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【3月8日更新】オンラインゲーム内で最強お兄様の妹になりました。  作者: 阪 美黎
【Season1】 After Story (短編)

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臥遊 —GAYU—(2)

 絢音がこの次世代テクノロジー見本市『東京国際テック・フォーラム20XX』を訪れた理由は、出展しているファナイオスのブースを見学するためだった。

 本日は3日間開催されるこのイベントの初日、いわゆるビジネスデー。

 とくに業界関係者やマスコミ各社、招待されたインフルエンサーなどが顔を揃えている。

 高校生の絢音には場違い感があるが、テック業界は工学部系の学生やベンチャーの若手も多く、展示会に彼女がいても存外違和感がなかった。


 樹に案内されてファナイオスの先進的にデザインされたブースへ辿り着くと、すでに多くの人々で賑わっていた。

「ちょうど小父さんのカンファレンスが終わってマスコミがこっちに移動してきたんだな。今回披露された高次元デバイスの試遊がはじまったか」

 樹のいう小父さんとは、ファナイオスCEOで、遠矢の伯父のことである。

「高次元デバイス?」

 樹はブースの中央、一段高いところに設置された象徴的な卵形の設置物を指さす。

「あれだよ、遠矢が統括した最先端技術研究プロジェクトから生まれた、PC内蔵型ハイエンドデジタルコックピット『臥遊(がゆう)』」

「……が、がゆう……」

 照明に照らされて虹色の宝石のように光る物体は、まるで小さな宇宙船のようにも見えた。

 側面には流麗な書体で『臥遊』の文字が踊り、内側から陽炎のように発光し、揺らめいている。

「えっと……あの宇宙船みたいなものは、お兄様が作ったでっかいハイスペックパソコンってことですか?」

「そうだよ」

 同意の言葉と共にふわりとオーキッドやミュゲの上品な香りが絢音の鼻をかすめる。

 ……いい匂い……。

 香りにさそわれて顔をそちらへ向ければ、上質な素材のジャケットをラフに纏った青年が眼鏡越しに柔らかく彼女を見下ろしていた。白皙な面差しと、すっきりとした佇まいはまるでモデルのよう。

 絢音と視線が交わると、彼は微笑みを深くする。

「……やぁ、アヤさん。やっと会えたね」

 聞き間違えるはずもない、遠矢の声だった。

「……っ……!」

 絢音は思わず震える。咄嗟に声も出ない。

 正直、ここで遠矢に直接会えるとは思っていなかったのだ。

「お、お兄様……?!」

「うん」

「ほ、本物……?!生の……?!」

「うん、生の」

 驚く絢音の問いかけに動じることもなく彼は頷く。

 この余裕、まさに遠矢である。

「ファナイオスのブースへようこそ、アヤさん」

「こここ、こちらこそ、お邪魔しております……!」

 絢音は慌てて頭を下げた。

 整いすぎている繊細な容姿を隠すように遠矢は髪型を変えている(ウィッグかもしれない)。

「樹、彼女を案内してくれてありがとう」

「いいさ。臥遊の調節はもういいのか?」

「あぁ、大丈夫だよ。アヤさんとのデートの機会を君に取られてしまっては、僕の立場がなくなるからね」

 ……と、遠矢はいたずらっぽく絢音に微笑むのだ。

「デ、デート……!」

「うん、今日は君に会えるのを楽しみにしていたよ」

「わ、わたしもお兄様とお会いできて、嬉しいです……!」

 多忙であろう遠矢がこうして時間を作ってくれたこと、それだけで嬉しい。

 絢音が瞳を輝かせて『生』の遠矢に感動している様を当人は微笑ましく眺めている。

 実は、ふたりが直接顔を合わせるのは見合いの席以来なのである。つまり、これはふたりにとっての『初デート』ということになるわけだ。

「……妹ちゃん、こいつとの初デートがこれでよかったの?」

 なぜか同情気味に問われて絢音ははっと我にかえる。

「え?!も、もちろんです!お兄様のお仕事を見てみたかったので!幸せです!」

 本心である。

「妹ちゃんの幸福基準が心配になるな……」

 苦笑する樹を絢音は不思議そうに見ていた。

「アヤさん、僕がブースを案内するよ。おいで」

 はぐれないための配慮か、そっと手を引かれてブースに群がる来場者に紛れていく。

 ファナイオスや関連企業が市場に売り出している商品(またはこれから市場に送り出す商品)が並ぶ中で、オパール色の宇宙船、もとい、『臥遊』の試遊希望者がたくさんの列を作っていた。すでに体験を終えたであろうアナウンサーがテレビクルーを前に熱っぽく語っている様子があちこちみられた。インフルエンサーらしき若者たちも、熱心に動画を撮影している。

