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王宮前にて② 顔の変化

 医神は造り出した複数の脳モデルを全て消していった。

 そして、俺に哀れみの目を向けた。海賊団アルゴナウタイ達が同情してくれたのか、すすり泣く声が聞こえた。


 医神は俺の方を見ないまま、淡々とした声で、

「言いにくいけど、その通り。ムクゲが努力してもバラになれないのと同じだ。これは遺伝子レベルの問題であって、努力ではどうにもならない」

「だよな」と俺。

「環境や教育でどうにか出来るのはそれこそ特殊な環境や優秀な講師でもなければ無理。科学技術がよほど進歩すれば別だけどね、遺伝子改造とかさ」


 俺は、バラになろうと努力したムクゲか。

 悲しい。


 少し、俺は泣いた。

 ミラーニューロンは実は知ってたけど、『ミラーニューロンが少ないから努力しても無駄』と他者から指摘はされなかったな。いや、どんな他者より医神のが優しいのは分かる。

 俺に努力を強要して、出来なければ努力不足と罵ったりするような人じゃない。

 仕方が無いことに、仕方が無いと言ってくれるんだから。

 出来ない人間をなんだかんだ吊し上げてくる……それが前世の社会だった。

 俺が評価されないところを十分条件じゃなく必要条件にまで持っていった社会。楽しくなかったな。それで、俺が伸びていく部分は評価されないのだ。


 俺は涙を拭う。


「ちなみに、これを努力の問題とするかどうかは社会情勢によるね。時の権力者の都合になる」と医神はぼやく。


 へぇ、そう……。

 その権力者様くそやろう卑劣スパイト人々(ピーポー)は、俺のことなどどうでもいいのだろう。だから、才能の問題を『努力』の問題にすり替えて、俺をスルーしたり吊し上げる為に、空気社会を造ったのだ。

 空気とは、俺の敵なのだ。だって空気を読めるのを努力の問題にすれば、読める側は楽だからな。出来てない人間を才能不足じゃなく、努力不足として人格否定して罵り放題。評価基準を、俺が決して評価されないものに規程した。

 うぜえな、空気。

 ポリコレとかよりずっとずっとうざくて有害だ。滅べ。そう言えば、大日本帝国みたいな空気脳国家は空気が問題だったのに、空気を反省せず「戦争が悪い」と極端な意見を馬鹿の一つ覚えのように叫び続ける異常な国。嫌いだな、空気。そこら辺の凡夫がポリコレを嫌いに思う気持ちの二千倍くらい空気を嫌いになりそう。

 俺が不幸になった程度には、俺を不幸にした奴らは不幸になれ。俺を虐める為に空気社会を造った奴ら、全員苦しんじまえ、前世の俺程度にはな。


 ドン、と爆音が俺から発声。

「あ……」

 俺から黒い魔力が沢山出てきて、辺りに蔓延る。「うわぁ!」「ひいいいい!」アルキビアデスとスパルタ兵達の悲鳴が聞こえた。


「やっぱ、そうなるかぁ」と医神は黒い魔力を悲しげに見る。

「仕方ねえよ、もう」と俺は真顔で泣いた。

 辛い。苦しい。

 辺りに黒い魔力が蔓延る中、医神は俺を真っ直ぐ見つめた。

「でもロードロード」

「?」

 医神は黒い魔力に構わず俺に近付いてきて、俺の肩に優しく手を置いた。

「君を助けようとか配慮しようとした空気もあるはず。悪い空気ばかりと思わないで?」

 医神の声は、優しい感じだった。医師としての義務でなく、本心で俺に配慮しているのを感じた。

 その温かさは、俺の心に伝わった。

「……」

「思い出せないだろうけど、そういう空気もあったと頭の片隅に置いといて」

 俺の黒い魔力が、少し弱くなる。

 辺りに流れてるが、半分程度になった。

「……おう」と俺。

 俺の肩から力が抜けて、黒い魔力が殆ど出なくなった。

 医神は眉を顰めたものの、少しだけ笑顔になり、

「その素直さを好きになってくれる女性がいればいいけど、君はかなり怖いからなぁ……君のタイプの女性ほど、それに気付く」

 なんで俺のタイプの女性ほど気付くんだろう?

 その内聞きたいな。

 俺の体から出てきた黒い魔力が、拡散せずにどんどん俺の体に纏わり付いていく。

 黒く、暗く、混じりけの無い純粋な感情が俺の体の中に流れた。

「これはっ」

 俺は気付いた。

 俺の体の中に、黒い魔力が流れている。

 これくらいあれば、道テイムの発動にさえ出来るだろう。

 使う気はないが、使ったら……多分、練度が上がるんだろうな。


「……」と医神は何も言わないが、目に魔力を入れてじっと見ている。


 医神が鏡を作って、俺に見せる。

「……顔が怖くなってる」と俺。

「そうだね」と医神。


 黒い魔力の影響だろうな。俺の心が黒くなると同時に、顔は怖くなるようだ。


 ……俺は肩を震わせながら、辛いと思いながら答える。

「すまねえ。もう、昔の光だけの俺には戻れそうにない。俺自身、怖くなる俺には蓋をして、努力に逃げてあげたんだ。いつか変われると言い聞かせてな、根拠の無い希望的観測に合わせてあげたんだ。それは社会の為に、な。だが、限界だ。俺はもう少し深い闇に落ちる。俺は努力しても無駄だと分かってた。だって俺は、ありとあらゆる人間に関心があって、歴史上の色んな奴を知ってて、人は成長して変わるところと変わらないところがあるって知ってたから。だから、俺に『努力不足』を向けた社会や人を許せない」

 俺は震える両肩を、抱き締めるように両手で押さえた。

 医神が目を細め、

「……努力したのは分かる。君は言わば……心の壁を、自分の病んでる部分や弱い部分に造っていた。自分の為じゃなく周りの為にね。努力しても出来ないとどこかで分かってるのに、出来ると主張する周りに合わせて自分にも言い続けてあげて、努力を沢山して、それでやっても出来ないという軸を得た。それはとってつけた様な知識でもなく、自分が本気で努力したから得てしまった君の『人生の軸』だ。君は初めて、他人の為じゃなく自分の為に変わろうとしている。君の記憶を読んだからこそ、僕はそれを分かる。過去の君は、とてつもなく頑張ってた」

「……」

 俺はふと医神の顔を見た。

 医神は暗い顔をしている。

「君がモテないのは努力不足じゃなく、才能不足だった。コミュ力の低さもそう。それは間違いないよ。医学の神として、断言する」


 医神は真剣な顔でそう言った。

・余談

 アスクレピオスがこのことを道くんに言わない場合、もう三段階くらい道くんを病ませる結果になったと思います。医神は黒い魔力の正体に気付いてて、何とかまだマシな結果にしたいと悪戦苦闘中です。

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