孤児院の子供たち
次の日、レティシアはニキルと一緒に孤児院に遊びに来ていた。
なんでも孤児院の中にはニキルの友達が多くいるようで、暇なときは毎日遊びに行ってるらしい。
「ーー誰だ?このちび…」
おっと、さっそく捕まった。
上から降ってきた声に驚いたものの、表情には一切見せず上を見上げると13歳くらいの男の子がこちらを見ていた。その少年は栗毛に茶色い瞳の面倒見の良さそうな活発な印象を持っていて、将来は好青年になることが期待できそうな雰囲気だった。
「あ、ジアン、この子はレティだよ、きのう森のなかでたすけてくれたんだ。」
ニキルに紹介される。
「はじめまして、ジアン…くん?」
「へ〜、ニキを助けてくれてありがとな、レティ
ーーそれから俺のこともジアンって呼び捨てでいいぞ!」
ジアンか…覚えておこう、どうも人の名前を覚えるのは苦手なんだよなぁ〜
「わかった、よろしくねジアン」
小さく微笑むと、何故かジアンは硬直して後ろに走っていってしまった。
(ーーあれ、耳が赤い…風邪かな?)
加えて言っておくとしたら、レティシアはけして鈍感というわけではない。ただ、前世が男だからか…男に惚れられるという発想自体がないだけなのだ。
それからは小さい子たちとかくれんぼや鬼ごっこなどをして遊んだ。
しかし何故か私が鬼になるとみんな不満げだった。私だけすぐ見つけてくるし足速すぎるしで面白くないらしい。ハンデや手加減といったものもわりと役に立たず、最後はみんな頬を膨らませてすねていた。
「レティおねーちゃん、ずるーいーー!」
「ぜんぜんかてないじゃんー!!」
「レティちゃんはもうおにしちゃダメぇー!」
ぬぅ、不完全燃焼…こうなったら何が何でもこの子達を満足させてみせるっ!!
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ーーダメだった。他の遊びもボードゲームも手加減以前の力の差で、わざと負けようものなら察しの良いあの子達に口を揃えて責められるし、なんなら泣かれた。
もう無理かも…私には子供たちを喜ばせる才能なんてないんだ…。
(はあ、今日はもう諦めて帰るか、暗くなる前に帰らなきゃなあ…)
ーーふと、なんとなく目をやった礼拝堂まえの応接室に古いグランドピアノが見えた。
「こっちの世界にもピアノってあるんだ…」
吸い込まれるように、足音をたてずに近づき椅子によじ登ってからそっと蓋をあげ、鍵盤の上に指を置く。
ダーーン、という深い重低音が妙に懐かしく心地いい。レティシアとして生まれてからこのかたピアノなんて触ったこともないが、何故か指が思い通りに動いて前世のときよりも調子よく弾ける気がする。
まずは子供の手でも簡単に弾ける曲から、トルコ行進曲、エリーゼのために、ときてショパンやベートーヴェン、他にも続けて7、8曲ほど弾いていく。弾きだしたらもう止まらなくて、曲と曲の間で休むことなく流れるように繋げる。
ただただ懐かしくて、故郷を思い出させるメロディーに酔いしれ気持ちが入っていく。
郷愁とやるせなさと情熱、人恋しさと僅かな後悔、そして寂しくてしかたがない、といった感情を持ちうる限り全てこの曲たちに注ぎ込む。
ーーあのなんでもないはずの日常がどれだけ愛おしいものだったのかは失ってから初めて気づく。
もう少しきちんと親孝行していれば、と後悔しても全てはもう遅いのだ。
自分はいったいどれほどの馬鹿者か、涙と一緒にこの記憶を洗い流してしまいたい。こんな記憶を持っていてもただ自分の心が苦しくて悲しいだけなのに。
でも自分は臆病者だから、自ら死を選ぶことができない。
ーー何もせず、行動もできず、救い出してくれる救世主を探してるだけ。
視界が涙でぼやけても、レティシアは決して指を止めなかった。このピアノを引き続けているうちだけはこの世界から隔離され、元の世界と少しだけ繋がっていられるような気がしたから。
ただしそんな時間も永遠に続くわけではない。
やがて、レティシアの体力の限界とともに指は止まり動かなくなってしまった。
(ここまでか…)
しかし4才児の体力としては化け物並であることも知っているからそこには感謝する。
ーーーパチパチパチパチパチパチパチパチ……
(ーーえ?)
汗と涙を拭いながら、複数の拍手が聞こえた方に顔を向けるとシスター2人と20人ほどの子どもたちが、めいいっぱい拍手をしていた。中には感情移入して泣いている子や、余韻にひたり頬を紅潮させてぼうっとピアノを見つめ続けている子もいる。
(うわ、聞かれてた…というか完全に忘れてた。
ーーはっずッ!俺めっちゃガン泣きしてんのに…)
「えっ……と、その…、ピアノ勝手に触ってすみませ、ん…、?」
とりあえずピアノを触ったことを謝っておく。
「レティさんは楽器もできるのね…とても素晴らしい演奏だったわ、聞かせてくれてありがとう。」
シスターさんに褒められるのは普通に嬉しい。
前世の家の方針でピアノの他にも、ギター、バイオリン、サックス、ドラムなど音楽系はひと通りできる。なら、社畜などにならずともそっちの道に進めばよかったのにと思うだろうが、なにぶんあの頃の自分に、一生音楽を続けられるだけの熱意もなく、親への反抗心も高かったためその結果に拍車をかけた。
しかし、音楽自体が嫌いだったわけではないのだ。趣味の範囲内でやるぶんにはとても楽しかったし、上手く綺麗に演奏できれば達成感もあって褒められることも大好きだった。
ーー今思えば完全に才能の無駄遣いだったとわかるが、そこに後悔はしていない。
飽きやすく冷めやすいこの性格で、音楽が嫌いになってしまうよりもずっといいから。
「ありがとうございます…」
(やばい…てれるなぁ、これ…)
赤面してうつむく美少女の姿はこれ以上ないほど眼福で、まわりを囲む子どもたちが顔を赤くして見入っている。
「レティちゃんすごぉ〜い!」
「もういっかいやって!」
「「もういっかい!」」
純粋な子どもたちは無邪気にアンコールをしてくる。
「あはは、今日はもう疲れたからまた今度やるね。」
天真爛漫な子どもたちの頭を、かき混ぜるようにワシワシと撫でてやるとキャッキャと喜ぶ。
(この時期の子供はホント純粋で可愛いな…)
この美少女の思考はオッサンである。
ーー若干黒歴史が増えた気もするが、
まあ、この子たちも楽しんでくれたみたいだし、結果的にはよかった……のか?
(´・ω・`)くろれきし…