[彼女 あひるになった 対処法]
ああ、確かに言ったとも。
「俺はもっと白い肌の子が好きなんだ!」と。
でもそれは、ちょっぴり喧嘩がヒートアップしてしまっただけであって。ちょっぴり言いすぎてしまっただけであって。
君はもともと肌が白い方じゃないか、これ以上白くなられても困っちゃうくらいには。
でもじゃあなんで、浴槽に水が貯められて、そこをあひるが気持ちよさそうにぷかぷか浮いているんだ。クワッじゃないよ。
ある日、朝起きたら彼女があひるになってました。なんて馬鹿げてる状況を笑って何とかしようとするくらいには、寝起きの頭は回っていなかったようだ。
さて、彼女に謝ろう。まさか本物のあひるを使って怒りをぶつけてくるとは思っていなかったが、ここは俺が悪かったと素直に謝ろうじゃないか。例え喧嘩の原因がプリンであろうとも。
「ごめんね、俺が悪かったよ。」
風呂場のどこかに仕掛けてあるのかも分からないカメラに向かってではなく、大人しそうに浴槽に浮かぶあひるに謝罪をしておいた。
そのうち怒りを少しばかり沈めた彼女が帰ってくるだろう。そしたらまた謝ろう。プリン食べてごめんね、と。
いやはや、夜になっても帰ってこないとは。え、まさか本当に彼女はあひるに?いやそんなまさか。
あれから彼女にメッセージも送ったし、電話もした。しかし、一向に彼女と連絡が取れない。
時間があけばあくほど、疑いは真実なのではないかと思わざるを得なくなる。
隣でぺたぺたとフローリングを走り回るあひるには、とりあえずキャベツを与えておいた。
まさかね。
DAY.3
さあて、どうしたものか。
俺とあひるもとい彼女との奇妙な生活が始まってはや3日。このあひるは彼女だ。認めよう。
彼女とは相変わらず連絡がつかない。彼女の友人に聞いても、「知らないよ〜、そもそもあんまり連絡とってないからね」と言われてしまった。
彼女は友達付き合いが希薄であることくらいは知っていたが、今はそれが憎い。
呑気にペレットを食べている彼女をきっと睨む。
「お前を匿ってやってるんだからありがたく思えよ!」
彼女があひるになっただなんて誰が信じてくれるだろうか。もし信じてくれたとして、実験台にされたらどうしたものか。最悪を想定し、誰にも言えないままである。彼女のことを思った俺の行動を褒めて欲しいものだ。
せめてもの反撃と、憎まれ口をたたくが、彼女は完全に無視。そんなにペレットが美味しいのかと、つまんで後悔。人間には分からない味だ。それと同時に、なるほど、彼女はもう人間ではなくなってしまったのかと悲しく思った。
DAY.5
朝目覚めると、まず彼女の姿を確認する。
「はい、今日も綺麗な丸いフォルムだね!おはよう!」
HAHAHAと乾いた笑いで、既にフローリングをぺたぺたと歩き回る彼女に声をかける。
慣れたくはないが、慣れてしまった。彼女があひるってことに。
毎日少しの期待を胸に目を覚ますのに、その期待が徐々に小さくなっていきそうだ。
慣れた手つきで、彼女にペレットをあたえ、浴槽に水を溜める。水が溜まったら、彼女を浴槽に浮かべ、全力でスマホに検索をかける。
[彼女 あひるになった 対処法]
何度この字面で検索しただろうか。もちろん望んだ解答を得られるわけが無い。
そろそろ本気で彼女とのこれからについて考える必要がありそうだ。
浴槽から彼女を出し、タオルで拭いてやった。こころなしか嬉しそうにクワッと鳴き、またフローリングを走り回る彼女に、自然と笑みがこぼれた。
DAY.7
あひるになった彼女と過ごして1週間。分かったことがある。
まず、彼女に人間だった頃の心もなければ頭の良さもない。見た目はあひる、中身もあひる。正真正銘のあひるなのだ。
そんな彼女に何を言っても理解はして貰えないだろう。しかし、今後のことを話さないわけにはいかない。
「ちょっとここ座ってね。」
リビングの、彼女のいつも座る椅子にダンボールをおき、座高を高くし、そこに彼女を座らせる。直ぐに降りてしまうと思ったが、案外そのままじっとしてくれている。
俺の真剣な表情が彼女にも伝わったかもしれない!
