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この令嬢には、秘密がある。  作者: 誤魔化
英雄編
14/15

人間らしくあれ







 その馬車は綺羅びやかなわりにこじんまりとしていて、同乗している者もいず、馬を操っている人間にも覇気がなく、どこか屍のような雰囲気だった。


 そしてエスコートも無しで一人出てきたのはただの女で、仕立ての良い服を着ているのに、私物は少なく、身体は痩せ細っていて、危なっかしいような同年代の少女。


 少女は身体のわりに、意思の強そうな黄金の瞳をしていて、太陽よりも熱そうな紅蓮の長い髪を風にたなびかせて、しっかりとした足取りで騎士団の詰め所へと真っ直ぐ歩いている。




 ーー前言撤回、危なっかしいや屍は訂正しよう。


 あれはどう見ても生きる希望に満ちていて、人生をまだ諦めていない者の目だ。一緒にいて心地いいと感じる人間は多いのだろうが、どう考えてもグレイとの相性は最悪だ。


 関わらないのが身のためである。




 『ーーあれは?』


 一応隣りにいる副リーダーのルーカスに、彼女の正体に心当たりがあるか聞いてみる。


 『そういえば、街の方で近日中に若い魔導士が来るらしいと噂になっていたな…、それではないか?

 ーーにしても随分と若いみたいだが、リーダーと同じくらい…?』


 『知るか』



 (魔導士か、だとしたらあの少女はよほど運がないらしい。)


 魔導士という希少職であるにも関わらず、こんな辺境の最前線に送られたということは、そうとうな事をやらかしたのか、政治に巻き込まれたのか、王族でも怒らせたのか、まぁ事実上の佐勘と同じだからな…。



 『消しとくか?』


 『いや、いい…面倒さえ起こさなけりゃ、こちらと関わり合いになることもねぇだろ』


 『へいへい、ーーまあハンナあたりに一応調べさせてはおくから』





 ーーこれが現代でいう”フラグ”なのだと、この時の俺はまだ知らない。








 〜 〜 〜 〜 〜 








 4日後、




 『おい、ハンナ…説明しろ……』


 グレイは頭痛を誘う目の前の光景に、眉間を揉むようにしながら元凶に問いただす。




 『えへへ、ごめんなさいっ、でもほら…悪い子じゃないからさ…数週間だけっ!』


 この傭兵団のアジト、拠点とも言える場所に本来なら招かれざる客が来ていた。いつもなら関係者以外の立ち入りを厳しく制限しているはずのこの地に見慣れない人間が入るのは久々で、皆そわそわと視線を送ってきている。



 『ダメに決まってんだろ。丁重にお送りしろ』


 『そんなぁっ、お願いリーダー!この子、騎士団に追い出されちゃったんだって〜!可哀想だよ…』



 そう、その招かれざる客はくだんの赤い髪の美しい少女。



 『貴族とは関わるなって言っただろーが…後々面倒なことになるのは俺たちなんだぞ』


 『でもさ、貴族って言ってもいっぱいいるじゃん…、ティアちゃんは絶対悪いことするタイプじゃないもん!』


 悪いことするしないに限らず、この少女が何かやらかしたから騎士団を追い出されたことは明白だ。その時点でもう受け入れを許す可能性はほぼ無くなった。



 『一生のお願い!ーー依頼された仕事も言われた通りに全部こなすし、新種の毒の調合も三種類作るから!!』


 ハンナのその発言に近くにいたメンバーたちが驚き声をあげる。


 『え…!?お前が仕事するとか明日は冗談抜きで槍が降るぞっ!?』


 




 ーーふむ、まあ確かにそれなら一考の余地がある。ハンナの薬毒知識は多岐に渡り、重宝はされているのだが、あまりの仕事嫌いに誰もが苦戦し、まったく机に座り続ける集中力もないから、仕事の進み具合が他と比べ著しく遅いことが問題となっているのだ。


 しかし自分からやると宣言したのなら、今までの遅れを取り戻すことも踏まえて普段の5倍はやるだろう。もともと優秀な人間しかこの傭兵団には集めていない。期待する価値は大いにある。



 でも、問題はこの少女。ーーしかし、まぁ…






 『ーーはぁ…、取り敢えず一ヶ月は様子見で置いといてやる。だが何か問題行動を起こしたり、ハンナが仕事をほっぽった瞬間に追い出してやるから覚悟しとけよ』


 『うへぇ?!…わかった、仕事頑張る……』



 まあハンナがちゃんと働きだすならとんでもない利益がでる。それに比べれば多少のリスクを請け負うことなど問題はないだろう。



 『あ、あのっ自己紹介させてください…!』


 『あ?』


 今まで黙ってことの成り行きを見ていた少女が突然口を開いた。



 『私は、アストランティア・デ・ホーエンシュタウフェンです、一級魔導士として先日このクヤヴィに派遣されました!これから暫くお世話になります、よろしくお願いします!!』


