トリック オア トリート(※時節短編)
オーレリアン・オンラインの世界にもハロウィンのシーズンがやってきた。
10月限定で設定され、期間中は思い思いのハロウィン衣装を身につけたプレイヤーたちでワールドは賑わうのだ。
もちろん、アヤとて例外ではない。
アヴァリスの一員でもある、ルカ特製『ハロウィンの国のアリス』と題された衣装に着替えた。
不思議の国のアリスの標準ドレスをハロウィン仕様に大胆アレンジしたルカ渾身の一着である。
「絶対アヤちゃんに似合うから!っていうか、アヤちゃんのためにデザインしたから着てくれないと困る〜〜!……ね?!そうでしょそうでしょ、カワイイでしょ〜〜?!……え?お代?……ああ、いいのいいの!アヤちゃんは着てくれるだけでいいの〜〜!」
ヨミお兄様からたっぷり巻き上げ…………じゃない、頂戴するから!(ミャハ!)
……と、さらっと不穏なことを漏らしながらルカはいい笑顔を浮かべ、アヤから代金を受け取ることなく素早く立ち去った。
「以前の悪役令嬢もどきよりは断然こっちの方がしっくりくると言いますか。何よりお嬢様を象徴する縦ロールのウィッグがびっくりするくらい似合わなくて……」
あれが似合うのも一種の才能なんだと我が身をもって思い知りましたよね……とアヤはしみじみとする。
「お兄様の執事姿は最の高でしたよ。ばちばちに目の保養でした」
「あぁ、ホワイトデーイベントで、ヨミがオモチャのダガー使ってドラキュラ伯爵をおちょくったって界隈で噂になってた時のやつ?」
「おちょ…………いえ、あれはあれで壮絶バトルでしたよ」
串刺し公ドラキュラ伯爵VS華麗無比な冷酷執事の屋内戦。
バレンタインイベント限定アイテム『ときめき⭐︎どっきゅん!ダガー』をヨミにプレゼントしたことがそもそもの間違いだったのか、ヒリヒリした戦場に場違いなハートのエフェクトが激しく飛び散り続けていた。
「お兄様にお遊びアイテムは迂闊に渡しちゃダメだってことを学びました。わたしもひとつ賢くなりました」
うん、とアヤは頷いた。
「……それって賢いのかなぁ……?」
と、話し相手は首を捻った。
今アヤと会話をしているのは獣人ガンナーのカイトである。
アヤと面識を持ってしまった以上、もはや隠れ潜む必要性がなくなったので、顔を合わせればそれなりに交流する程度の仲にはなっている。
キララからカイトがアヤの警護をしていたことを暴露されても、アヤはまるで信じていないのでヨミとの契約は続行となっているにせよ。
アヤとカイトがいるこの場所は、公式が管理している街の中央広場の噴水。周辺はプレイヤーが待ち合わせに利用することが多く、たまに顔見知りとも遭遇する。彼女はここでヨミを待っている間に、カイトと出会ったのだった。
「……それで、今からハロウィンイベントにヨミと参加しようって感じ?」
カイトはアヤを上から下まで眺めて問いかけた。
「そうです!そのためにハロウィン限定課金武器のロリポップ・ウォーハンマーを用意しました!」
ドヤ顔のアヤは身の丈を超えた、ぐるぐる巻きのカラフルなロリポップを背負っている。
本来ファンシーな衣装との親和性は高いはずが、独特な存在感を放つ巨大なロリポップの戦鎚に、カイトは口を引きつらせた。
「……なんていうか、違和感すごいね」
「ありがとうございます!」
「全然褒めてないけど」
カイトは呆れて息をつく。
ハロウィンイベント期間中、凶暴化したモンスターたちがフィールドを徘徊しており、これをハロウィン限定武器でポコポコと攻撃することで謎の魔力から彼らを解放してやることができる。ハロウィン武器では討伐はできないが、かわりにパンプキンメダルを獲得する。メダルを集めることで公式が配布しているハロウィンアイテムや家具、衣装などと交換ができるという仕組みだ。
「カイトさんは参加しないんですか?」
カイトのアバターは平常通りで、ひとつもハロウィン要素のあるものを身につけていない。
「俺がそんな浮かれたイベントに参加するタイプに見える?見えないでしょ」
「え?見えてました」
「……。あんたって本当に感覚がズレてるよね」
まあそういうところがヨミのお気に入りポイントなんだろうけど……。
「……で?肝心の『お兄様』はまだ来ないの?」
「うーん、もうそろそろ…………あ!来ましたよ!」
周囲を見渡したアヤがぱっと笑顔を浮かべた。彼女の視線を追う様にカイトが振り返ると、これまたハロウィン仕様の衣装を身につけたヨミがプレイヤーたちの注目を一身に浴びながら颯爽と登場する。
「やぁ、アヤさん」
どうやら、衣装はアヤと対になっているようで、帽子屋を極端にアレンジした紳士仕様である。
その手には紳士ステッキならぬ、ジュエルキャンディ・ステッキが。
カイトはその扮装や武器(?)にドン引きした。
