縁は異なもの味なもの(4)
瑞希がゲームに触れるきっかけを作ったのは絢音だった。
幼少期の彼は病に伏せがちで、日々の大半を代わり映えしない自室で過ごした。家人は病弱な瑞希を構いがちで、自ずと兄妹には距離が生じ、幼い薫子に寂しさや我慢を強いることも多かった。
そんな薫子を気遣うように絢音は藤崎の者に連れられて黒川家へやってきた。
彼女は藤崎本家の女児。本来ならば外戚との交流も制限されているのだが、特例的にゆるされたようだった。
年の近い薫子はすぐに絢音に懐き、ふたりの楽しげな声音は瑞希の部屋にも届いていた。
体調の良い時を見計らい、絢音は瑞希とも交流を持つようになり、彼女は話し相手にもなってくれた。絢音の導きで距離のあった薫子とも兄妹らしい会話が持てるようになった。彼女には感謝しきれない。
その頃、絢音が持参した携帯ゲーム機に瑞希が興味を示し、彼が気分良く過ごせるのならと家人はゲーム機の購入を許可した。瑞希が操作に慣れると、そこに彼女の弟である花奏も加わるようになった。
絢音や花奏という外部との繋がりを持ったおかげか、瑞希は張りと活力を得て外出もできるまでに回復した。
当時瑞希は古来の風習に倣い、病魔から身を守るため髪を伸ばし、異性装をしていた。外見上は『少女』そのもの。細身で白い面差し、妹と似通った容貌が絢音に疑問を抱かせることはなかった。
中学入学に合わせて身なりを整えたことで絢音は瑞希が初めて『少年』であったことを知り、衝撃と共に自身の迂闊さに赤面していたものだった。
絵については、臥せりがちだった瑞希が手慰みにはじめただけのものだった。たまたま目にした絢音に褒められたことで瑞希は絵画の道へと進んだ。とはいえ本格的に画塾へ入り、真剣に学び始めたのは中学に入ってから。
中学3年時、経験を積むために絵画公募展に『或る少女』という作品を出展した。絢音に頼み込んでモデルになってもらった肖像絵画だ。
瑞希は絢音に惹かれていた。いつからなどと考える必要はない。
色のない病床に咲いた一輪の花。彼の恋は明白で揺るぎないものだった。
何度も素描を繰り返し、未熟ながらも懸命に仕上げた油彩の絢音の瞳は静かにただ瑞希を見つめている。画家の願望は絵に宿る。そう、自分だけを見つめていて欲しいという切なる願いが。
しかしまさか、出展した絢音の絵が新人賞を受賞するとは思わない。審査員の満場一致で決まったという。
若き大型新人の登場に、画壇が揺れた瞬間である。
もちろん瑞希は大いに動揺し、気後れした。
並み居る年上の経験豊富な画家を差し置いて、未熟な自分が受賞できるはずはないのにと。
だがすぐに腑に落ちた。モデルの或る少女が絢音だったから。
普段は忘れがちだが、彼女は……絢音は稀有な存在なのだ。
宗家だけに受け継がれる血の呪い。女児だけが持つとされる特異な力。彼女姿を写し取り、瑞希がそこに命を吹き込んでしまったのだとしたら……?
肖像画はただの絵画で終わらない。
絵画展で飾られた絢音の油彩を前に、来場客は次々と足を止め、カンバスの少女と惚けたように見つめあっている。
或る少女に引き寄せられ、素通りできなくなるのだ。
受賞を喜び絵画展に訪れた絢音が自身の分身と向き合っている姿を目にした瑞希は言葉にならない不安感に駆られた。
彼女の横顔は彼の知る絢音ではなかった。
波紋なき水面のように、感情の色をひとつも宿してはいなかった。
同行した花奏が立ち竦む彼の存在に気づいて姉に耳打ちすると、彼女は瑞希に視線を移す間に笑顔を作り出す。
「おめでとう、瑞希くん。早速、花奏と見に来たよ!……でも瑞希くんってばわたしを美化させすぎ。恥ずかしいなぁ」
いつも通りのはにかみが、はじめて作り物のように見えた瞬間。
寸前までの絢音と記憶している絢音が一致しない。
動揺を気取られぬよう努めることに精一杯で、その後なんと答えたのかよく覚えていない。
あれから君は二度と僕のモデルになってくれることはなかった。
ねぇ、絢ちゃん。
絵画と向かい合っていた時、君は一体何を考えていたの?
