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【6月22日更新】オンラインゲーム内で最強お兄様の妹になりました。  作者: 阪 美黎
【Season1】オンラインゲーム内で最強お兄様の妹になりました。
31/68

胡蝶の夢

 澄み渡る空、白い砂浜、海風に揺れるシュロ、光を受けて輝くコバルトブルーの海…。

 プライベートビーチから繋がるラコレッタのレンガ造りの階段を登れば、小島を一望するように建つイタリアネート様式の白亜の洋館が。

 圧倒的リゾート感が漲る『海の家』(アヤ命名)。

 海洋都市アトランティスの外洋に位置するリゾート諸島のひとつ、その最も大きな島をヨミが買い取った。

 公式が各都市内に展開しているハウジングエリアとは異なり、リゾートエリアは完全なる課金物件。数あるリゾートエリアの中でもアトランティス外洋の島々は特に上代価格が破格なことで有名。島はもちろん、上物も別課金扱いだからだ。


 ログインしたアヤはベッドから起き上がる。

 枕元にはフェネックキャットの『ヨミさん』。足元にはヨミの猟犬ポチが待機し、彼女の起床を喜ぶ。

 アヤも頬が緩む。

「よーしよし!ふたりとも傍で待っててくれたの?!ありがとう〜!可愛いねぇ、いい子だねぇ…!」

 アヤはヨミさんとポチを抱え込み、感触は曖昧だが頬ずりをする。

 …ああ、幸せ…夢みたい…。

 もふもふの獣たちに囲まれ、アヤは悦に入る。

 ヨミに流されるまま兄妹の家の購入を承諾してしまい、冷静に思い返して後悔もしたのだったが(ヨミに多額の課金を背負わせることになるため)、この状況を得てしまうと現金にも彼に感謝しかない。

 彼の謎めく懐事情について、詳しいことを確かめてはいないが…そこは触れない方がいいと思っている。

 アヤの部屋は日当たりのよい東側に設定され、家具も彼女の要望通りに配された。オリクトの拠点がこじんまりとしていることもあり、与えられたこの『海の家』の居室は広すぎて落ち着けずそわそわしていたのだが……人間とは慣れる生き物なのだ。

 マイルームから引っ越ししたヨミさんは、同じように飛空挺から移動したポチともすぐに馴染み、じゃれあったり、砂浜を駆けたり、団子になって眠ったりと…アヤはエモーショナルなスクリーショット撮影に大忙しだ。

 2匹を引き連れて自室を出ると、屋敷を管理しているNPCが彼女を待っていた。名前をミオという。

 NPCはヨミが物件を購入した際に自動生成した管理キャラクターで、獣人少女の姿をしている。シンプルなメイド服をまとい、アヤに頭を下げた。

「おはようございます、お嬢様」

「ご苦労様です、ミオさん。…お兄様は?」

「旦那様はログアウトから38時間25分47秒経過しております」

 ということは、今はゲーム内にいない。

「そうなんだ、ありがとう」

 メイドの報告を聞き流し、リビングへ向かう。

 …と、ここで事案が発生する。

 広々としたリゾートスタイルのリビングの床で無造作に転がっているのだ。あろうことかヨミのアバターが。

「……今日も行き倒れてる…」

 アヤは近づいてため息をつく。

 駆け寄るポチが主人の頬を舐めても、『ヨミさん』が胸に乗っても当然ピクリともしない。

 残念ながらこれは珍しいことではない。住処を共有することでアヤは学んだ。

 はじめは何か深刻な不具合が起こっているのではないかと慌ててミオを呼び、あれこれ検証してもらったのだが、「旦那様はこの場でログアウトしただけの模様」という返答を受け、アヤを大いに脱力させた。

