過去と繋がる3
「私が作ったもので良ければ使ってもらいたくて、魔法薬を持ってきました」
「レイモンドが運んできた魔法薬を見て、ルーリアが作った物だとすぐにわかった。それで、騎士団長が俺の所へ連れて行ったと聞いて、慌てて戻ってきたんだ。俺の知らないところで、勝手なことをしないでください」
カルロスからの非難にもエリオットは笑みを浮かべ、言葉を返した。
「いやだってさ、食事の席を設けろと繰り返し言っているのに無視するから、俺から会いに行ってしまったよ。それで魔法薬を見せてもらって、あまりにも素晴らしいから、その場で取引を持ちかけたんだ。代金を払いに、また屋敷を訪ねさせてもらうよ」
「わざわざ足を運ばなくても。代金なら俺を通して払ってもらって構いません」
「足くらい運ぶさ。俺はこれからも彼女に依頼するつもりだからね。ああそうだ、支払いの額で希望があれば今聞いておこう」
依頼するつもりだなんて聞いてないとばかりに眉根を寄せたカルロスになどお構いなしに、エリオットはルーリアへ問いかける。
ルーリアは一気に困り顔になった後、申し訳なさそうに希望を口にする。
「あ、あの。使わせていただいた薬草の代金と、魔法薬の瓶代だけいただければそれで結構ですので」
材料だけは屋敷にあるものを使わせてもらうしかなく、その分を補充するための金額をもらえたらとルーリアは考えたのだ。恐る恐る表情をうかがうと、みんな唖然とした表情を浮かべていたため、ルーリアは顔色を変える。
「すみません。厚かましいお願いをしてしまいました」
「ルーリア、違う。誰もそんなこと思ってない」
カルロスに否定され、ルーリアは再び人々を見回す。カルロスとエリンは苦笑いをしていて、エリオットは動揺した様子に変わり、ケントはカルロスに同意するようにコクコクと頷いている。
「バスカイル家の娘なら、しっかり高額を要求してくると思っていたから驚いている。あれだけの才能を持っているのに謙虚すぎだろ。お前の嫁に勿体無いな」
「なら金額は、夫である俺がルーリアに代わって交渉させていただきます」
「……とんでもない金額をふっかけられそうで怖い」
じろりと睨みつけつつ当然のように言い放ったカルロスへと、エリオットがわざとらしく体を震わせたため、ケントとエリンが笑った。
今もまだ戸惑った様子のルーリアへと、カルロスは体を向ける。
「ルーリア、用が済んだなら家まで送ろう」
「あのでも、カルロス様はお仕事中でしょうし、私にはお守りもありますので大丈夫です」
「いいや、心配だから送る」
有無を言わさないようにカルロスがルーリアの手を掴んだ。そして「エリンも行くぞ」と声を掛け、ゆっくりと歩き出す。
「ありがとうございます」
繋がれた温かな手と、大きな背中を見つめて、ルーリアはぽつりと話しかける。彼は真っ直ぐ前を見たまま黙っているが、繋いだ手に力が込められたように感じ、わずかに口元を綻ばせた。
歩き出した三人の横に、「俺も戻るか」とエリオットが並ぶと、後ろからケントが大きな声で「いつでもまた来てくださいね!」と声をあげ、ルーリアは振り返っては頭を下げた。
玄関口まできたところで、カルロスはエリオットへ問いかける。
「団長はこのまま執務室に戻りますか?」
「いや、医療室に行く。早速魔法薬の確認をさせてもらう予定だ」
「それならレイモンドに帰るから戻るように伝えてください」
「わかった。それじゃあルーリアさん、今日はありがとう。また近いうちに」
にこやかに手を振るエリオットからルーリアを引き離すように、カルロスはすぐさま手を引いて外へと出た。門扉の近くに停めてある荷馬車へ足を向けるが、途中でカルロスは迷うように足を止め、ルーリアの手を離した。
「俺は馬を連れてくるから、荷馬車で待っていてくれ」
「わかりました」
言葉を交わすとすぐにカルロスは厩舎へ歩き出した。もちろんルーリアはエリンと並んで荷馬車へと移動し始めるが、門の外から騒ぐような声が聞こえてきたため、途中で足を止めて不思議そうに門を見つめる。
「なんでしょうね?」
