いつ求められても大丈夫なように、次は必ず)


 ぼんやりと頭の中でカルロスと踊る自分の姿を想像し、ルーリアはハッと目を大きく見開く。なんだか気恥ずかしくなってしまいそわそわしていると、再びあの窓が視線に止まった。


(さすがにこれだけの人目がある中で、茂みに入って探すわけにはいかないわよね……王妃様にひと言お願いしたら、もしかしたら探していただけるかもしれない)


 もう一度王妃と話せないだろうかと考えたその時、すぐ隣から声を掛けられた。


「何か飲み物をお取りしましょうか?」

「いえ。大丈夫です……あ、あなたは確か……」

「覚えてくださっていたのですね。ルイス・ギードリッヒです」


 名乗りを受けて、王妃の誕生日パーティーで言葉を交わしたあの男性だと、ルーリアは完全に思い出す。あの時、冷たくあしらってしまったこともあり、改めて気まずさでいっぱいになったルーリアへと、ルイスは不思議そうに問いかける。


「虹の乙女となにかあったのですか? 公爵様が激怒しているから、アメリアが怖がっている様子だったけど」    

「いえ。なんでもありません」


 詳しいことをペラペラと話すつもりはなく、ルーリアはクロエラの真似をしながらゆるりと首を振る。すると、ルイスは「そうですか」と素っ気なく呟いた後、ルーリアの手をそっと掴み取った。


「それにしても悔しいな。俺もあなたに結婚を申し込んだというのに、断りの返事と共にカルロスとの結婚の話も入ってきたから結構傷ついたよ……出来れば手に入れたかった。このまま奪い去ったら、あの男はどんな顔をするだろうか」


 ルーリアは咄嗟に手を引こうとするが、それを阻止するようにルイスの力が込められた。


「別になんとも思わないか。君たちは別に恋慕った末の結婚って訳じゃないんだろう?」


 容赦なく突きつけられた言葉にルーリアの心がズキリと痛んだ。


(確かにそうだけど、私にとってカルロス様は……)


 ルーリアは息を吸い込み、ルイスを真っ直ぐ見つめて、はっきりと告げる。


「私はカルロス様を慕っております。あなたが思うよりもずっと昔から、そして昔よりもっと。たとえ囚われても逃げ出して、カルロス様の元へ絶対に戻ってみせます」

「……だったら鎖で繋いでしまおうか」


 ルイスは冷たくそう言い放った後、呆れたように笑った。

 彼の口から飛び出した鎖という言葉が、ルーリアの脳裏に黒精霊の姿を思い起こさせる。足から短い鎖を垂れ下げている、度々目にするあの黒精霊だ。


「それは魔法石ですよね。すごいな」


 動揺で瞳を揺らした時、ルイスが驚いた様子でネックレスへと手を伸ばしてきたため、ルーリアは大きく後ずさる。やはり手を離してくれないことに恐怖を覚えつつ、嫌悪感を一気に膨らませながら、声を震わせ確認した。


「そう言えば、前も私の髪飾りの魔法石に触れましたよね……何かしましたか?」


 髪飾りの魔法石は、闇の魔力を感じ取ったカルロスによって壊された。

 その問題の髪飾りに触れたのは魔法石に力を込めたディベルと、ルーリアの髪に着けた侍女、そして目の前にいるルイスだ。面子を考えると、彼である可能性が高いような気がして、ルーリアが身構えると、ルイスがニヤリと笑った。


「さあ。なんのことだろう」


 その瞬間、ルイスはルーリアを手荒に引き寄せた。彼の目の奥でゆらりと黒い闇が揺らめいたことに気づいてしまえば、ルーリアの中で息を顰めていた闇の魔力が騒めき出すのを感じ、背筋が震える。

 手を振り払って逃げ出さなくては大変なことになると分かるのに、縫い付けられたように足が動かない。心が恐怖で支配されかけたその瞬間、横から伸ばされた手がルイスの手を掴み上げた。


