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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
四章、

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25/40

不器用な結婚生活6


 ルーリアが書斎にこもって数時間が経ち、窓の向こうの景色が夕暮れ色に染まり始めたとき、カルロスが勢いよく部屋の中へと入ってきた。


「ルーリア!」

「カルロス様、お帰りなさいませ」


 ラグの上にぺたりと座って、お昼ご飯として持ってきてもらったパンをもぐもぐ食べていたルーリアは、慌てて立ち上がってカルロスにお辞儀をする。


「座ったままで構わない。食事を続けて」


 カルロスにそう言われ、ルーリアは「はい」と頷いて、元の体勢へと戻るように腰を下ろした。しかし、皿に戻したパンには手を伸ばさず、自分の周りに置いていた本をひとつにまとめるように整頓し始める。

 そんなルーリアと向かい合う様にして、カルロスも腰を下ろした。


「昼間、カレンが来たとエリンから聞いた。余計なことを色々言われていたとも。すまない」

「平気です」


 平気と言いつつもルーリアが視線を伏せると、カルロスが顔を覗き込んでくる。


「平気だなんて嘘をつくな」


 カルロスと視線を通わせるとルーリアの胸は切なさで苦しくなり、無意識に言葉が口をついてでた。


「カルロス様、申し訳ありません」

「何に謝ってる」

「……王女様と結婚の話が進んでいたと聞きました」


 ルーリアから飛び出した言葉に、カルロスは不快そうに「は?」と低く呟く。


「王女様と結婚すれば、すぐにでも人生が華々しいものに変わったのに、それなのに私と縁を結ぶことになってしまって……せめて虹の乙女となった妹の方ならカルロス様の追い風にもなれたのに、相手が災いの種でしかない私で申し訳ありません」


 そこで一呼吸挟んだ後、ルーリアはネックレスの魔法石をきゅっと握りしめ、苦しそうに続けた。


「この関係はいつ終わりを迎えてもおかしくありません。将来有望であるカルロス様の経歴に傷をつけるだけなのだから、婚姻を結ばなくても良かった……」

「前にも言った通り、俺にも利がある。気にするな」


 カルロスはルーリアの言葉を最後まで聞きたくなくて、遮るように言い放った。そして、淡々と自分の思いを語り出す。


「俺は、両親や屋敷の者たちの命を奪ったあの闇の魔術師たちが憎い。多くを失ったあの日、俺は復讐に生きると誓った。その一味はもちろん、闇の力を使う者たちの息の根をすべて止めてやる」


 カルロスが闇の魔力を持つものたちを憎んでいるのは知っていたが、その様な理由からだったのを初めて知り、ルーリアは重苦しさと共に繰り返す。


「闇の力を持つ者たち。いったい誰が」

「灰色の外套を纏い、目元は仮面で隠していた。どこのどいつかまでは辿り着けていないが、俺とそれほど背格好が変わらない者がふたりいた。おそらく兄弟で、同年代だ」


 カルロスも心の痛みを吐き出すように、小さなため息を挟んだ。


「そんな生き方を選んだ俺と俺の近しい人々を、奴らはまた狙うだろう。だからもう大切な人を増やしたくなくて、誰かと家庭を築こうとは考えなかった。俺の家族はレイモンドとエリンとセレット、今は側を離れてしまったがカレンだけでいい」


 そこで再び互いの視線が繋がる。見つめ合えば、自然とルーリアの目に涙が浮かび始める。


「そう思って縁談を断っていたのに、ルーリアのことは躊躇いなく受け入れてしまった。俺にとってルーリアが災いの種だと言うなら、俺だって同じ……いやそれ以上に厄介だろう。ルーリアは闇の魔術師に狙われている俺のそばにいないといけないのだから」


 カルロスは手を伸ばし、ルーリアの肩にそっと触れる。彼の手の温かさに切なさを募らせながら、ルーリアはカルロスをまっすぐに見つめ返す。


「約束通り、黒精霊を打ち破れたらルーリアを自由にするし、もし闇の力に飲み込まれてしまえば命をもらう。罪のないルーリアを殺めるのだから、嫁殺しという汚名をしっかり背負うつもりだ」


 思わず口元を両手で押さえて、ルーリアは泣き出しそうになるのを必死に堪えた。


(そこまでカルロス様に責任を押し付けてしまって、良いのだろうか)


 そう考えれば心が否定し、苦しそうに唇を噛む。


(闇の魔力を抑え込めなくなってきた時は、静かにカルロス様の元を離れるべき……そう思うのに、自分が自分でなくなるその瞬間まで、あなたの隣にいたいと願ってしまう)


