道 in イスラエル。 門番の足止め②
俺は漫画を読み終え、一息ついた。
あー、面白かった。
神漫画の一つと言っていいだろうな。
「ふう、読み終わったわ」と俺。
「どうでしたか、ヒス●●エ最新刊は?」とケイローン。
「やっぱ良かったな。流石、岩●均先生だぜ」と笑顔の俺。
「私も貴方を一時間、足止め成功して嬉しいです」と黒い笑顔なケイローン。
「……」
しまった!
やられた……。
俺は少し、頭を抱えた。
賢者ケイローンは本当に賢い。
まさか、俺を足止めするのに遅滞戦闘でも美女貢ぎでも酒でも金でもなく、好みの漫画をプレゼントしてくるとはな。
やられたぜ。
俺の後ろでアスクレピオスが「君が忍耐力無いだけでしょ」と言ったが、俺はスルーした。
俺はケイローンを真っ直ぐ睨む。
「やるじゃないか、賢者ケイローン」
ケイローンは苦笑しながら、別の漫画を見せびらかしてきた。奴が両手に抱えた漫画は――、
「ワ●ピとハ●タの新刊は? 複数ありますよ?」
「……貰う」
俺は頷いて、漫画を貰って、素材収納で自分の体ににゅるっと仕舞った。
ケイローンは不満げな顔を浮かべて、
「やはり今時間潰してはくれないんですか?」
「あぁ。読みたいのは山々だが、目標を達成する為にはある程度の忍耐も必要だろ」
「今、全然忍耐してなかったじゃないですか。もっと堕落して下さいよ」
俺は首を横に振る。
「これ以上はちょっとな。岩●均先生のヒス●●エは超特別扱いだ。ワ●ピとハ●タは特別扱い。ヒス●●エのがちょっとだけ、ランク上なんだ」
「……じゃあ、これはどうですか?」
ケイローンはまたもや懐をまさぐった。
無駄なことを。
ヒス●●エ13巻はまだ出てない。
あいつが俺を足止めすることなど、できやしないのだ。
「ベル●●ク41巻と42巻です」
「っ!」
絶妙なところをついてきやがった。
だが、俺にとってはワ●ピとハ●タと同ランク。特別扱い級の神漫画。
超特別扱いではない。
なら、忍耐で何とかなる。
それは受験勉強に燃える受験生が受験期間だけ漫画を読むのを我慢するようなもの。
受験生でなくても、中間・期末テスト前なら漫画を買うのを我慢しなくても、読むのを我慢する人は大勢いる。
そのくらいの覚悟をすれば、耐えられる。
人生、楽しみは必要だが楽しみだけになると大事なものを失ってしまったりする。だから俺は優先順位を付けて、一番楽しいのはついついやっちゃうけど後は死に物狂いで我慢するのだ。
今日一日、今日一日我慢すれば、好きに読めるのだ。なら、我慢しなきゃ。
俺の後ろで「ヒス●●エも我慢すれば良かったのに」とぼやいたが、無視した。
俺にヒス●●エ最新刊を見せるのは阿片中毒者に阿片を見せるようなものだから止めようがない。
だが、それ以外なら我慢できる。むしろ、ヒス●●エを読んだ後はなぜか労働意欲さえ湧く。今の俺なら、週6~7で働くことさえ出来るかもしれない。
⦅安息日は造りなさい⦆とイエス様が突如ぼやく。
……なら、週6で働こう。
阿片中毒者が煙草や酒を我慢するように、俺はワ●ピとハ●タとベル●●クの最新刊を我慢するのだ。
大王達と死闘を繰り広げた後、読めばいいのだ。
俺はケイローンに自分の手を真っ直ぐ伸ばした。
「ワ●ピとハ●タとベル●●クをくれ。後で読ませて貰う」
「一つ、小耳に入れたいことが」
「何だよ」
「ベル●●クの作者様はお亡くなりになりました」
「な、何だと!」
「貴方が転移をした後、三●●●郎先生はお亡くなりに」
俺は目を大きく見開いた。
俺の心臓がばくばくと唸る。
嘘だ!
あいつは嘘を言って、俺を混乱させるつもりなんだ!
そんなの、信じない!
ケイローンは俺に向かって自信ありげな顔で、
「つまり、これは遺作です。ファンなら、最速で読まないと」
「う、嘘だ!」
俺は某雛見沢症候群のレ●ちゃんくらいに怖い顔で咆えた。ケイローンの表情に変化はない。
「嘘だ!」
「……」
「嘘だ! 嘘だ!」
「ところがどっこい、これが現実です」
ケイローンは賢い人だけが出来るようなズル賢そうな笑みを浮かべた。
この感じ、嘘じゃなさそうだ。
本当に、本当に……本当に!?
