すれ違う二人
本文を一部加筆・修正しました。
また、彼女とすれ違った。
やはり、私と彼女との間には、考えに差というものが存在しているらしい。
事実こうして、もはや何度目かも分からない行き違いを起こしている。
私がもう少し、自分の思っていることをズバッと言えるような性格であれば、少しは違ったであろうか。
いいや、それすらも怪しい。
そもそも、三流大学を惰性で卒業した挙句、一般中小企業の窓際が棲家であるような私が、新進気鋭のエリート女性弁護士と上手くいくというのが土台無理な話なのである。
しかし、恋は盲目とはよく言ったものだ。
怠惰を地で行く私が、彼女に飽きられまいと彼女の好みや興味を調べ、僅かな給料を何とか工面し、彼女のためにそれらを買うような生活を、苦も無く送っているのだから。
これほどまでに努力することなど、後にも先にもないではないかと本気で思うほどだ。
今週の日曜日は珍しく休みであり、久しぶりに自宅へ帰ったのは最早昨日のこと。
世の中全体が悲壮と憂いに包まれる月曜の朝。
私は久しぶりの通勤ラッシュに揉まれているわけだが、頭の中にはそのことを疎むような気持ちは一片もない。私の頭は常に彼女の事で一杯であり、そんな事には興味の欠片もないのだ。
車窓から差し込む日光が眩しく、下げた目線の先には私の手に握られた黒い小さな箱がある。
蓋を開けると、中からイヤリングがキラリとのぞく。
彼女のために、今回は多少無理をして購入したものだ。シンプルながらもどこか気品溢れる様に感じるのは、気のせいではないと思いたい。
というのも、今回は無理をした理由があるのでこれが紛い物では話にならないのだ。
まぁ、理由といってもそう大した物じゃない。
こう何度もすれ違ってばかりでは埒が明かないので、これを渡して一度、彼女と話す機会を設けようという、陳腐なものである。
しかし、これがすんなり済むのなら、こんな苦労はしていない。
つまりは、上手くいかなかったのだ。
と、いうわけで現在、イヤリングは本来持つべきでない私が手にしている。
携帯から直接彼女にかけて約束を取り付けることも考えたが、なかなか踏ん切りがつかない。
今度、会社から帰るときにこそ渡そう。
そう決意し、会社のドアを開ける。
薄闇が夜に変わった。
これから訪れるであろう安息が疲れ切った人々の瞳に僅かな光を与え、彼らは足早に帰路を辿る金曜の夜。
月夜が照らす並木道で、一組の男女がすれ違った。
男は、何かを決意したような表情で堂々と歩を進め、大きく息を吸い込む。
「あ、あの!」
女は立ち止まり、視線をスマートフォンから男へと滑らせた。
「これ、イヤリング! 君のために買ったんだ。ほら、ほ、他にも、鞄にたくさんある! 全部、君のために買ったんだ。私と君は、職場が違うし、帰る方向も逆だけど、それはきっと! きっと、考え方がちょっと違うだけで、そんなの、些細なものさ。まぁ、そのおかげで、君とここで、すれ違えるわけだけど。ほら、君も、私のこと見てたよね!? 歩きスマホをしてるはずなのに、私が来ると、ふと視線を上げてたじゃないか。いやぁ、まさか君も私のことーー」
「あんた誰? ストーカー? うわっキモ。ちょっ、近寄んないでよー。っ! てか、アンタのせいで、彼氏のメッセ、既読スルーしてる状態じゃん。今の彼は上手くいきそうなのに! これで別れたら、アンタのせいだかんね!? この、変態ストーカー!」
そう言って、男を蹴った。
体をよろめかせ、背中から木にぶつかる。
「もうっ! ーーあっ! シンジくん? ごっめ〜ん。ちょっとケータイがバグっちゃって〜……」
男は、唖然としている。
「わ、私が、ストーカー……? なぜだ? 目を、視線を、交わし合っていたじゃないか……。この並木道で、すれ違うほどの仲じゃないか……。」
男の頭には、さっきの衝撃で落ちた木の葉がのっている。