ressentiment/ルサンチマン(4)
ああ、もう。だから言わんこっちゃないんだ……!
みすみす自分から囚われに行ったようなもんじゃないか!
アヤを護衛するため、息を殺して物陰に潜んでいるカイトはライフル銃を握りしめ歯ぎしりする。
一部始終を視認しながらも、カイトは身動きがとれない。
一斉にプレイヤーが集まってアヤを取り囲んでしまったので、偶然を装って彼女を誘導することはできなかった。
アヤが敵の多い男と懇意にしている以上、いつかはこうなるだろうと予想はしていたし、彼自身も警戒していたのだが、肝心のアヤ自身が呑気かつ、無防備、無警戒なのでどうにもならない。
以前、悪質な魔女の集会からアヤを連れ出した時とは訳が違う。
あちらは戦闘能力の低い魔女たちであったから煙幕程度でごまかせたが、今回は皆戦闘に特化しているプレイヤーたちだ。カイトは狙撃やスニークスキルに能力が偏っているため、大多数との直接的な接近戦は不利…………いや、負ける。
緊迫している場面で、カイトは小さく息をつく。
落ち着けよ、俺。
多勢に無勢で無傷で立っていられるのは、ヨミのようなゲームセンスがとち狂ったプレイヤーだけだ。
勝てない戦いを挑むのは馬鹿のすること。俺の手に余る以上、できることはヨミに連絡することだけ。
そもそも、これはヨミが状況を放置して、アヤを泳がせていたのが原因なのだ。
俺の責任じゃ、ない。
そっと後退を開始した時、不意にスケールバイパーが声を張る。
「おい!出てこいよ、ボディーガード!いるんだろ?!」
カイトは軽く肩を震わせた。
まさか、……気づかれていた?……いや、気配は消しているはずだ。脳筋どもに気づかれるわけが……。
「こっちはキララの情報で知ってんだよ、お姫様に護衛がついてることくらいな!」
蛇男の言葉に、アヤは戸惑う。
「……ボ、ボディーガード……?」
初耳も甚だしい事実に、アヤは何度も瞬きを繰り返す。
そんな人、いたの……?え……?
「まあ、鈍感な君は気づかないよね。君にはずっと護衛がついてるんだよ。付かず離れず……ヨミがそのように指示してるはずだ」
個人の特定までは至ってないけど。
「……ヨミさんが……わたしに……?」
困惑するアヤにキララが肩を竦めた。
「おーい、いいのか?このままじゃお姫様は俺たちに嬲り殺されるぜ?」
スケールバイパーは周囲を見渡している。その視線が交わらない。……ということは。
あの様子だと、的確に俺の位置を把握しているわけじゃないのか。
ただ単に、この場にアヤの護衛がいるはずだというアタリをつけているに過ぎない。
「なんだよ、見殺しか?……はっ……ヨミへの忠誠心はその程度なのかよ」
スケールバイパーが呆れと侮蔑の声音で吐き捨てる。
この言い草にカイトは苛立ち、気色ばむ。もちろん、呆れや侮蔑に対してではない。
ハァ〜〜?!……っざけんなっ!誰が忠誠心なんか持ってんだよ!誰がぁ!
俺がヨミに忠誠心なんか持ってるわけないだろ!(リアルマネーの割り切った関係だよ!)
「……あの……そんな人いないと思います。……そんな物好きな人……」
ひたすら困惑する様子のアヤに「ここにいるよ(残念ながら)」とカイトは内心で答える。
「じゃあ、試してみるか」
スケールバイパーは武器のショートカットから槍を取り出した。
明らかに上位武器のひとつだとわかる輝きと形状に、プレイヤーたちの視線が自然と集まる。
「いないならいないで構やしないや。俺の『方天画戟』がお姫様の首を掻き切るだけだ」
方天画戟。
三国志演義における、呂布愛用の武器である。
斬る、突く、叩く、薙ぐ、払うと汎用性も高く、ワールド内でも最強のひとつに数えられるレジェンド武器のひとつだ。
カイトは瞳を細めた。
あいつ、見た目は異様にクセが強いのに、案外いいモノ持ってんじゃないかよ。……なるほど、ヨミに楯突くからには、一応腕に覚えありってか。
スケールバイパーがアヤの首筋に鋒を向ける。
アヤは棒立ちになって青ざめるしかない。
「3秒やるやら出てこい」
カイトは息を飲んだ。
あの子は人質だ。キルしてしまっては意味がない。ヤツが本当に殺すわけがない。
「3」
「……」
そう、本気であるはずが……。
「2」
「……」
カイトは大きくため息をついた。
立ち去るはずの足が動かない。
金のためにヨミと契約してるだけで、本音じゃあの子がどうなっても構わないはずなのに……なんで迷ってんだ俺。
「……1」
……あぁ、くそ……!
「……待て……!」
葛藤の末、ライフル銃を上に掲げてカイトは茂みから姿を現した。
我ながら馬鹿だと思う。そしらぬフリをしておいてもよかったのに。
……まったく、いつからこんなにお人好しになったんだ。……あの子の影響か?(悪影響じゃないか)
「マジでいたのかよ。ボディーガード」
スケールバイパーがアヤの喉元から方天画戟を遠ざけ、笑う。
カイトの登場にアヤは目を丸くする。
彼とはフレンド関係にはないが、常に偶然による出会いを重ねてきた。はずだった。
ボディーガードの存在そのものが寝耳に水だったというのに、その相手が、まさかまさかの……?