一寸垣間見た、知らない少女の横顔に怯えて、僕は未だに尋ねることができないでいる。
「……さん、……希さん。……瑞希さん?」
アルビオンの街中にある集会所の一室を貸し切り、アヤ経由でそこにヨミを呼び出すことにした。
同席するレイラスに呼びかけられ、はたと我に返る。
アヤはヨミを迎えに出ており、今はふたりだけだ。
「……あぁ、ごめん。ちょっと考え事をしていて」
「?まぁいいですけど。……それで、この警笛なんだかわかります?さっきからものすごくうるさいんですけど」
深く考え事をしていたのでリッターの耳からはすり抜けていたが、レイラスが顔をしかめて指摘するように表では街全体に警戒を促す警笛音が鳴り響いている。まるで、今から戦争が始まるかのようなけたたましさだ。
「……いや、突発的に訓練をしていることはあるけど、こんなに鳴ることはないよ」
拠点として使用させてもらってきたリッターですら経験したことがない警戒レベルだ。
戸惑うリッターの返答に、レイラスはすっと眼を細める。
「これ、正面からあの人が来た合図だったりして。グレートギルドと緊張関係なんですよね、あの人」
あの人、とはもちろんヨミのことだ。
「え?」
「え、じゃないですよ、瑞希さん……じゃなくて、リッターさん。もしかしてヨミはこの部屋まで隠密でコソコソ潜入するって思ってました?」
レイラスの指摘にリッターは少々狼狽える。
図星だ。
「ねーちゃん連れた状態であの人が隠密選ぶとは思えないんですけどね、俺は」
「……そ、それは……」
ヨミ単体ならどうとでも潜入可能だろうが、アヤを連れているのなら諸々への後ろめたさを持たぬためにも、正面から堂々と参じていてもおかしくはない(アヤを抱えて隠密行動くらいヨミなら容易かろうが)。
グレートギルドに属していてヨミを知らぬ者はない。となれば、嫌が応にもアルビオンに在中のキャメロットのクランの目に入る。……この先は多くを語るまでもない。
この警笛は、最大警戒レベルの『敵』の訪れを意味しているのだとしたら……?
呼び出した当人としてリッターは青ざめる。
「………」
「………」
リッターとレイラスは無言で視線を合わせた。
警笛の元凶と思しき死神はどうなっても構わないが、巻き込まれるアヤが心配だ。とにかくアヤだけが心配だ。
このときばかりは互いの意思が光の速さで通じ合い、ふたりは部屋を出て駆け出すのだった。
この後の展開もまとめて載せるつもりだったのですが、ちょっと長くなってしまったので読みづらいかもしれないと思い、お話を分けることにしました(今回は短め)。ので、少し早めにアップ。
アヤさんの秘めたる部分が少しだけ表に出せたかなと。あとヨミさんは次出てきます(分割せず一括で載せれば登場したんですけどね。汗)。
(続けば)今回のエピソードは6話くらいで終わりたい気持ちでいます。
それから30,000PV達成していました。ありがとうございます。
更新頻度を落としたこともありまして、ブクマの増加具合が鈍くなってしまい、さらに更新頻度が落ちる……という悪循環に陥りそうな予感もしつつ(汗)。というわけで、ブクマお願いいたします……。
(あ、短編は削除しました。ブクマブーストかからなかったから…。←やっぱり欲張るのはよくないね)




