道の体
ブーケが身に纏った桃色の魔力が消えて行く。
それが終わると、ブーケはガクッと崩れ落ちた。
「はぁ……久しぶりに凄く疲れました。いやぁ、体中ボロボロですよ」
「……ブーケの脳内血管までは破壊しなかったが、あれだけ骨や筋肉や血管を弄られてよく戦えるなと思ったよ」
「あはは。そうですね。あたし……頑丈なので」
桃色の髪が風でたなびき、ブーケは可憐に笑った。
「……道テイム!」
俺はブーケの体を次々に治療していく。
筋肉・靱帯・血管・リンパ管・ありとあらゆる器官を――それこそ、脳に至るまで全てを治療していく。
彼女は眠たそうに目をこすった。
「ん……眠いです」
「? おかしいな。道テイムで体を整えると、最初は眠くなるけど……二回目からは然程眠くならない人が多いんだが」
ブーケの体を整えるのは二回目なんてとっくに超えている。なのになぜ、また眠くなるのか。
「……まぁ、大した理由じゃないでしょう」
「?」
「多分ですね。あたしの体が……大きく変化したからです。桃色の魔力を凝縮したときにそれを感じました。あ、すみません。その……本当に……眠いので、寝ます」
こて、と岩山の頂上で美少女ケンタウロスは倒れた。
「zzz……」
気持ち良さそうに、太陽に照らされながら彼女は眠りこけている。
ついでに俺は気絶しているアイシャ達を道テイムして体を修復していった。やはり体はかなり酷使されており、死者転生の時に治療していたはずなのに筋繊維も骨もボロボロだった。
道テイム・筋肉バーストはかなり操作相手に負荷を強いるようだ。
チラチラ周りを見ると、起きているのは俺と、隣にいるレギンくらいだ。
「……皆、体力が限界のようだな」
「そうだね。ブーケ相手にたかだか三十名の軍人が戦うなんて無茶だもん」
レギンは当然とばかりに言う。
「レギン。何で一緒に戦ってくれなかったんだ? レギンが一緒に戦ってくれれば、俺はもっと楽を出来たと思うんだが」
「あたしが参加するのは彼女達の為にならないし、もし戦いに参加して死んでしまったら死者転生できないでしょ」
「あ、成る程」
後半は納得出来た。確かにその通りだ。
まぁ、他のサキュバス族の子が俺に触れば死者転生できるのかもしれないが、それを試したことはない。
試しにそのうちやってみるのは良いだろうが、今ここで実験するのも危険過ぎる。
レギンがもし、戦いの中で死んでしまったら俺の精神は耐えられない。
それに死者転生もできなくなるのだ。
しかし、先ほどの戦いであった一時。ブーケのレギンに対する意味深な視線を俺は思い出す。あれは聞いておきたい。
「……レギン、俺はお前が何か隠しているのを知っている」
「――みたいだね」
レギンは豊満な自分の胸を見る。そこには真偽結晶があるのだ。
彼女はちかちかと光っていないことを確認した。それで俺が嘘をついてないと判断したのだろう。
「でもロードロード、前も言ったけどさ。付き合ってたら……結婚するとなったら隠さないといけないことって沢山出てくると思うよ?」
「俺は相手の過去とか自分の過去から逃げたくないパターンなんだ」
「あたしは恋愛経験ないけど、それ言う人って恋愛下手な人だと思う」
「愛さえあれば、相手の過去も自分の過去も心から愛せる」
「もー、そんなの幻想だよ」
レギンは首を横に振り、溜息する。
「ロードロード、目を覚まして」
「相手の過去も含めて好きになりたい」
「それ絶対無理だって。美しい女性であればあるほど、女を作る力に長けてる。嘘にも長けてる。ロードロードはあたしのこと、綺麗だって思う?」
「思う。絶世の美少女だ」
スレイブとジャンヌを除けば一番綺麗だとさえ思う。
「でしょ? それってね、ロードロードに見せたくないあたしを見せてないの。化粧であれ服であれそう。人に見せたくないものを見せない人ほど、美しくなるんだよ」
俺は反論しようとした。
すると、突風が吹いた。
「っきゃ!」
レギンのスカートがめくれる。彼女の適度に鍛えられた体は、パンツの持つ魅力を最大限にしてくれる。
むっちりした体に、むっちりと履かれたパンツ。最高だね。
……へへへ!
