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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
三章、

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13/40

新しい生活1

 庭園から真っ直ぐに続く道を馬を引いたまま歩いていくと、バスカイル家と同じく高い壁に囲まれた大きな二階建ての屋敷の前にたどり着く。


「ここが俺の屋敷。今日からルーリアの家でもある。両親はとうに死んでいて、妹は嫁に出ている。今屋敷にいるのは、俺と同居人がふたり」


 説明しながらカルロスは門を押し開けて、ルーリアへ中に入るようにと眼差しで促す。

 開けてもらっている門を、ルーリアは恐る恐るくぐり抜けた。高い壁があるため外からは分からなかったが、庭には花壇がたくさんあり色とりどりの花が咲き乱れ、その先には小さいけれど東屋もあった。


「とても綺麗。良い匂い」


 庭に満ちている花の香りをルーリアが胸いっぱい吸い込んだ時、花壇のあたりから小さな姿が慌てた様子で飛び出してきた。


「カルロス坊ちゃん。こんな夜更けに、しかも騎士団の制服も着ずに出て行くから珍しいなと思っていたら……まさか若い女性を連れ帰ってくるなんて」


 カルロスを坊ちゃん呼びするのは年老いた見た目の男の精霊だった。

 ルーリアは黒精霊から祝福を受けていることもあり、これまでたびたび黒精霊は目にしてきたが、一般的な精霊の姿を見かけたのは二回しかない。

 そもそも精霊自体が滅多にお目にかかれる存在ではない。話しかけられただけでも驚きだというのに、手にはスコップとじょうろを持ち、服はところどころ土で汚れていて、庭仕事をしていたとわかる生活感溢れる姿を見せられ、ルーリアは唖然とする。

 そんな希少な精霊に対し、「ああ忘れていた、もう一体いた」とカルロスはぼやいた。


「彼はセレット。見ての通り精霊。この屋敷に勝手に住んでる」


 すぐさま丁寧に頭を下げてきたルーリアに対し、セレットは眩しいものを見るような顔付きになる。


「老いぼれ精霊に対してそのように敬意を示してくれるなんて、なんて素敵な女性だ。それに比べてカルロス坊ちゃんときたら、付き合いの長いこの儂を雑な紹介で済ませおった……で、こちらの女性、名は何という。どこの出身だ」


 打って変わって、セレットはカルロスを嘆かわしげに見やったあと、ルーリアのことを詳しく教えて欲しそうに催促する。


「彼女はルーリア・バスカイル。俺の結婚相手だ」

「そうか結婚相手……おい、そんな相手がいたのなら、もっと早く紹介しろ」

「今、紹介したんだからそれで良いだろう。さっさと納得して受け入れろ」


 冷たく言い放ったカルロスに、もちろんセレットは納得などせず、「良くないだろう。そもそも言い方からして納得出来ん」とぶつぶつ文句を言い始める。

 セレットはルーリアへと何気なく視線を戻したが、何か引っ掛かりを覚えたように目を細めた。あまりにもじっと見つめてくるため、ルーリアが居心地の悪さを覚えて体を小さくさせた時、セレットが再び口を開いた。


「家族など作らないとずっと言っていたのに、どういう風の吹き回しかと思っていたが……なるほど、お嬢ちゃんは訳ありか。娶ったというより、引き取ったといったところか。難儀な男だ」


 はっきりと明言しなかったが、黒精霊から祝福を受けていることを今の一瞬で見抜かれたのだと気づき、ルーリアは顔を強張らせた。

 そこで、カルロスは自分のことをどこまで知っているのか、もしかして何も聞かされずに婚姻話を了承してしまったのではと恐くなり、ルーリアはカルロスを見上げた。

 彼は特に動揺する様子なく、セレットに「余計なことは喋るなよ」とだけ念を押し、厩舎に向かって歩き出した。ルーリアもセレットに小さく頭を下げてから、カルロスを追いかけた。

 厩舎で馬を休ませてから、静かに開けられた裏の勝手口から屋敷の中へと足を踏み入れる。同居人たちもまだ就寝中のようで、しんと静まり返っている屋敷の中を進み、カルロスから「暗いから足元気をつけて」と声をかけられながら、ルーリアは階段をゆっくり登っていく。

