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願っていた再会2

 時は戻り、バスカイル家の敷地内にひっそりと存在する薬草の匂いに満ちた小屋の中、簡素なドレスを身に纏っている色白の女性が、粗末なベッドに腰掛けていた。

 腰まで伸びたはちみつ色の髪、それと同じ色の瞳は、修繕が必要なほどに浮き上がった床板部分をただぼんやりと見つめている。

 赤子だったルーリアも、あとひと月で十七回目の誕生日を迎える。美しく整った顔立ちをしているが表情には力がなく、ほっそりとした体つきはあまり健康的に見えず、まるで病人のようだ。

 庭から聞こえてくる小鳥の囀りに耳を傾けていると、砂利を荒々しく踏み締める幾人かの足音が聞こえてきた。ルーリアは反射的に小屋の扉へと視線を移動し、緊張感を抑えるように軽く唇を引き結んだ。

 普段この場所には、魔法薬の材料や粗末な食事を運んでくる侍女くらいしか近寄らないのだが、今この場に向かっている人々はおそらく彼女たちではない。

 程なくして、入室の断りもなく扉が開けられ、まず入ってきたのはルーリアの父親、アズターだった。

 約半年ぶりに見たその姿に、思わずルーリアは口を開きかけた。しかし、続いて父の兄と姉にあたる伯父のディベルと伯母のクロエラが室内に姿を現したため、出かかった言葉を慌てて飲み込んだ。


「そろそろ時間だ。準備をしろ」


 前置き代わりの気遣いの言葉ひとつなく、アズターが用件だけをルーリアに言い渡す。

 続けてやって来た三人の侍女のうちのひとりが、多少古めかしいものの上質な生地であつらえてある水色のドレスを両手で抱えているのを確認して、ルーリアは「はい」と不安に震えながら小さく返事をする。

 ベッドから立ち上がったルーリアへと侍女たちが歩み寄ると同時に、アズターとディベルが小屋の外に出た。特に言葉を発する訳でもなくただ淡々と、ルーリアは侍女たちの手によって身支度を整えられていく。

 いつもとは違う質の良いよそ行きのドレスに、薄くとも初めて施す化粧。きちんと纏められた髪には、青く輝く魔法石が使われた上品な髪飾りを添え、首からは小さくとも透明度の高い石がひとつだけ使われた簡素なネックレスを下げた。

 今日この日でなければ、着飾れることに心も弾んだだろう。しかし、髪飾りからは大きな魔力を、ネックレスの小石からも微弱な魔力を感じ取って仕舞えば、ルーリアの顔は恐怖と緊張で強張り続けた。

 ルーリアは己の存在を覆い隠すかのように大判のストールを肩に羽織って、わずかに小さくて自分の足に合っていない靴をなんとか履いて、クロエラへと体を向けた。


「さっさと行くわよ。何せアメリアの社交界デビューですからね。虹の乙女としての顔見せも兼ねているし、手に入れられるチャンスはしっかりと掴み取ってもらわねば」


 クロエラはルーリアが魔法石の髪飾りを付けていることをしっかり確認してから、身を翻して歩き出した。

 二歳年下の妹の名前に続いた「社交界デビュー」というひと言に、その点は私も同じなのにとルーリアは心の奥底で思いながら、力なく頷いた。

 これからルーリアは、トゥイルス国の王妃の四十七回目の誕生日パーティーに出席するために、アーシアン城へ向かうことになっている。

 ルーリアは伯母を追いかけて歩きだすものの、小屋から出る手前でわずかに足を止め、そして、思い切るように勇気を持って外へと勢いよく踏み出す。

 その瞬間、髪飾りが熱くなり、ルーリアは背筋を震わせる。歩みを止めぬまま肩越しにちらりと後ろを振り返った。戸口の両脇の壁には、ランプ型の街灯のようなものがつけられていて、ガラスの内側では結界となっている魔法石が球体となって輝いていた。

 ルーリアは落ち着かない気持ちになりながら、あまり手入れが行き届いておらず伸びてしまっている雑草を踏み締めた。

 先ほど出てきた小屋より何百倍も大きい伯父家族が暮らす屋敷の脇をぐるりと回って正面玄関前まで出ると、アズターとディベルが門の近くに停めてある馬車の隣で待っているのを見つける。

 ルーリアは靴擦れの痛みを感じながら真っ直ぐそちらに向かい、揃ったところで四人は馬車に乗り込んだ。

 ゆっくりと馬車が動き出してから、ルーリアは隣りに座っているアズターを無意識にちらりと見た。


(お父様、少しだけお痩せになったかしら)


