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第1話 X

君は知っているか。

この世界には、陽キャ・陰キャという二項対立を超えた、「虚キャ」が存在することを。

彼らは、あたかも正の数でも負の数でもない虚数のように、はるか別の次元から俗世を見下ろしているという。

二乗しないと陰キャにすらなれない彼らは、今日も世界のどこかでひっそりと生きている。


とか、誰にも向けていない下らん口上を考えてしまうくらい、授業中は暇である。

ここで場合分けをする。

(1) 数学の授業の場合

もう全部知っている内容であるがために暇だ。

(2) 数学以外の理系科目の授業の場合

まあまあ知ってる内容だが、ノートを取っているだけで頭が全然働かないので暇だ。

(3) 文系科目の授業の場合

聞き流すので暇だ。

以上により、すべての授業において俺は暇であることが証明された。■

ちなみに今は国語の授業なので(3)に該当する。

若い男性教師は教科書を音読し、ほどよく涼しい秋の日の、昼食後の五時間目という時間帯も相まって、クラスの睡眠率は33.33333...%を誇っていた。厳密に数えて算出した数字だ。

俺は暇を持て余し、仕方なく教科書に書かれた小説の抜粋に目を落とす。誰かと誰かがいて、何かが起こっているらしい。だが、俺には関係のない話だ。すぐに目を上げる。

目を上げた拍子に、うっかりあの女子の後ろ姿を視界に入れてしまう。

蛍光灯を反射してわずかに白味を帯びた三束の黒髪が互いを乗り越えた組み紐。俗に言う三編み。数式にすれば(σ_1 σ_2^(-1))^m (mは整数)。

とたんに心拍数が上がり、呼吸が浅くなる。周囲に気取られないように抑えるのに苦労する。

静海しずみ永遠とわ。クラスの女子だ。

休み時間はずっと一人で本を読んでいるあたり、いわゆる文学少女というカテゴリー(圏ではなく)に属するのだろう。

困ったことに、どうやら俺は、彼女のことが気になっているらしかった。

「好き」の厳密な定義はネットをいくら探しても見つからなかったためあくまで推測だが、もしかしたら、恋愛感情なのかもしれない。ただ、彼女の三編みの数学的美しさに惹かれているのかもしれず、それらの間に厳密な区別がつくのかどうかも不明だ。

春にこの高校に入学してから半年が経つが、未だに彼女と話したことはない。それどころか、クラスの人間のほとんどと会話したことはなかった。授業や行事でのグループ(群ではなく)作業のために最低限の事務的な会話をしたのみで、それ以外の情報を授受は皆無だ。

休み時間に俺が何をしているかと言えば、数学のことを考えている。素数とか方程式とかグラフ理論とか、虚数とか虚数とか虚数とか、昨日見た問題の解き方とか。ずっとノートに向かって怪しげな記号や文字や落書きを書きこんでいるので、誰も話しかけてこない。俺の虚キャたるゆえんである。なお、それってただの陰キャじゃねというツッコミは受け付けない。俺のアイデンティティ(恒等式でもなければ単位元でもない)を壊すなかれ。

こんな性格なので、当然ながら自分から女子に話しかけに行くような真似はできない。きっとこれからも、彼女と話すという事象が発生する日はないだろう。

暇すぎて、国語ノートに目を落とす。板書という作業、という以前に文字を書く作業が苦手すぎて、ノートはほとんど白紙だ。なあに、どうせ板書したところで、暗号化されて俺自身も解読できなくなる。たとえRSA暗号が解読される日が来ても、俺の手書き文字は無事だろう。機密情報系のお仕事待ってます。あ、復号できないなら意味ないか。

もう、国語ノートでも構わず、数式を書いていいことにしよう。

さっきから頭の片隅で渦巻いていた数式を、俺はノートに叩きつけることにした。

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