「と、通りすがりさん?!」
「どうも。…………偶然だね」
苦しい挨拶しながらカイトは気まずく目を逸らす。
偶然。ほら、やっぱり彼は偶然通りかかっただけだ。
アヤはカイトの挨拶を素直に受け入れた。
「あのプレイヤーさんは違います!偶然よく出会うんです!たまたま通りすがっただけで、無関係です!……やっぱりいないんですよ、ボディーガードなんて!」
力説するも、キララに鼻で笑われる。
「偶然って……君、本気で言ってんの?」
しらけ口調でキララは続けた。
「……誰かと思えばプレイヤーキラーキラーで有名なカイトくんじゃないか。意外だなぁ。君、シングルがモットーだと思ってたのに、実はヨミの子飼だったんだ?」
「そういう言い方、やめてくれない?あいつに育てられた覚えはないし、俺としては対等な取引相手ってだけだから」
カイトは辟易する。
「まあ、どっちでもいいよ。……本来の君なら逃げ出すところなのに、よく姿を見せたね。面倒ごとは嫌いでしょ」
「……だったら面倒ごとなんて起こすなよ」
本音がぼそりと口から突いて出る。
「何か言った?」
「別に。……んで、たまたま通りかかった俺をボコろうって魂胆?」
残念ながら、ここに集うプレイヤーの中にはカイトがキルしてきた悪質プレイヤーたちの顔もある。戦闘が始まったら数人は倒せるだろうが、囲まれれば勝ち目がない。何よりアヤを巻き込んでは意味もなくなる。
キルしたプレイヤーから恨みを買ってる自覚はある。……こいつは、あの子の前で俺が嬲り殺されるだけのオチかもな。
しかしカイトの予想に反して、キララとスケールバイパーはわずかに顔を身わせる。
「どうもしない。用があるのはヨミにだけだ。君が無防備な彼女の尻を拭う必要はないし、逃してあげるよ」
キララは薄笑みを浮かべた。
「……へぇ、お優しいことで」
カイトの目が据わる。
「怖い顔しないでよ。単にヨミに繋ぎをとって欲しいだけさ。手間が省けるし」
「…………」
「ランデブーポイントはこの山をくだったところにあるリキュア平原。その際、この子を無傷で返す条件として、手持ちのレジェンド武器は事前に解除しておくこと。祭りの時間は公式の掲示板に出すから、運営側に削除される前にしっかり確認しておくようにあいつに伝えてよ」
よろしくね、と告げながらキララはアヤに向けて手をかざす。
「『無慈悲なるシンデレラの拘束』」
告げるや否や、アヤは光に包まれる。
「……?!」
アヤの目の前に金色の南瓜型の檻が現れ、瞬く間に中へと吸い込まれた。
南瓜型の檻は虫籠にも似て、そのままキララの手におさまる。
「……見ての通り、彼女は囚われの身となった。張り切って取り返しに来てよ……ねぇ、ヨミ」
待ってるからさ。
キララは肩越しにカイトに微笑むと、スケールバイパーやその他のプレイヤーを引き連れて去っていく。
「……クソが。舐めやがって……」
その場にひとり取り残されたカイトは険しく眉を寄せ、忌々しげに呟いた。
カイトからさらに遠ざかること茂みの中。名も無きモグラが双眼鏡片手に震える。
リキュア地方での新たな鉱床発見により、各地に生息するモグラたちが一堂に集い、鉱石掘りフェスに興じる計画が本日は立っていた。そこへ合流するはずのアヤがなかなか姿を見せないため、「アヤ殿のことだ、またどこぞへ寄り道してそのまま迷っているに違いない」と気を利かせて周辺まで迎えに出てみたら……なんとこの有様である。
寄り道どころか、アヤはヨミをめぐる剣呑なフェスに強制参加させられてしまったようだ。
モグラーの姫が参加しないのでは、華に欠ける。このままむさ苦しいモグラたちだけで鉱石掘りフェスを開催するわけにはいかない。ミッションがインポッシブル。延期、延期である。……いや、今はそんなことを考えている場合ではなく。
こ、これは、ノネ殿が懸念していた事態が現実となってしまいましたぞ……!
「……我らが姫の一大事……!ただちにノネ殿に打電せねば……!」
名も無きモグラは匍匐で後退り、茂みから消えた。
前回は短編をアップしたので、本編アップは久々な感じがします。更新をお待ちの方がいたら申し訳なく……。
本当はGW期間中に更新したいと思っていたのですが、体調不良で予定を消化できませんでした(汗)。
……が!更新していない時にブクマが増えると普通に嬉しいです。ありがとうございます。
で。
存在を忘れられていたかもしれない(?)、通りすがりさんことカイトさんが久々にご登場です。
次回はヨミさん出てきます。はい。
緩い更新状況なのでまだまだ終わりが見えてこないですが、最後までお付き合いいただければ嬉しいです。