俺はケイローンに近付き、彼の衣類をガシッと掴んで、
「じゃ、じゃあ、ベル●●クの完結はしないのか!? 俺は……運命に見捨てられたのか?」
「アシスタントの方が跡を継いで描いてくれてます。それが、42巻です」
「っく!」
俺は俯く。
なんて尊いアシスタントか!
しかし、それは百点じゃなく九十九点の解答。
運命は俺を完全には見捨ててないが、部分的に見捨てたということだ。
俺はガクッと崩れ落ち、地面を食い入るように見つめた。
待ってれば、完結するはずじゃ……。
待ってても、完結しない作品があるってことかよ。
じゃあ、俺のヒス●●エも、う、うわああああああ!
俺は頭を抱え、噎び泣いた。
「びえええええん!」と俺。
俺の肩を、ケイローンが優しく触った。
「ロードロード」
「……」
「ファンなら、見ないと」とケイローン。
「……」
「ファンレター、書いたことないんでしょう? 岩●均に、谷●流に、冨●●博に、尾●●●郎に、ファンレターを書いて時間を潰すのです」
なんて悪魔染みた提案。
思わず、ファンレターを書きそうになる。
俺の右手がぶるっと震えた。
「生きてる間じゃないと、ありがとうって伝えられないんですよ? 相手が痴呆や更年期障害になったら、貴方の言葉も届かなくなる。本気で作者に感謝を思ってるなら、ファンレターを今書くべきです」
ケイローンは俺に紙とペンを向け、俺はそれを受け取ってしまう。
仕方無い、書くか。
俺は『岩●均先生へ、いつも素敵な漫画をありがとうございます。私は、先生の漫画をずっと楽しみにしてて、先生の体調不良を聞いて初めてファンレターを書きたくなった次第です。お体が辛い中、私に素晴らしいエンタメを届けてくれて、ありがとうございます。先生が骨身に鞭を打つように描いた熱筆は、この心に届いています。先生が描いた寄●獣やヘウレ●カや七●の国は読みましたし、ヒス●●エも楽しみに読ませて貰ってます。ヒス●●エは休載が多いのが弱点ですが、それでも読みたくなる面白さが先生の漫画にはあります。今まで私を楽しませてくれて、心からの感謝を表明します。私はクリエイター達を尊敬してます。ク●●トファー・ノー●ンやジェーム●・●ャメロンやジョー●・●ーカスや、宮●駿や尾●●●郎や鳥●明や野●●也の作品も好きです。それと同じ様に、先生の漫画が好きです。あと一巻出るのか、二巻出るのか分かりませんが、先生が無理のない範囲で描いてくれるなら、出版される度に私はファンとして読みます。貴方のファン一名より』と書いて、このままファンレターを書き続けよう……と思ったら、俺の目の前に医神の手。
「騙されないで、ロードロード!」と医神。
俺は隣の医神の方を向いて、
「何が騙されないで、だよ。今しか書く時間はないだろ」と俺。
「何言ってんだよ。君は異世界にいるんだから、創作者にファンレターなんて書いても届ける手段がないでしょ!」
「ッハ!」
気付いた。
その通りじゃん。
俺、今は異世界にいるから書いたところで届けることが出来ないんだ。
危うく騙されるところだったぜ。
俺の額に冷や汗が流れる。
俺はガバっと顔を上げて、ケイローンを見た。
「ここにいる間は、俺はファンレターを書いても届けることが出来ないはずだ」
「っち。その通りです。気付きましたか」とケイローン。
危ない。
危うく、時間を無駄に過ごすところだった。
ファンレターって自分が死んでからじゃ送れないんだな。
転生前に送ってあげるべきだった。
『先生の漫画やラノベが好きです』と、言ってあげても良かったな。
ま、今思ってもしょうがないけど。
俺は岩●均へのファンレターを素材収納で自分の体に仕舞った。
ケイローンは俺に、それでもベル●●クの41巻と42巻を見せびらかしてきた。
あいつの懐には一体何冊の漫画が入ってるんだろう。
少し気になる。
ケイローンは黒い笑顔で、
「どうします? 遺作ですよ、遺作」と41巻を見せびらかす。
「見せろ」
「あと、三●●●郎の意思を継いだ元アシスタントの仕事振り、ファンなら気になるんじゃないですか?」とケイローンは42巻を見せびらかす。
「……っ、見せろ!」と俺。
俺はベル●●クの41巻と42巻を手に取った。
先生、元アシの新先生、貴方達の熱筆、見せて貰いま――、
と思ったら、医神に胸ぐらを掴まれた。
「ふざけんな! どれだけ時間を消費すれば気が済むんだ! 門をとっととくぐるんだよ!」
「分かった。ちょっとだけ、努力する」
「?」
「努力しながら、漫画を読む。道テイム!」
俺はスキルを使って、イスラエルにある地理情報の把握を務めた。
うわ。
何だこれ。
イスラエルの地下には霊脈が……千近く、あるのか!?
