追憶
過去話スタートです
ーーかつて、二柱の神が対立していたその時代に、遠くない未来に英雄となる少年が生まれた。
この世界は未だ各国が争い、住民は常に戦争と隣り合わせな現状を甘んじて受け入れるしかなかった。そこに生まれた少年グレイもまた、戦争で親の所在を知らず最前線で傭兵の真似事をして小銭稼ぎをしていたのだった。
物心が付いたころにはもうすでにグレイは一人だった。
分別がつく頃まで成長してくると、おそらく自分が母親に捨てられたのだろうということは理解できたのだが、ただ生きることに全力を注がなければならなかった戦場では、そんな些事を気にしている暇もなかった。
しかし10になる頃だったか、獅子と呼ばれた放浪の傭兵に妙に気に入られ寝食を共にするようになったことがあった。
訓練と称されて虐待一歩手前な指導をされたとき、お前には剣の才能がある、と言われ、半ば無理やり弟子として叩きのめされた。しかし、その傭兵は貴族たちが金貨を山のように積んででも探すほど実力も名声も高い男で、数ヶ月たつころには彼の指導にグレイの成長速度が追いついてきた。
その男には戦い以外にも様々なことを教わった。剣、詐欺、チェス、タバコ、女…ほとんどが悪いことばかりだからか、知り合いの宿の女将にはよく頭を叩かれていたけど、でもグレイにとっては初めてできた家族と呼べるほど近しい存在だ。プライドの高いグレイはけして口に出してはそんなこと言えはしなかったけど、彼と過ごす時間は毎日が新鮮で、不本意ながらすこし楽しかった。
でもこの理不尽な世界では、そんなものを嘲笑うかのようになんでも壊していく。
ーーその男は『帰ったらあの酒一緒に飲もうぜ』と一方的に言い放ち、戦争の最前線に出かけたっきり突然帰らぬ人となった。
死んだ理由はつまらないもので、
ただの仲間の裏切りだった。敵国の貴族に金でも握らされたのだろう、テントでの休憩中に後ろから刺されたらしい。よくある事件だし特に珍しくもない。
しかしあれでもあの男はそれなりに頭のキレる男だった。おそらくその現状を想定したうえで危険な状況を放置し楽しんでいたのだろうから救えない。本当にバカな男だと誰もが嘆いた。でも、妙に人間に慕われるこの傭兵のために泣いてくれる人たちは案外多くて、葬式などできる時代ではなかったのに、誰もが金を出し合って簡易な『お別れ会』を開いた。
この地域では死んだものを笑顔で送る。
宴会を開き、その者が生前好きだった食べ物を皆で食べ、次の朝が来るまで歌って踊って大騒ぎするのが習わしだ。
今回も例にもれず、賑やかで騒がしくあの男らしい宴会になった。誰もが度数の高い酒を引っ張り出してきて酔いつぶれるまで飲み明かす。あの男のお気に入りの歌姫を呼んで一緒に歌って踊って、次の日後悔するほど騒ぎ、笑う。
しかし、その中にグレイの居場所はなかった。
くだらないプライドをはっていたのもあるが、何よりあの男が死んで涙の一つも流せない自分に彼らに合わせる顔も無いと思ったから。
グレイはその晩、一人部屋で寂しくタバコをふかした。最後にあの男が言っていた”あの酒”を片手に、窓を開けて夜空を見上げながらただ無言で、聞こえてくる騒がしい声に耳を澄ませた。
もしかしたらこれは何かの間違いで、アイツもヘラヘラと笑いながらひょっこり帰って来るのではないか、と小さく願ったりもして…。でもすぐにバカバカしいと鼻で笑う。
涙が流れなかったことに対して驚きはなかった。にくたらしいけどそれ以上に一緒にいて楽しいあの男を人間として多少慕っていたことは事実だ。
しかしグレイはもともと一人だった。彼と過ごした時間の中でも、ふと我に返って自らと彼の違いを悟ることがあった。でもそれを孤独だと感じたことはない。親の顔など知らないが、今まで周りの人間に恵まれてきたことは自覚している。周りに恵まれていなければこのような世界で生き残ることなど不可能だったのだから。
まだ11のガキがいっちょ前に自分の人生を語っているのもどうかと思うが、この境遇に生まれて達観した考え方を身につけることが生きる術だった。
感情で言えば、この後の生活に変化は少ない。またあの頃の”一人”に戻るだけ、特に感慨もない。
でも身についた習慣が自分を苦しめるだろう予想は簡単につく。
朝稽古のための早起きも、剣術の相手がいないことも、馬鹿笑いすることもなくなるだろう。でも、ふとした瞬間に朝食を二人分つくってしまったりだとか、自分の物より一回り大きい上着を見つけたりした瞬間に息苦しいと、そう感じてしまうのだろう。
今思えばグレイはあの男のことを何も知らない。境遇も、年齢も、果ては名前さえ知らない。数ヶ月一緒にいて一度も会ったことはないからおそらく恋人や妻などのたぐいは存在しないのだろうが、知っていることと言えば、左利きでイビキはうるさくて肉しか食べなくて、戦場では獅子と呼ばれ貴族でさえも欲する傭兵であること、無礼でやかましくて女癖の悪いわりには妙に人に好かれることくらいだった。
