ドラゴンとフェニックス
誤字報告ありがとうございます
翌日、
『てぃっあちゃ〜〜〜んっ!お〜はよっ!』
ハンナは昨夜の様子など微塵も感じさせず、アストランティアに朝の挨拶をしながら抱きついていた。
『あ、ハンナさん!おはようございます…』
突然抱きつかれた反動に少しよろけ、驚きながらもアストランティアは丁寧に挨拶を返す。
『んもぅ、そのお硬い口調どうにかなんないの?年齢なんて気にせずタメ口で喋ってよね!』
『え?……ね、年齢…? ハンナさん私よりも年上なんですか…!?』
ハンナはアストランティアよりも背が低く、くりんとした目の童顔で、ボブカットに大きな丸メガネをかけた様子からはとても年上には見えない。
『あーー!今失礼なこと考えたでしょ、こう見えてもあたしはリーダーよりも年上なんだからね!ティアちゃんだってリーダーと同じ14歳なんだからあたしの3つ下なんだよ!』
『そ、そうなんですか…!?』
『ほらほら、敬語はやめてって言ったでしょ!』
『でも…』
『これは先輩命令です!これから暫くここで暮らすティアちゃんにとって先輩たるあたしの命令を遂行することは重要だと思うけどな〜!
ほら、言ってみて…、リピートアフターミー、おはよ〜ハンナ!』
『お、おはようハンナ…』
『はい!よくできました〜、じゃあ二ック達が朝食を用意してるはずだから食堂に行こっか。場所はもう覚えた?』
『はい、昨日ギルタさんに教えてもらって行ったところは全部覚えまし…あ、覚えたよ?』
『わぁ〜お、アスちゃんは魔法だけじゃなくて頭も優秀なんだね、お姉さん関心しちゃうなぁ〜!あ、そもそも頭が良くないと魔法は使えないんだっけか…!』
昨日ギルタに案内させた、この傭兵団のアジトは一度回っただけでは覚えられないほど広く、加えて、侵入防止や罠、撹乱のために入り組んだ複雑な構造になっている。それをたった一度、一瞬だけの案内で構造を把握し、完全に道を覚えたというのなら称賛に値するほどの頭脳を持っていると考えていいだろう。まあしかしそれくらいの能力ならば、この組織のメンバーと比べどうしても見劣りしてしまうが。
『いえ、魔法士にもいろんなタイプがあるので人によって求められる能力は違いm…違うのよ』
アストランティアがぎこちないながらも敬語を外して会話しようと努力する姿を見て、ハンナはニコニコと微笑みながら、うんうんと頷く。
『へ〜、そっか〜〜〜!
あ、めっちゃいい匂いがしてこない!?ん〜あたしの予想では、ジャーファル考案レシピ十二番目のドラゴン肉とフェニックスの卵のサンドイッチかな…?』
『え、ドラゴンとフェニックス!?』
ドラゴンとフェニックスといえば、レア中のレア生物で、神ですら手を焼くほどの超災害級魔物だ。
『そうそう、きっとアスちゃんが来て最初の朝食だから張り切ってるんじゃないかな?』
『ーーえぇ……?』
ハンナは匂いに誘われるように小走りで食堂まで行った勢いで、バーンとドアを開き大声で叫ぶ。
『やあやあやあ!おはよう、みんなぁ〜!
おはよう、クソッタレなこの世界〜!
おはようっ、あたしの朝食たち〜〜!!』
『あー朝からうるせえなぁ…、お、アスちゃん…だっけかハンナと一緒に来たんだな、おはよう』
『あ、おはようございます、えと…ニックさん!と、エレンさんも!』
昨日ニックと紹介を受けたこの男は三十代の髭面でガタイも良いため、どうしても身構えてしまう。
ついでに言うと、エレンは二十代前半ほどの気弱そうな優男といった雰囲気だ。
『そんなかしこまんなくていいから、楽にしててくれ…
ーーハンナは他の皆を起こして連れて来い、リーダーの部屋には俺が持っていく』
『えぇ〜〜、なんであたしがリーダー担当じゃないの〜??』
『お前はいつもやってんだからたまにはいいだろ』
『ええええ〜!?ずるい!今日こそはリーダーの寝顔が見れると思って楽しみにしてたのに!こんな早起きまでしたあたしの苦労はどこに行くわけ!?』
『お前、それ続けてたらいつかぜったいリーダーに殺されるぞ』
『リーダーに手づから殺してもらえるなんて光栄じゃんかぁー!分からずや!』
『お前ほんとネジ外れてんなぁ…リーダーオタクにも程があんだろ』
『ーーそう言うニックだってリーダーのこと大好きなくせに!あたし知ってるんだからね、ニックが夜な夜な高いお酒持ってリーダーの部屋の前でノックしようか二時間迷って、でも結局右往左往しただけで自分の部屋に帰ってること!』
『な、おま…なんでそれ知ってるんだよッ!ちょ、ま、大声で叫ぶな!リーダーに聞かれたらどうする!!』
