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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
三章、

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18/40

新しい生活6


 カルロスから大きく遅れて食事を終わらせたルーリアは、自室に戻ってぼんやりと窓の外を眺め続けていた。


「とても綺麗なお庭。きっとセレットさんが心を込めてお世話をしているからね」


 花壇によって咲いている花の色が違うため目で楽しめ、わずかに開けた窓からは花の香りや、噴水から湧き出る水の音、鳥の囀りもしきりに聞こえてくる。

 今まで生活していた小屋の窓から見えたのは屋敷と高い壁と薄暗く手入れもされていない裏庭。


(私の分の朝ごはんがあったなら、そろそろ私がいないことを知られているかもしれない)


 もしそうなら、ディベルとクロエラは焦りと怒りで大騒ぎをしているに違いない。


(お父様たちに被害が及んでいないと良いけど……でも、私が婚姻を結んだことを知ったら、確実にカルロス様に多大な迷惑をかけてしまうわね)


 申し訳ない気持ちになり、ルーリアが瞳を伏せた時、扉がノックされ、エリンが「奥様、少し宜しいですか?」と声をかけてきた。

 ルーリアが慌ててエリンの方へ歩み寄ると同時に、エリンに続いて白衣姿の男性が部屋に入ってきて、ルーリアに対して頭を下げた。


「紹介しますね。夫のレイモンドです」

「レイモンド・ファーカーです。このような格好ですみません。本日の仕事場が騎士団の厩舎でして、すぐにまた戻るため着替えていないので少し臭うかもしれません」


 まったく気にならないルーリアはふるふると首を横に振ってから、同じように頭を下げ返す。


「ルーリア・バスカイルです。こちらこそよろしくお願い致します」

「あらやだ。今頃坊ちゃんが婚姻の契約を締結させています。だからもう、ジークローヴですよ」


 即座に訂正を入れられ、ルーリアはハッとさせられる。


(夫婦になろうと思わなくていいと言われてはいても、形式上はカルロス様の妻なのだから気をつけないと)


 責任を感じてぎこちなく苦笑いすると、思い出したようにエリンがレイモンドへと問いかける。


「屋敷の回復薬、まだ残ってた?」

「ああ。ふたつほど持っていくよ。でも屋敷の在庫が残り少ないから、忘れずに買い足しておくか、カルロス坊ちゃんに生成をお願いしておいた方がいい……それでは奥様、また改めてご挨拶させてください」


 レイモンドは穏やかに微笑んでから部屋を出ようとしたが、「ああそうでした」と改めてルーリアへと体を向けた。


「バスカイル家の魔法薬は本当に素晴らしいものですね。何度馬や動物たちを助けてもらったことか」

「……ほ、本当ですか? そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」


 バスカイル家の魔法薬であれば自分も生成に関わっていたため、褒めてもらえたことが嬉しくてルーリアの声がわずかに震える。

 レイモンドは「失礼します」とひと言断ってから、部屋を出て行った。エリンはふたりっきりになったところで、張り切るように声を弾ませる。


「屋敷の中を案内する前に、まずはこちらへ!」


 楽しそうに歩き出したエリンを、ルーリアは追いかけた。カルロスの部屋の前を通り過ぎ、その隣の部屋の扉をエリンは押し開け、室内へと入っていく。

 ルーリアも様子を窺いながら中へと足を踏み入れた。広さはルーリアが使っている部屋より少し狭いが、室内にはまた扉があり、エリンはそこへと真っ直ぐ進んでいく。

 エリンによって開け放たれた扉の向こうを覗き込めば、たくさんのドレスや靴や宝飾が並んでいて、ルーリアは「わあ」と思わず声をあげる。


「すべてお古で申し訳ないのですが、宜しかったら、こちらからお好きなものを選んでくださいな」

「こんなにたくさん。どなたのものですか?」

「カルロス坊ちゃんの妹のカレンお嬢様のものです。お嫁に行かれる際に置いていかれました。奥様の方が小柄なので少し大きいかもしれませんが、新調されるまでの繋ぎくらいにはなります」


 手近にあった簡素なドレスに触れれば、柔らかで滑らかな生地の感触が感じ取れて、ルーリアにはやはりお古になど見えない。


「……こんなに高価なものを勝手にお借りして良いのですか?」

「ずっと取っておいたのですが、一ヶ月ほど前にカルロス坊ちゃんからすべて誰かに譲ってしまえと言われて、その準備に取り掛かろうとしていたところなので問題ありません。奥様はどのようなものが好みですか?」


 今まで与えられた物を着るという選択肢しかなかったため、好みや希望を聞かれてもまったく言葉が浮かんでこない。固まってしまったルーリアに苦笑いを浮かべてから、エリンがいくつかドレスを手に取った。