別に彼が意図して隠していたわけではない。彼は性格的に、人に聞かれていないことを自分から話したりしない男だったのだ、まあ名前を名乗らないのもどうかとは思うが。ただ、グレイ自身に人への興味が無かったことも今では少し後悔している。
そんな自分にあの男の死を悲しむ権利なんてないのだ。
ーーただ、さんざんグレイの人生をかき回しておいて急にいなくなられると気分が悪くて、どうにもやるせないだけで。
ーーアイツが死んで三日目の朝、何故か急に、アイツが珍しく酔いつぶれた日のことを思い出した。
その日は何か特別な日だったのか終始暗い顔をしていたあの男が、いつもならどれだけ飲んでもケロッとしているはずなのに、顔を赤くして机に突っ伏しているという光景が見れた。
グスングスンと情けなく鼻をすすってブツブツと何事かを呟いているだけでも面倒なのに、その重い身体をこちらに被せ体重を預けてきて危うく潰されかけたのはキレそうになったのを覚えている。
慣れない姿に多少困惑しながら様子をうかがってみると、弱々しい声で話しかけてきた。
『ーーなぁ、グレイ…お前は戦争が好きか…?』
『はぁ?急に何言ってんだよ…』
質問の意図が分からないグレイを無視して、男は再び喋りだす。
『俺は嫌いだ…、だってなにも皆殺しになんてしたくねーし……』
戦場で獅子と呼ばれ恐れられている男とは思えないセリフだ。
『まぁ、俺は普通に…良い金稼ぎにもなるし…』
『この戦争を喜んでいる貴族たちも嫌いだし、状況を甘んじて受け入れている弱者たちも嫌いだ…』
『ーーダメだコイツ、聞いてねぇ…』
この男になにがあったというのだろう、弱音を吐いている姿なんて今まで見たことなどなかった。
『まぁ、俺も人のこと言えないんだが…何も変えられないんなら、弱者と一緒だからな』
『だから、急にどうしたんだよ…メンドクセぇ』
グレイは他人の愚痴になど興味はない。
『お前は、この世界を変えたいとは思わないのか…?
ーー思う存分好きなことして、趣味の時間があって、冒険にでて海や砂漠を渡って、そんな生活に憧れないのか…?』
子供なら当然憧れるような”未来”。でもそれはグレイには当てはまらない。
『そんなんよく分かんねーよ…』
正直グレイにはこの男が何を言っているのかがよく分からない。各国を旅してきたこの男はそれなりに沢山の光景を見て、現状を感じて苦しんでいるのだろう想像はつくが、この”時代”が人一人の手で変われるほど簡単ではないことも知っている。それをこの男が理解していないはずがない。なら何故こんなにも悩む必要があると言うのか。
『俺はお前たちに戦争がない空を見せてやりたい…。子供は子供らしく遊ぶのが仕事っていう時代だってあったんだぞ…』
『俺は子供らしくってガラじゃないんだが…』
そもそもこんな時代になってから100年以上は経っている。この男が生まれたのだってせいぜいが数十年前で、この男だって子供時代に遊んで暮らせたような思い出などないはずだ。本来感じなくてもいい苦労をコイツが背負う必要もない。
『でもさ、子供らしくとか言っといて言うことじゃないんだが…、お前ならもしかしたらって毎日思うんだ。
ーーお前なら、こんな世界を変えることができるんじゃないかって。』
『はぁ?』
『いい年した大人が子供に押し付けるのもどうかとは思う。そうやって大多数が自分で守ることを放棄するから俺みたいな偽物の英雄が生まれるんだ。
ーー本来なら誰もが動くべきなんだよ。正しい教養を身に着けて、これがおかしいと気づいて、状況を変えようと奮闘する…、それが人間の在り方なはずなんだ。』
今の時代、知や美は特権階級の所有物だ。民が教養を身につけるなど不可能なはず…。
『でももうこんな時代になったら、世界を変えるには権力を持つしか方法がない。いくら武力が勝っても、それじゃぁ民心がついて行かない。』
『ん、じゃぁ不可能なんじゃねーの…』
『ーーーグレイ、お前は王になれ。』
『はあ……?どうやって…』
酔って頭がオカシクなっているのか、寝ぼけているのか、とも思うが、こちらを見つめてくるアイスブルーの瞳は真剣そのもので、一見して分かるほどの理性を孕んでいる。
『ーーグレイ王…、いい響きじゃねーか』
『だから人の話を聞けってッ!』
ーーそして獅子と呼ばれた傭兵は完全に泥酔した。
〜 〜 〜
何故今になってこの時の会話を思い出したのか…、王を目指せという暗示だろうか。
でも俺の人生は俺が決める。いくらあの男だからといって死者に囚われるいわれはない。
アイツの言っていた『戦争がない空』を見ることができるのも数百年後だろう、生きているうちに拝めたら奇跡だくらいに思っていなければ。
でも、アイツの言うように好きなことを思う存分する人生を過ごすのもまた一興。
ーーだから俺は、俺の思うままに、このどうしようもないクソみたいな世界を生き続ける義務があるのだ。