 このように、ヨミは屋敷の至る所でアバターを放置し、『行き倒れ』という事案を発生させている。

 床や廊下で転がるアバターを尻目に、メイドや獣たちが屋敷の中を知らん顔で往来する様を想像するとシュールでやるせない。

 認めたくはない。実に認めたくはないが…。

「…もしかして…お兄様ってズボラさん…?」

 自室でアバターを管理する習慣がないのだろうか。プライベート空間を覗くことはしないので、彼の自室の内容をアヤは知らないのだが。

 普段の王子様然とした姿しか知らないファンの人たちが見たら…どう思うんだろ、これ。

 見るからに冷たくてかたい床でなく、せめてソファーを使えばいいのに(飛空挺内でも行き倒れていたのかな…?)。

 人様のアバターを第三者が動かすことはできないので、アヤは泣く泣く彼をその場に放置することになるのだ。

「もー、リアルなら風邪ひいちゃいますよ?お兄様」

 彼の胸に乗って顔を覗き込んでいるフェネックキャットを移動させながら、屈んで声をかけるも返事はない。

 緻密に作られたヨミのアバターは魂が抜けていても、完璧な美しさだ。

 抜け殻であることをいいことに、アヤはヨミのすっきりとした頬をつんつん突く。

 つんつんつんつんつんつんつん…。

 感触があればいいのに。

「…楽しいかい?」

「?!」

 不意に唇が動き、アヤは驚いて尻餅をつく。

 人形に生命が宿るように、まぶたが開き、ヨミが上体を起こす。

「おはようアヤさん」

「…お、おおおお、お兄様、いつから意識があったんです…?!」

「ズボラさんってあたりから聞こえていたよ」

 ポチを撫でながらヨミはいたずらな笑みを浮かべた。

「…っ!…突っついて遊びました!ご、ごめんなさい…っ」

「ふふ、構わないよ。アバターの扱いに無頓着な僕に責任があるのだからね」

 立ち上がると、彼はアヤの手を取り起こす。

「そ、そうですよ!無防備なのをいいことに、いたずらでもされたらどうするんですか!」

「ここでいたずらができるのは君だけだけどね。でも、僕の頬をつんつんして遊ぶ君は可愛かったよ?どのタイミングで声をかけようか迷ったくらいに」

「ぐっ…」

 微笑まれ、アヤは顔を赤くして口ごもる。

 分が悪い。口で勝てる相手ではないのだ。

 ヨミはリビングのソファに移動すると腰掛け、足を組む。

「そろそろアヤさんがログインする頃合いだと思ってやって来たのだけどね、すれ違わなくてよかった」

「さすがお兄様。ばっちりです」

 向かいにアヤはも腰掛ける。

「今日はどうするんだい?少しどこかへ冒険(デート)しようか?」

 ナチュラルにデートと言ってしまえる兄、おそるべし。

「…いえ、今日はヨミさんとポチくんにちょっと会いに来ただけなんです。…宿題を消化しなくてはいけないんですけど、息抜きがしたかったので」

「なら、僕と少し話していくかい?」

「お兄様がいいなら」

「もちろんいいとも。僕にとってもいい気分転換になるしね。…それで、宿題は今何をやっているんだい?」

 問われてアヤは素直に答える。

「社会科の研究のレポートです。…実は、オーレリアン・オンラインでの『生活』について書いてるんです」

 テーマは自由。同級生たちは夏休み中の旅行記や自分の趣味嗜好についての掘り下げを提出するだろうが、アルバイトに明け暮れていたアヤに書けそうな題材はこれしかない(学校に隠れて労働している手前)。

 アヤの告白にヨミは破顔する。

「いいね。そのレポート、僕も是非拝読させていただきたいよ。君の視点で語られるオーレリアン…とても興味深い」

 思わぬ好反応にアヤは(かしこま)る。

「い、いえいえ、大層なことは何も書いてないですよ?!まだまだゲームについても無知ですし!ほとんど日記みたいなものですから!」

 それに、レポートにはヨミも出てくる。名前は仮称としているが、アヤのオーレリアン生活に欠かせないピースであるからして。

「この前、お兄様のご厚意でエリュシオンまで旅をした時に、この題材にしようと決めたんです。お家にいながら季節感のある旅ができる感覚や概念はすごいことだなと思って。…ただ、遊びと紙一重の題材なので、先生の評価は低いかもしれませんけど…」

「オーレリアンは他者とのコミュニケーションの場…つまりメタバース面のみならず、個人の日常快楽追求も満たし、実現可能な感動を提供する。そして、今こうして僕たちが家の中で会話を楽しむことは日常のありふれた『生活』でもあるわけだね。…社会科のレポートの題材としても、アヤさんの着眼点はけして悪くない。僕が教師なら内容如何を問わず、それだけでA +をあげるよ」

「内容を問わないあたりで、すごくお兄様の依怙贔屓を感じます!」

「違いない」

 可笑しくなって笑い合う。

「妹への依怙贔屓とレポートの協力も兼ねて…アヤさんはなぜこのゲームのタイトルが『オーレリアン』なのか知っているかい?」

「ええっと、公式の説明では女神オーレル様の加護を受けた世界に集う人々をオーレリアンと呼ぶって。…つまりオーレリアンはプレイヤーを指してるんですよね」

 ヨミは微笑んで頷く。

「そうだね。でも公式説明は整合性をとるための尤もらしい後付けなんだよ。オーレリアンとは『光を愛する者』という意味でね。そこから転じて蝶愛好家を示す言葉となった。そしてもう少し踏み込むなら、このゲームは荘子の故事と掛け合わせてもいるんだ」

「…荘子って、中国の?ですか?」

 荘子とは中国、戦国時代『宋』の国にいた思想家だ。

「うん、突飛に聞こえるかもしれないけれどね。彼の物論の中に『胡蝶の夢』という有名な故事がある。蝶となり百年を花上で過ごした夢を見、目覚めた荘子は、自身が蝶となった夢を見たのか、蝶が今荘子を夢見ているのかわからなくなる。荘子と蝶の間に区別はなく、夢と現の境界は存在しない。現実と仮想現実に置き換えることができるとは思わないかい?」

 言われてみれば、思想の根本は仮想現実に通じるものがあるように思えた。一見かけ離れているようで、近しくもある。コインの表と裏のように。

 可能性を示され、目から鱗が落ちる。

「アバターをまとったからといって、現実とゲーム内の自分に区別はあってないようなものなのかも。つい別物だと判断しがちだけど、どちらもきっと本当の自分。なんだか急に感慨深いものが……って、お兄様…事情に詳しいですね」

