マケドニア兵の記憶 ガウガメラの戦い
場所はティグリス河上流。俺がいた時代のイラク北部だろうか?
マケドニア軍とペルシャ軍によって、天下分け目の戦いが行われた。
ガウガメラの戦いともアルベラの戦いとも言われる。
二十万以上のペルシャ軍、雑用する奴隷を含めれば三十万くらいいるようだ。
対するマケドニア軍は歩兵四万人で騎兵が七千……四倍もの敵と戦わなければならないらしい。
二十万以上VS五万以下。
これで勝てるっていうね……。
マケドニア軍も前回よりもそれなりに数を増やしているようだが、それでも圧倒的な数的劣勢がある。
マケドニア兵が動揺する。
「やばいべ!」「あんな大軍、初めて見るべ」「怖いべええ!」「お母ちゃああああん!」「失禁しちゃうかもだべ……」
大王が動揺する兵士達を見て剣を抜き放ち、
«大丈夫! 今まで僕らが勝ってきた。今度も……僕らが勝つ»
それを受けて、
「「「「「だべええええええ!!!!!」」」」」と最強田舎っぺ兵士達が咆える。
雄々しいな。
すると、向かい合う敵軍から大きな声で、
「お前ら、ぶっ飛ばしてやるッピ!」
とペルシャ王がマケドニア軍に向かって叫ぶ。
……デカイ身長だな。二メートル以上はある。
アレクサンドロス大王が身長百八十センチくらいだが、ペルシャ王はそれ以上だ。
しかし、あまり鍛えられてない体をしている。腕の筋肉だけは発達してるから、腕立て伏せだけ頑張りました感出てる。
実際、今回の戦いは極めてマケドニア軍に不利だ。
イッソスの戦いでは両岸に川があり、それが天然の自然障壁となって大軍の行動を制限できていた。
しかし、今回はそれがない。
それどころか、ペルシャ軍は戦場を整備して戦車兵達が迅速に戦えるようにしている。用意周到だな。
普通なら、ペルシャ軍が勝つだろう。
後世の歴史で『最強の指揮官の一人』と名指しされるアレクサンドロス大王が相手でもない限り、な……。
戦いにおいては、『相手が(チート級の強さだから)悪い』ってことはある。
相手がアレクサンドロス大王とかチンギスハンとかナポレオンとか大英帝国とかアメリカだった場合、勝てなくても仕方が無いのだ。そういう奴ら相手にはほぼ間違いなく勝てない。
今回の結末を俺は知ってるが……大王に負けたからと言ってペルシャ王が雑魚とは言えないだろう。
ペルシャ王のダレイオス三世は何も出来ないで終わる人なんだが、それは大王と戦った他の一部ギリシャ人もそうだったからな……。
「どっからでもかかって来るッピ!」とダレイオス王が息巻く。
凄い自信だ。
あんた、負けるっていうのに……。
大王は笑顔で、
«よし、じゃあまずは右に移動しよう»
「「「「「だべー」」」」」と笑顔のマケドニア軍。
すたすたと、移動が始まった。
「ピ?」とダレイオス三世は首を傾げた。
マケドニア軍は全軍右に移動した。
すると、向かい合ってる状態がどんどんズレていく。
一糸乱れない綺麗な動きだ。
練度はどうやら、マケドニア兵のがやはり上のようだ。
ペルシャ王は大口を開け、
「ま、まずいッピ! 大軍だからこそ、大規模な陣形の変化は難しい……戦車兵、行くッピ! 全軍、戦闘開始だッピ!」と焦った。
……あいつ、馬鹿ではないな。
対応が後手に回ってるが……意見そのものは適切。
この勝負、図体のデカさならペルシャ軍のが上。
しかし、兵は神速を尊ぶ。
……大軍の精緻かつ素早い機動はマケドニア軍の方が上だ。
やはり、マケドニア軍の方が質的優位を持っている。
大王が動き、
«歩兵よ、掻き乱せ。騎兵よ、敵騎兵を撃退せよ。»
「ぎえピー! まずい……総攻撃するッピ!」
……役者が違うっていうのかな。
片方は、この程度の相手なら、役不足。
もう片方は、これほどの相手なら、役不足。
うん。
戦いは同じレベルでしか起きない。
全能の神ゼウスが、戦いの神マルスが、勝利の神ニケが、ヘラクレスとアキレウスの子孫と称するアレクサンドロス大王を加護しているかのように戦況が動いていく。
マケドニア軍の戦法が始まり、ペルシャ軍は常に後手の状態だ。
両軍の正面も右翼も左翼も激闘が始まった。
すると、
«あ、隙発見»と大王が笑う。
「ふう、何とか凌いだッピ」とペルシャ王が汗を拭う。
隙……?
見えないぞ。
どこに、そんなものが……。
大王が迅速に駆けていく。
«皆、続け!»
その後ろを、騎兵が、歩兵が続いていく。
大軍を大きな壁として扱うペルシャ王に迫っていく。
肉の壁が、一人一人殺されていく。
あ……確かに、微妙に敵の防御が薄いかもしれないとこが……あった、か?
「ピ!?」とペルシャ王が驚く。
自分に向かってアレクサンドロス大王自らが攻めてくるからだ。
ダレイオス三世の顔がどんどん青ざめていく。
«あはははは!»
