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凍てつく乙女と死神公爵の不器用な結婚 〜初恋からはじめませんか?〜  作者: 真崎 奈南
二章、

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10/40

真夜中の再会3(カルロス視点)

 しばらく無言で歩き続けていたが、騎士団の大きな建物とそれを取り囲む立派な壁と門扉が見えてきたところで、カルロスは淡々と話し出す。


「俺は家族を増やすつもりはありません。闇の魔力を扱う者と黒精霊を根絶やしする。それだけが俺の生きる目的で、目的を達するためには何体だって屍を積み上げてみせる。だから、そんな男と夫婦になるなんて不幸でしかない」

「その気になれば、もっと楽しく人生を送れるだろうに。まったくお前は色々と残念な男だよ」


 無表情で胸の内を吐露したカルロスに、エリオットは少し寂しそうに笑いかけた。

 それからエリオットは、考え込むように顎に手を当て、カルロスと並んで騎士団の門を通り抜けた後、腑に落ちないようにため息をつく。


「……ただ、俺もルーリア・バスカイルのことは気になっている」


 すぐさまカルロスからすこぶる不機嫌な「は?」が飛び出し、大きな一歩と共に詰め寄ってきたため、今度はエリオットが「待て、話を最後まで聞け」と苦笑いでカルロスの体を押し返した。


「お前が唯一気にかけているルーリア・バスカイルとはどんな女性なのかって、気になって調べたんだ。だが、分かったのは病弱ということだけ。あのバスカイル家のご令嬢だっていうのに、いくらなんでも情報が少なすぎる……まるで意図的に隠されているみたいだ」


 エリオットの考えに、カルロスは確かにと頷く。

 あのような出会いと別れをしたため、ルーリアのことはずっと気にしていた。

 しかし、彼女がお嬢様と呼ばれていたこともあり、二年後から学ぶ予定となっていた貴族の子息や令嬢が通うアカデミーで顔を合わすことになるだろうと思った。

 だから、探すなどといった行動を特に起こそうとしなかったのだが……五年もあった在学期間、一度も彼女の姿を目にすることはなかった。

 もっと早い段階で彼女が誰かを探っておけば良かったと後悔に近い感情を覚えたところで、カルロスはこれ以上の深入りはやめておけと自制したのだった。


「そうかもしれません……でも、俺たちには関係ないこと。今日のところはこれで失礼します」


 カルロスはしっかりと「俺たち」を強調させてから、「え、帰るの?」というエリオットの言葉を背中に受けながら、門からほど近い場所にある厩舎へ向かってひとり歩き出した。

 厩舎の中で休んでいた愛馬を連れて再び詰め所の門を歩いて通る。敷地の外に出るとすぐにカルロスは愛馬に跨り、風を切って走り出した。


(彼女が生きていて良かったが、今も呼び寄せ体質は変わっていないらしい)


 王妃の誕生日パーティーで再会したルーリアと、記憶の中にいる幼いルーリアを思い浮かべると、自然とカルロスの脳裏に出会った時の出来事がつい昨日のことのように鮮やかに蘇ってくる。




 ルーリアと出会ったのは十年前、カルロスがまだ十歳だった時のこと。

 その日カルロスは、ちょうど今と同じように夕陽に満ち溢れた街中を、屋敷に帰るべく馬を走らせていた。

 屋敷のそばにある美しい庭園に差し掛かった時、違和感を覚えてすぐさま馬を制した。


(……闇の魔力を感じる)


 よく目を凝らして辺りを窺うと、庭園の端の方に数体の黒精霊と女の子、ルーリアの姿を見つけ、カルロスは慌ててそちらへと向かう。

 普通なら黒精霊などと関わりたくないと思うところだが、ジークローヴ家の男たちは違う。

 彼らは強力な魔力を持ち、剣術にも優れているだけでなく、公にはしていないが、実は魔力の流れを見ることができる特殊な目を持っている。

 心臓のような役割をしている魔力の核は、それを上回る魔力量で断ち斬ることができるため、ジークローヴ家の男たちは幼い頃から通常の訓練だけでなく剣に魔力を乗せるなどの上級者向けの鍛錬も行う。

