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第3話 X

ああああああああやっちまった。

そそくさと席についてから、俺はずっと脳内でジタバタしていた。

静海が数学教師に当てられて困っているところを見ていたら、とっさに手が上がってしまって。おまけに教師のミスまで訂正するとか、世紀の怪盗もびっくりなカッコつけ野郎じゃねえか。多分絶対(どっちだ)静海にも引かれた。

恥ずかしさを打ち消すために、俺は数学のノートに授業と無関係な数式を書きなぐる。


そうこうしているうちに、授業終了のチャイムが鳴る。6時間目が終わり、あとは下校するだけ。

なのだが、俺は呆けたように自分のノートを見つめていた。

何やら、妙なものが書かれている。数式ではなく、言葉だ。自分で書いたはずなのだが、ほとんど記憶にない。

いわゆる、ポエムらしきものだった。

それもどうやら、静海への気持ちを綴ったものらしかった。

動揺を抑えようと数式を書いていたはずなのだが、何のバグか、いつのまにかこんな文字列を出力していたらしい。

とたんに羞恥心を思い出し、ノートを閉じる。荷物をまとめて教室の出口に向かう。

教室を出る瞬間に、反射的に、ちらっと静海の方を見てしまう。彼女も今、荷物をまとめて立とうとしているところだった。

昇降口までの道でうっかり会ったりしないように、俺はさっさと教室を出た。

帰りの通学路と電車でも、いつものように数学を考える。あのポエムもどきを頭から追い出すために、いつもより必死だ。

何事もなく帰宅し、数学をして、数学をして、夕食(今日は母の得意料理の鮭とクリームのパスタだった。ラッキー)を済ませ、数学をして、数学をしているうちに、滞りなく地球は回って、寝る時間になった。

ベッドに入る。

が、体は眠いのに、頭が眠ってくれない。

数学の問題が頭から離れなくて眠れないのはしょっちゅうあるが、今夜は、あのポエムが脳内で幅を利かせていた。

授業中に眺めていた静海の後ろ姿が、遅すぎる残像を網膜に映す。整然とした二本の三編み。隠れて文庫本を読む姿。

そのイメージ(写像の像ではなく)が強力な重力を放ち、俺の思考はその周囲を回り続ける。おかげでますます眠れなくなってくる。

体を起こしてベッド脇の時計を見る。23時57分だ。23は素数。57も素数……じゃねえよ。こうまで眠れないと、明日に響くかもしれない。参ったな。

あれ、明日って何曜日だっけ?

俺は部屋の電気をつけ、スマホを確認する。ロック画面には「金曜日」と表示されていた。ということは、明日は土曜日。学校の心配はしなくていい。

どうも曜日感覚が薄くて困る。学校の授業科目は正直気にしておらず、教科書類は全部机の中に入れっぱなしだ。

ともあれ、夜ふかししても構わないことがわかった俺は、特にすることもなくスマホをいじり始める。暇なときによくやる、2の累乗を作るゲームを起動する。

2^12のブロックができたところで、飽きてスマホを置いた。

うーん、どうしよ。無駄に精神が高揚しているのに、やり場がない。

なんとなく気になって、学校の数学のノートをまた開く。あのポエムが書いてある。

あれ?

これ、意外といいんじゃない?

昼間見たときは恥ずかしいだけだったポエムが、どういうわけだか、輝いて見えだした。もしかして俺、隠れポエマーだったか?

もしかすると、これをいい感じの紙に書いて静海に渡したら、何かいい感じのことが起こるかもしれない。

急に思いった俺は、いい感じの紙を探し始める。何かの折に買った便箋と封筒のセットを引き出しの奥から見つけた。さっそく、数学のノートからポエムを便箋に書き写す。

半分ほど書き進んだところで、はたと思い当たって手が止まる。

これはある意味、手紙、すなわち一種の通信なわけだ。であれば、表現に間違いがないか、第三者にきちんと添削してもらうべきでは? エラーがあれば訂正してもらわないと。

とは言うものの、読んでチェックしてもらうべき相手は思い浮かばない。母親に見せるのは論外だし、その他、見せられる知り合いもいない。

どうしようかな。

スマホを手にとって、「手紙 添削」で検索してみる。すると、結構な数の結果が出てきた。いいじゃんいいじゃん。

検索結果から1つのページをクリックする。サービスの詳細を見ていく。

あ。

一回千円か。

そりゃ、お金かかるよな。どうしよ。

検索結果に戻って、キーワードに「無料」を付け加えて再検索する。結果を見ていくが、プログラムによる誤字脱字のチェックのサイトばかりで、人が見てくれるものはなかなか見つからない。だが、検索結果の3ページ目で、見つけた。

個人がやってるサイトらしい。手紙の書き方とか日本語の表現とかがいろいろまとめてあるサイトで、サービスの一つとして手紙・文章の無料添削もしてくれるようだ。親切な人もいたもんだ。

送信フォームの下には、「機密性の高い情報は送らないでください」「名前などの個人情報は伏せることをおすすめします」「返信まで数日いただくことがあります」とかちゃんと注意書きが書いてあるから、怪しいサイトではないと見た。

俺はさっそく送信フォームにポエムを打ち込む。フリック入力がはかどるはかどる。

次にコメント欄がある。この文章の用途や、添削要望を書くらしい。「気になる女子に渡す手紙です」と書いた。

最後にメールアドレスを入力して、ポチッと送信ボタンを押す。そういやポチッとてのは擬音語か擬態語か? 昔は音が鳴ったんだろうけど。

送ったぜえええい。

一週間悩んだ数学の問題が解けた瞬間のような達成感に浸って、俺は即寝落ちした。

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