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血塗られた仮面とモグラの過去

  羽澄はモグラから手を離し、足元の写真を拾い上げた。


 男のことばかりに気をとられ、思えば、仮面自体をちゃんと観察したのは初めてかもしれなかった。


『この仮面は……っ、ワシの祖国で古より伝わる、神獣シンジュウの仮面よ』


 ――神獣の仮面。


 言われてみれば、この顔は独特の雰囲気を持ち、そこはかとなく民族文化の香が漂っている。


 それに、モグラの顔の雰囲気は日本人のそれとは違う。神獣の仮面が本当にモグラの国のモノなら、仮面の男もきっと国を同じくする人間だ。


 羽澄は視線を横に滑らせモグラを見る。


「神獣とはなんだ?」


「神獣は、我々の国の人間が信仰する神の化身だ」


「へえ……? じゃあ、この男のように、模った仮面を付ける風習はあるか? 付けることに意味は? 奴の目的を知る手がかりが欲しい」


 羽澄が写真を前に出して訊けば、モグラは少し黙ってから静かに口を開く。


「……実は、この写真の仮面を見た時に驚いた。神獣の仮面は、ある一族の為に、その昔初代国王陛下が贈った物で、その一族だけが付けることを許されていた。……だが、その一族は、今となってはこの世には居ない。――何故なら、その一族は……陛下に刃を向けた罪で、一人残らず皆死んだからだ」


「「えっ……!?」」


 羽澄と坂巻は驚きのあまり、声を出すことも出来ないまま、ゆっくりと互いを見やる。


 モグラは二人の反応を見ながら、なおも静かな口調で言葉を続ける。


「だから、もし……、写真の男が一族の生き残りなら、とんでもないことだ。その一族は人々から『神の子』と呼ばれ、生まれ持って名前に違わぬ強大な力を備えていた。それは、どの種族をも凌ぐと恐れられるほどで、仮にもし……、奴の目的が復讐などということなら……っ、再び、王国は血に染まる……。いや、国が滅亡することもありえる」


「滅亡だと……?」


「そんなこと……っ」


 人間兵器じゃないんだ。『あるわけがない』と、二人はモグラの言葉を一蹴しようとするが、彼はすっかり酔いも醒めたしっかりした顔つきでこちらを見る。


「出来ない、そう思うか……?」


「「…………っ」」


 言葉が出なかった。跳ね返したいのに、モグラの目は反論を言わせないほど強い。


 見たか、聞いたか、いずれにせよ、彼の目は何かを知っている目だった。


 羽澄は取り敢えず、話を合わせることにし、浮かんだ疑問をぶつける。


「……復讐なのか? 先に刃を向けたのは、その神の子って一族なんだろう? そもそも、反逆を企てた理由は……?」


「誰も知らない。……実行した人間はその場で殺され、残った者達は何も知らなかったという。真相は闇の中だ」


「……はあ。それはまた……巻き込まれて死んだ奴らはさぞ無念だろうな」


 すっきりしない返答を前に、羽澄は頭を掻きながら、苦々しく息を吐くしかなかった。


 そんななか、モグラが羽澄と坂巻を見て訊ねる。


「一つ訊きたいことがある。あんたら、この男を捜していると言ったな。何故だ?」


「十一年前と七年前、更に今月、三人の人間が失踪した。一人を除き、いずれも手掛かりはこの仮面の男だ。この男が何らかの事情を知っているか、攫った犯人の可能性が高い。実際に、この仮面を付けた男が被害者を攫っていくのを見た身内もいる」


 話をする羽澄をみるモグラの瞳が動揺で揺れる。


「人さらい……?」


「そうだ。被害者の中には俺の友人親子もいるのもあって、俺達は独自で捜査を続けていた。ただの誘拐事件じゃない線が濃くなったんで、今回お前のことを紹介してもらったんだが、まさか、奴とお前に接点があるとはな。……確かに、奴も得体の知れねえ力を持っている……言われたら頷ける。やっぱ、お前に会いに来て良かった」


「得体のしれない力……?」


「ああ。仮面の男を目撃した身内が言うには、男は……黄色い光の中に消えていったって言うんだ。俺らには到底信じられない話だが、お前何かわかるか……?」


 羽澄の話にモグラの肩がビクッと跳ねた。そして、黙ったかと思ったら、すっかり顔色を失くして小刻みに身体を震わせる。


「モグラ……?」


 突然のことに、羽澄と坂巻は困惑する。


 どうしたというのか?