 思っていたよりも度胸はあるようだ。


 『お前さぁ、戦場に立つくせに髪を下ろすなよ、死にたくなかったら普段からまとめる癖くらいつけておけ』


 『あっ、確かに邪魔になりますよね…』





 次の瞬間、少女は誰もが驚く行動にでた。



 ーーザクッ



 『ーーは?』


 『おい、ちょ…なにしてんの!?』


 『え、まってまって!』


 様子見を貫いていたメンバーたちの空気が一気に壊れ、辺りは途端に騒がしくなる。



 『あ、ごめんなさい…お掃除大変になりますよね……』


 『いやいやいやいや、それは置いといて…何も髪切っちゃうことはなくない!?』




 そう、少女はその場で腰に下げていた解体用の短いナイフを手に持ち、髪を握りしめ、肩口でバッサリと切り落としてしまったのだ。


 そもそも貴族女性にとって美しくて長い髪は何よりも大切で、命と同等に価値のあるものだったはずだ。



 『ーー私の髪には大量に魔力が含まれているはずなので、お礼だと思ってどうぞ皆さんでお使いください!』



 なるほど、破天荒というか型破りというか…また濃い人間がやってきてしまったようだ。





 『はぁ……、俺の名はグレイだ、孤児だから姓はない。まあこれから顔を合わせる機会もないだろうから名前は覚えなくていい。』


 調子が狂わされるな、と思いながらこちらも名を名乗ると心底嬉しそうに笑って礼をする。


 『はいっ!よろしくお願いします!!!』


 グレイはその姿を一瞥し、扉に向かいながら全員に指示をだす。


 『俺は部屋に戻るから片付けはお前らがしておけ、それからハンナとギルタは客室の用意と身支度、エレンとニックは風呂の用意と一人分追加で買い出し、テオはルーカスにも報告に行け』


 『『『『『はいッ!』』』』』



 メンバーの女性陣であるハンナとギルタに身支度を頼み、男でが必要な所にはエレンとニックを回し、この場を不在だった副リーダーのルーカスの所まで、テオを報告に向かわせる。


 そして思い出したようにくるりと身体を反転させ少女に向かって一言。



 『それからお前、俺の部屋とルーカスの部屋、それから地下室以外だったら好きに出歩いてもらっても構わんが、くれぐれも問題だけは起こすなよ』



 『は、はいっ!』



 (ま……今後俺と関わることはないだろう…)




 





  ◇  ◇  ◇






 ーーコンコン





 『入れ』


 その日の夜、皆が寝静まる時刻に一人、ハンナがグレイの部屋を訪れていた。



 『失礼します……リーダー、本日分の報告に来ました』


 ハンナは昼間とは違い、この時間は感情の失せた事務的な口調で喋っている。


 『各自、仕事の進捗は?』


 『まず、ジャーファルとアヤメから大使館に不審な動きありとの報告が、それからルーカスからはサピエハを名乗る武器商人を捕らえたと。毒薬におきましては、私に任された仕事のうち優先度の高い物上位40%を完遂、補足して被検体を使ってのネデラ特殊ウイルスに対する抗体製造実験を行っていますが、未だ成功確率は基準値に満たず、実用化が困難な状況です』


 (※【サピエハ】:この国の邪教と呼ばれる集団、【ネデラ】:隣国の地名)


 『ああ、十分だ。ーーエレンからは捕虜のことは聞いてないか?』


 『それでしたら、捕虜のうち6割が自決してしまったため、大した成果を得られず、情報を吐かせるのに時間がかかりそうだとのことです。お急ぎでしたら伝えておきますが…』


 『いや、いい…9日以内であれば確実性のほうが重要だ。急がせる必要はない』


 『かしこまりました』



 この傭兵団は優秀だ。各各の能力が他とは特出していて、有象無象を千人集めて動かすよりもよほど役に立つ。しかし彼らが従うのはリーダーのグレイのみ、これほどの才能たちがこのような場所でくすぶっているのもそれが理由だ。



 『ーーで、アレの様子はどうだ…?』


 『アストランティア・デ・ホーエンシュタウフェンの事でしょうか』


 『ああ、今日一日様子を見てどうだった?』




 ハンナは一瞬考えるように下を向いてからやがてポツポツと話し出す。


 『そうですね、食事、掃除、買い出しなど、積極的に手伝おうとする姿勢を見せていました。自室に戻ってからも特に何をするでもなく、一度軽くストレッチしてからすぐに眠りについていましたし、これといって怪しい点はありませんでした。』


 ふむ、と相槌を打つグレイを見てハンナは続ける。


 『もちろんこれからも監視は続けますが、他勢力からの間者や諜報員といった可能性は極めて低いかと』


 『そうか……、ーー他には?』




 質問すると、ここで少し無表情なハンナの顔に感情が灯り、口調もいつものものに半分ほど戻った。



 『そして、彼女とお風呂に入ったときのことなんですけど…、あの子、服で見えない位置に無数の青あざ、火傷、切り傷、鞭跡があったんです。おそらく幼い頃から日常的に虐待を受けてたんだと思います』


 戦場で生きてきた我々も日常的に生傷は絶えないが、それと意図的につけられた傷とでは痛々しさが違うのだろう。


 『それで、可哀想だと思った?』


 『っ、はい…』



 素直なのはコイツのいい所だ。だがここは、それで足元をすくわれる世界だ。



 『別に可哀想だと思ったんならそれでいい、人間らしさを忘れるな、精一杯構って助けてやれ。だが、それで私情に振り回されて判断を誤ることがねェよーにしとけ』


 『っはい!』




 『だが、少しでも怪しい動きをしたらすぐさま排除しろ。そこは譲らねェ』


 『ーー御意』







 グレイはその返事に満足したように窓の外の月を見上げる。


 『もう夜も遅え…部屋に帰ってしっかり休めよ』


 『リーダーも、おやすみなさい…』


 『ああ、おやすみハンナ』











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