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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
三章、

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15/40

新しい生活3


 真夜中に部屋でカルロスと別れた後も、夜逃げ同然の行動と初めての環境に緊張していることと、いつも通り黒精霊の夢を見るのが恐いという気持ちがあり、しばらくルーリアの意識は冴えていた。

 しかし、ふかふかのベッドの上にころんと身を横たえてしまえば眠気に抗うことは出来ず、意識が一気に夢の中へと沈んでいく。

 そして恐れていたように悪夢を引き寄せ、夢の中に黒精霊が現れる。何かを訴えかけてくる黒精霊からルーリアは逃げ出そうとするが、足が思うように動かず倒れ込んだ。

 大きな黒い影を纏った小さな姿が徐々に迫ってくる。恐怖で慄き、体の中で光の魔力が騒めいたその瞬間、ルーリアは手が温かさで包まれたのを感じ、と同時に黒精霊の姿がかき消されていった。


「……リア……ルーリア。大丈夫か?」

「……カルロス様」


 凛とした声に導かれるようにゆっくりと目を開けて捉えたカルロスの姿にルーリアは大きく安堵した後、自分の手を掴んでいるカルロスの温かな手をぼんやりと見つめた。


「うなされていたからだ」


 すぐさまカルロスが手を離して気まずそうに説明すると、ようやくルーリアも触れ合っていたことに気づき、動揺したように瞳を揺らした。

 頬を赤らめながら体を起こすと、窓の向こうに明るい青空が広がっているのが見え、思わずルーリアは眩しげに目を細めた。

 そこでルーリアはハッとしたように自分の胸元に両手を添えた。体の中に、自分のものとは異質でいて、極めて良質な魔力があることに気づいたからだ。


「あのもしかして、私に力を与えてくださいましたか?」

「ああ。バスカイル家ほどとはいかないが、俺も光の魔力はそれなりに扱える」

「そうだったんですね。カルロス様の魔力はとても温かくて、心地いいです」


 少しばかり口元を綻ばせたルーリアに、思わずカルロスは目を奪われた。すぐさま彼はそんな自分に気づいて気まずげに顔を逸らすと、ルーリアと距離を置くように窓へ歩み寄っていく。


「おかげで今朝は魔力を暴走させずに済みました。ありがとうございます」

「魔力の暴走とやらは毎朝のことなのか?」

「はい。最近はほぼ毎朝、伯父様と伯母様に迷惑をかけてしまっていて……」


 カルロスからの疑問に答えるものの、怒声を浴びさせてきたディベルや、叩いてきたことも何度かあったクロエラの姿を思い出してしまい、ルーリアは一気に顔色を変えて言葉を途切らせる。

 彼から先を促すような眼差しを向けられても、ルーリアはその先を続けられず、視線から逃げるように顔を逸らすと、ベッドの上のランタンへと手を伸ばし、魔法石を確認した後「良かった割れてない」とほっとした様に呟いた。

 口を閉ざしてしまった彼女にカルロスは小さくため息をつく。そして窓の外から庭を見下ろせば、花壇の近くに立っていたエリンと老精霊のセレットが、見上げるようにしてカルロスへと顔を向けてきた。

 セレットは意味ありげに微笑み、エリンは片手で頭を支えて少しばかり不満そうな様子をみせてから屋敷に向かって共に歩き出す。

 カルロスはそんなふたりを見下ろしながら面倒そうに顔を顰めたあと、ルーリアへと体を向ける。


「朝食の準備ができたようだ。ついでに同居人たちにもルーリアを紹介するから、共に食事をとろう」


 促されてベッドを降りたが、ルーリアの足はそこから先に進まない。しばらく躊躇った後、思い切るように口を開いた。


「……あの、カルロス様。その前に少しだけ良いでしょうか」

「なんだ?」

「王妃様の誕生日パーティーだけでなく、子供の頃も、黒精霊から助けてくださってありがとうございました。本来ならもっと早くお礼を言うべきだったのに本当にごめんなさい」


 深々と頭を下げるルーリアの姿に、エリンがバスカイルの血筋でも謙虚な者もいると早急に考えを改めてくれるようカルロスは願った。


「礼など必要ない。まして先日のことは任務を遂行しただけだ」


 淡々と答えてすぐに部屋を出て行こうとするカルロスを、「あのっ、もうひとつだけ」とルーリアは呼び止める。


「カルロス様は、父から私のことをどこまで聞いていらっしゃるのですか?」


 ルーリアは緊張の面持ちで、足を止めて振り返ったカルロスからの返答を待った。しかし、カルロスはルーリアの言う「どこまで」という言葉の意味を測りかねるように眉間に皺をよせて腕を組む。

 ルーリアは表情を強張らせ、震え出した手をぎゅっと握りしめると、勇気を振り絞ってもう一歩踏み込む。


「もし聞いていないようなら、ご迷惑をおかけする前にカルロス様に早めに話しておかなければと思いまして。じ、実は私、出生時に……」


 誰かに自分のことを打ち明けるのは初めてのことで、緊張感に支配される。

 ここまで頑なにルーリアの存在をバスカイル家が隠してきた理由は、不吉とされる黒精霊からの祝福は不名誉であり、恥でもあるためだ。

 もし何も知らなかったら、カルロスもルーリアを嫁にもらってしまったことを「恥」だと思うかもしれないのだ。ルーリアは恐くて堪らなくなり、最後まで言い切れず俯いてしまう。