寒気がした。
莫大な魔力だけでなく、何らかの術式が込められてるのが分かる。
凄い数だ。多分、全て戦闘に使われるんだろうな……。
霊脈に宿ったアレクサンドロス大王の意思が、俺に反応した気がした。
だが道テイムした俺は、スキルを発動しながら漫画に意識を全集中する。
物事には優先順位があるからね。
取りあえず発動しておけば、情報収集だけは出来るのだ。
【こんな便利な使い方があるなら、どうして今まで使わなかったの?】と小賢者分身。
違うぞ。今までは本気で闘ってたからこんな雑な使い方をする必要がなかったんだ。俺が集中しなくても出来る使い方だが、その分精度が落ちてる。
【警戒されるくらいなら中途半端な使い方しない方がいいんじゃ】
かもな。俺、漫画読むから邪魔しないでよ。
【……】
ぺらぺら。ぺらぺら。
……あ。
ふと気付けば、ケイローンが張り詰めた顔で俺に向かって弓を構えてる。
「……一瞬でこれだけの規模のスキルを放つとは。流石、魔王と言ったところですか」
「あぁ、うん」と俺。
「とんでもない方ですね、貴方は」
ケイローンの放つ殺気を凄く感じる。
場合によっては俺は射られるかもしれない。
射手座の人だけあって、強力な弓技とか持ってるかもしれない。
だが、そんなことより、俺は漫画を読み続けた。
これが41巻か、あいかわらず凄い画力だ。
画集、とさえ言われただけあるなぁ。
俺はベル●●ク41巻を読みながら頷き、
「あぁ。俺のスキルはそういうものだからな」
ガ●ツは今、こんな状態なのか。成る程ねー。
「あの、こっち見ながら話してくれます? 漫画読みながら話すって失礼ですよ」とケイローンのイラッとした声。
俺はそんなイラつきなど構わず、漫画を読みながら答えた。
「ケイローンが俺に漫画を貸してくれたんじゃん。なら漫画読まないと。俺はケイローンの誠意に答えてるだけだって」
「全然誠実じゃないですね。貴方、モテないでしょう?」
「……」
プツン。
キレた。俺の中で、決定的な何かが、キレた。
【何かじゃなくて、非モテ精神がキレたんだろうね】と小賢者分身。
⦅明白だな⦆とイエス様。
俺の心に二者の声が直接聞こえた。
畜生。
人の一番気にしてることを。
「う、うるせえ。モテてたことぐらい、ある……」と俺。
「……。あぁ、そうですか。それで? 漫画は面白いですか?」と少しイラつきが消えたケイローンの声。
ケイローンは一瞬動揺した後、その話題を漫画に戻した。
俺の拗らせ精神を察して、話題転換を狙ったのかもな。
俺も漫画に集中したいし、ここはスルーした。
「面白いな」と俺。
「好きなんですね」とケイローン。
「面白いからな」
俺はペラペラとベル●●ク41巻を捲る。
……ヒス●●エと違って、サクサク読めてしまう。
これはどちらが面白いかじゃなく、そういう作風にベル●●クが変化したからだろうな。
漫画読みの端くれとして俺はそう思った。
俺は三十分かからないくらいで、ベル●●クを二冊読み終えた。
俺はじっくり読む派だけど急いで読んだら、そのくらいで読めた。
ケイローンの方を見ると、なんと漫画を山を用意してやがった。
野郎……。
ケイローンは黒い笑顔で、
「ロードロード。貴方の好きそうな漫画を軒並み用意し、話題の新作をいくつか用意しました」
「ほう」
「時間を潰して貰いたい」
「いや、これ以上はいいや」
「……」
「くれるなら貰うけど、もうそろそろイスラエルに入りたい。門を通して貰うぜ」
ケイローンはクワッと目を見開いた。
やる気か?
そろそろ、戦闘か。
よし、俺も覚悟を決めよう。
「ロードロード。私には更なる足止め作戦があります」
「何!」
「これです」
ケイローンが取り出したのは、漫画でなくブルーレイディスクだった。そして、その絵柄は俺がよく知る類いのもの。
「そ、その絵柄は、まさか」
「そう、ジ●リですよ。ジ●リ」
「っく!」
俺の目が動揺のあまり、揺れる。
ケイローンはいやらしい笑みを浮かべた。
勝利を確信しているようだ。
「宮●駿の最後の長編作品……『君●●●●生きるか』です」
「てめえ……」
「どうです? 観たいでしょう? 何なら、音響を完備した映画館で見せてあげますよ」
・余談
ちなみに、最近の私が一番好きな漫画はワンピ●スかもしれないです。なんだかんだ、ね。以前はデスノ●トでした。




