過去と繋がる6
度々上がる女性たちの黄色い声を聞きながら進んでいくと、やがて外廊下へと出た。緩やかに曲がった通路の先から庭園へと出られるようになっていて、タイルが広範囲に敷き詰められたそこに、たくさんの人の姿があった。楽師たちが優雅な調べを奏でる中で、グラス片手に談笑したり、踊っていたりとそれぞれに時間を過ごしている様子だ。
その中に、男性たちに囲まれて愛らしい笑みを浮かべているアメリアの姿を見つけ、ルーリアの足が止まりかける。
「大丈夫。不安がることはない。俺がついている」
すかさずカルロスから力強く響いた言葉に、ルーリアは視線をあげて「はい」と冷静に返事をした。
(……私にはカルロス様がついている。大丈夫)
誰よりも自分のそばにいる存在を心強く感じながら、ルーリアはカルロスと共に庭園の奥にいる王妃だけを見つめて、周りを気にすることなく真っ直ぐ進んでいった。
近くまで行くと、男女の貴族とちょうど話し終えた王妃の目線がカルロスとルーリアを捉え、「まあ!」と嬉しそうに顔を輝かせた。
王妃の元に辿り着くと、ふたり揃って丁寧にお辞儀をし、カルロスの凛とした声が響く。
「王妃様、お招きくださりありがとうございます」
「カルロス、こちらこそ感謝するわ。ありがとう! ルーリアさんにも会えて嬉しいわ。先日よりも顔色が良くて、カルロスに大切にされているようね」
「はい。カルロス様にはとても良くしてもらっています」
笑顔でかけられた王妃からの言葉に、ルーリアは少しだけ口元を綻ばせて答える。すると、王妃はルーリアに近づいてそっと手を掴み取り、小声で話を続けた。
「何度もジェナと一緒にお茶会に参加して欲しいと打診したのよ。妹の方は来るのに、あなたは体調が優れないからと姿を見せてくれなくて。ジェナに詳しく聞こうとしてもクロエラ婦人が話に割り込んできて、関係ないことをのらりくらりと話出すし」
「誘って下さっていたのに、申し訳ございませんでした」
誘ってくれていたことすら知らないとはさすがに言えず、ルーリアが頭を下げると、王妃は優しく微笑んでゆるりと首を横に振る。
「貴方を責めている訳じゃないの。今のはただの愚痴よ。今回も婦人はいらしているけど、必死になって商売の話を持ちかけるものだから、嫌がる方もぽつぽついて……交流の場となればと思ってパーティーを開いているけれど、度が過ぎるのは問題ね」
王妃の視線を辿るとすぐにクロエラの姿を見つける。彼女は王妃の言葉通り、貴族男性の腕をしっかりと掴んだ状態で、あれこれ熱く話しかけている。
「騎士団から魔法薬の取引停止の話もいっているだろうし、もしかしたら他からも同じように言われているかもしれないな」
「……も、もしかして私、余計なことをしてしまいましたか」
「余計なことな訳ないだろ。当然の報いを受けているだけだ。ルーリアは何も間違っていないのだから気にするな。むしろ堂々としていろ」
怯えの混ざった表情となったルーリアをカルロスは真っ直ぐ見つめ、揺るぎなく考えを述べた。するとルーリアは心なしか表情を和らげ、カルロスを見上げて小さく頷く。
そんなふたりの様子に王妃は笑みを深めた。
「カルロスと結婚したと聞いて驚いたけど、同時に安心したわ。今こうしてふたりの姿を見れて、良かったとすら思ってる……娘は悲しくて三日ほど部屋から出てこなかったけどね」
カルロスが王女との結婚の話があったことをルーリアは思い出し、気まずさと申し訳なさでいっぱいになりながら体を小さくさせる。
「カルロスは人脈もあるし、ルーリアさんもここでたくさんの人と知り合って、どんどん世界を広げるといいわ」
「……はい。ありがとうございます」
「今日はありがとう。今度またお茶会に誘うわね」
ルーリアが王妃に感謝の言葉を述べた後、この場を辞するように、カルロスと共とに丁寧にお辞儀をした。
王妃の元を離れながら「何か飲むか?」とカルロスに問われ、ルーリアは庭の隅に設置されてあるテーブルの方へと目を向ける。
「はい、いただけるなら……あっ」
テーブルからその向こうに見える城を何気なく見上げ、思わずルーリアは声を発する。
「どうした?」
「あの窓に見覚えがあるような気がして。もしかして、カルロス様に助けていただいた場所でしょうか」
王妃の誕生日パーティーで、アメリアが母のネックレスを投げ捨てた窓に似ているように思え、少し前のめり気味にルーリアはカルロスに訪ねた。
「助けた……ああ、ルーリアが落ちそうになっていたのはあの窓だ」
「あの窓の下に行きたいのですがよろしいですか? 実はあそこから母のネックレスを落とされてしまって。探したら見つかるかもしれないし」
「誰に落とされた?」
鋭く問われてルーリアが言い辛そうに黙り込むと、カルロスが肩を竦めた。
「すまない、聞くまでもないな。あの場所にはルーリアの他にもうひとりしかいなかった」