「お兄様、あれは大きなパソコンなんですよね?何ができるんですか?」

 問いかけると彼は平たく教えてくれる。

「僕が『(コクーン)』を制作する過程でできた副産物、空間の境界を曖昧にする没入型PCだよ。所有者自らがPCの一部となり……ネット、通話、ゲーム、動画視聴・あらゆるデジタル情報空間を〝体ごと渡る〟ように体験できる高次元デバイスだ。個人用エンタメのみならず、仮想空間での作業……モデリング、映画プリビズ、医療・工学のシミュレーションなどの産業利用も可能でね。睡眠導入機能もあるから、1日の大半をあの中で過ごせるリラックス空間でもある」

「VRヘッドセットとは比較にならない没入度だよ。すでに体験を終えてるプロゲーマーやインフルエンサーたちがSNSで体験談を語ってるが、脳が混乱してる、これはもう人間をダメにする装置、この中で暮らしたい、未来の棺桶だ、悪魔のベッドだとか……興奮と呆れの入り混じった揶揄や感想が並んでるな」

 樹がスマホに目を落とし、タグを辿ってSNSでの評判を拾う。

「出だしは好調なようだね」

 このイベントが終了し、ネットや雑誌の記事となる頃には臥遊への賛否がさらに巻き起こっているだろう。

「これは売り物になるんですか?」

 見るからに高額な装置だが、市販のマッサージチェアよりは大きく、部屋が狭ければ身動きがとれなくなりそうだ。

「いずれはね」と頷き、遠矢は続ける。

「ここは技術見本市だから、コンセプト機は尖らせているくらいがちょうどいい。だが臥遊はただの機械ではなく、ポストヒューマンへの可能性を見せるための入り口だ。現実と電脳の境界を曖昧にする……先んじてその体験の場を提供することは、僕自身への意義にも繋がる」

 臥遊は人間の意識を次の段階へと促すための補助装置。拡張身体、電脳化への前段階となる文化的助走だ。

(なお、コンセプト機はすでに富裕層から複数注文や問い合わせが入っている。さらにこの体験は話題性を欲するインフルエンサーたちのマウント材料ともなり、SNSを通じて臥遊は一般層へと波及していく流れがすでに出来上がっている)

「……おい、今日はファナイオスのプリンツ……高嶺遠矢が来ると聞いてたんだが、見かけたか?」

「カンファレンス前から注意深く周辺を見渡してみたが、今のところそれらしい人物は見当たらないな」

「プリンツ自ら手がけたっていう目玉の高次元デバイスの存在ももちろん気になるが、何より彼に直接インタビューできる機会が得られるかもとみんな目を光らせていたからなぁ……プリンツ不在は肩透かしを食らった気分だよ」

 試遊を待つマスコミ関係者だろうか、スーツ姿の男性たちの会話が聞こえて来る。

「ほとんど表舞台に出てこないが、たった10年で世界的テック企業にまで育てたファナイオスの悪魔(プリンツ)か。普段何してんだろうな?」

「現役大学生だって話だぜ。MITだって聞いたけど?でも人脈作りで籍を置いてるだけとかなんとか……」

「はー、常軌を逸してる天才様らしい逸話だぜ」

 いや、もはや神話か。と男性らは笑う。

 灯台下暗し。彼らの噂話の的となっている〝神がかり的な人物〟が、実は大勢に紛れて背後に在ることに気づいていない。

 耳に入ってきた情報に絢音は瞬きを繰り返して、樹を見上げる。

「MIT?」

「あぁ。マサチューセッツ工科大学だな」

 ま、まさちゅーせっつ、こうかだいがく……?……ってあの、まさちゅーせっつこうかだいがく?