 そんな疑問が頭をよぎるが、自分と目すら合わせようとしない父に話しかける勇気は持てず視線を俯かせると、ルーリアの向かい側に腰掛けたクロエラが不快そうに口を開く。


「ルーリア、あなたは体が弱くて、今日まで引きこもっていた。余計なことを喋らないように。わかっているわね?」

「はい」


 クロエラから念を押されて、ルーリアが顔をあげて小さく返事をすると、今度はクロエラの隣りで仏頂面のまま腕組みをしていたディベルがアズターに命じた。


「アズター、挨拶が済んだらすぐにルーリアと会場を出ろ。俺が力を込めた魔法石だから大丈夫だとは思うが、万が一のことがあって、ルーリアのことがバレてはならないからな。しっかりと監視するように」

「わかりました」


 父の神妙な声音での返事と、ディベルの「監視」という言葉に、ルーリアの心が重く沈む。しかしすぐに、自分の髪飾りとネックレスの石の重みを感じ取り、心が不安で掻き乱されないよう必死に務めた。


(大丈夫。城にいるのは一時だけ。それに、伯父様の光の魔力が込められた髪飾りやネックレスを身につけているのだし、冷静でいれさえすれば、黒精霊に見つかることなくやり過ごせるわ)


「早く帰ってきて今日の分の魔法薬の作成に取り掛かりなさい。作り終えるまで食事は抜きだからね」

「……はい。わかっています」


 クロエらから当然の顔で念を押され、ルーリアが心に重苦しさを感じながらこくりと頷く。

 馬車がぴたり止まり、ぼんやりと窓の外を確認したルーリアは、ハッと目を大きく見開いた。

 到着したのは我が家で、玄関先に止まった馬車の横には母ジェナとアメリアが立っていた。

 ひとりで馬車を降りたクロエラに、アメリアは笑顔で駆け寄り、抱きつく。


「伯母さま、ご機嫌よう。今日は伯母さまは一緒じゃないと聞きました。色々とお話をしたかったのに残念だわ」

「ああ、アメリア。そんな風に言ってくれるなんて、どこまでも可愛い子だよ」


 クロエらは嬉しそうに顔を綻ばせながら、アメリアの頭に軽く触れた。

 アメリアは髪や目の色こそルーリアと同じだが、艶やかで柔らかく波打つ豊かな髪は綺麗に結い上げられ、煌びやかな輝きを放つ髪飾りも惜しみなく使われている。

 そして、体型も痩せすぎなルーリアとは対照的に健康的で、女性的な曲線をしっかりと描いている。

 クロエラだけでなく、ディベルもアメリアへ温かで誇らしげな視線を向けているのに気づいて、ルーリアの気持ちがずんと重くなる。

 アメリアは伯父夫婦のお気に入り……と言うより、バスカイル家みんなから愛されている。

 生まれた時に精霊から祝福を受け、子供の頃より大人顔負けに光の魔力も扱えていた事から、人々に安寧と癒しをもたらす「虹の乙女」になれるのではと期待され、そして先日、バスカイル家は「アメリアを虹の乙女とする」として大々的に公表したのだ。

 ここ数百年現れなかった虹の乙女に妹はなった。片やその姉であるルーリアは、邪悪とされる黒精霊から祝福を受け、人々に災いを引き起こし混乱に陥れる存在になるかもしれなく、バスカイル家の侍女たちは妹と比較して「凍てつく乙女」と陰口を叩いている。

 不意にジェナと目が合うものの、気まずげに視線を逸らされ、そして隣のアズターも相変わらずこちらを見ようともせず、ルーリアの胸が切なく痛む。


(お父様とお母様にとっても、やっぱり私の存在は恥なのね)


 そしてもうひとり、ルーリアの存在を疎ましく、それ以上に見下している者がいる。


「……ああ、そう言えば、ルーリアお姉様も一緒に参加だったわね」


 クロエラに代わって、花のような笑顔で馬車に乗り込んできたアメリアが、ルーリアに気が付いた途端、穢らわしいものでも見てしまったような顔つきとなる。

 そして値踏みでもするようにルーリアに目を向けたあと、身に纏っているドレスやネックレスにしばし目を留めて、わずかに眉間に皺を寄せた。そして、苛立ちを隠しきれないままに、質素なものしか与えられなかった姉を小馬鹿にするように笑ってみせた。


「ねえ、伯父様、もう少しお姉様を着飾らせた方が良かったんじゃない? これじゃあ、私の引き立て役として連れてこられたってみんな思ってしまうわ」

「実際そうなのだから仕方がないだろ」


 ディベルが半笑いで答えると、アメリアは「そうかもしれないけど」と笑みを深めて、伯父の横に腰掛けた。


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