「ルーリアお姉様!」
カルロスの独白に続いて背後から明るい声が響き、ルーリアはわずかに顔色を変える。
「お姉様がいなくなってから、ずっと寂しかったわ」
振り返ると同時に、アメリアが抱きついてきた。もちろん、これまでほとんど一緒に過ごしていないアメリアに「寂しかった」と言われても信じられず、ルーリアはただただ体を固くする。
「今日はカルロス夫妻がお見えになると聞いていたから、ルーリアに会えるのを楽しみにしていたのよ。この前はごめんなさいね、許してちょうだいね」
そこへクロエラもやって来て、屋敷に押し入ったのもまるで些細なことかのようにあっさり言ってのけると、カルロスとルーリアに笑いかけた。
周りの目には、微笑ましい光景に映っているだろうけれど、実際はアメリアの手がきつくルーリアの腕を掴んでいたり、クロエラの目の奥が笑っていなかったりと、ルーリアはこの状況が怖くて仕方ない。
「カルロスお義兄様との生活はどう?」
アメリアはにっこりと笑って問いかけた後、冷めた顔へと表情を一変させ、声音も落として続ける。
「聞かれても答えられないわよね。結婚式も挙げてもらえないみたいだし、実際は相手にされていないんでしょう? お父様が無理に話を押し通したって聞いたわ。ディベル伯父様の逆鱗に触れ、お父様はひどい有様だけど、頭を冷やすべきなのは同感よ」
ルーリアは「お父様」と強張った声で呟く。自分のことで精一杯で、逃してくれた両親のことまで気が回らなかった。そうなると母親も辛い目に遭わされていてもおかしくなく、不安になってくる。
不安そうに瞳を揺らしているルーリアへ気遣う眼差しを向けるカルロスに、アメリアは不満そうに顔を顰め、憤りを言葉にして吐き出す。
「厄介者のお姉様を押し付けられて、カルロスお義兄様もお可哀想に。相手が私だったら、どれだけ良かったでしょうね」
ふっと小馬鹿にしたような笑いを挟んだ後、アメリアはルーリアから体を離し、カルロスににっこりと笑いかけ、その腕を掴む。
「私もカルロスお義兄様と仲良くなりたいわ。せっかくだし、一曲踊ってくださらない?」
「良いわね。虹の乙女が義妹にいると周りに認知されることは、カルロス公爵の利益に繋がりますし、鼻も高いでしょう」
アメリアにクロエラも同調し、周りの視線を気にしながら囃し立てると、カルロスがアメリアの手を大きく振り払った。
「断る」
「……カ、カルロスお義兄様?」
「俺を気安く呼ぶな。虫唾が走る」
カルロスにばっさりと拒絶され、口元を引き攣らせた後、アメリアは目に涙を浮かべて、芝居掛かたった様子でカルロスを責めた。
「ひ、ひどいです。そんな言い方。私はずっとカルロス様と親しくなりたいと思って……」
言いながら再びアメリアが手を伸ばしてきたため、カルロスはさらりと避けて、ルーリアを自分の元へ引き寄せる。
「俺にも妻にも二度と触れるな」
唖然とし固まってしまったアメリアを庇うように、クロエラが前に出た。
「少し言葉が過ぎるのでは? アメリアはバスカイル家の宝、虹の乙女です。精霊より祝福を受けたこの子は、ルーリアより何倍も価値もある」
「虹の乙女などとご立派に名乗っているくせに、まともに魔法薬も作れないのか? ルーリアの生成した物と比べると雲泥の差だ。この女よりルーリアの方が優れているし、俺が大切にしたいと思えるのもルーリアだけだ。結婚式も挙げる予定でいる。そっちこそひと言多い、余計なお世話だ」
ルーリアよりも劣ると言われてしまえば、さすがのアメリアも表情を繕えなくなり、不満げにカルロスを睨みつける。
その視線を受け、カルロスが半笑いで言葉を返す。
「反論があるならぜひ聞かせてくれ。魔法薬の品質が突然地に落ちたのはどういう理由だ。子供の習作じゃあるまいし、あんな価値のないものを高額で売りつけるだなんて、良心を疑う」
「なっ、なにをおっしゃいますか。バスカイルの魔法薬は間違いなく一流品です! 我が一族を侮辱するような発言は許しません」
カルロスの発言に周りで様子を伺っていた貴族たちにざわめきが生まれる。「そんな物を売りつけようとしていたのか」といった声も聞こえてきて、すぐにクロエラは「違いますよ」と貴族たちに向かって話し掛ける。
「ルーリアのお陰でその地位を保てていただけだろう。俺はお前たちがルーリアにしてきた仕打ちもわかっている。恥を知れ」
厳しく言い放ったカルロスに、クロエラは唾を飛ばしながら怒鳴りつけた。
「アズターをそそのかしてルーリアを誘拐し、強引に婚姻を結んだ男が、なにを偉そうに。今ここでルーリアを返しなさい」
「嫌です、帰りません! 私はカルロス様の妻です。望んでそうなりました。だからこれからもカルロス様のおそばにいます」
ルーリアも我慢できずに言い返し、離れないという意思を表すようにカルロスのジャケットを掴んだ時、靴音を響かせながら女性が近づいてきた。
 