 特にカルロスは、歴代の猛者たちと比べて頭ひとつ飛び抜けた魔力量と剣技の才能を持っていた。

 本人もそれを理解していて、自分も父たちと同じように、人々の心を惑わせて混乱を招こうとする闇の魔術師や黒精霊などから皆を守らなくちゃと思っていた。

 途中で馬から飛び降り、カルロスは素早くルーリアの前へと進み出て、剣を構える。


(全部で六体。数は多いけど……)


 目だけを動かして黒精霊の数を数えるうちに、再びの違和感を覚えて疑問を抱く。これまで何度も黒精霊と相対した経験があるが、大抵はカルロスに対して天敵を目の前にしたかのような動揺を見せる。しかし、今目の前にいる黒精霊たちはルーリアしか視界に入っていない。

 思わずカルロスがちらりと肩越しに後ろを確認すると、恐怖と困惑が入り混じった、はちみつ色の目と視線が繋がった。

 次の瞬間、一気に自分へと近づいてきた黒精霊たちにルーリアが「ひっ」と小さく悲鳴を上げると、カルロスは眉間に力を込め、力強く地面を蹴った。

 ひとりで六体を相手にするだけなら、難なく黒精霊を鎮められただろう。しかし、標的にされているルーリアを守りながらの戦いに、カルロスは苦戦を強いられることとなる。

 途中で二体ほど増えたため焦りはしたものの、なんとか魔力の核を断ち斬って、黒精霊たちを殲滅させることに成功する。

 ひと段落ついたところで、ようやくカルロスはルーリアと向き合った。質素なドレスを着ていて、肌は透き通るかのように白く、痩せている。どこかの侍女見習いかと考えるものの、とても綺麗な顔をしていて品も感じられるため、ちぐはぐな印象が否めない。


「……ごめんなさい。私のせいで手を怪我させてしまって」


 言われて、手の甲に薄く血が滲んでいることに、カルロスは気が付いた。


「こんなの怪我のうちに入らない」

「でも……ごめんなさい」


 何度も頭を下げるルーリアの肩や手が震えているのを目にし、思わずカルロスはルーリアの肩に触れる。彼女のひどい怯えようを見ていられなかったのだ。

 震えが止まり、驚いた表情へと一気に変わったルーリアと見つめ合ったまま、カルロスはゆるりと首を横に振る。


「謝る必要はない。俺が勝手に首を突っ込んだだけだから。それより、そっちこそ怪我してない?」


 カルロスからの問いかけに、ルーリアはさらに驚いた様子をみせた後、すぐさまこくこくと頷き返す。


「それなら良いけど……家まで送ってく。どこに住んでるの?」


 カルロスはルーリアから手を離し、馬を呼ぶように指笛を吹く。すると、馬がやって来るより先にルーリアの足が一歩二歩と後退していった。


「だっ、大丈夫です! 助けてもらっておいて、そこまでしてもらう訳にはいきませんし、それに……」


 言いかけた言葉を慌てて飲み込んだルーリアに対し、カルロスは不思議がるように問いかける。


「それに、何?」

「い、いいえ。なんでもないです。ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


 深々と頭を下げたあとにルーリアが見せた少しばかり不慣れな、それでいてとても綺麗な微笑みに、カルロスは目を奪われた。

 その隙をつくように、ルーリアが身を翻してぱたぱたと走り出すと、カルロスは我にかえるようにハッとし、不満げに前髪をかきあげる。


「こっちは恩を売るつもりなんてまったくないんだけど……そもそもどこの誰なんだよ……でもまあそれなら、後で恩を返してもらうために、名前くらい聞いておくか」


 ふと浮かんだ考えにカルロスはニヤリと笑う。ルーリアを追いかけることに決めて、自分の隣にやって来た馬の手綱に手を掛けた時、「お嬢様!」と女の叫ぶ声が遠くで響いた。

 カルロスはすぐに振り返ると、庭園を抜けたその先に、ルーリアと侍女らしき女性の姿を見つける。


(やっぱり貴族の子どもだったか)


