決戦前 ブーケ「むしろ道さんはパンツを見ることが道徳的な方なんです」
魔王城近くの広場で目が覚めた。レギンはベンチに座っている。空は曇り一つない快晴。
「あ、起きた?」
レギンが俺に微笑む。彼女がドワーフギルドで俺を飛んで運んで来てくれたはずだが、そこまで太陽の日は暮れていない。
「俺が寝てからどのくらい経った?」
「一時間くらいだね」
「そのくらいか」
仮眠程度だが、随分と思考は冴え渡っていた。これなら戦闘に眠気の支障はないだろう。……問題は、エナジーだ。礼拝の時間を拒絶した代償は大きいに決まってる。ソロモン王の分身一体であれだ。本体は勿論、ジャンヌ達と連携されたら苦戦は免れない。
「前よりスピードは落としたんだけど、結構早く着いて良かったよ。この後、戦闘だもんね」
「一時間も飛翔して疲れないのか?」
「大丈夫。あたし、体力には自信があるから」
腕にぐっと力をレギンは込める。彼女の配慮だろう、座っている彼女のパンツが俺に見える。
【エナジーが回復しました】
へへへ。とは言え、今の俺のスキルの規模なら……すぐに一回の道テイムで使い切ってしまうだろうな。何かシチュエーションとか……新しいパンツを履いて貰ったりしないと刺激が足りなくなってしまう。
【刺激、マジ大事】
色んなパンツをバランス良く見ないとエナジー回復は上手くいかないのだ。
【ご飯と、同じ!】
なのに、こんなことになってしまっている。
【大変……】
だが仕方が無い。俺はエヴォルの国民より、たった一人の彼女を選ぶと決めたのだ。後は男として……覚悟を決めるだけだ。
俺がそんなことを考えていると、凄まじい速さで魔王城から何者かが降りてきた。いや、たった一人しかいない。こんな速さの奴――魔王城の最上階から即座に魔王城近くの広場まで疾駆する轟音が響く奴は、桃色のケンタウロス美少女しかいない。
ドドド!
ブーケが凄い速さで駆けてきて、俺達の前で止まった。そして、絶望の表情で俺達を見る。ちょっと後ろめたいな……パンツを見るって約束してたのに見ないなんて、俺は最低だ。
「礼拝の時間を拒絶するなんて……レギンさん、貴方のせいですね?」
レギンは暗い顔で頷く。
「今このタイミングでパンツを見るな、だなんて貴方、最低です!」
俺はレギンを庇うことに決めた。彼氏だから当然だ。
「すまない、ブーケ。だけど、エナジーはまだ余裕がある」
ブーケは険しい顔で涙目を浮かべ、俺を睨む。
「無くなったらどうするんですか!?」
「その時はその時なんとかするさ」
ブーケは頭を抱えた。そして、レギンを憎しみを含む目で睨む。……俺の彼女をそんな目で見ないでくれよ。
「スレイブなんてもんじゃ無い。レギン、てめぇ……国を滅ぼす気か? 個人的にパンツを見せるのを拒否するより、道さんにパンツを見るなって言うだなんて」
ブーケは基本的に礼儀正しい。……例外的に、国賊的な行動をした奴は呼び捨てにして威圧的になる。「道にパンツなんて見せたくない」と言ったスレイブに蹴りを入れてたのは俺にとって強烈な印象だった。
レギンはばつの悪そうな顔で頭を下げる。
「ごめん、ブーケ」
「言い訳なんて、聞きたくない!」
「……」
「レギン。貴方は、スレイブよりまともだと思ってた。でも、よくよく考えたら……貴方がまともである訳なかったんだ」
「ブーケ」
「サキュバスなのに処女を貫く頑固者!」
「!」
ブーケは悲鳴を上げるような顔でレギンを罵倒した。その拳は強く握られ、震えている。言われたレギンは酷く傷ついているように胸を押さえている。
「追放されて、当然だな。全然他人のこと考えないじゃん」
ブーケは泣いている。彼女がレギンに蹴りを入れようとすれば庇うが……今回だけは、ある程度言わせると俺は決めていた。
俺がパンツを見ないと、何人死ぬか分からない。
彼女は凄い脚を持つ。逃げようと思えば、今まで逃げれただろう。なのに国の為に命をかけて戦ってきたんだ。だからその罵倒は……重い。レギンには俺以上に応えてるはずだ。
そしてこの言葉でもしかしたら、レギンは「やっぱパンツ見て良いよ」くらい言ってくれると思った。
だって俺がパンツ見ないと沢山の同胞が死ぬんだぜ? 改めて戦友に言われたら心動く……そう俺が期待したのも当然だろ?