 震える手を伸ばしてカルロスの腕に触れれば、もう我慢できなくなり、ルーリアはぽろぽろと涙をこぼした。


(私はカルロス様が好き。もうどうしようもないくらい、好きです)


 カルロスは戸惑いながらも、ルーリアの頭を優しく撫でた。


「ルーリア、泣くな」


 困ったようにそう声をかけた時、廊下を走る足音が聞こえ、カルロスは戸口に目を向ける。その数秒後、レイモンドが勢いよく駆け込んできた。


「カルロス様、いらっしゃいますか!」

「どうかしたのか……セレット!」


 レイモンドの腕には黒い影を纏いぐったりとしているセレットが抱きかかえられていて、カルロスに続いてすぐにルーリアも立ち上がり、レイモンドの元へ向かう。


「屋敷の周りに、黒精霊が集まってきていて、追い払おうと思ったら……やられた」


 薄く目を開けたセレットは、カルロスに気づくとそれだけ告げて苦しそうに顔を歪めた。


「早く傷を塞いで出血を止めないと。魔力の核にまで闇の力が達してしまったら手遅れになる……セレットを調合台の上に。回復薬も」


 カルロスの指示にレイモンドはハッとした顔をし、気まずそうに告げる。


「すみませんカルロス様、回復薬は今朝私が残っているものをすべて持って行ってしまいまして」

「そうか、それならすぐに医局に行かないと」


 言葉を返しながらカルロスは歩き出し書斎を出ようとしたが、追いかけるようにルーリアが声をあげた。


「……あの! 私、先ほど回復薬を生成しました。それでも良かったらお使いください」

「感謝する!」


 すぐさまカルロスは踵を返し、戸棚へと真っ直ぐ向かっていく。勢いよく棚の戸を開けた瞬間、カルロスは面食らった様子でわずかに動きを止める。


「これ全部、作ったのか?」

「はい」


 なんてことない口調でルーリアが返事をしたため、カルロスはまた数秒固まった後、「そうか」と呟き、着ていた騎士団のジャケットを脱ぎ捨て、回復薬を手に取った。

 調合台で横たわっているセレットと向き合い立っているレイモンドへ回復薬を渡すと、カルロスはセレットへと両手を翳し、光の魔力を放出する。

 レイモンドは回復薬に視線を落とし、目を大きく見開きつつも、栓を抜いて回復薬をセレットの傷に少しずつかけていく。

 レイモンドの手が輝き出し、指先を動かすと、まるで糸で縫っているかのように傷口で光が動き始めた。

 治療行為を初めて目にしたルーリアは、その様子を息をのんでじっと見つめた。

「……すごい」というレイモンドの呟きからわずかに遅れて、光り輝く中で出血はぴたりと止まり、傷口もゆっくりと閉じていった。

 ホッとしたのも束の間、塞いだ傷口から黒い影が滲み出てきて、カルロスとレイモンドは一気に表情を険しくさせた。


(このままでは、セレットさんが黒精霊になってしまう)


 精霊が黒精霊へ堕ちるところなど見たことはないが、本能でそう悟ったルーリアは、弾かれたようにカルロスの横に並び、加勢するようにセレットの体に手をかざした。


(少しでも力になりたい……私もカルロス様の大切な人たちを守りたいから)


 ルーリアが目を瞑れば、調合時にエリンが目にした時と同じように体が輝き出し、そして光を纏い始める。すると今度はその光がセレットの体にまとわりついている黒い影を絡め取り、すべてルーリアが吸収していく。

 闇の魔力をすべて取り込むとルーリアが纏っていた光が一気に放たれ、キラキラとした輝きが室内に広がり舞い落ちていく。

 カルロスとレイモンドが唖然とする中で、ルーリアは自分の中で暴れている闇の力から与えられる苦痛を必死に耐えるようにその場に蹲った。

 苦悶の声を上げるとルーリアの体が再び光り輝き、そうかと思えば、黒い影がその身を覆う。


「ルーリア、しっかりしろ!」


 カルロスは考えるよりも先に、ルーリアの細い体を包み込むように抱き締めた。


(……温かい)


 カルロスの光の魔力が体に染み込むと一気に闇の魔力が抑え込まれ、ルーリアの呼吸も徐々に楽になっていく。

 まだ光を纏っているセレットが調合台の上で体を起こしたところで、ルーリアもゆっくりと目を開け、カルロスの腕の中で大きく息をつく。

 そして顔をあげて、セレットから闇の魔力の気配が消え去ったのを見て取りると、わずかに表情を和らげ、カルロスの腕に身を預けるようにもたれかかった。

 カルロスもルーリアの状態が安定したことにホッとしつつ、改めて、セレットと棚の中にぎっしり詰まっている回復薬へと視線を向けた。


「……それにしてもすごいな。闇の魔力をここまであっさり払える者なんて滅多にお目にかかれない。しかもあれだけの量を作った後にだろ? 理解できない」

「あっ、あの、回復薬がなかったので、お婆さんにお渡しするために高価な聖水を少し使わせていただきました。もちろんもったいないのであれらには使ってません。聖水を生成するのにお水は使わせていただきましたけど」


