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地下街のモグラ

「――どうした、神妙な顔して」


 庁内の自販機の前でコーヒー片手に固まる羽澄はすみに、課長の東が隣に並び立つと同じようにコーヒーを買いながら訊ねて来た。


「……課長」


「まあ、座れ」


 東は先に側にある長椅子に腰掛けると、空いている向かいの椅子を顎で示しながら羽澄を誘った。


 羽澄は一瞬ためらう表情を見せるが、気になるような態度を表に出してしまったのは自分だから仕方がなかった。


「……失礼します」


 大人しく対面に座ると、東はさっそく表情の理由を言い当てた。


久喜ひさきの嫁さんか」


「……はい。先日様子を見に行ったら、随分窶れていました……。食事が喉を通らないみたいで……っ。このままじゃ倒れちまう……」


 羽澄はすみはそう打ち明けながらコーヒー缶を握る手の力を強くし、空いた手で握った拳を自分の額へ悩まし気に押し当てる。


「……まあな、旦那に次いで息子まで消えたとなっちゃ……普通で居る方が無理な話だろう。でも……お前だってよくやっている。あまり自分を追い込むなよ? お前まで参っちまったら、それこそ彼女にとっての唯一の希望は絶たれるんだからな」


「……はい。解かっています」


 口ではそう言うものの、表情には迫りくるものがあり、東は羽澄の心の内を疑った。


「……そういえばお前、坂巻と11年前の事件の関係者と会った件、俺に報告未だだったろう。どうだった?」


「……はい。彼、今は姫川へ姓を変えて、叔父夫婦と暮らしていました。ただ……」


「何だ? もしかして叔父夫婦とうまくいってないのか?」


「いえっ……! そうじゃありません。叔母は優しそうな女性で、彼とは良好な関係のようでした。そうではなくて……」


 先週、確かに羽澄はすみと坂巻は、11年前に『神隠し』によっていなくなったとされていた青年・鳴に会った。


 彼はあの日、事件の真相を話してくれた。まず、事件の被害者で今尚行方が分からない彼の兄弟は、実は真莉沙という名の少女であり、双子の姉であること。そして、仮面の男はどうやら【男児】を狙っていたこと。最後に、男と少女は光の中へ消えて忽然と居なくなったということだ。


 姫川鳴はファンタジー要素のある物語が好きで、少々(どころではないが)妄想癖があるようだが、彼の聞かせてくれた話に嘘偽りがあるようには思えなかった。――しかし、何処からともなく現れ、謎の光に包まれ消え去った仮面の男の話は俄かには信じ難く、話を聞けば聞く程、仮面の男の存在がぼやけていくように思えた。


 報告しなかったのは、正直にすべてを伝えた結果全否定され、最悪仮面の男の存在すら無かったことになるかもしれない事態をどうにか避けたかったからだ。


 出口の見えないトンネルをずっと走り続けるのはとても辛く、想像を絶するほど恐ろしい。


 ずっと厳しい表情のまま口を閉ざしていると、未だ何も言っていないにも関わらず東がある物を手渡してきた。


「青柳、此処へ行ってみろ」


「え……?」


 それは大学ノートの端を破りとったもので、何処かの住所が書かれていた。


「昔……お前は俺に、どうしてそんなに情報を入手するのが早いのかって聞いたことあったよな」

 

「ああ……はい」


 戸惑いながらも東の言葉に反射的に頷く。


 もっと羽澄はすみ達が若かりし頃、現場で東は『早耳の東』と言われ有名だった。どこから仕入れて来るのかも、ルートや相手は不明だが、兎に角事件に関する情報を掴むのが群を抜いて早かったからだ。


 だから、率直な疑問として自分は投げかけた。当時の答えは確か、経験からくる勘だったと思う。


「……実は、俺には優秀で頼りになる協力者が居たんだ」


「協力者……? 情報屋ですか……?」


「まあな。奴は、俺に『自分は遙かかなた先まで見通すことが出来る。だから、正確に、まるで見て来たかのように伝えられる』と言っていた」


「えっ……」


 羽澄は信じられないという表情で東を見返すのが精一杯だった。東は、そんな羽澄に眉を下げて笑ってみせる。


「驚くだろう? ……だから、俺はあの日正直に教えなかった」


「課長……」


「聞いておいてなんだが、実は青年の話……坂巻から報告を受けていて知っていたんだ」


「え……っ、坂巻が……?」


 更に驚く羽澄(はすみ)に東は頷く。そして、あいつはあいつで、お前の為に何が出来るか考えたんだろうと言った。


「内容が内容だからな。若手の自分が言う方がいいと思ったらしい。それに、あいつも何処からか、俺のかつての通り名を聞いていたらしくてな」


「……そうですか」


「俺にも、奴の言葉が本当か、仕業のカラクリは分からん。だが、どんな時も奴のくれる情報に狂いはなく、幾度となく救われた。お前達がもしも奴に会う気があるのなら、俺から話は通しておく」