 侍女と合流したのなら家まで送り届ける必要はなく、今あの場に割って入っていけば、それこそ恩を売る行為でしかない。カルロスは少しだけ背伸びをしつつ馬のたてがみを撫で、「俺たちも帰るか」と声をかけた。

 しかし、再び後ろから聞こえてきた声に、改めて振り返ることとなる。


「言うことを聞かず勝手なことをして! 腹立たしいったらありゃしない!」

「ごめんなさい! 伯母様、ごめんなさい!」


 いつの間にかルーリアの傍らには女性がもうひとり増えていた。その女性がルーリアの伯母だということは分かったが、彼女のひどく怯えた様子から関係性に違和感を覚えた。

 侍女から何かを話しかけられ、伯母は少し顔色を変えて辺りを見回した後、ルーリアの腕を手荒に掴み、近くに停まっている馬車に向かって引っ張るようにして進んでいく。

 その乱暴な様子にカルロスは見ていられなくなり、馬の手綱を手放して一気に走り出した。ルーリアが押し込まれる形で馬車に乗り込んだ瞬間、馬車へと近づいていく黒精霊の姿が三体ほど視界に映り込み、それを目にした人々の悲鳴が上がる。

 黒精霊は馬車を、と言うよりもその中にいるルーリアだけを見つけているかのようにカルロスには思えた。


(黒精霊の狙いは彼女のみ)


 改めてそう強く思い、カルロスは再び剣を抜いて黒精霊へと向かっていった。その一方で、ルーリアや伯母たちを乗せた馬車は、素早くその場から姿を消したのだった。




 結局、誰かは分からずじまいだったが、伯母にぞんざいに扱われていた小さな姿はカルロスの意識に残り続け、十年の月日を経てようやくその正体に辿り着いた。


(……縁談を持ちかけたのはルイス・ギードリッヒか。確かギードリッヒは水の家系だったな)


 馬を走らせている時は無心になれることが多いのだが、エリオットの話が繰り返し思い出され、カルロスの心をざわつかせる。


(ルイスはアカデミーの成績は目立って良かったわけじゃない。今も騎士団で剣術を磨いているならまだしも商人の家系だ。黒精霊を呼び寄せる特異体質の彼女を守り抜けるのか?)


 そこまで考えて、カルロスは自分自身に苦々しさを覚えた。


(それは俺には関係ないこと。心配してどうする)


 そしてまた心配などと思ってしまった自分にハッとさせられ、今度は信じられないというように目をわずかに見開く。

 表情はあまり変化が見られなくても、心は大きくざわつかせたまま、ちょうど昔、ルーリアと出会った庭園の横に差し掛かったところで、カルロスの目の前に飛び出すように男が現れた。


「誰だ」


 即座に馬を制し、右手を剣の柄に添えながら、カルロスは鋭く問いかける。

 薄暗闇の中に紛れ込むかのように灰色の外套を纏った男が、目深に被っていたフードをゆっくりと取り去り、顔をあらわにさせた。


「貴方は確か……」


 目の前の男アズター・バスカイルに、剣の柄に触れていたカルロスの手が警戒を解くべきかどうか迷うようにぴくりと動く。


「突然すまない。でもここにいれば必ず会えると思って君を待っていた」


 アズターの言う通り、騎士団の詰め所から屋敷に帰るには、庭園横のこの道を通るのが一番の近道となる。


「俺になんの用ですか?」

「頼みたいことがあって来た。どうか話を聞いてほしい」


 いつ帰るか分からない自分を待ち続けてまで頼みたいことなど見当もつかず警戒心が募り出す。しかし、切実にも感じられるアズターの様子に、ルーリアの姿を思い出してしまえば、無下に断るのも少しばかり心苦しくなる。


「話くらいなら」


 小さく頷き、ぽつりと返事をすると、アズターが心なしかホッとした表情を浮かべた。しかし、庭園の方から女性ふたりが話しながらやって来るのに気づくと、アズターはすぐにフードを被る。姿を見られたくないのだと察するとカルロスは馬を降りて、ぽつりと声をかけた。


「俺の家で聞きましょう」

「すまない。感謝する」


 手綱を引いて歩き出したカルロスに続くように、アズターは周りを気にしながら歩き出した。



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