「お、お兄様、まさちゅーせっつ、こうか、だいがく、なのです?」

 小声で樹に尋ねるが、言い慣れないためカタコトになってしまう。

「そうだよ。遠矢から聞いてないの?」

「いえ、全く!」

 所在が北米だということは聞いていたけれども。

「……まあ、妹ちゃんは遠矢の表面上のキャリアに関心なさそうだもんな」

 そこが絢音の美点でもある。

「帰ったら花奏にも教えてあげないと」

「よせよせ、弟くんをピリつかせるだけになるから」

 花奏は知っているはずだ。絢音に教えてやらなかったのは、ただ単に癪だからだろう。

「アヤさん、臥遊を体験してみるかい?」

 自身の噂話や評判には一切興味を示さない遠矢は、それらを綺麗に聞き流して絢音に提案をした。

「できるんですか?!」

「できるとも」

 遠矢は絢音の手を引き、試遊機の近くにいる男性スタッフに目配せすると、彼はさりげなく裏手に置かれた予備機へと案内する。

「……わたしまで裏に来ちゃって大丈夫ですか」

「僕に樹以外の連れがいることは皆知っているから。……さあ、電脳の揺籠を楽しんでおいで」

 遠矢は臥遊の半コックピットフレームを開かせながら、絢音を演算空間へと促した。

「は、はい!お邪魔します!」

 緊張気味に腰掛けると、自動でフレームは閉じ、リクライニングユニットは彼女に合わせて最適化されていく。

 流れるような動作で頭部一体型のヘッドギアが装着され、一連の動作は近未来のSF小説の世界を彷彿とさせる。

『この度はPC内蔵型ハイエンド・デジタルコックピット、臥遊コンセプト体験会へのご参加ありがとうございます。臥遊とは、絵の中に精神を遊ばせる山水画の思想。臥遊はこの思想をヒントに、現代のテクノロジーで極限まで拡張した装置でございます』

 自然なAI音声が臥遊について簡易的に説明してくれると、目や耳、心を楽しませる環境音楽や映像が絢音を包み込む。

 そして最後に現れたのは見覚えのある景色。そう、オーレリアン・オンラインの世界だ。

『試遊では弊社が開発、運営を行うオンランゲーム、オーレリアン・オンラインの世界を限定的にお楽しみいただけます。どうぞ、新たな可能性の一歩をご自身でお試しください』

 そこからの体験は、樹が言っていたとおりVRヘッドセットでは比較にならない没入感だった。

 没入という言葉すら野暮ったいほど、肉体を置き去りにしていく感覚があった。

 臥して遊ぶ、という名前通りに精神の解放感に満たされていく。

 試遊時間はわずか5分程度だったが、体験を終えて再度コックピットフレームが開く頃には、脳が揺れているのがわかった。現実世界と電脳世界の境界が曖昧になる、という意味を我が身を持って知る。

「お嬢様、お手をどうぞ」

「……は、はい」

 遠矢の手を借りて起き上がりながら、絢音はぼんやりと彼を見る。

「臥遊はどうだったかな?」

「……す、すごいです。お兄様の言う、ポストヒューマンへと至る一歩……本当に自分自身がオーレリアンの世界にいるみたいでした。頭と体が切り離されていくんです、自然と。くせになりそうで……怖いくらい」

 肉体の在処を忘れかねない。

「ふふ、正直だね」

 遠矢は微笑む。

「体を休めて意識だけを旅立たせることができる。アヤさんの感じた通り、一種の逸脱、そして快楽を伴う側面が確かにある。〝棺桶〟と揶揄される理由はそこだろうね」

 遠矢は臥遊に手を置きながら続ける。

「僕は以前からこれを使っていてね……といってもプロトタイプ、外殻を剥いだもっと機械的で無骨なものだけれど。臥遊をこのタイミングで発表することにはるとは、実は思っていなかった」

「そうなんですか?」

「うん。僕は早々に()()()()へ至る予定でいたからね。これの扱いは伯父や晴臣くんに任せようと思っていたんだ。でも、君と出会って計画は見直しになった。だから、僕の目で臥遊の発展を見届けるのもいいかもしれないと考えるようになった」

「……お兄様」

 彼の当初の計画通りならば、今頃彼は脳と肉体とを分離して、本物の電脳世界へと拠点を移していたのだろう。

 ゲームの世界で絢音と縁を結び、見合いにまで行き着かなければ。

「後悔していますか?」

 わたしとお見合いしたことを。

「後悔?どうして?……僕はね、これまでの人生で後悔をしたことがないんだ。行動を起こしたことでもし失敗をしたとしても、後悔はない。君とのことも」

 遠矢は瞳を細める。

「僕は自分が結婚する可能性なんて考えたこともなかったし、想定もしていなかった。けれど君と出会った。想定外を受容し楽しめない人間が、テクノロジーに革新などもたらせられるはずもない」