「ど、どういうことだッピ!」
一人、また一人とペルシャ王の護衛が死んでいく。
だがマケドニア軍兵士もまた死んでいく。
まさに、両軍の大将首がどんどん近づいて行き、両軍の兵士がその首を狙い合ってる。その中に、黒髪男性の顔もあった。激闘に及ぶ激闘、選び抜かれた屈強な体と心を持つ見事なマケドニア軍人が周囲のペルシャ軍を殺しては殺されを繰り返す。
まさに、乱戦かつ混戦。
大王が笑顔で、
«もう少し!»
「こっち来るなッピ!」と青ざめるペルシャ王。
マケドニア兵の突撃が、ペルシャ軍を正面突破し――後方にいるペルシャ王・ダレイオス三世のとこまで迫り、大王自らが攻撃。
«やぁ!»
攻撃された。
「ぎえピー!!!」
ダレイオス三世の甲高い声が戦場に響く。
ペルシャ軍全員が、敗北を察した顔になった。
ペルシャ王は傷を負って、またもや逃げ出した。
ペルシャ軍は死に物狂いでペルシャ王を逃がそうとし、マケドニア軍は死に物狂いでペルシャ王を仕留めようとする。
遅滞戦闘は、ペルシャが上手く運べてるようだ。
まさに人肉の壁が、マケドニア軍を阻んでいる。
独裁国家って、こういうのが有利だよね……。
副官筆頭が騎馬に乗ったまま大王に近付き、
「よく無事だったね。凄いよ」
と言った。
大王は屈託の無い笑顔で、
«隙だらけだったよ»
周囲の者はポカンとしている。
俺もポカンとした。
ペルシャ軍は散り散りになって敗走していき、マケドニア軍は勝利の雄叫びをあげた。
雌雄は決した。
マケドニア軍の大勝利。
……だがちょっと待て。
隙なんて、どこにあったんだ?
気が付いたら、アレクサンドロス大王が走り出し……マケドニア兵達と共に勝利していた。
歴史では『隙を突いた』と語られるが実際に観て観ればそんな隙など殆どないというか、発見出来る方がおかしいレベルの一瞬だったとしか言い様がない。
よくあんなの気づけたな。
戦いの勘、良すぎだろ。
やはり大王は天才だな……。
«よし、このままダレイオス三世を追い掛けるぞ»
「はっ!」と副官筆頭。
しかし、
「伝令、伝令ー!」とマケドニアの騎兵が迫ってくる。
大王は伝令兵に目を向け、
«話せ»
「マケドニア軍左翼、崩壊寸前!」
«何……»
「屈強老兵様が、アレクサンドロス王に来て欲しいと」
«っく……»
大黒馬に乗ったまま、大王は悔しそうな顔をする。
«あと少しだったのに»
大王は逃げて行くダレイオス三世を睨む。ペルシャ軍左翼の指揮官にダレイオス三世は保護され、逃走を開始した。
そこへ副官筆頭が、
「どうする? 仲間を助けに行きますか? それとも敵大将を追いますか?」
«……。今すぐ屈強老兵を助けに行こう»
「御意!」
と副官筆頭は笑う。
そしてアレクサンドロス大王は配下の兵を率いて、見事ペルシャ軍を撃退する。
……やはり、アレクサンドロス大王は異常だな。
あれだけ歴戦の戦士、屈強老兵が数に圧されたのが証拠。
いかにベテラン老兵とて、兵を動かす手腕は凡庸だが質実剛健そのものだ。
そんな屈強老兵を倒せそうなほど、ペルシャ軍は強かったのだ。量的優位は伊達じゃないし、ペルシャ軍は雑魚ではない。
しかし大王が指揮をとって、親衛騎兵隊と重装歩兵団を動かせば、マケドニア軍左翼の形勢が一気に逆転。
屈強老兵は救出された。
……大王が天才だと分かる。
屈強老兵が、
「王よ。申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに」
«いや……君は救うに値する»
「だが、ペルシャ王が逃げてしまいました」
«君の人生はマケドニア軍、マケドニア国、マケドニア王家への忠義そのもの。それを捨てられるわけがない»
「!」
«ご苦労だった»
「……っは!」
と嬉しさを秘めたような声で、屈強老兵は頷き引き下がった。
マケドニア軍は、ペルシャ軍の一部を虐殺した。イッソスの戦い後やガザの戦い後でも少しやってたが、改めて見ると人類の歴史って怖いなと少し思う。
どの国も例外なく、こんな感じで……しかもマケドニア軍はまだマシに思える。多分、アテネとかに比べたら鬼畜だけどな。
今回の戦いは……三回も侵略してきた異民族相手に対する誅伐戦争の面と侵略戦争の面がある。
その後、敗走したペルシャ兵の基地からマケドニア軍は鹵獲を始めた。
食料品は勿論、豪華なものが多くある。
«……相変わらず、凄い»
と大王は見つめた。
そこには、莫大な戦利品があった。
イッソスの戦いよりもずっと多くの金銀財宝。
«皆に、配るか»
と大王は独占する気などまるでないように、明るく笑うのだった。
配下の兵士達は……気のせいか? いや、違う。
兵士達は明らかに、最初の頃よりも……戦利品を喜んで受け取っている。
その兵士達を見て、(黒い笑顔だな)と俺は思った。