【エナジーが回復しました】
……やっぱパンツって良いな。
「凄い風だなぁ。……ロードロード、見せたくないものを見せないから、美しくなるんだよ。例えば、ハゲの王様が裸だったらどう思う? 尊敬できないでしょ? カツラとか王冠とかマントとかヒラヒラした服があるから人は王様を尊敬できるんだよ」
「いや……服とかは装飾品であって、王様自体が尊敬できるかどうかが一番大事だと思うんだが」
「違う! なら裸の王様でも尊敬できるはずでしょ。素晴らしいとされる人だって着飾ることでより魅力ある存在として扱われるの」
そんな童謡あったな。子供以外は誰も正直に言えず、皆が王様に合わせてしまうって話だった。
「人間のモデルだって服を着こなしたりメイクしたりしてるでしょ?」
「そうだな」
「裸になればモデルの人は服を着ていた時よりも評価されると思う?」
「お、思わない」
むしろそれって落ち目だと思われるだろうな。しかも、価値がどっちかって言うと下がる気がする。
レギンは得意げに笑う。
「でしょ? そういうことなの。女が女として評価されるのは裸じゃなくて、服を着こなしたりメイクで顔を作ったりする能力を含めてのこと。嘘だってそう。モデルが過去どんな男達と付き合ってきたかそのまま言ったらファンに好きになって貰えないでしょ」
「それもそうだな」
そっちの方が王様の例えより分かり易かったな。
「そういうことなんだよ。嘘は大事。モデルが服で着飾るように、大切な人であればあるほど、嘘で着飾るものなんだよ」
レギンはかなり汗をかいている。
……ここまで必死に隠されるとはな。いや、むしろ隠せてないけどな。
殺人嫌悪は大事らしい。
……服、か。
俺はレギンのパンツをチラ見。
思えばパンツって、始まりの知恵だ。
俺はそれを恥じらいと思ったけど……パンツがなかったら女性の股関節を覗きたいって俺は思えないかもしれない。
パンツだけでも駄目で、美少女だけでも駄目。
我が儘かもしれない。
だが、そういうことなんだ。
美少女がパンツを履いて、それで初めて興奮出来る。
ブスがパンツを履いても興奮出来ないし、フツメンがパンツを履いても何か物足りない。
裸の美少女がいたらこっちの方が恥ずかしすぎるし、ズボンを履いた美少女は何か物足りない。
パンツ。
それが丁度良いんだ。
人はこの考え方を馬鹿にするかもしれない。
帯に短しタスキに長し、エッチには邪魔で町中を歩くには官能的過ぎると。
パンツなんて、いらない……そう言う人がいるかもしれない。
……いや、そもそも普通の人はそんなこと考えたりしないか。
「レギン」
「何?」
「俺、パンツのこと真剣に考えたんだけどさ」
「う、うん……」
「隠すから魅力的って分かったよ」
「え、そ、そこから分かるんだ」
レギンは眉を顰める。
「おう」
「……」
レギンは意外そうな顔をしている。俺は真剣に考えた。
レギンは俺に、隠していることがある。
まるでパンツで大事なとこを隠すように。レギンは明かして欲しくないらしい。
ブーケとのやり取りでは、俺の殺人嫌悪の衝動が関わっているようだが……。
そこから分かることは。
この体は、俺の心を強制している。
ってことは……このコンクリートボディは、きっと何かの儀式に使われたものなんじゃないか?
人を殺したらいけない、そんな感じの言葉に関係したようなもの。その衝動は……人間としては当たり前だと思ったけど、この【道】になってから強まっている気がする。
異世界転移者を倒したりするのはまだしも、なぜかエルティア王国の一般国民や亜人達には不殺の衝動が起こる。
「レギン、俺のこの体って、宗教の儀式とかで使われたものか?」
「――」
レギンの目は大きく見開かれた。
「どうなんだ?」
「ち、違うよ。そんなんじゃない」
「そうか、違――」
俺の前で、彼女の胸がちかちかと光った。
「……」
「や、やば!」
レギンは慌てて胸を隠す。
……宗教の儀式で使われたものらしい。それも多分、殺人してはいけない的な内容か。
ふむ。少しだけ進んだ気がする。
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