 暫く沈黙が続き、羽澄と坂巻は何が何だかわからないもまま、黙ってモグラが再び口を開くまで待つことに決めた。


 その後、どれくらいか時が経ったころ、突然、静かな口調でモグラが重い口を開いた。


「……恐らくだが、その黄色い光は【転移魔法】のことだ」


「転移……魔法……? ま、魔法って……お前」


 いざそうはっきり口にされるとたじろいでしまう。しかし、モグラは羽澄の言葉を跳ねのける勢いで、こちらをぎょろっとした目で見上げながら訴える。


「ワシは……、知っている……っ!! その光を、この身をもって体験したんだ……っ!!」


「え……体験したって、まさか……モグラっ……お前……?」


 痩せた輪郭のせいでその大きな目玉が異様な迫力を纏う。羽澄と坂巻は思わずごくりと喉を鳴らす。直後、モグラは衝撃の一言を放った。


「――そう、このワシも……連れ去られた人間の一人というわけだ」





「どういうことだ……? 何でっ、その、お前は……一体誰に連れ去られたんだ……?」


「ワシはっ……。あの二人が何者かは分からない。……だが、奴らは間違いなく、ワシと同じ国の、魔法が扱える人間だ」


 そう言って、モグラは俯き姿勢で、思い出したことにより怒りを沸々とさせているのか、声を低くしながら過去を語り始めた。



 モグラは、とある島で妻に先立たれ、娘と二人暮らしをしていた。ある日、詰まらないことで喧嘩になり、娘は家を飛び出した。いずれ帰ってくるだろうと思って夕刻まで放置していたが、なかなか戻って来ないので、モグラは娘を捜しに出た。


 辿り着いた先は、国のいたるところにある森だ。森は精霊が住む聖域で、大きなエネルギーが集まる場所。精霊は住処を穢されることを嫌うため、昔から邪な心を以て近づく者、特に大人には容赦なく、無垢な子供には寛容だと言い伝えられてきた。モグラの娘も何度か足を踏み入れていた形跡があり、モグラは居るとしたらここだと踏んでいた。


 しかし、モグラは森へ近づくと異変に気付き咄嗟に姿を隠した。目深にマントのフードを被り、人目を避けるように動く二人組を森の入り口付近で見つけたのだ。後ろ姿だったが、シルエットから推測するに男と女だった。


 見るからに怪しいと思った。途端、嫌な予感がした。この二人は、何か良からぬことを企んでいるのではないのかと。


 それでも、二人が何者かもわからない状況で、娘も見つかっていないのに一人動くべきか悩んだ。考えた末、誰かを呼んで戻ってくることを決めた。


 幸い、二人はモグラには気づいておらず、距離も十分に離れている。これなら大丈夫だ。


 モグラはゆっくりと気配を消しながら後退った。その時、パキっと小さい音が足元でする。視線を下げると二つに割れた小枝を見付けた。


 でも、この距離だ。こんな小さい音を拾えるわけはない。モグラはそう思ったが、再び顔を上げたモグラは目を疑った。


 男の方がこちらを確かに見ているのだ。


「――――――っ!?」


 男の様子に気付き、女もこちらを気にし始めた。二人は何やら話し始めた。


 そして、何かを唱え始めた。呪文だった。


 何をする気だ……?


 モグラは怖々見ていた。すると、直ぐに辺り一帯が黄色い光に包まれる。その光は、離れている筈のモグラのところまで広がった。


「何だコレ……っ!?」


『ごめんなさい。私達は今どうしても、見つかるわけにはいかないの……っ』


「え……?」


 驚いて辺りをキョロキョロ見回しているモグラの頭の中に直接訴えるように、どこからともなく声が聴こえてきた。悲し気な女の声。


 モグラはハッとした。


 顔を、あの二人組の方へ向ける。案の定、女の方がこちらを見ていた。彼女の方は眉が下がり声のように切なそうに見えたが、男は獣が威嚇するときのような目で自分を鋭く見ていた。明確な敵意を感じた。


「ちょっ、待ってくれ……、誤解だ……っ! 俺は、あんた達のことなんてどうでもいい! 娘を捜しに来たんだ! 頼む、見逃してくれよ!!」


 モグラはその場で崩れるように土下座のポーズをとると一心不乱に謝罪を口にしながら訴えた。


 だが、残酷にも光の濃度は濃くなっていき気付けばモグラの全身を包み込んでいた。


「えっ……え!? わっ、嫌だ。止めろ、俺はっ……、娘と離れるわけにはいかねえんだ!! 止めろよー……っ!!」


 モグラは暴れながら泣き叫ぶが、彼の意に反し輝きを増した光は、とうとうモグラの身体を消し去った。


 それとほぼ同時に辺り一帯を包んでいた光も消え、二人組も姿を消していた。まるで何事もなかったかのように、森は再び静けさを取り戻す。


 その後、モグラが再び目覚めたときに居たのは、精霊の森ではなく、見たこともない建物の建ち並ぶ場所。更にそこでは、異人種が闊歩し、聞き馴染の無い言葉と音がまるで押し寄せてくるように耳を劈く。恐ろしい状況に、モグラは動けないまま全身を震わせていた。

















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