エリンも気づいたらしく、ルーリアの少し先で立ち止まって同じように目を向けた。
その瞬間、門がバタンと開かれ、男性が騎士団員ふたりに両腕を捕えられた状態で敷地内に入ってきた。
そして男性は普通ではなかった。瞳は真っ黒に染まり、唸り声を上げてはがむしゃらに身を捩って騎士団員たちを振り払おうとする。そしてルーリアには真っ黒な影が男性に纏わりついているように見えた。
その黒い影には覚えがあり、まるで反応するかのように鼓動が重々しく鳴り響いた。
(……私はきっと、あの男性に近づいちゃいけない)
体の中に潜んでいる闇の魔力が騒めき出したのを感じれば、ぞくりと背筋が震え、ルーリアは怯えるように後退りした。
建物の中からふたりの騎士団員と白衣を着た男性が飛び出してきて、「ご苦労様です!」と声を掛けながら、騎士団員たちの元へと一直線に駆け寄っていく。
応援が来たことに、男を捕らえていた騎士団員の片割れがホッと息をついた。その少しの油断を見逃さないかのように、男が騎士団員に噛み付いた。
痛みで騎士団員が手を離してしまったため、片手が自由になった男がもうひとりの騎士団員へと逆に掴み掛かり、さらに噛み付く。
駆け寄ってきていた三人は、獣のように目をぎらつかせている男から少しの距離を取って立ち止まる。男を警戒しながらも、その男のそばで痛みに顔を歪めている団員たちに目を向けた時、男が大きく叫び声をあげ、両手でふたりの騎士団に触れ、闇の魔力を放った。
黒い影に体を覆われた騎士団員たちが、苦悶の声をあげる。ルーリアはその姿から目を離せないまま、また一歩後退りすると、砂を踏んだ音が聞こえたかのように、男の顔がルーリアへと向けられニヤリと笑う。
よろめきながらルーリアに向かって歩き出した男の右手に、濃い黒い影がまとわり始める。禍々しく蠢く影を纏った手をルーリアに向けると、その影が一気に放たれた。
まるで自分の意思を持っているかのように迫り来る闇に、ルーリアは足が竦み動けなくなる。
(あれに捕まってしまったら全てを失ってしまう。でも、もうきっと逃げられない)
恐怖に体を震わせるルーリアを捕えるその寸前で、影は斬り落とされた。
「いつ何時も油断するなと言っているのに」
気が付けば、ルーリアの傍らには剣を手にしたカルロスが立っていて、口ではぼやきながらも、冷たい眼差しは男に向けられていた。
再び放たれた闇の魔力も剣で沈め、続けて放たれた水礫も全て凍らせて、そのまま男へと吹き飛ばす。距離を置いていた騎士団員たちだけでなく、新たに詰め所から出てきた者たちが自分ににじり寄ってきているのに気づいてか、男はこの場から逃走を図ろうとする。しかし、すかさず、カルロスが魔法で両足を凍らせ、男の動きを封じた。
「連れて行け。そこのふたりの治療を速やかに頼む。団長にも報告を」
カルロスが命じると団員や医療者から「はい!」と返事が上がり、それぞれに動き出した。
「ルーリア、大丈夫か?」
確認するような眼差しを向けられながらカルロスに問われ、ルーリアは顔を強張らせたまま「はい」と返事をする。そして、喚き散らす男を数人がかりで運んでいく様子を目で追いかけた。
「あの方は……」
「闇の魔力にのまれてしまった者。穢れ者とも呼ばれている」
「それなら、私もああなる可能性があるということですね」
それにカルロスは答えず、ルーリアからそっと視線を逸らす。
「あの様に、我を忘れたまま生きていく者が大半だが、中には自我を取り戻す者もいる。そいつらは闇の魔力を巧みに使って人々に災いをもたらす様になる。心は蝕まれきっているから、救い出すことはできない」
これまで散々闇の力に飲み込まれないように言われ続けてきたが、そうなってしまった人を見るのは初めてで、ルーリアは言葉を失う。
(あの様にはなりたくない)
そうは思っても、あの男は明日のルーリアの姿かもしれないのだ。
穢れ者となってしまえば、自分に良くしてくれているみんなを傷つけてしまうかもしれないと、ルーリアは恐くなる。
ルーリアは不安な気持ちを抑えるように、お守りがわりの魔法石をギュッと握りしめた。




