宿舎での再会
挨拶を終え、所属も決まったということで、青蘭はエバンに連れられ大地の騎士団の宿舎を訪れていた。
「セイランはゲドルク先生の家から通うことにはなっているが、時には泊まり込みでないと出来ない任務もあったりするからな、念のために、有事のときお前が使うことになる部屋も案内しておく」
「おう。ありがとな」
「ちなみに、部屋は俺と同じ部屋だ」
そう言いながら、先を歩くエバンが部屋の前で立ち止まる。
ふと見れば、扉横のネームプレートには彼の名前が刻まれていた。すると、その隣に、エバンが新しいネームプレートを引っ掛けた。いつの間に用意されたのかは分からないが、それには青蘭の名前が刻まれていた。
「ここが、お前と俺の部屋なのか?」
「ああ。入るぞ」
掛け声とともに鍵を開けて扉が開かれる。
大きな天窓付きの明るい部屋で、広さは十畳ほど。ベージュ色の壁の両サイドに、木製の机を間に挟む形で寝台が二つ並んでいる。それもなかなかの大きさで、これなら日々の訓練や任務に疲れて帰って来ても、しっかり身体を休めることができるだろうと思った。
それからは、エバンにここでの細かいルールや注意事項を教えてもらいながら、部屋のあちらこちらを歩いて見て回った。
現実世界でも寮生活をしたことがない青蘭にとって、それは何だかとても新鮮な光景だったのだ。
一通り室内を見終えた時にはいい時間になっていて、エバンが最後に団長と副団長に挨拶だけして帰ろうと言うので部屋を出た。
だが、タイミングが最悪だった。
「――あっ!! お前!?」
耳が痛くなるような大きな声を上げたのは、一番会いたくないあの男だった。
「ビンセント、やかましいぞ」
「うるさい……っ! 俺は、この男に一言言っておかねば気が済まんのだ!!」
エバンの制止を無視してネズミ顔の男はいきり立った声を上げる。
そう、部屋を出てすぐの廊下で遭遇したのは、あのビンセント・クラウドだった。
祝祭の日、矢を放とうとしたのを力技で止めたことにより彼は気絶し、医療班に運ばれて行った。そう言えば、先ほどの挨拶の場に居なかった気がしなくもないと、彼の頭の包帯を見て思った。
「生きてやがったか」
「当たり前だ!! ……だがっ……、あの日の恨み……忘れん!!」
「……何なんだよ、ったく……」
嫌々ながらも一応声を掛ければまたも声を荒げるので、鬱陶しくなって、青蘭は止めておけばよかったと後悔した。
「お前があの日恥をかかせてくれたお陰で俺は……っ、功績を残すどころか、あろうことか陛下の前で団長から叱責を受け、この通りの謹慎だ……!!」
「知るかよ……」
「ビンセント、言いがかりは止せ。あの日、あの場では民も大勢いて、警備隊長も武器を納めるよう命令を出していた。その最中で、お前は自ら矢を引いたんだろう!」
「……っ」
「それに、青蘭は今日からもうお前の仲間の一人だ。何が気に入らないか知らんが、変に突っかかるのは止せ。団の風紀を乱せば、それこそお前の望まない形になるぞ」
「……ん? 仲間って……どういうことだよ? その前に待て……っ、何でこの男が宿舎の中を歩いている!?」
今更ながらハッとするビンセントを、エバンと二人、青蘭は心底呆れながら見つめた。
そして、事の全てを聞かされたビンセントが驚嘆したのは言うまでもない。
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「ただいま帰りました」
エバンが馬を出してくれ共にゲドルクの元へ帰ると、彼とレドが笑顔で出迎えてくれた。
「お帰りセイラン」
「お帰りなさい」
二人にそう言われた時、妙に肩の力が抜けていくように安心した。自分の本来の家は別の世界にあるのだが、此処も、自分の帰るべき居場所になりつつあることを実感した瞬間だった。
「城は、騎士団はどうだった……?」
「はい。……驚くことばかりだったけど、エバンが一緒に居てくれるんで、この先もやっていけそうな気がします!」
「そうか、それなら良かった」
ゲドルクは青蘭越しにエバンを見てから、彼と視線を交わし微笑むと、改めて青蘭を見た。
「では、食事にしようか」
「はい」
その日の昼食は青蘭が此処へ来てから口にした好物ばかりが並んでいた。
温かく美味しい食事に、改めてゲドルクとレドの優しさを感じた。そして、温かい食事を前にして、青蘭は残してきた母親を想った。
元気にしているだろうか、食事は摂っているだろうかと……。
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青蘭が心配をしていた頃、彼の母親・紫華の元にはこの男が訪れていた。
「やあ、紫華さん」
「……青柳さん?」
普通だったら扉を開けてこの強面があると、借金取りの取り立てか何かだと思われることも少なくないが、羽澄の顔を飽きるほど見てきた彼女が驚くことはない。
しかし、ドアから覗く紫華の顔は、青白く、羽澄が知る元気だったころと比べると随分窶れて見える。
「紫華さん……ちゃんと食べてるか……?」
「……何も喉が通らなくて」
「……俺がチンタラしているせいだよな、ごめんな」
「違います……っ。青柳さんは本当に……本当に、よくしてくれているもの。私がこんな身体なのがいけないの……! 大事な息子一人、自分の足で捜しにも行けない私が……」
「紫華さん……」
羽澄は彼女のか細い声が震えるのを聞くと、なんとも胸が潰れそうだった。