『そんなのあたしの知ったことじゃないわ!せいぜい恥ずかしがればいいのよ!』
『お、お前なぁ…!あぁ、もう分かった今回も俺の負けでいい…リーダーのとこにはお前が行けっ』
ニックはそうやって悔し涙を流しながらも料理をする手は一切止めず、料理人顔負けの動作を繰り出し続ける。
『勝った!』
『チッ、おい…エレン、すまんがそれ切り終わったら他の皆を起こしてきてくれ』
『了解ですニックさん』
指示を受けたエレンは快く了承し、手に持っていた野菜を素早く包丁で刻み、他の皿に移してから立ち上がり、慣れたように扉を開けて『いってきます』と言い他のメンバーを起こしに行った。
『ーーあのっ、グレイさんは皆さんと一緒に食べないんですか?』
状況について行けず混乱していたアストランティアがここで初めて口を開き質問する。
『ん?ああ、リーダーは普段から朝食と昼食は自室で食べる。夜はたまに気が向いたら来たりもするが、そんなことは滅多に無いなぁ…この前はほとんど外出してるって言ってたぞ』
『そうそう!だからあたし達は毎朝リーダーのご飯を部屋まで持っていく権利を競って戦うんだよ!今日はあたしとニックだけだったけどね!』
『そうなんですか…』
アストランティアは昨日、グレイが名乗った場で”まあこれから顔を合わせる機会もないだろうから”と言った意味を理解した。
『お前ら、暇なら手伝え…皿に盛るくらいはできんだろ』
『あ、はい』
『いいよ〜〜』
◇ ◇ ◇
それから二週間が経っても、グレイの言った通りアストランティアが彼の顔を一度も見る機会はなかった。
今日も今日とて、グレイと他数名を除くメンバーで昼食をとっている。
『あ、そいえばティアちゃん、もう明日出発だけど準備はできてる?』
『え、出発……?』
アストランティアもタメ口にだいぶ慣れてきて、会話も違和感なく回るようになってきていた。
『え!?まさか誰からも聞いてないの…?明日からまた戦争に参加するためにミダス山脈に移動を始めるんだけど…』
『戦争!?…明日!!!?』
『あっれぇ…?ティアちゃん一応一級魔導士としてここに配属されてきたんだよね?マジで何も聞いてない感じ??』
『うん、私…騎士たちからハブられてたから…』
『ハブでそんな重要な情報も伝達できてなかったってこと!?この国ホンマ終わってんじゃん?一級だよ?一級の魔導士だよ?』
『あはは』
二人の会話に、食卓を囲っていたメンバーが静まり返る。
『ーーアスは、戦争経験はあるのか?』
ニックの質問に、そんな発想はなかったとアストランティア以外のメンバーが目を瞬かせて驚く。
最前線で生まれ育ち、常に戦争が日常で常識だった彼らにとっては、そんな質問をすること自体初めての経験だったのだ。
『ーー戦争は、初めてなんです』
なんともバツが悪そうに、小声で恥じるように答えたアストランティアにニックは真面目に返す。
『そうか、それなら…今回は辛い経験になるだろう。逃げるなら今のうちだぞ?』
『ーー…いえ、行きます。
特に大した意味はないけど、漠然とした予感というか…私が神イーリアスにこの力を賜ったのには何か理由があって、与えられた使命を果たすことが望まれているような気がする…んです』
雲を掴むような、現実味のない話というのを自覚しているアストランティアは次第に声が小さくなり、自信なさげに下を向く。
『へ〜〜ティアちゃんカミサマ信じてるタイプの子なんだぁ〜』
頬杖をついて興味深そうに微笑みながらアストランティアを覗き込むハンナの目には、明るい笑顔とは裏腹に、仄暗い憎悪を宿していた。
『俺たちは、過去も境遇もバラバラだが、ロクな人生を送ってきていないやつが多い。基本、神なんてものを信じてこなかったし期待もしてこなかった。
ーーまぁ、ある意味俺たちが一番その存在の恩恵を身近に感じてるんだがな』
『ーーえ…?』
アストランティアはどういう意味かと悩むが答えを出せない。
この人達はよほど濃い人生を送ってきたのか、よく意味深で、深い過去や禁忌に触れる真実を孕んだような発言を平気でする。解読困難な会話は物騒だから心底やめてほしいといつも思っている。
『まぁとにかく、一週間は移動になるから往復の分も考えてしっかり準備しておけ。お前は魔導師だが万が一に備えて武器の手入れもしておくといい』
『あ、はいっ!』
『ーーじゃぁティアちゃん、物資とか武器とか諸々は貸してあげるからそれ食べ終わったら付いてきてね〜』
そう言ってハンナはにこっと笑顔を作って静かにドアの向こうへ歩いていった。
白き神:イーリアス
赤き神:ファトゥタ