 二階の長い廊下の途中にある扉の前でカルロスは足を止め、ノックすることなく押し開け、室内に入って行った。

 テーブルの上にある蝋燭や壁に備え付けられてあるランプの中の蝋燭に、カルロスは手をかざして炎を灯した。部屋の中をほのかに明るくしたところで、室内に入ってきたルーリアへと振り返る。


「ここがルーリアの部屋だ」

「……私の部屋」


 ルーリアの唖然とした表情から、カルロスはわずかに肩を竦めてみせた。


「新しいものに買い換える時間が足りず、すべて古いままで悪いが、ひとまず我慢してくれ」


 この部屋は十年ほど使われていない。もちろんルーリアを迎えるにあたって掃除はしっかりしてもらったが、新調したものはないため、カルロスの目にはすべて古めかしく写っている。

 それはルーリアも同じであるはずで、むしろバスカイル家の令嬢であり、高価で真新しい家具や調度品に囲まれて生活していただろう彼女の目にはみすぼらしく見えているに違いないと、カルロスは考える。

 彼女の唖然とする表情の下に嫌悪感が渦巻いているのではと思っての発言だったが、ルーリアはカルロスに対して恐れ多い様子で首を横に振る。


「いいえ。家具は新品みたいに綺麗だし、ブランケットはとってもふわふわで柔らかくて破れたり汚れてもいないし、窓からは隙間風だって入ってこないし。こんなに素敵なお部屋を使わせていただけるなんて、ありがとうございます」


 ベッドに歩み寄って掛け布団に触れつつ部屋の中を見回したルーリアはどことなく嬉しそうで、言葉に嘘はないことが伝わってくる。


「俺の配慮が足りないばかりに気を使わせてしまってすまない。近いうちに買い換えると約束する」


 令嬢らしからぬ発言にカルロスは苦笑いを浮かべつつ、窓の向こうの明るくなり始めている夜空へと目を向けた。


「話は後にしようか。少し休んだ方がいい。俺は隣の部屋にいるから何かあったら声をかけてくれ」


 ルーリアは頷くと、ずっと抱え持っていたランタンをテーブルの上に置き、羽織っていた外套を脱いで両腕で抱え持った。

 カルロスはランタンの中で輝いている魔法石をじっと見つめて、そしてルーリアの様子にもちらりと目をやってから、「おやすみ」とだけ呟いて部屋を出て行った。

 部屋にひとりになり、改めて室内を見回すと、ようやくあの小屋から飛び出したのだという実感が湧いてきて、思い出したように疲労感に襲われる。

 ポールハンガーに外套を掛けると、再びランタンを抱え持ち、そのままベッドの上に腰掛けた。扉の開閉音に続いて、隣の部屋から微かな物音も聞こえてきて、カルロスの気配に耳を澄ませながらルーリアは視線を俯かせる。


(カルロス様は私が黒精霊を呼び寄せていることに気づいていらっしゃるけど……それが、黒精霊から祝福を受けたからだということを知っているのでしょうか。もしも、バスカイル家の恥だからとお父様がそこまで伝えていないなら、ちゃんと伝えるべきよね)


 アズターからすべて聞いていて、その上で自分を迎え入れてくれたのであってほしいと、ルーリアは切に願う。

 しかしそうでないなら、災いの種となるような娘を押し付けやがってと怒らせてしまうだろう。そうなれば屋敷から追い出されることになり、生きていく術のないルーリアなどすぐに路頭に迷うことになる。

 誰にも迷惑をかけずにそのままひっそりと息絶えるならそれでも構わない。しかし、魔力を暴走させ、呼び寄せてしまった黒精霊に捕らえられ、闇の力に飲み込まれてしまったらと考えれば、ルーリアは恐怖に震える。


「知っていても、知らなくても、カルロス様やここに住んでいる方達に迷惑だけはかけないようにしなくちゃ」


 手元にある魔法石はこの一つだけ。結界の役目をしているこれを絶対に壊してはいけないとルーリアは強く心に決めて、この先の不安を押し殺すようにランタンをきゅっと抱きしめた。



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