道、到着 in イスラエル。 賢者ケイローンは道の足止めを試みる
異世界と人間界の地理はほぼ等しい。
俺は集団転移で、イスラエルに到着。
「ここか」
目の前には、巨大な門があった。結界魔術でガチガチに防衛されてるのが分かる。
ノイシュバインシュタイン城をギリシャ風にした様な建物が遠くにあるのが見えるし、城壁は大理石と彫刻で豪華に設えられてる。
凄い金と手間暇かかってそうだ。芸術の都かよ……。
ここが、アレクサンドロス大王が治めてるイスラエルか。まさに、大王乃都だな。
俺の隣に医神、その後ろに海賊団達、拘束されたスパルタ兵士達やアルキビアデスが続く。
「よし、無事に集団転移できたね」と医神。
「あぁ。……なんていうか、凄く発展してるな」と俺。
「うん。ニューヨークとかワシントンよりインフラもしっかりしてるよ」
と医神は頷く。俺は軽く溜息。
「……異世界特有の森とか中世的な街並じゃないな、ここ」
「うん。古代ギリシャ的な風景を世界遺産的な建築形式で造ってみようって街だからね。ほら、あそこ。アントニ・ガウディのサクラダファミリアをギリシャ的にアレンジした建物とかあるよ」
「あー。あれね」
俺が目を凝らすと、確かにそういう感じの建物があった。芸術的だなぁ。大胆で複雑なデザインだけど、それでいて心動かされるものがある。
ありとあらゆる魅力的な世界の建築物をギリシャ的に造ったようだ。
ここはイスラエルだけど、建築物は完全にギリシャ風だなぁ。
アブラハムの三宗教って感じがまるでしない。
だが、それでいて見事なのだ。
ここにしかない建物ばかりのようだ。
「ちょっと観光したくなってくる」と俺。
「君、自分の立場分かってる? 敵だよ、敵! 観光なんて許されるわけないでしょ!」と医神。
「でも、貴方が俺の味方になってくれたように大王ももしかしたら」
「ないない」
アスクレピオスは手を顔の前で左右に振った。
「それは諦めて」
「……でも、童貞卒業を待ってくれたんだから、観光くらい許してくれるんじゃないか?」
「あー。あり得る。そのくらいだったら」
そんなことを話していたら、
「ようこそ、エヴォルの魔王」と見知らぬ男性の声。
声の方向を向けば、門の前に遊牧民の男がいる。
こちらを見て、不敵に笑ってる。
……あの人、強そうだな。
海賊団達にゆかりがあって、ギリシャにゆかりがあるなら恐らくあの人は――、
「貴方は……賢者ケイローン?」と俺。
「はい。そうです」と遊牧民の男は頷いた。
ケイローンは彼自信も乗る馬も鍛えられ、簡素な民族衣装を身に纏っている。
彼も最強集団『海の民』の一員に違いない。
射手座のモデルになった人だな。
「俺と闘おうってんだろ?」と俺。
すると、ケイローンはやや苦笑し、
「その、大王とアダムは話し込んでいまして」とケイローン。
「話し、か」
何話してるんだろう。
「貴方達に少し待っていただきたいんです」
俺はムッとした。
さては時間を稼いで、何かをやる気だな。
大規模な攻撃術式を準備しててもおかしくない。
応じることなど、出来るものか。
「俺が頷くわけないだろ。もっとイケメンになりたくてうずうずしてるんだぞ!」と俺。
「今観光しようとしてたじゃないですか」とケイローン。
「!」
言われてみれば、確かに。
アダムを差し置いて、観光しようと思っていた。
ちょっとくらい、いいかなと思ってしまったのだ……。
ケイローンは体の良い一流の詐欺士のような胡散臭い笑顔を見せてきた。
「いいですよ。軽く案内するんで、二三日くらいゆっくりして行かれたらどうですか?」
ど、どうしよう。
観光はしたいけど、イケメン遺伝子は欲しい。
イケメン遺伝子手に入れてから観光すればいいんじゃ?
いや、戦闘になったら街は破壊されるだろうし、転移者全員倒しちゃったら人波が見えなくなるだろう。平和な街を観光したい。
どうしよう、悩む!
