三人の隊長
「どういうことか聞かせて貰おうか。あれは一体何だ?」
ユリアスの責める視線が、重力でもかかっているように青蘭の両肩に圧し掛かる。普段強面の羽澄にすら恐れを知らない青蘭でも謝るのが精一杯だった。
「……すみません」
しかし、謝ったところでユリアスの追及の目からは逃れられなかった。
「答になっていない。俺は、理由を聞いたんだ」
「あの、団長……それはっ……」
「エバン、いいよ。俺が自分で話す」
代わりに話そうとしてくれたエバンを制し、青蘭はまっすぐユリアスを見つめると静かに切り出した。
「……簡単には信じて貰えないかもしれないですけど、俺がこの国に来たのは自分の意思ではなくて、元居た国で出逢ったある男によって連れてこられたからなんです。男は怪しい見た目の仮面を付けてたので顔は分からなかったけど、バグマン様に会ったとき、あの男に似たものを感じたんです」
「……ほう。つまり、その得体のしれない男がバグマン様だと。青蘭、お前はそう思っているということか?」
「可能性としては、なくはないかと」
青蘭が頷きながら答えると、ユリアスが黙り込み、暫くその場に静寂の時が訪れた。
待っている時間がもどかしい青蘭がユリアスとアレンを盗み見ると、二人は何やら考えているような顔つきで、ユリアスは足元を、アレンは天井を見ていた。
「――無いな。あの方はまず関係ないだろう」
「何故そう言い切るんですか?」
「クローリー・バグマン様はこの国で千年に一人と謳われる稀代の大魔導士。いわば人間国宝とされるお方であるからだ。そんな方が、国を一日でも空けるようなことがあれば大騒ぎになり、我々が知らないはずなどあり得ない。何より先ず、シルバ陛下がお許しにならないのだからな」
「……そうですか」
内心では未だ納得しきれていない部分はあるが、そこに固執して疑ってかかってもどうしようもない。
青蘭はユリアスをじっと見た後、彼の前に頭を下げた。
「答えて下さってありがとうございます。……それと、勝手な真似をしてすみませんでした」
ユリアスは青蘭の態度に一度目を瞠ったあと、ため息交じ交じりに口元に小さく笑みを浮かべた。
「今日は何も知らない新人の粗相として目を瞑ってやるが、またもし俺の目の届くところで勝手な真似をしたら、次回からは団のルールに則って、然るべき罰を下すからな」
「はい……!」
「よし、じゃあそろそろ行くぞ。お前のことは他の奴らも首を長くして待っているはずだ」
顔を上げた青蘭にそう言うと、ユリアスはマントを翻しながら先を歩き始める。すると副団長のアレンがすぐさま無駄のない動きで続く。青蘭とエバンも一度顔を見合わせると二人の後に続いた。
♦
その頃、大地の騎士団本部では、待機中の隊長達によってこんな会話が繰り広げられていた。
「――なあ、今日って新人君が来るんだろう?」
「そうだ。例の漆黒の髪に夜空の瞳を持った青年さ。まるで幻遊鳥のような姿。異国の人間って、なんて珍しく美しいものを持っているんだろうね」
「……俺は見た目なんてどうだっていいけどよ、そいつだろう? 団長とシリウス卿に見初められたっていう、異色の出世コース君はよ」
「らしいね。しかも直々にあのアルゼール・セダルモートが迎えに行ったって話だからね」
「それマジか! あ~……っ、空の奴らの悔しがる顔見そびれたじゃねーか!!」
「……お前って、知ってたけど性格悪いよね」
「楽しそうに打ち明けるお前に言われたくねーよ!」
皆年齢は二〇代から三〇代そこそこ。
日々の過酷な任務と、血を吐くような厳しい訓練、そして幾度となく死線を越えて来た隊長たちとあって、その目付は鬼のように鋭く、揃いも揃って筋骨隆々。――……と言いたいところだが、彼らの中にそんな言葉が似合う人物はたった一人しかいなかった。
浅黒い肌にオレンジ系の茶髪の男。大地の騎士団第一隊長のジュードだ。ジュードは話しながら、時折自分の筋肉の動きを気にしては悦に入っている。
それを心底鬱陶しそうに見ているのは、ミルキー色のさらっとした髪を目元が隠れるほど伸ばした、気怠そうに背中を丸めている男。制服の生地を余らせるほどの細身ながら第二隊長であるミレイアだ。愛称はミア。
そして彼らの存在など既に視界から締め出して一人妄想に酔いしれているのは、銀髪を背中まで伸ばした人形のように色白で美麗な男、第三隊長のアルバート。
他にはあと二人。第四隊長と第五隊長が居るが、彼らはこの場には揃っていなかった。
「つーか、遅くねえか? 式だけならとっくに終わっていていい時間だろう。待ちくたびれたし、おいミア、ちょっと付き合えや」
首を鳴らしながら手招きするジュードに、ミアはあからさまに顔をしかめる。
「……え、嫌だし。折角着替えたのに、これからまた汗かきたくない」
「何だよ。……じゃあ、アルバ「わたしも遠慮する。君はやることが美しくないうえにしつこいからね。何より、男同士で顔を突き合わせて訓練だなんて、何の拷問だろうか。うっかり殺したくなる」
いつから聞いていたか、名前を呼び終えないうちにアルバートがこちらへ振り返って言い放つと、誰にも相手にされないジュードは怒りの籠った目で二人を睨み付けながら口端を持ち上げた。
「お前らなぁ……っ!」
すると、このタイミングで勢いよく本部の入り口の扉が開き、ユリアスとアレン、団員のエバン、そして最後に見知らぬ青年が入ってきた。
ジュード、ミア、アルバートは、さっきまでの会話が嘘のように無駄のない動きでその場に順に並び立つと、音がしそうな程綺麗に敬礼した。
ユリアス達はごく自然な見慣れた光景に表情を変えることはない。ただ一人、あの青年だけが気圧されたような、驚きと戸惑いが入り混じった表情でこちらを凝視している。
「……どうも。本日付で、こ、こちらに配属になりました……青蘭、です」
誰かにそう言えとでも言われたのか、口から紡がれたその言葉はぎこちなく、可笑しいったらなかった。
三人は暫し青年を観察する。髪は聞いたままの、目を奪われるほどに珍しく美しいまでの黒色。背はそこそこ高く、体格もどちらかといえばラインは細めだが、目視しただけでも必要な筋肉量はクリアしている。合格だろう。
何よりジュードは、彼の黒曜石の瞳からなる強い眼差しに、久しぶりに心が湧きたつのを感じた。