「そうですね。こちらのドレスなんてどうでしょう、もしくはもう少し飾り気の少ないこれとか、ああこちらも似合いそうです」

「……どれも可愛いです」


 ルーリアはエリンが見立てた物の中から、腰の後ろに大きなリボンがひとつある程度の飾り気の少なく動きやすい水色のドレスを選んだ。

 その場でそれに着替えてから、ルーリアはエリンに屋敷の中を案内してもらう。

 二階はいくつも部屋があるが使っているのはカルロスとルーリアのいる部屋だけだと説明を受けてから、階段から一階へと降りた。

 先ほど食事をした食堂に炊事場、食堂の二倍ほどの広さがある居間、エリンたち夫婦の部屋、浴場に手洗い場など見て回る。


「どこに行ってもしっかりと結界が施されてて、カルロス様はすごいです」


 最初はどこかに綻びがあるのではと、ルーリアは恐る恐る屋敷の中を進んでいたのだが、その心配は杞憂に終わった。

 そして今は、ディベルやクロエラよりもカルロスの光の魔力の方が優れているのではと思えてならない。少なくともディベルの魔力が込められた魔法石と、屋敷に点在している魔法石では優劣ははっきりしている。

 廊下を進んでいくと扉が外された出入り口に差し掛かり、視線がそちらに向くと同時に、自然とルーリアの足が止まる。


「中に本がたくさんありますね」

「こちらはカルロス坊ちゃんの書斎です。子供の頃はずっとこの部屋に入り浸っておりましたね。奥には調合台もありまして、様々な魔法薬を楽しそうに作って遊んでおりました。最初に作ったのは回復薬だったかしら」


 子供の頃と聞き、出会った時の幼い彼を思い出し、ルーリアは表情をわずかに柔らかくさせた。そして、回復薬なら光の魔法を使うはずだと考えて、もしかしたらと確認する。


「カルロス様は光魔法が一番得意なのですか? 魔法石に込められている光の魔力がどれも力強く感じられるので」

「どうでしょう。カルロス坊ちゃんはどの魔法も難なく扱えますからね。おまけに剣術の腕も子供の頃から大人顔負けでしたし。才能の塊のようなお方です」

「そんな優秀な方に、私なんかが……申し訳ないです」


 そんなことないと励ますようにルーリアの肩にエリンが手を置く。続けて「奥様」と小さく呼びかけられたため、ルーリアは勇気を出すようにエリンを真っ直ぐ見つめて、自分の思いを伝える。


「あの。どうかルーリアとお呼びください。朝食の時にも少し話に上がりましたが、私は訳ありなのです。この婚姻もそれが理由で、本来ならカルロス様の妻になれるような人間ではありません」


 ルーリアのことを詳しく知らないため、エリンは何も言えずに黙り込む。


「いつかカルロス様には心から愛し、妻にと望む素敵な女性が現れると思います。どうかその時は、私などいなかったものとし、その方を初めての奥様として接してあげてください」


 わずかに微笑みを浮かべたルーリアに、エリンは切なさを堪えるように、唇を軽く噛んだ。


「これからはエリンさんと同じ、侍女として私を扱ってください。食事の準備や屋敷の掃除、できることはなんでもします。エリンさんとレイモンドさんにはこれ以上迷惑をかけないよう頑張ります」

「迷惑なんてこれっぽっちも感じてないし、どれだけ掛けられたって構わないわ」


 堪えきれなくなったようにエリンがルーリアをギュッと抱きしめて、優しくそう話しかけた時、ゴンゴンゴンとドアノッカーが激しく鳴らされて、ルーリアとエリンは揃って玄関の方へと顔を向ける。


「どなたかいらっしゃいましたね。行って参りますね」


 ぱたぱたと足音を立てて玄関に向かっていくエリンの後ろ姿をルーリアはじっと見つめる。そして、抱きしめられたことに戸惑いを覚えつつも自分の腕に残っている余韻に触れると、はにかむような笑みを浮かべた。


(エリンさんもとても優しくて、温かい)


 穏やかな気持ちになっていたルーリアだったが、玄関の方が一気に騒がしくなったことに気づいて視線を向けた。その瞬間、ならず者だろう男三人を後ろに従えて、遠慮のない足取りで屋敷の中に入ってきた姿を視界に捕らえ、大きく息をのむ。


「カルロス・ジークローヴはどちらに? 今すぐ会って確認したいことがあります」


(……ク、クロエラ伯母様!)


 姿を隠さないとと頭ではわかっているのに、恐くて足が竦んでしまい、ルーリアはその場から動けない。



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