思わぬ再会
セダルモートたちの姿が完全に見えなくなると、ユリアスが青蘭の背中に向かって声を投げた。
「行こうか」
「あ、はい」
青蘭は振り返って前を歩き始めるユリアスとアレンを追う。
塔の出入り口を潜ると螺旋階段が下まで長く続いていた。階段を下りながら、青蘭は隣を歩くエバンを見る。彼もこちらに気付いて顔を向けるが、その視線は何か言いたげで心なしか怒っている気がする。
「エバン……、報せなくて驚かせたよな。悪い」
堪らず謝ると、向こうは複雑そうな表情を浮かべながら訊ねて来た。
「驚きはしたがお前の所為ではない。……ただ、本当に騎士になるのか?」
「ああ、ゲドルクさんが背中を押してくれた」
「ゲドルクさんが……?」
エバンは思ってもみなかったらしく、青蘭の答えに驚いている。確かに、自分も最初は、ゲドルクが勧めてくれるとは思いもしなかった。
彼の反応に笑みを零しながら、青蘭は安心させようと頷いて見せた。
「厳しい道のりかもしれないけどな、騎士になったほうが、元の国への帰り方が見つかる可能性が高いんじゃないかって。俺以上にどうすることが俺の為になるのか考えてくれたんだ」
「……なるほど。言われてみれば……それもそうか……」
「エバン?」
急に黙り込んでしまったエバンを不思議に思って顔を覗きこもうとした時、エバンの方から青蘭に振り向いた。
「俺はお前が騎士団に入ると聞いたとき、それにどんなメリットがあるとかよく考えもせず、父親の顔がチラついて真っ先に抗議した。……お前の心配をしているようで、実のところはあの人に反抗しているだけだったのかもしれん……。危うく、お前の目的を阻むところだった。俺の方こそ謝らなければ」
「え……っ、いや、それはきっと俺を心配してくれたんだろう? 大丈夫だって。俺自身、話を聞かされた時は簡単に断ろうとしたんだし! 寧ろありがとうな。色々心配してくれてさ。――それに結局、騎士になるって言っても、知り合いの好でお前の世話になるわけだし」
「そんなことは別に大したことじゃない。俺だってまだ半人前だ」
「いや、お前が居てくれるってだけですげえ心強いよ。エバン、これから改めてよろしく頼むな」
「ああ」
お互いのモヤモヤが晴れ一件落着したことで、二人の表情と間に流れる空気は穏やかなものへ変わった。その後暫く降り続けている間に階段も残すところ数段となった時、吹き抜けの先に見える、青絨毯の敷かれた廊下に何者かが立っているのを見付けた。
「誰だ……?」
「さあ」
青蘭とエバンはこっそり顔を見合わせた。
光が反射しているのか顔はよく見えない。背はそこまで高くはない、痩せ形の人物。シルエットでてっきり女性かと思ったが、螺旋階段を降りきり前へ進むにつれて漸くその顔が露わになると、青蘭は相手の顔を目にした瞬間咄嗟に大声を上げた。
「あ、お前!!」
毛先を遊ばせた桃色髪に、愛嬌のある華やかな容姿。茶色のAラインの制服に、両耳を飾る三日月形のピアス。特徴的なその姿は建国記念日に王城の広場で見覚えがあった。
「知り合いなのか?」
ユリアスが煩そうに顔を少し顰めながら後ろを振り返り訊ねた。
「はい。……少し、顔だけ」
青蘭は謝る代わりに口元を抑えながら小声で答えた。すると、相手も青蘭を見止めてにっこりと微笑んだ。
「やあ、いつかの鎗の名手君じゃないか」
「鎗の名手……?」
「あの時の君の鎗さばき、それは見事だったからね。また会えるなんて嬉しいよ! やっぱり君も国王陛下に恩……功績を認められたんだねぇ!」
「君も? ……ってことは、お前も騎士になるのか?」
青蘭が彼の言葉に今度こそ驚いたとき、桃色髪の青年は可笑しそうに首を横へ振った。
「いや、僕は騎士じゃなくてこっち。——宮廷魔導士だよ」
そう言って目の前で振って見せたのは、最初に出逢ったときも持っていた杖。確かに、彼は最初に会ったとき自分は魔導士だと言っていた。
「そうなのか……へえ」
「そう言う君は騎士になるんだね。勇敢な君には良く似合っていると思うよ」
「……どうも」