「俺の目の前で、堂々妻を口説かないでいただきたい。気分が悪い」


 カルロスが容赦なく力を込めれば、ルイスは苦痛で顔を歪ませて、ルーリアからやっと手を離した。


「すまない。君へのただの嫉妬だ。許してくれ」


 おどけた様子でルイスはカルロスから距離を置こうとするが、今度はカルロスがルイスの手を離さない。


「それだけじゃないだろう。今更隠しても無駄だ。俺の目には闇の魔力が見えている」


 カルロスからはっきりと断言され、ルイスは舌打ちした。そしてぶつぶつと何かを唱えた数秒後、招待客たちから次々と悲鳴が上がり始めた。

 何体もの黒精霊が人々の頭上に姿を現し、その中に鎖に繋がれた女の黒精霊がいることにカルロスが気づいた瞬間、鎖の黒精霊以外のすべてが地面へと落下し、人々を襲い始めた。


「カルロス・ジークローヴ。俺に構っていて良いのか? あっという間に、ここにいる人間たちが穢れ者になるぞ」


 王妃の主催のため、騎士団員が何名か警備にあたっている。しかし、彼らだけでは力が及ばず、貴族たちだけでなく、いずれ王妃にも牙が向けられることだろう。

 しかし、目の前にいる男はこれまでずっと探し続けていた輩だ。みすみす逃したくないという気持ちと葛藤していたが、「助けて!」という声を聞いてしまい、カルロスはルイスから手を離した。

 あざ笑うような顔をして逃げ出したルイスを睨みつけた後、「隊長!」と近づいてきた部下のケントへと視線を移動させる。


「ケントと俺、それからそこのふたりは応戦を。王妃のそばにいる三人はそのまま王妃を守りつつ、この場を離れろ」


 カルロスが迷いなく指示を飛ばすと団員たちから「はい!」と一斉に返事が上がる。


「隊長、使ってください!」


 ケントは二本あるうちの片方を剣帯ごと外してカルロスへ放り投げると、そのまま手元に残った剣を手にし、貴族に襲いかかっている黒精霊へと向かっていく。

 しっかりと受け取ったそれを、カルロスが自分の腰に装着した時、ルーリアが震える手で胸元を押さえながら、その場に崩れ落ちた。


「ルーリア!」


 すぐさまルーリアに駆け寄るものの、素早く剣を抜いて、向かってきた黒精霊に応戦する。


(闇の魔力が……あの野郎)


 ルーリアの中で大人しくしていた闇の魔力が、今にでも溢れ出さんばかりに増幅している。ルイスによる働きがけがあったのは明らかで、カルロスは目の前の黒精霊を斬り捨てると、「ルーリアしっかりしろ!」と声を掛けた。

 その時、エリオットを先頭に騎士団員たちが傾れ込んでくる。エリオットは「嫌な気配がすると思ったら」と顔を歪めた後、カルロスとルーリアに気づいて、慌てて駆け寄ってきた。


「何があったんだ。ルーリアさんは無事か?」

「怪我は負っていませんが、闇の魔術師にやられた。それと、黒精霊はルーリアに反応している。俺は彼女と共にひとまず離れます。後をよろしくお願いします」


 カルロスの言葉を受けて、エリオットはぐるりと庭園を見渡す。

 近くの黒精霊たちはルーリアに引き寄せられるようにして近づいてきていることや、黒精霊に傷を負わされて穢れ者になりかけている者を数人見つけ、神妙な面持ちとなっていく。

 そこへケントが近付いてくると、カルロスは思い出したように声を掛けて呼び寄せ、「頼みたいことがある」と前置きしてから、ルーリアの父親の状況を説明して聞かせた。それにケントは「分かりました」とすぐさま了承した。


「気をつけろよ」


 カルロスはエリオットの言葉に頷き返すと剣を鞘に納め、苦しそうなルーリアを両手で大事そうに抱え上げて、歩き出した。



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