なのに。
「……」
レギンは申し訳なさそうな顔をする。ただそれだけだった。全く、動じていない。これは俺も予想外だった。レギンは軍人だ……人の命に対して、尊いとか思うからこそ命をかけて戦ってきたんじゃないのか?
レギンの発言に変化は無い。というより、態度そのものには変化が無い。
(レギン……?)
俺はこの時、漸く分かりつつあった。レギンは変人なのだ。俺が彼女と何百万人以上の人なら彼女を取る変人なように。レギンは『俺のパンツ覗き』と何百万人以上の人なら、俺を取る変人なのだ。
ブーケの目は真っ赤になっていた。
「あたし、スレイブより貴方が許せない!」
ブーケは、腰を落として前傾姿勢になり、レギンに近寄る。今にも殴りかかりそうだ。
「ブーケ、分かっていると思うが、レギンに手を出したら俺は徴兵そのものを拒否する」
「――」
ブーケは俺に視線を映し、虚ろな目をした。
「すまない」
俺はスライム状態になってブーケにお辞儀する。ブーケは俯いて肩を震わせながら掠れた声で、
「……いいでしょう。レギンさんもそうですが、道さんは我が儘を言うのを許されるだけの功績があります。本当に国を何度も救ってますからね」
桃色のケンタウロス美少女が顔を上げて、俺に向けた余りにも悲しい眼。その瞳が「助けて」と言っているように思えた。彼女はレギンやスレイブよりも幼いだろう。なのになぜ、これ程愛国心が強いのか。
「なぁ、なぜそんなに悲しむんだ?」
「……道さんは理解してないでしょうけど、あたし達ケンタウロス族は……奴隷として捕まって酷使されることが非常に多かったんです」
「ど、奴隷?」
「難民か、奴隷か。そういう時代が長かった。今のエヴォルが出来て漸く……ケンタウロス族は捕まって売り飛ばされたり酷使されない日々を送れる様になったんです。エヴォルが滅びるということは、それに戻るということ」
難民か。現代でも色々な民族がいたと記憶してけど……ケンタウロス族が難民だったとは。
「あたしは、仲間を……そんな境遇に合わせたくないんです!」
ブーケそのものがそういう境遇だったのだろうか?
「それは見聞きしたこと、か? それとも、ブーケ自身が味わったことなのか?」
「それは……その……。あたし自身は、味わったことがありません」
成る程。教育とか伝承によるものか。まぁ分かる。前世の俺は実際に体験したことも無いけど俺だって戦争行きたくないと考えただろうし。今普通に戦争に参加してるけど。
だけどドワーフギルドのギルド長も言ってたな。『ドワーフは差別を受けてきた』って。エヴォルは弱い国……まさかこの国が建国されたのって……弱い者同士が身を寄せ集まった、とか?