笑うたびに、やたらとキラキラしたものが彼のバックには見える気がして、青蘭は煩わし気に目を窄めながら苦々しく応えた。
「そう言えばお互い挨拶はまだだったね。僕の名はアイビス・ウィザリー。君は?」
「俺は青蘭だ」
「へえ~セイランか。珍しい響きをしているけれど良い名だ。よろしく」
「……よろしく」
アイビスが笑顔で差し出してきた手に戸惑いながら青蘭はそっと手を握った。
するとアイビスは今度、青蘭の隣に居るエバンに視線を移動させ柔和に微笑んだ。
「ところで、隣の美しい人は誰かな? セイラン、ぜひ僕に紹介してくれ」
「え? ああ……、俺のダチで、大地の騎士団のエバンだ」
「……エバン・シリウスだ」
少し警戒しながらエバンが名乗ると、何が気に障ったのか突然アイビスが眉を寄せた。
「エバン……?」
「何だ」
「エバンって男名じゃないか。……君って、え、待って、男!?」
声を上げるアイビスに今度はこちら側が驚く番だった。
エバンにいたっては顔を赤くし怒りに震えている。
「どう考えても男だろう!!」
「変な奴……。今度からはちゃんと首から下を見とけよな」
青蘭が憤慨しているエバンを横目に苦笑しながら言えば、彼は何の悪びれなくこう言う。
「ごめーん。僕、昔から美しいものが大好きでさ、一度見たら美しいその顔しか目に入らなくなっちゃうんだよね」
「「…………(阿保だ)」」
これには、言葉を失うほかなかった。
確かにエバンは容姿端麗というやつだと思うが、彼は日頃から騎士として鍛練をしているため、線は細いがそこそこ引き締まった筋肉のついた身体をしている。それに、王子フェイスに引っ張られがちだが、意外と口は悪い方だと青蘭は思う(個人的な意見)。
それを顔だけ見て口説こうとするのだから、青蘭は心の底からエバンに同情した。
そして暫くの間青蘭は、アイビスを一定の距離を保ちながら鋭く睨み続けるエバンと、「あれどうにかしてよ~」と縋りつくアイビスとの間で最悪な板挟みになったのだった。
♦
「——気が済むまで騒いだらそろそろおフザケは終わりにしてもらおうか」
緩み切った空気を剣で引き裂いたように一転させたのは、ユリアスが発した声の重低音と、真剣な表情だった。
「「「……すみません」」」
思わず三人して小さくなりながら返事をすると、ユリアスはやれやれと溜息を吐いて告げた。
「いいか、これより我々は王の間へ向かう」
「王の間……」
「言葉通り、そこには陛下が居らっしゃる。そこで就任の儀も執り行われることとなっている。解かっているとは思うが、儀式は大変神聖で厳かなものだ。くれぐれも先ほどの様に騒がず、無礼の無いように」
「「「はい」」」
ユリアスの迫力に、ここも三人はピシっと敬礼を交えて声を揃えた。ユリアスはその様子によろしいと一言。アレンはこちらに背を向けているが恐らく笑っていた。
それからは誰も喋らず音は立てず、静かに進んだ。
アーチ状の、天使が空の光の下に集まって行くような神秘的な天井絵が描かれた廊下を渡り終えると、やがて背が高く重厚な両開きの装飾扉の前に立った。白銀と言えばいいのか、どこか煌めいて見える扉の中心には左右揃いの金色で、こちらも上品な装飾が施されたドアノブがついている。
この扉の向こうに国王が居るのか……っ。
何だか急に背中を冷たい空気が駆け抜けていく気がして青蘭は珍しく手に汗を握った。
「——失礼致します。大地の騎士団団長ユリアス・グランツ、副団長アレン・エスバルト、エバン・シリウス。本日就任の儀を執り行う二名、セイランとアイビス・ウィザリーを連れて参りました」
扉の前でユリアスが真っ直ぐ通る声で告げると、ほどなくして内側から同じ速度でゆっくりと重く引きずる音を立てながら両扉が開かれた。
「——ご苦労であった。入るがいい」
扉の向こうから聞こえて来たのは、一つの重みのある渋い声。
誘われるまま他の者達と共に足を踏み入れると、真正面の真中に、背もたれが頭の先より高い豪華な造りの椅子に堂々と座ったシルバ・オルニワの姿が在った。