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マケドニア兵の記憶 イッソスの戦い

 マケドニア兵達が歩いている。

「はぁ、はぁ。疲れるべ」「だべだべ」「いつまで行くんだ? マケドニアどころか、ギリシャから遠く離れていくべ」


 彼等が歩いてたり、簡易基地で休んでいたり、時が流れていく。

 グラニコス河を渡り、もう随分と移動した。


 ある時、大王が険しい顔で、

«総員、整列!»と叫んだ。


「な、何だ!?」「戦だ!」「急げ!」

 とマケドニア兵達が次々に配置についていく。

 場所は……平原、か。


 平原はアレクサンドロス大王の強みである『騎兵』の力が活かせるものの、ペルシャ帝国の『大軍』も活かせる土地になってしまっているのだ。

 テルモピュライの戦いはレオニダス王達が狭い隘路で戦うことでペルシャの大軍の強みを消したと言えるが……それが平原だと全く期待できない。

 しかも、ペルシャ領だから地の理はペルシャ軍にある。


 平原の戦いはマケドニア軍にとって本来なら、避けるべきだ。


 大王は真剣な顔で、

«いや、誘い込もう»

「正気ですか?」と渋顔屈強老兵パルメニオン

«ここは海も川も離れてる。物流が良くないからこそ、大軍だと困る»

「来ますかな?」

«来るはずだ»と大王は断言。

「……いいでしょう」


 そして、マケドニア軍は軍を進軍させ、北に向かった。


「た、大軍だぁああああ!」とマケドニア兵が咆えた。


 驚くのも無理は無い。

 その数。約十万。

 マケドニア軍は前回より掻き集めたものの、精々五万いかないくらい。

 ペルシャ軍はマケドニア軍よりずっと多いな。

 マケドニア兵は精強とは言え、アウェーだしペルシャ兵も雑魚ではない。

 怯えるのも無理は無いだろう。


 ただ……指揮官アレクサンドロスが後世の偉人達からも『世界最高の天才』とされる人間の一人だと彼等はまだ知らない。

 俺の調べた感じ、大王と同じくらい強いのは全盛期のローマとチンギスハンと大英帝国とアメリカくらいのもの……つまり、その時代の完全なる覇者達だ。


 両軍、奇しくも同じ陣形だった。

 歩兵戦力を中央に、そして右翼左翼にそれぞれ騎兵を配置。

 大王達は右翼の騎兵側だ。


 大王は溜息をつき、

«やられたな。まさか、北から来るなんて。僕らの知らないルートを行かれたようだ»

「そんなルートがあったとは」とパルメニオン。

«うん、さっぱり知らなかったね»

「っく。情報をもっと集めておくべきでした」

«うん。そうだね。さて、どうするか……»


 マケドニア兵達がざわざわと騒いでいる。

「どうするんだべ」と黒髪男性ピヨクレス

「だべぇ……」と茶髪男性ナロクレス

「怖いべ!」と黒髪青年ピヨテレス


 実際、ペルシャ軍は雑魚ではない。

 アレクサンドロス大王が強すぎるから霞んでいるものの、普通に訓練した軍人であって油断したらマケドニア兵とは言えただではすまないだろう。

 マケドニア兵に動揺が広がっていく。


「もう、終わりだ」と黒髪男性ピヨクレスがぼやいた。


 布陣が敷かれ、向き合う形になった。

 戦が始まる……と想った時だった。

 

 すると、大王が突如、大黒馬ブケファラスに乗って走り出し、

«パルメニオン! ペルディッカス! フィロータス! クラテロス! エウメネス!――全軍の皆

!»


 全軍の注目が大王に集まっていく。


«勇者であれ!»

「「「「「うおおおおおおお!!!! 大王、この命、貴方と共に!!!!!」」」」」


 ……ちょっと格好いいな。

 いや、マケドニア兵にはこういうのがウケるようだ。

 大きく士気が向上している。


«行くぞ!»

 と大王がまたもや先んじて戦闘行為を始めた、と思いきや違った。

 マケドニア右翼にいる歩兵部隊が敵軍左翼の騎兵を軽く攻撃している。

 それが陽動かつ遅滞戦闘になったようだ。

 ペルシャ軍左翼の陣形は乱れ、大王と親衛騎兵隊ヘタイロイが強力な攻撃を後から見舞った。

 すると、瞬く間にペルシャ軍左翼が瓦解していく。


 圧倒的だな……。

 いや、ペルシャ軍右翼もまたマケドニア兵左翼を圧している。

 この戦い、どちらも右翼が強く左翼が弱い感じになってるな。

 ペルシャ軍は量的に戦い、マケドニア軍は質的に戦う。

 まさに、兵数と性能の戦いとも言える……。


 大王が突如、ポカンと口を開けて、

«あ、あれって»

 と言った。


 何かを見つけた様だ。


«ダレイオス王じゃん»


 俺が大王の視線の先を見ると、確かに豪華な服を着たペルシャ王がそこにいた。 

 デカイ人だな。二メートルはありそう。


 って……本命かよ。

 大将が大将首を見つけてしまったか。


「慎重に攻めましょう」と副官っぽい人が言った。

 金髪金目の人……彼は……ペルディッカスかな。知ってる人は知っているって感じの武将だね。

«そうだね»

「大王に万が一のことがあれば、大変ですから」

 大王は笑顔で、

«行け、ブケファラス!»

「ヒヒーン!」と大黒馬ブケファラス

 その後を、

「こらー! アレクサンドロス! 待て! 待つんだあああ!」と必死の顔色でペルディッカス達が追い掛けていく。


 大王はペルシャ王に近付き、難なく攻撃を払っていく。

 ズバ、ズバっとペルシャ兵が斬られる度に、ペルシャ王の顔は険しくなっていった。


 ペルシャ王のダレイオスの顔は恐怖に引き攣ったまま、甲高い声で叫び声を上げた。 

「ぎえピーーー!」


 なんてことだ……。

 ペルシャ王が、戦場から逃げ出してしまった。

 他の全ての人を見捨てて。

 よほど、怖かったんだろうな……。


 ていうか、ペルシャ王ってあんな風に叫ぶんだな。

 知らなかった。

 戦いは、アレクサンドロス大王の圧勝か。

 流石に強い。


「あ」と茶髪男性ナロクレスが突如声をあげた。


 マケドニア兵が何かを見つけたようだ。

 何を見つけたんだろう?


「妻と母と娘が取り残されている」と茶髪男性ナロクレス


 おいおい。

 サバンナのシマウマさんだって正妻ツガイと子供は護ったりするんだぞ。

 ……いや、言い過ぎかな。

 あれが人間の本能。

 自分が可愛いだけだし、逃げないとやられてしまったよな。

 ある意味、しょうがないだろう。


 ……これは、イッソスの戦い。

 アレクサンドロス大王の猛攻を受けたダレイオスが全てを捨てて逃げ去った戦いだな。


「大王って本当に強いべな」と黒髪男性ピヨクレス

「んだんだ」と茶髪男性ナロクレス

「俺達も、ついていくべ。大王が俺達を必要とする限り」と黒髪男性ピヨクレス

「んだ」と茶髪男性ナロクレス

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