 しかしすぐにカルロスが理解した様子で小さく頷き、言葉を引き継いだ。


「黒精霊から祝福を受けたという話か。それなら聞いている」


 カルロスが表情も変えず、なんてことない口調であっさりと認めたため、逆にルーリアが呆気に取られたように目を見開いた。


「……そ、そうですか。ちゃんと聞いているのなら、少し安心しました」

「さっきうなされていた時、光と闇の魔力の混濁を感じたのだが、暴走の兆候があったということだな」


 知らず知らずのうちに、彼が自分の中にある闇の魔力と相対していたことを告げられ、ルーリアは驚きで目を瞠る。驚いたのは自分がそういう状況に陥っていたことではなく、闇の魔力をしっかり感じ取った後でも、カルロスにルーリアを邪険に扱う素振りがまったく見られないことだった。


「私の存在を不吉だとか、嫌だとか思わないのですか?」

「思わない。精霊から祝福を受けるということ自体が滅多に起きない中で、しかも黒精霊からだなんてと驚きはしたが、どうしてあの子は黒精霊に狙われていたのかという子供の頃からの疑問が解けてすっきりしたくらいだ」


 伯父や伯母は、ルーリアの中に根を張っている闇の魔力がほんの少しでも見え隠れすると、恐れ慄くように動転し、怒鳴りまくっていた。

 その違いに逆にルーリアが動揺するものの、王妃の誕生日パーティーでの黒精霊との遭遇時はもちろんのこと、子供の時ですら臆することなく立ち向かっていた彼の姿を思い返せば、カルロス・ジークローヴという人間の格の違いというものを目の当たりにしたような気持ちにさせられていく。


「魔力が暴走するとはどういうことだ。戦いの場で命の危機に直面して、いつもより力を発揮できたことならあるが……さすがにそういうことではないよな」


 首を傾げて考え込んだカルロスと同じように、ルーリアも難問を解くときのような顔つきとなる。


「私自身もよく分かっていないのですが、感情によって光の魔力が増幅することがあります。その時、私の中で息を潜めている闇の魔力が、光の魔力を餌にして大きくなって、それに反発するようにまたさらに光の魔力が膨んで、二つの魔力がせめぎ合って暴走に繋がってしまうような……」


 言いながら恐くなって、ルーリアは両手で自分の体を抱きしめた。


「今まではかろうじて、光の魔力で抑え込めることができたのですが、闇の魔力に負けて取り込まれてしまったら、私はここにいる皆さんを傷つけることになるかもしれません」


 嫌な未来の予想に表情を曇らせたルーリアをカルロスはじっと見つめた後、組んでいた腕を解き、片手を顎に添えて、足元に視線を落として再び考え始める。


「光と闇は相性が悪すぎるからな。だからこそ、どうして黒精霊がルーリアに狙いを定めたのか気になる。闇の世界に取り込みたいだけなら、他の魔力を持つ赤子を狙った方が簡単だ……黒精霊、いや、精霊からの祝福について、やはりもっと深く知る必要がありそうだな。図書館の文献をあさってみるか」


 今度はルーリアが、独り言のようにぶつぶつと自分の考え述べるカルロスをじっと見つめる。黒精霊から祝福を受けたことで、腫れ物を扱うように接してくる者はたくさんいたが、これほどまで親身になって自分のことを考えてくれた人はいなかったため、ルーリアは嬉しくて胸が温かくなっていく。


「不幸をもたらす存在でしかない私を引き受けてくださってありがとうございます。分かっていましたけど、カルロス様はお優しい方ですね」


 媚びている様子もなくそんなことを言ってきたルーリアにカルロスは面食らった顔をし、大きく横に首を振った。


「いや、俺にもメリットがある。黒精霊は闇の魔力を扱う者たちと繋がっている。俺はそいつらが憎い。この人生をかけてそいつらを根絶やしにするつもりだ。だから、ルーリアに釣られていくらでも近寄ってくればいい。迎え撃ってやる」


 強い口調で告げられた思いを聞き、いったい何が彼をそうさせているのかとルーリアは不思議な気持ちになる。


「手元に置いておくために結婚という形をとったが、夫婦になろうだなんて思っていない。だからルーリアもなろうとしなくていい。もし今後ルーリアの中の闇の魔力が消え失せることがあれば、すぐにでも離婚に応じてやるから安心しろ」


 思わずルーリアは息を詰め、その後、納得するように小さく頷いた。


(この結婚には愛などないのだから、そう言われるのも当然のこと)


 頭ではちゃんと理解し受け入れても、いつか彼の元から去るときが来るかもしれないと思うと、少しばかり寂しさを覚え、ルーリアの胸が苦しくなる。

 カルロスは戸口まで足を進めると、黙って俯いているルーリアへと踵を返す。


「それと、ルーリアが自我を失い闇の魔力を使い、この屋敷の者たちを傷つけるようなことがあれば、俺はお前を闇の者とみなし、責任を持ってその命を終わらせてやる」


 きっぱりと迷いなく告げられ、ルーリアはゆっくりと顔をあげ、カルロスを見つめ返す。


「……わかりました。私も殺されるならカルロス様の方が良いです。その時はひと思いにお願いします」


 ルーリアは穏やかな声でそう返事をすると、カルロスの元へと近づいていく。



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