「ブーケ、ケンタウロス族がどういう苦難の過去があったかは知らない。でもな……」
ブーケは絶望の顔で俺を見る。俺の彼女はレギンだ……だけど、今のブーケを見てあのドワーフのギルド長ガンコォールブの顔がちらつく。俺の中の熱い何かが、目の前の相手を助けたいと思ってしまう。
「俺が必ず守り抜いてやる。エナジー満タンじゃないとしても……ソロモン王に、エルティア王国軍に、異世界転移者達に負けたりしない」
「――」
「ごめんな」
俺は生コンクリート状態のまま伸縮させた体を使い、泣いてるブーケの頭を撫でた。
「きゃっ」
「嫌、か?」
「嫌、じゃないですけど」
ブーケの尻には馬の尻尾のふりふりさせる。彼女の涙は止まり、頬が少し紅潮した。
「お前よりきっと俺の方が年上だ。前は十九歳くらいだったとうろ覚えしてるからな」
「でも今、生後二週間くらいですよね」
「精神年齢なら俺のが上だ」
「彼女に振られたくないからって美少女パンツを覗かなくなった人に精神年齢高いなんて、言われたくないです」
「美少女パンツ見なくなったって普通なら精神年齢高くなることだけど……」
「道さん、普通じゃありませんからね。道テイムがありますから。むしろ道さんはパンツを見ることが道徳的な方なんです」
「全く、何でこんな仕様に生まれたのか……」
いや、そういえば小賢者に最近聞いていたな。正確に言うと、改めて聞かされた、か。リリスがパンツに執着するから俺の道テイムはパンツを見てエナジーが回復する……とか。これ、共有した方が良いよな。
「ブーケ、真剣な話なんだが――」
俺が真面目な話をしようとすると、すぐ傍からレギンの声がかけられた。
「ロードロードぉおおおお!? いつまでブーケの頭撫でてるの?」
「れ、レギン!?」
レギンは怒り顔だった。
「この馬鹿彼氏、ばかれしー! 浮気者ぉおお!」
「う、浮気じゃないだろぉ! これは、その、雰囲気でだなぁ!」
レギンは俺の頭をぽかりと小突く。力は殆ど込められてないが、彼女の嫉妬が強くなっているのをまた俺は感じるのだった。
……魔王城に向かおう。魔王ガンダールヴと……色々話さないといけない気がする。
『ソロモン王』、『リリス』、『ネームド』……俺の予感は正しいのだろうか?
『この世界が何の世界か』。
そしてソロモン王の分身の、あの言葉。
手が十本生えた異形の紫色の人型を、俺は思い出す。
〖サキュバス族は異世界転移して、俺達の世界にやって来ている。そして人の脳を破壊する。コンクリートの塊よ、次会った時は……お前がエルティア王国の味方になることを期待する〗
俺は魔王城を見上げる。すると、その窓から魔王ガンダールヴがこちらを見ているのが分かった。
目が合ったが、彼は微動だに動かない。一切の動揺がない。
いつから見ていたのだろう? いや、きっとブーケが来たのは俺達を確認したから……つまり、最初からか。
「レギン、魔王様がこちらを見ている」
「え?」
レギンも魔王城の最上階窓を向いて――彼女はびくっと動く。そりゃそうだ。後ろめたいことをレギンはしているのだから。
ブーケが俺達に言う。
「お二人とも、行きましょう。魔王様も道さん達と話したいと思うので」
「そうだな……」
ソロモン王であれ、魔王ガンダールヴであれ、俺に対する態度で共通していることがある。奴らは俺を見下ろしている。見下ろすあいつらが考えてるのはきっとろくでもないことだろう。
俺は余りに無知で、道だ。見上げるだけの日々。魔王の奴が何を隠しているのかなんて、知らない。隣にレギンさえいればいいとか思ってた。
可愛い彼女さえいれば、相手が人間でも撃退する。可愛い彼女さえいれば長時間労働でもやり遂げる。そう思ってたんだ。
だけどそろそろそうも言ってはいられない気がする。
「じゃ、移動するか」
「待って下さい。レギンさん、道さんを運んであげて。せめてエナジーの消耗を抑えましょう」
ブーケに言われ、レギンは頷いて俺を担いで歩き出した。俺はこの後、今までの認識をひっくり返すことを知ることになるのだった。
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