 勝手に高価な聖水を使ってしまったことは早めに言わなければと考えていたルーリアは、カルロスに対して今日一日の自分の行動を報告する。


「聖水を自分で生成したのですか」


 それを聞いていたレイモンドから驚いた声で感想が飛んでくると、カルロスは「回復薬を見てみろ」と促す。レイモンドはすぐに戸棚へと向かい、先ほどのカルロスと同じように補充されていた数にまず驚き、続けて回復薬を手に取り言葉を失う。

 その表情から、クロエラに「もう少しちゃんと生成できないの? お前の作ったものは低価でしか売れないから、まったく利益にならない」と何度も言われてきたのを思い出し、ルーリアは気まずそうに謝罪する。


「出来の良くない物を作りすぎましたよね。ごめんなさい」

「でっ、出来が良くないなんて本気でおっしゃって……いる顔ですね。とんでもないです。普段医局から購入しているものと比べ物にならないくらい上級品ですよ」


 レイモンドは咄嗟に笑ったが、しゅんとしているルーリアに笑顔を強張らせた。カルロスはルーリアの両肩を軽く掴んで、真剣な面持ちで向かい合うと、力強く話しかけた。


「ルーリアは自分に自信を持って良い。俺もルーリアの夫であることを誇らしく思う」


 褒められた上に、身に余る言葉までもらい、ルーリアは何も言えずに、ただカルロスを見つめ返した。

 セレットは調合台から身軽に飛び降りると、ルーリアへと体を向ける。


「その通りだ。儂たち精霊の体は人間のとは違い、魔力の塊の様なものだ。だから、精霊は人間の作った魔法薬を使うことはない。なぜなら魔力の高い者が生成した魔法薬でないとあまり効き目がないからだ。それがこれほどまでに回復してしまうとは驚きだ」


 調合台から飛び降りても痛みが再発していない様子から、セレットがしっかり回復できていることは一目瞭然だ。


「それだけじゃない。今、儂は闇の魔力を受け、体の奥深いところにある魔力の核までも乗っ取られそうになっていた。ここまできてしまえば、普通はもう手の施しようがなく、諦めるしかないというのに、お嬢ちゃんの力で闇はすべて払われた。ルーリアさんと言ったな、ありがとう」


 深く頭を下げてきたセレットに、ルーリアが「頭をあげてください」と慌てる。すると、セレットは勢いよく顔をあげ、困惑げに眉を顰めた。


「待てよ……ルーリア・バスカイル。その名をどこかで耳にした様な気がするな。お嬢ちゃん、これまで精霊と関わりをもったことは?」

「黒精霊から祝福を受けたことと、それ以来黒精霊を呼び寄せていることくらいですけど」


 突然の質問にルーリアがはっきりとそう答えると、記憶を掘り返すようにしてカルロスが訂正を入れる。


「いや、違うだろ。アズターから黒精霊から祝福を受ける前に、別の精霊からも祝福を受けていると聞いている」

「……え? それは私は知りません。初めて聞きました」


 ルーリアとカルロスは面食らった顔で見つめ合った後、カルロスが「ああそうだった」と思い出し、補足する。


「ルーリアの母さんが独りでいた時に精霊から祝福を受け、その後すぐに出産となってしまったから、伯父夫婦には伝えていないとも言っていたっけ。黒精霊からの祝福で、最初の祝福も無かったことにされてしまったとアズターは悔しがっていた」

「馬鹿、そんな訳あるはずなかろう!」


 セレットは強い口調でぴしゃりと言い放つと、決意を固めるように大きく頷いた。


「一度精霊の住む場所へと帰ることにする。すぐに戻るが、ルーリアさん、その間、儂の大切な庭を頼めるか?」


 庭いじりなどした事のないルーリアは怯み、顔を強張らせる。思わずカルロスとレイモンドへ助けを求める様に視線を向けると、温かな眼差しや笑顔を返され、自分はひとりではないという気持ちが芽生えた。


「……はっ、はい、精一杯頑張ります!」


 少しだけ声を上擦らせながらルーリアが引き受けると、セレットはにっこりと笑ってその場からパッと姿を消した。




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