「ありがとうございます」


 羽澄は、東の前に立ち上って深々と頭を下げた。


 出口の見えないトンネルの中に、一筋の希望の光が射しこんだ気がした。



 その翌日、羽澄はすみは坂巻と共に東が紹介してくれた男に会いに向かった。


「……本当に、こんな場所に居るんです? 仮にも、課長の情報提供者だった男ですよ?」


「居てくれなきゃ困る。……それにだ、此処は、男の名に打って付けの場所だと思わないか?」


 真っ直ぐ伸びる通路の死角になる場所。角を曲がった先にそれはあった。


『ここから先、関係者以外立ち入り禁止』


 扉の前に堂々と貼り出されたそれを前に不安が拭えない坂巻を気にしつつ、羽澄はジャケットのポケットから例のメモを取り出し最終確認を行う。


「此処だ。間違いない」


「マジですか……!?」


「よし、行くぞ」


「ああもうっ……解かりました!」


 半ばやけになりながら、坂巻は羽澄はすみの後に続いて扉の向こうへ足を踏み入れた。




 ――地下街。そこは光と陰が隣り合う場所。


表向きは、ちょっとした定食屋や小物売り商店が通路の両脇に建ち並んでいて一見普通のようだが、張り紙扉の向こう側、つまり彼らがたった今踏み込んだこの先はまるで違う。


此処は、様々な事情により社会から離反し、逃げ隠れるように暮らす者達で造られた第二の都市――通称【アナグラ】


警察関係者の間では言わずと知れた名所だった。


だからこそ此処の住人たちは、見るからに警察はたまたヤクザかといういで立ちの二人を目にすると、途端に背を向ける(ただ単に羽澄の顔が怖いだけかもしれないが)。


しかし、安心すればいい。今日はお前らにはこれっぽっちも興味はない。そう羽澄は心の中で呟いた。


 やがて奥へ進んだ二人は、光の届かないような暗い一角の手前で足を止める。携帯のライトを照らしてみると、部屋の奥に薄らと人影が見えた。


「‘‘モグラ”か」


 呼びかけてみると、酷くしゃがれた声が返ってくる。


「……おお、如何にも。あんたらがあの人が言っていた客人かい。けけっ」


「警視庁の青柳と坂巻だ。入ってもいいか?」


「ああ、入んな入んな」


 手招くように誘われ入ると、カランという音が足元から聴こえた。


 携帯を照らすと、音の正体が分かった。空になった酒瓶だ。


「……こんな朝っぱらから飲んでんのかよ」


「へへっ」


 坂巻のあからさまな言葉にも、相手は陽気に笑ってみせる。既に酔っているのかもしれない。


 羽澄(はすみ)は携帯のライトを足元からゆっくりと声がする方へ持ち上げた。


「う……こりゃ、眩しくていけねえ」


 そう言って顔の前に手をやるのは、小柄で骨と皮のような体型の白髪頭の男性。年齢は七〇代後半から八〇代前半といったところ。


 この男が、東の馴染の情報屋:モグラ。


 羽澄は、逸る気持ちをぐっと抑えながら、写真を突き出すとモグラに言った。


「モグラ、俺達はこの写真に写る仮面の男を捜している。お前の力で、この男の居場所を探し出して欲しい!」


 すると、モグラは写真を手に取り顔を近づけた。


 良く見えるように写真を明るく照らしてやりながらも、酔っぱらいの虚ろな目で大丈夫なのか?そう二人は心配していたが、対象を確認した瞬間、男の目は大きく見開かれた。


「この仮面は……っ!?」


「……おいモグラ、あんた、この仮面が何か知っているのか……っ!?」


 思いもしなかった反応につい熱くなりモグラの襟元を掴み上げると、モグラは顔を顰めながら言った。


「この仮面は……っ、ワシの祖国に古より伝わる、神獣の仮面よ」


「神獣の……仮面……?」


 羽澄はすみは、はらりと彼の手から床へ滑り落ちた写真を見下ろす。


 写真の中で、陶器で出来た、動物にも人間にも見える不気味な顔がこちらを真っ直ぐ見返していた。



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[一言] モグラさん、まさかあっちの世界の人!?
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