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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
四章、

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22/40

不器用な結婚生活3


(カルロス様は素敵な方だもの。たくさんの女性から好意を向けられていたって、何もおかしくない……おかしいのは、こんな私がカルロス様と共にいることの方よね……私もアメリアのような華のある人間だったら良かったのに)


 魔力の暴走の兆しを感じたわけではないが、ルーリアは持っていたバッグの中から変わらず輝き続けている魔法石を取り出し、軽く握りしめた。

 振り返ったカルロスは、ルーリアの様子を見て、ぽつりと呟く。


「持って来ていたのか」

「もちろんです。おふたりに迷惑をかけないためにも、私は魔法石を肌身離さず持っている必要がありますし……それとカルロス様の魔力に触れているとすごく落ち着きます」


 わずかに微笑みを浮かべたルーリアからカルロスは目を離せずにいたが、一旦その場を離れていた男性店主が箱を持って戻ってくると、ぎこちなく視線を外す。


「カルロス様、こちらです」

「……ありがとう」


 カルロスは男性店主によって開けられた箱の中を確認した後、「ルーリア」と呼びかける。


「順番が逆になってしまって申し訳ない。受け取って欲しい」


 言われてルーリアも箱の中身を見て、動きを止める。中には大きさの違うお揃いの指輪がふたつ並んでいたからだ。


「カルロス様、これはもしかして……」

「結婚指輪だ」


「そのような物はもらえません」と言いそうになり、ルーリアは慌てて口を噤んだ。形だけの夫婦関係であったとしても、第三者の目があるところでそれは言うべきではない。

 男性店主を気にしながら、ルーリアはカルロスに心を込めてお礼を口にする。


「……じゅ、順番など気にしません。そのお心遣いが嬉しいです。ありがとうございます」

「他にも何か欲しい物があったら言え。一緒に買っていく」

「いっ、いえ! 今は特にございませんので」


 魔法石をぎゅっと握りしめながら後退りしていくルーリアをカルロスはじっと見つめ、やがて、わずかに笑みを浮かべた。


「贈り物をしたいのは俺なのだから、俺が決めればいい……悪いが魔法石を少し貸してくれ」


 魔法石を手放すことに、ほんの一瞬狼狽えるものの、ルーリアは「はい」と返事をし、差し出されたカルロスの手に魔法石を乗せた。

 するとカルロスは店主の元へと歩み寄り、何やら話し始めた。店主は持っていた指輪の箱を台の上に置いてカルロスから魔法石を受け取り、それをじっと観察したのち、「大丈夫です。少々お待ちください」とにこりと微笑んで店の奥へ引っ込んでしまった。

 程なくして奥からガンガンと大きく叩きつけるような音が聞こえてきて、ルーリアは何が起きているのかと不安を覚え、少しだけ時間を置いて戻ってきた男性店主からカルロスへ、そしてようやくルーリアの元へと魔法石は戻ってくる。


「小さくなってます」


 右の手のひらの上にちょこんと乗っている魔法石は先ほどの半分の大きさとなってしまっていた。ルーリアがカルロスへ戸惑いの眼差しを向けると、カルロスはそっとルーリアの左手を掴み取った。


「それはすまない。これで許してほしい」


 言いながらカルロスはルーリアの薬指に指輪を通すと、慌てふためき出したルーリアに苦笑いして外へと出ていく。

 エリンは店主からカルロスの指輪の入った箱を受け取り、何やら言葉を交わした後、戸口へ向かって歩き出す。途中で「さあ奥様、次のお店に行きますよ」と声をかけられ、ルーリアもふたりを追いかけるようにして店を後にした。

 次に立ち寄ったのは仕立て屋だった。そこではエリンの見立てで五着のドレスとそれぞれに見合った靴やバッグに帽子などを購入する。

 もちろんそれはすべてルーリアのもので、その頃になってようやくルーリアは、カルロスのではなく自分のための買い物なのだと気付かされた。

 店の外へ出ると、カルロスは顎に手を当てて「他に何が必要だろうか」と呟きながら歩き出す。他の店へと向かうような足取りのカルロスの元へルーリアは小走りで近寄る。


「カルロス様、私はもう十分です」


 訴えかけたが、カルロスは肩越しに不満の眼差しを返すだけで、その足を止めようとはいしない。すると、小さな荷物をいくつか持って後ろに控えていたエリンが提案を投げつけてきた。


「腕を組むなどして、もう少し寄り添って歩かれたらいかがですか? 町はカルロス坊ちゃんが結婚したという話題で持ちきりですよ。みなさんも、おふたりの仲睦まじい姿を見たいと思います」


 足を止めたカルロスと目を真ん丸にさせたルーリアがふたり揃って振り返れば、エリンは「夫婦なのですから」と当然のようににっこり笑った。


(カルロス様と腕を組む)


 ルーリアはカルロスの腕をじっと見つめたのち、視線をゆっくりのぼらせる。すると彼と目が合い、その瞬間、一気に頬が熱くなった。

 真っ赤な顔のルーリアと見つめあう気恥ずかしさから逃げるようにカルロスは顔を背けたものの、周りには自分たちを興味津々で見つめている人々ばかりで天を仰ぐ。


「……少し休憩しようか」


 ルーリアと寄り添って練り歩き、多くの好奇の目に晒されるよりは、すぐそこの木陰のベンチでしばらく身を潜めていたほうが良いと判断し、カルロスはため息混じりに告げ、先に歩き出した。