「……うわ、ピカピカの菓子の杖持ってるよこの人……」
ヨミは単にアヤの引率係なのだろうと疑わなかったのだが、当人もやる気満々だったとは。
数多のプレイヤーを沈めてきた死神らしからぬ浮かれたスタイルに、カイトだけではなく、この場に居合わせている有象無象も困惑気味だ。
こういった時節イベントには一切興味を抱かなかったであろうヨミが、妹を持っただけで簡単に変容し、ムードに染まってしまうとは……。臆、恐るべし妹の存在。
彼を羨望、または敵視するプレイヤーたちに腑抜けてしまったと嘆かれるのも無理はない。
だが、アヤだけは温度が違う。
「うわぁぁ〜〜!!さすがお兄様!!帽子屋さんがめちゃめちゃ似合ってます!やっぱりルカさんわかってる!かっこいい!素敵!ステキング!!」
ヨミの周りをくるくる回りながら瞳を輝かせ賛美する(っていうか何?そのステキングって)。
「君が気に入ってくれてよかった。待たせてしまってごめんよ」
「大丈夫ですよ、こちらのカイトさんとお話ししてましたから!」
にこにこ顔のアヤから目を離し、ヨミはカイトを見る。冷めた目で他人らしく、薄らと。
「僕の妹と仲良くしてくれてありがとう。助かったよ」
「……いや……別に……」
カイトはぶっきらぼうに答えて目をそらす。
アヤはヨミとカイトの間柄を知らない。ならば、他人のふりは正解だ。
が、なぜだろう。ヨミの言葉がカイトには嫌味か皮肉か、はたまた牽制にも聞こえる。
アヤと特別仲良くしたいという気はないが、大勢が集まる場ではこの方が守りやすいのだ。そう、それだけであって、カイトにはやましい気持ちなんかない。
リアルマネーが絡んでいるだけで、他に後ろめたいような事情も感情もない。そのはずなのだ。
「……俺もう行くよ」
妙な居心地悪さを感じてカイトはふたりから離れようとする。
「あ、カイトさん!」
アヤは思い出したように呼び止めた。
「……何?」
「トリックオアトリート!……すっかり言い忘れてました」
いたずらか菓子か、せめてものハロウィン気分とばかりに微笑んで挨拶を投げかけてくる。
だから、カイトは答えた。
「……じゃあ、いたずらで」
まさにいたずら心。
「……ええ、どうしよう?!」
よもやの選択に、アヤは目を見開く。カイトから菓子をねだろうとは考えていなかったが、いたずらを所望されるとも思わなかったのだ。
かたまるアヤを尻目に今度こそカイトは背中を向けた。
「……ど、どうしましょうか、お兄様。こういう場合の最適ないたずらを用意してませんでした」
「うん?彼はガンナーなんだろう?なら、持ち弾を全てキャンディ弾とマフィンボブにしてしまうというのはどうかな」
「妙案です!そうしたらカイトさんもハロウィンイベントに参加してくれそうですし!一緒に楽しめますね!」
「ふふ……せっかくの機会だ、彼の持ち物を僕がすり替えることもやぶさかではないよ」
「さすがお兄様、万能が過ぎる!」
などという設定上兄妹のおぞましい会話が耳に入り、カイトは震え上がった。
冗談じゃない!
ヨミのことだ、アヤが望めば理をねじ曲げてでもやりかねない。
カイトは慌てて逃げ出した。
ハロウィンからも、寝ぼけたことしか言わないキョーアクな天然(?)兄妹からも。
了
(更新日は当日ではないけど)ハッピーハロウィーン!2024!
更新を心待ちにしてくださっている(いる……よね?)全国津々浦々の読者様、こんばんにちは!
この短編は、読者さんとわたしの息抜き目的です(笑)。ハロウィン時節はまだ書いてなかったですし……。
前回のエピソードが、わりと密度濃い感じだったので、息抜きがいると思ったんです。うん……(笑)。
そして時節といえば、カイトさんですよね(は?笑)。バレンタイン時節でも絡んでますしね。
あと、アヤさんとヨミさんの掛け合いを楽しみにしてくださっている方へのサービスも込めて(笑)。
アヤさんはロリポップ戦鎚を振り回して、ヨミさんはガーランドウィップで拘束からの、キャンディステッキで刺突する感じだと思います。どっちも攻撃力は皆無なので、凶暴化したモンスターたちは正気にかえるだけで倒されることはありません(安心)。主にヨミさんの爆速な活躍でメダルがザックザクです。
裏話ではありませんが、この後にアヴァリスのみなさんにも「いたずらかお菓子か」と挨拶してみて、みんなに「いたずらで」で言われてアヤさん困るんだと思うな(笑)。花奏くんにはリアルで言って、やっぱり「いたずらで」って言われるんだと思いました。だけど全員お菓子もくれます。よかったね。笑
そういえば、なろうの感想の仕様が変更されてハードルが下がったみたいなので(自由度が上がった?)、これを機会にご感想などをいただければ嬉しいです(この創作も終わりが近づいてますしね……)。
引き続き、応援をよろしくお願いいたします。。。