「……お兄様」

「それに、前から言っているだろう?僕の当面の目標は君の彼氏になることなのだから。達成する前に水槽の中の脳になるわけにはいかないな」

 眼鏡を外して、いたずらっぽく笑った。

「……はい」

 絢音も笑う。

「ところでアヤさん、この前の通話で新しいPCを探していると言っていたね。バイト代が貯まったからと」

「はい、そうなんです。お兄様に見立てていただきたくて」

「臥遊でよければ一台あげるよ?」

「こ、これを……?!さすがにこれを部屋においたら床が抜けちゃいますよ!電気も足りないでしょうし!」

 一瞬でブレーカーが落ちる未来しか見えない(そして床も抜ける)。

「ふふ、冗談だよ。……実はすでに用意しているよ。君のために僕が新たに開発し、ノネが厳選したプロダクトPCがね。アルテミスと名付けたんだ。使ってくれるかい?」

「え?いいんですか、そんな貴重そうなものを?!えっと、おいくら万円するんでしょうか」

「君からはお代でなく、次回のデートの約束をいただきたいな」

「う、そういうわけには!」

「いいんだ。心配しないで、アヤさん」

 絢音の肩に腕を回してそっと引き寄せ、耳元で囁く。

「これは等価交換だよ。……ね?」

「……?!」

 等価交換……なの?!

 ……って言うか!ち、近い!近いです!お兄様……!(いつの間にかイツキさんはいなくなってるし、スタッフの皆さんが物珍しそうにこっちをみてますし!)

 遠矢から漂う花の香りや体温、心地よい声音に惑わされて思考が乱れる。

 さらには近すぎる距離で心拍数が上がり続け、彼女は正常な判断を手放してしまうのだ。

「……っ、ふぁい!」

 若干(?)噛みながら返事をした。顔を真っ赤にして。

「よかった。約束だよ?」

 遠矢の微笑みはただただ美しく、絢音はその眩しさに眩暈するばかりだった。


 臥遊の評判は瞬く間に広がり、イベント後に一部ゲームセンターで一般向けに体験の場を設けることになる。

 専門家は臥遊を激賞し、開発スピードの速さと完成度の高さから、高嶺遠矢の天才性の突出もまた話題となるのだが……それはさておき。

 遠矢が用意した絢音専用PC『アルテミス』。

 後にファナイオスの次世代ゲーミングPCとしてブランド化していくことになるのだが、その誕生が遠矢の()()()()()()()()()を取り付けるための等価交換(プレゼント)であった事実は、あまり知られていない。



 了

もう少し間を詰めて更新するはずが、二ヶ月以上すぎてしまいまして申し訳ございませんでした(汗)。

おそらくこの更新後に、いよいよ10万PVを突破する見込みです。

10万PVなんて遠い夢だなぁ……と始めた頃は思っていたのですが、現実のものとなりそうです。

このお話を読んでくださってくださる皆様のおかげでございます。ありがとうございます。

これからも他作品を含め、お話を通して読者の皆様と繋がれますように……!


今までぼやけていた遠矢さんの大学名が判明しました。

いや、ほとんどの方は「知ってた」だと思いますが(笑)。

また彼の使用PCも臥遊のプロトタイプだということもわかりました。よかった(?)。

この『臥遊』の設定はかなり細かく作られているのですが(開発年数とかスペックとか)、それを作中で出すほどのSFでもテクノロジー小説でもないので省いております(今後、詳細発表されることもなさそう。笑)。

臥遊とは別プロダクトで現実的な次世代ゲーミングPCのアルテミス。いいなぁ、わたしも欲しいなぁと思いつつ、個人的には高嶺遠矢・伊達眼鏡コレクションを見てみたいですね(笑)。


『オンラインゲーム内で最強お兄様の妹になりました。』本編で出てくる、シンギュラリティだ、メタバースだ、拡張身体だ、ポストヒューマンだのという言葉も世間に浸透し、馴染みつつあります。

AIをまったく使用していない人の方が少なくなりつつあるでしょうし、時間の流れと変化を感じますね。

なので、このお話もそろそろ新たなシンデレラストーリーとして(?)メディアミックス化してもいい頃合いじゃないです?(しれっと。笑)


シーズン1のアフターストーリーは一旦ここで区切りをつけたいと思います。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました(完結に戻します)。

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