ちょっぴり嬉しくなりながら、彼女の対面の椅子に自分も座る。
「君と俺の、これからについて話そうと思うんだ。」
不思議そうに首を傾げる彼女に、話の核心を衝く。
1週間過ごして出した俺の結論。俺は君のその真っ白な身体と丸いフォルムも愛すと誓おう。
「やっぱり、あひるになっても君は君だよ。1週間過ごしてそう思ったんだ。大好きには変わりない。いつかは、人間の姿に戻って欲しいとは思うけど、あひるの姿でも君が」
ガチャリと、リビングの扉が空いた。
「ただいま〜って、何してんの。」
彼女が不思議そうな顔をしながら部屋に入ってきた。
「え?は?」
訳が分からない俺を横目に、彼女はアヒルに近づく。
「1週間ありがとう〜、じゃ、弟に返してくるわ!」
ひょいと、あひるを抱き上げリビングを出ようとする彼女。
「ちょっと!待ってどういうこと!!」
頭がパニックになりながらも、彼女の片方の腕を掴み言葉を絞り出す。
「え?何が?あ、これお土産。」
ポイッと投げられるお菓子の箱を慌ててキャッチすると、「とりあえずちょっと待ってて、渡してきちゃうから。」と、彼女は玄関へ向かう。
いやいやいや、と、俺も玄関へ向かうと、彼女の家族。
「あら、こんにちは。あひる預かってくれて本当にありがとうね。」と、彼女のお母さん。
「ありがとうごさいます!助かりました!」と、一礼する彼女の弟。
「…」ぺこりと一礼する運転席に乗っている彼女のお父さん。
「あ、はい。大丈夫です。」
反射的にそう返し、俺も一礼する。
うーん、と。俺の脳裏に最悪最低の仮説が頭に浮かぶ。いやまさか、まさか。
「じゃあまたね。」
彼女の家族が彼女を残し去っていく。遠くなっていく車をぼーっと見ていると、彼女に肩を叩かれた。
「何してんの、部屋戻ろ。」
「あつ〜」と、服をパタパタとして少しでも冷たい空気を取り込もうとする彼女。やけに日に焼けたように感じるそれでもまだ白い彼女の肌をまじまじと見ながら、リビングへと戻る。
彼女が自分の椅子の上にあるダンボールを退け、座るので、俺も対面に座った。既視感だ。
「で、さっきあひると何してたの?」
面白おかしく聞く彼女に、ぶわっと顔が熱くなる。恥ずかしい。1週間の自分を思い出す。穴があったら入りたいとはこのことだ。
「…あひる、なんで家にいたの。」
俯きながら、なんとか絞り出したこの言葉に、彼女がぽかんとする。
「え、家族旅行に1週間行くから、弟のあひる預かってって言ったじゃん。覚えてなかったの? 」
ああ、思い出してきたぞ。彼女と喧嘩した日の直前にそんな話をしたような。喧嘩のことが頭でいっぱいで全部忘れてた。
「プリン食べて怒って出ていったんじゃ、」
「え!?ああ、プリンね、忘れてたわ。新しいの買ってくれたら許す!」
俺の1週間の苦悩も知らずに、にひひと笑う彼女。
「俺はもっと肌の白い子が好きなんだ!」と、キッと羞恥で赤い顔で睨みながら、思わず憎まれ口を叩いてしまったのだった。