召喚
厚いカーテンを引き、部屋の中は全き闇に沈んでいる。漆黒のローブに身を包んだ一人の男が、手に持った蠟燭に火を灯した。か細い光に闇が払われて足元を照らす。床には色粉で描かれた魔法円があり、その内外を霊的に遮断していた。
男は何事かをつぶやきながら魔法円の外側に蝋燭を置く。ゆっくりと円の外周をなぞりながら歩き、蝋燭を灯して床に配置する。四本の蠟燭に魔法円が囲まれ、どうやら準備は整ったようだ。男は一冊の本を手に円の中に入った。動物の皮で作られた表紙の、どこか不気味なその本は、いわゆるグリモワールと呼ばれるものだ。天使と交信し、あるいは悪魔を使役する秘術が記載された背徳の書。男はまさに今、この世ならざるものを呼び出そうとしていた。
「世に遍く満ちる想念はうねり、奔流となりて生命の大河を渡る」
男はグリモワールを開き、朗々と言葉を紡ぐ。確信に満ちたその声は神聖な響きを伴って部屋に広がる。
「想念に言葉を与えよ。言葉は形を定義し、拡散する想念を具現する。言葉は器なり。想念を器に入れねば流れ落ちて消え去るのみ」
徐々に男の言葉が熱を帯びる。男の額に汗がにじんだ。
「言葉は器なり! 想念は器によりて形を変えたるなり! 力ある言葉によって想念は研ぎ澄まされ、惰弱な言葉によって想念は朽ちゆく。怯むな! 退くな! 疑うな! 我こそが真理を知る者、到達者なり!」
男がクワっと目を見開き、満を持して力ある言葉を放つ!
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり! 到達者たる我の意志に応え、速やかに来たれ!」
男は両腕を掲げ、天を仰いで叫んだ。
「ベーシック・インカムよ!」
魔法円は何の反応も示さなかった。