 ルーリアも異論なく、カルロスの後に続いて、木々が立ち並ぶ木漏れ日の中へと歩を進めていく。

 カルロスから眼差しで促されるままに、ルーリアはベンチに腰掛ける。体の計測はもちろんのこと、いくつも試着をしたため、思っていたよりも疲れていたらしく、ルーリアは小さく息を吐いた。


「疲れさせたな。すまない。今日はこのくらいにして、少し休んだら屋敷に帰ろう」


 ルーリアを見つめながらカルロスが発した言葉に反応して、エリンが「カルロス坊ちゃん」と話しかけた。ぽそぽそとやり取りを交わした後、エリンはルーリアの左隣に持っていた荷物を置き、「すみません。少し離れますね」とにこやかに笑って踵を返した。

 遠ざかっていくエリンの後ろ姿をぼんやり見つめていると、ルーリアの右側にカルロスも腰掛け、くつろぐように背もたれに背中を預け、足を組む。


「こうやって、のんびりベンチに腰掛けるのは久しぶりだな。たまには良い……注文した魔法石が届き次第、庭の守りを固め、ルーリアが自由に出入りできるようにする。それまで屋敷に閉じ込めてしまうことになるが、もう少し我慢してくれ」


 割ってしまう度、叱られ続けてきたルーリアには、魔法石は高価なものであるということは身に染みてわかっている。屋敷で使用された分だけでもすでに結構な金額がかかっているだろうに、庭用としてさらに買い足してくれたのだと思うと、お礼すらできない自分が情けなくなってくる。

 とは言え、そのまま何もしない訳にはいかない。必ずお返ししないとと考えたところで、ルーリアはハッと思いつく。


「私、魔法薬なら作れます。あまり出来が良くないのですが、数だけは多く生成できます。それを売って、使わせてしまった金額を少しずつでもお返ししていきたいです」

「金銭に関して気にする必要はない。けど、魔法薬は気になるな。なんでも良いから一度作ってみせてくれ。屋敷の調合台を使ってくれて構わないから」


 少しでも役に立てるかもしれないことを見つけられた気持ちになり、そしてカルロスからの頼み事が嬉しくて、ルーリアは明るく「はい」と言葉を返した。


「たくさん生成できるって言ったけど、魔法薬なんて一度にそんなに作れるようなものでもないだろう。一日かけて、三つってところか?」

「生成し始めた頃はそれくらいでしたけど、慣れてきてからは二十本近く生成していました。もう少し多くを求められたことも何回かありましたけど」


 記憶を掘り返しつつルーリアが答えると、カルロスがほんの数秒眉根を寄せる。そして、冷ややかな声音でさらに質問を重ねる。


「へえー、すごいな。……作ったものは両親が管理を?」

「いいえ、私は両親と共に暮らしていませんでしたので、すべて伯父夫婦が」

「ということは、伯父夫婦の屋敷で生活していたのか?」


 聞かれるままに答えていたルーリアだったが、伝えるべきかどうか迷いが生まれてしまい口をとじた。しかし、カルロスにはどれだけ惨めだろうと自分のことを知ってもらいたくて、顔を強張らせながらもしっかりと答えた。


「それもちょっと違います。伯父夫婦に面倒を見てもらっていましたが、私が生活していたのは……裏庭にある小屋です」


 カルロスは手で頭を押さえて、苛立ち混じりにため息をついた。


「そんなところに閉じ込められていたのか。あの時追いかけて、ルーリアがどこの誰かを把握しておくべきだった。そうしたら置かれている状況に気付けただろうし、もっと早く連れ出すこともできたはずだ」


 悔しそうなカルロスの横顔をルーリアはじっと見つめ、心がじわりと温かくなるのを感じながらぽつりと伝える。


「私はカルロス様と再会できて、今が一番幸せです」


 驚いた様子のカルロスと視線が繋がり、ルーリアは口元に柔らかな微笑みを浮かべた。そのまま何も言わずに見つめ合っていると、いつの間にか戻ってきていたらしいエリンに「どうしましたか?」と声をかけられ、どちらからともなく視線を逸らした。

 先ほど指輪が入っていたものと同じ色の長方形の箱を、エリンはカルロスへと差し出した。


「ネックレス、もう仕上がっておりましたので、店主から預かってまいりました」

「さすが仕事が早いな」


 言いながらカルロスは箱を開け、何気なく覗き込んだルーリアが「わあ」と感嘆の声をあげた。

 中にはネックレスが入っていて、飾りの枠にはあの輝く魔法石が嵌め込まれていた。


「じっとしてろ」


 カルロスはそれだけ告げると自らチェーンの留め具を外す。そのままルーリアの首の後ろへとチェーンを持った手を回すようにして、そっと互いの距離を縮めた。

 カルロスがネックレスを付けてくれていると頭では理解できているのだが、彼の美しい顔がすぐ目の前にあるため、緊張と気恥ずかしさでついつい呼吸を忘れてしまう。


「うまく留まらない」


 囁きかけられた声も当然近く、息遣いすら感じ取ることができ、ルーリアの鼓動が一気に高鳴っていく。

 不意にカルロスと目が合う。まるで口付けでもするかのような距離感を互いに認識し、ぎこちない空気が流れた後、カルロスがゆっくりと手を引き戻した。


「……帰ろうか」

「は、はい」


 早々に立ち上がったカルロスがニコニコしているエリンに向かって何か言いかけたものの、言葉をため息に変える。

 ルーリアは自分の胸元に下がっている魔法石に触れ、わずかに口元を綻ばせた後、ベンチから立ち上がり、ふたりと足並みを揃えるようにして歩き出した。




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