「ふふ、でもこれは誰かの受け売りかもしれないよ。屁理屈だ、考えすぎだと言われても否定はできないね。公式の説明ではない以上、これといった論拠(ソース)は示せないから、僕の妄想の類(ひとりごと)…ひとつの説として話半分で聞いておいてほしい」

「でも、参考になりました!()()()をありがとうございます」

 何気なく遊んでいるゲームに深い思想が眠っていることなど考えもしなかった。レポートに記すことも考えて、荘子について調べよう。

「君の役に立てたのならよかった」

「お兄様、先生みたい」

「おや、じゃあアヤさんは僕の素晴らしい生徒だね」

 ヨミは微笑み続ける。

「思想面はともかく、ゲームとしての改善点をあげるなら、体感の希薄さ。未だ多くを視覚と聴覚に頼ったシステムなのは否めない。プレイヤーが皆同じ環境で遊んでいるわけではないとはいえ…触覚をもう少し現実に近づけることが目下の課題だよ」

 ヨミは思案するように指を動かして眺める。

「お話はとても為になりましたけど…お兄様、これからはちゃんとベッドでログアウトしましょうね。ミオさんにも迷惑かけますし、ポチくんやヨミさんに顔を踏まれちゃいますから」

 これはしっかり注意をしておかなければいけないと思っていたのだ。行き倒れている彼を見ていると不安になる。

「そうだね、善処するよ。そして僕としてはアヤさんのレポートに期待しておくとして…」

「見せませんよ?」

 取りつく島のないアヤの返しにヨミは微苦笑しつつ続ける。

「アヤさんのオーレリアン生活がより豊かなものになるように……空き部屋をアイテム保管庫にしてみたよ。ネクタルとアンブロシアを詰めておいたからね。使ってくれると嬉しい」

 ヨミはリビングから続く部屋を指差す。

「えっ?!」

 アヤは立ち上がり、空き部屋になっていたはずの扉を確認のため開くと、いつの間にやら室内は棚が立ち並び、所狭しとネクタルやアンブロシアが大量に押し込まれていた。アヤは絶句する。

「……お、お兄様…幻の秘薬がしこたまありますけど…?!」

「時間を見つけて作っておいたよ。何なら売却して銀貨にかえてもいいしね」

 にっこり微笑む兄に、妹は首を横に振る。

「却下です。幻の秘薬がインフレして、価格崩壊を起こしちゃいますよ…!」

 幻の秘薬は『幻』だから価値があるのだ。

 高級な薬は価格が固定されておらず、レートによる変動制を取っている。純度100%のネクタルやアンブロシアは希少だからこそ高額で売買されているのである。ヨミの生産能力は、市場における需要と供給のバランスを崩壊に導くだろう…。

 アイテム保管庫の中身を放出してしまえば、魔女や魔術師、錬金術スキル持ちプレイヤーの阿鼻叫喚が容易に想像がつく。

 アヤはそっと扉を閉じ、見なかったことにしたのだった。



 アヤがつかの間の息抜きを終えて、ログアウトするため自室に戻った後、NPCのメイドはヨミに報告する。

「お嬢様、ただいまログアウトいたしました」

「わかった」

 彼はソファから立ち上がると、メイドを連れて自室の扉を開く。

 広がっているのは四方を壁に囲まれた部屋ではなく、プログラムを視覚化させた膨大な文字列と闇で構成された異空間。天も地もない混沌。あるいは、宇宙。

「アヤさんごめんよ、僕の部屋にはベッドがないんだ。どう善処したものかな」

 振り返り意見を求めると、そこにいるはずの獣人少女のメイドにノイズが走り、情報が上書きされ、青年姿に取って代わる。その容姿は、ヨミに酷似していた。

「彼女の横でログアウトさせてもらえばいいじゃないか」

 声音もそのままに、もうひとりのヨミは微笑んで答える。

 彼女はどこの、誰のベッドとは指定していないのだから。

「あぁ…そうだね。それなら彼女も安心だ」

 我が意を得たり。

 軽く手を叩いてその案を採用する。

 次回ログインしたアヤは、ヨミとの『同衾』状態にベッドから転げ落ちるほど驚くに違いない。

 想像すると自然と笑みが漏れる。動揺する彼女もきっと可愛い。

 できればその場面に出くわしたいものだが。

「楽しんでばかりもいられないね。さて…そろそろ始めようか?」

 鏡写しの存在に語りかけ、ふたりのヨミは混沌の海に溶け込む。

 事実を覆い隠すように、扉は静かに閉ざされた。

単話エピソードでした。会話回です。次回(続けば)現実世界でのお話になります(ブクマお願いします…)。

今回は3回書き直しました(これで?って感じですが。笑)。なのでちょっと手間取りまして、アップも遅れた次第です。いよいよ出てきてしまいました。メタバースという単語が。

なんでもない回のように見えて、核心部分がちょっと顔を出しました。ブクマが増えて、続くといいですね…(遠い目)。

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