「それに、もし時間稼ぎに付き合ってくれるなら、これを貸してあげましょう」とケイローン。
「は? 俺を買収できると思ってるのか?」
ケイローンは懐をまさぐった。
何を出してくるのだろう。
俺は小切手とか黄金とか酒じゃ買収できない。
俺を買収できるのは、美少女とイケメン遺伝子だけだ。
「これです」とケイローン。
俺は出された物を見て驚いた。
「そ、それは。馬鹿な!」
「岩●均のヒス●●エ12巻です」
「馬鹿な! 新刊が出たというのか!?」
俺は戦慄した。
目を大きく見開く。
間違いない、あれは俺の気に入っていた漫画の新刊……作者が創作者特有の病、『休載病』にかかってしまったと思い、新刊を半ば諦めていた。
それがまさか、出るだなんて。
俺の喉元がゴキュっと鳴った。
「どうでしょう?」とケイローンは笑顔。
俺はたじたじしてしまう。
まさか、漫画を取引材料にしてくるとはな。
ケイローンは海賊団達のメンバーだけに、漫画の海賊版を造りやがったのか。
倫理的には褒められた行為ではないが、異世界では正規品が出てないからな。
海賊版しかないなら、それを読みたい。
「13巻は出てないのか?」と俺。
ケイローンは首を横に振る。
「それはまだですね」
「そうか。どうせなら13巻14巻と言わず、完結まで見たかった。ペルシャ戦争編だけでなく、ディアドコイ戦争編まで」
ケイローンは俺にこれ以上無いくらい厳しい目を向けた。
「欲張りですね、ロードロード。完全な形での完結は、この作品は難しいかと。多分、ディアドコイ編まではいかないでしょう」
俺は血眼になって、ケイローンを睨んでしまう。
「ふざけんな。俺に希望を捨てろっていうのかよ!」
ちょっと怒ってしまう。
ハ●ターハ●ターとかG●●TZとかベル●●クとかハ●ヒとか逆●●判5とか、魔●●●●夜とか月●リメイクとか、色々と俺は待たされて鍛えられてきた。
だが、だからこそ、思う。
いつかは出てくれるのだ、と。
ケイローンは厳しい顔のまま、厳しいことを言い続ける。
「貴方なら分かってるはずです。作者の筆の速さ、構想の長さ。それを考えると、ヒストリエの完全な形での完結は不可能だと。他の作品とは構想の長さがまるで違います」
「……」
哀しいなぁ。
「それに実は、岩●均さんの体調が優れないようで」
「そ、そんな」
俺は膝がガクッと曲がって、四つん這いになった。
マジかよ。
くそ!
俺は思いっきり拳で大地を殴った。
ドン、と大地に俺の拳分の凹みが出来る。
涙がぽろぽろと零れ、俺によって大地が少し濡れた。
「ワ●●●スとハ●ターハ●ターの新刊もありますよ」
「一応読むけど、ヒス●●エより優先度低いわ」
「ネタバレしていいですか?」
「ヒス●●エのネタバレは許さない。ワ●ピとハ●タは許す」
「……。エヴォルの魔王、ロードロード。なるべく時間を潰して下さい」
一瞬浮かない顔になった後、ケイローンは笑顔に戻った。
け、ケイローンめ。
ワ●ピとハ●タのネタバレはしないのかよ!
ってことは、ヒス●●エのネタバレをしようとしやがったな。
怖い奴だ。
警戒が必要だな……。
「大王はアダムと真剣に話されてる。漫画読んで、少し時間を潰して下さい」とケイローン。
「分かった」と俺。
俺は新刊を読めるという喜びと、完全な完結が不可能という哀しみの二つの感情に包まれながら、漫画のページをめくった。
おぉ。そういえば、こんな感じの展開だったな。
エウメネスの伝記は読んだことあるけど、寄●獣を描いた人だけあって良いセンスぶち込むんだよね。
と俺が漫画を読み始めたら、医神が俺の体を揺すってきた。
「ちょ、ちょっとロードロード!」
「何だよ」
医神の顔は、少し強張っていた。
「正気か、君?」と医神。
「何が?」
「君、イケメン遺伝子を手に入れる為にアダムを手に入れるんじゃないの?」
それはそうだけど、これまで『アダムは安全』とも聞いてきたからなぁ。
俺はケイローンに向かって質問。
「大王はアダムを殺したりはしないよな?」
「はい。交渉してるだけです」とケイローン。
俺は顔をアスクレピオスに向けて、
「ヒス●●エを読み終わってから攻めに行く」
アスクレピオスは頭を抱えた。
「前代未聞だよ。武装集団で敵対国家を攻めようとしようとしてるのに、読みたい漫画を貰ったから後回しだなんて」
「俺は前世日本人だったからしょうがない」
アスクレピオスは目を大きく見開き、
「しょうがなくないでしょ。人生かかってんだよ?」
「日本人は人生がかかった受験勉強より漫画を読むことを優先してしまうオタク民族だ」
「……」と医神は絶句。
「あーそれ思えば、俺、まだ一応精神的には日本人なんだろうな」
ページをめくる。相変わらず、絵に心がこもってる感じがする。あー。俺も漫画家になったらこのくらい面白いの描きたい。
「ロードロード。その……違う。君のそれは日本人的精神じゃない。オタク的精神なんだ」
「ッハ!」
俺はビックリした。
言われて気付いた。
確かにそうだ。
俺は日本人かどうかじゃなく、オタクってとこが変わってないだけなんだ。
日本人でも漫画と受験勉強なら受験勉強を優先して高学歴なる奴らいるもんな。
日本人だからと言って俺みたいな『受験と漫画』で漫画を優先する奴らばかりじゃない。
そしてこういうとこが、前世の俺が低偏差値になってしまう原因なんだろう。
ちょっと反省。
この漫画を読み終わったら、反省しよう。
「今しろよ、今」と医神。
無視無視。
「傷つくなぁ……」と医神。
反省なんて後でもできる。漫画を読むのは多分、今しかないからね。
「君の場合、多分そうだからな……今しか読めないなら今読んでいいよ。でも後でしっかり反省してね」
おう。
……ペラペラ。
あぁ、懐かしいキャラ達。
そして、変わらない面白さ。
作者は天才なんだろうな。
俺が読み進めてると、漫画本の半分くらいまで来たらアスクレピオスに怒られた。
「ロードロード。君、正気か!? 読むスピードが遅すぎる」
「じっくり読む派だから」
「戦争で時間の使い方は無茶苦茶大事なんだぞ!」
「あと半分だから」
「そんなに読むのに時間かかるなら明日にでも読めばいいじゃん」
アスクレピオスの言うことは正論なんだろう。
だが俺は「受験勉強をやれ」と親に言われてやるタイプじゃなく、完全に自分の気分でやるタイプの男だった。闘う時も、気分で決めたい。
それに、漫画を読むのを邪魔されるとムカツク。漫画より優先度が高いのは美少女とのエ●チくらいのものだ。
「軍事侵攻は後でやるよ」と俺。
俺は漫画を捲った。あと四分の一くらいだ。
「もう、本当にダメな人だな、君!」と医神。
医神は少し俺に呆れたらしい。ごめんな、アスクレピオス。でも、感謝してるよ。
「……そう思うなら、少し明るくなってね」
「おう」と俺は頷く。
俺はケイローンに向かって、
「賢者ケイローン。俺が十二巻を二回読んだら、門を開けてくれ。その後アダムに会いに行くから」
「は、はい。ワ●ピとハ●タは?」とケイローン。
「くれ。それは戦いが終わったら読む」
「……同じ漫画を二回も読むのかよ」と医神。
「好みの漫画は何度も読み返すよ」と俺。
「ダメです! 戦争が終わってからにしなさい!」と医神。
アスクレピオスは俺から漫画を奪おうと、漫画に手を掴む。
俺はそれを力一杯で抵抗。
お互いが漫画を引っ張り合う形となった。
「止めて! 俺から漫画取らないで!」と俺。
「漫画を読むなら、やることやってからにしなさい!」と医神。
「これだけ、これだけだから! 二回読んだら、門に入るから!」
ビリリ!
という嫌な音。
「「!!」」
俺の読んでた漫画は、医神との引っ張り合いで引き裂かれてしまった。
哀しい。
俺が涙目になって、医神と破れた漫画本を交互に見返す。
「少し力を強くし過ぎたね……」と医神。
「……」と俺。
「……」
「借り物なんだけど、これ」
俺がそう言ったら、アスクレピオスは「弁償する」と言った。
アスクレピオスの顔が暗くなる。
俺が何か言おうとしたら、チョンチョンと肩を突かれた。
横を向けば、俺の横にケイローンがいつの間にか近付いており、
「予備です」
と別のヒス●●エ12巻を差し出した。
……この男、仕事できるな。
俺は再び、漫画を手に取った。
「アスクレピオス、邪魔しないでくれよ」と俺。
「う、うん」とばつの悪そうな医神。
俺は再び読み始めた。
あ、ていうか、破れた漫画なんて道テイムで直すことできるんじゃ。
「紙を繊維とし解釈したら、出来るかもね」と医神。
「なぁ、アスクレピオス」
「後で一緒に直してあげるよ」
俺の顔が明るくなる。
「ケイローン。ごめんな、漫画破って」と俺。
「気を付けて下さいね。一応、私の私物なんで」とケイローン。
「うん」
ペラペラ、ペラペラと紙を捲る。
「ケイローン先生。本当にアダムは大丈夫なんでしょうか?」と医神。
「それは大丈夫だと思う。存在を消されたりはしない。大王はこちらの味方になるように交渉しているだけだ」
「はぁ。早く行っておけばいいのに」
医神は溜息。
会話を聞いててふと思い出す。
そう言えば、ケイローンってアスクレピオスの医学の師匠だったな。
賢者ケイローン、ありとあらゆる天才達に、才能を教えることが出来た人、か。
俺にも何か教えてくれないかな。
「はぁ……やれやれ」と医神は俺を見て、疲れた顔をした。
俺は数年ぶりの新刊を、少し楽しみで読むのだった。
・余談
念の為言っておくと、私は発売日前に予約し、新刊で買いました。道くんの読んだのは海賊版ですが、私は正規品を買っております。




