大地の騎士団 対面
「——ほら、もう直ぐそこだ」
セダルモートの声に顔を上げれば、城の北側にある塔の頂上が本当に目と鼻の先まで見えていた。
「……やっと、漸く着いたか」
無事に城へ到着した青蘭は、足が地面を捉えたのを確認すると身体の全身からかき集めたような、長く深い安堵の息を吐いた。
屋上も、片手で数えるほどしかないがアトラクションも、想定内の高所はこれまで恐怖を感じたことなどなかったが、今回に関しては思いのほか不安で、到着するまでは心臓の鼓動が煩く鳴り止まなかった。
飛獣の毛で覆われた身体は柔らかすぎず硬すぎない、まるで大きくなった犬の身体に乗っているような感覚で、乗り心地は問題なかったのだが、だんだん身体が浮き上がり、風を肌で感じながら足も空を蹴るような状態の自分を客観視した時、とんでもなく不安に陥った。
何度、セダルモートの背中に向かって落ちないのか、大丈夫かと確認したことか。
「……はぁ、生きて辿り着けた」
「よく堪えたな。でも、その様子じゃ天空騎士団に来るのは無理そうだな」
額に薄ら浮かんでいた緊張の汗を拭う背中に掛かった声に振り向けば、セダルモートが冗談を言って笑いながらこちらを見ていた。
「……みたいです」
「ダセ」
セダルモートに苦笑交じりに応えると声が聴こえた。振り向けば、言わずもがな声の主はスザクだった。
そんな気はしていたが、自分はこの男に嫌われているのだろうかと思っていると、副団長のレオンが側に寄って来て青蘭にそっと耳打ちした。
「気にしないでいい。あいつは、団長が他所の団に遣われたことに腹を立てている。八つ当たりだ」
「え……」
思わず振り返ると、セダルモートは苦微笑を浮かべるしかなかった。
そんななか、こちらに向かって幾つかの足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
「——無事に到着してなによりだ」
「……揃い踏みか」
セダルモートが苦々しく見ながら言う方を向けば、三人の人物が自分達の方へ歩いて来ていた。
一人は長身で濃い紫色の短髪に彫の深い端正な顔立ちの三〇代後半から四〇代前半の男性。二人目は青髪のサラサラの髪を肩まで伸ばした、二〇代後半くらいの涼しい眼をした男性。そして三人目は、銀髪に蒼眼の唯一青蘭も良く知る人物だった。
「エバン!?」
「……おう」
エバンが片手を上げると、それをチラッと見て、隣の背が高い紫髪の男性が一歩前に出ながら告げた。
「わたしは大地の騎士団団長ユリアス・グランツだ。右隣は副団長のアビス・オールディ。そして……この男は、言わずとも知っているな?」
「……はい」
ユリアスがエバンを見るのと一緒に頷いた。
まさか、彼も一緒と思わなかったため青蘭は驚いた。後からどう報告しようと考えていたから、その手間は省けたが。
ユリアスはエバンの肩に手を置いて青蘭を見ながら言う。
「騎士は基本的に二人一組だから、良く知るエバンを君のパートナーに一任した。もし今後困ったこと、分からないことがあれば何でも彼に訊くといい。ただ、君は一般の候補生と違って既に陛下から任命を受けているので、騎士の基礎訓練や修学については一定期間、わたしや副団長が交代で直接指導を行う」
「……よろしくお願いします」
それを聞いて青蘭はエバンを一瞥し、ユリアスとアビスに頭を下げた。
「——では、中へ急ごうか。陛下が首を長くして待っておられることだろう」
ユリアスがさっと踵を返して行ってしまいそうになるので、青蘭は慌てて呼び止めた。
「あ、あのっ」
「何だ?」
呼び声に振り返ったユリアスとアビスは不思議そうな顔をしている。
「……天空の騎士団の方たちは、一緒には行かないんでしょうか?」
「それはどういう意味だろう。……ああ、もしかして、我々が別組織だということを知らないのか」
ユリアスは青蘭の言葉の意味を自分なりに解釈しようとするが、青蘭が言いたいこととは違っていたので首を横に振る。
「あ、いや……それはこちらへ来る前に教えて貰いました! あの、そういう意味ではなく、天空の騎士団の方々は俺が自分の団に入るわけでもないのにわざわざ迎えに来てくださったわけですから……一緒に行ってもらう方がいいんじゃないかなって」
「……成程? 解らなくはないが……これはあくまでも、陛下からの命。つまり、彼らにとっては任務の一環に過ぎない。だから、それを大きい顔で報告するのは……彼らにとっても良い事とは思わないのだが」
そう言ってユリアスがみたのは、青蘭よりもずっと奥の、セダルモートだった。
すると、視線を受け取ったセダルモートはゆっくり口を開いた。
「……ああ、その通りだ。そういうことで、任務は無事に完遂したので、我々は戻らせてもらう。ただ、一つだけ、彼の後見人であるゲドルク様より言付かったことがあったので言わせていただく。——彼、セイランは宿舎ではなく、ゲドルク様の邸宅より通うことで騎士になることを了承する、とのことだ」
「……通いだと?」
やはり、これは前例のないことだったのかもしれない。ユリアスの目が見開かれ、セダルモートの後ろでスザクが、だから言わんこっちゃないという顔で額を抑えている。しかし、セダルモートは断固として譲らぬ姿勢で言い募った。
「それ以外は一切、応じないと。今回その条件を呑んだからこそ、こうして彼を連れてくること叶ったのだ。故に、これは決定事項だ。相談ではない」
「……解かった。では直ぐ、そのように届を用意させる」
「後で確認しに伺うよ」
「……俺を疑うつもりか?」
一瞬、ユリアスがセダルモートに対し火が点ったような強く鋭い視線を差し向けたが、彼はそれをまるで気のせいにするかのように微笑みを浮かべた。
「何を言う。何事も二重の確認は必要だろう。——独りで責任を背負いたいならば何も言わんが」
「……っ」
表情に加わり言葉を聞いたユリアスは、舌打ちしたいほどの怒りを懸命に堪える様子で拳を硬く握り絞める。周辺の空気は恐ろしい程凍り付いていた。
しかし、一足先にセダルモートが動き出したことで空気は無理矢理破られた。彼は、飛獣に再び飛び乗ると、レオンとスザクへ声を投げる。
「——お前達、行こう」
「「はい」」
声に従いレオンとスザクが素早く続くのを見て、今にも飛び立ちそうに思った青蘭は、慌ててセダルモートへ駆け寄る。
「あの……!!」
「どうした?」
手綱を握り絞める手が青蘭の声に反応し、動きを止める。身体ごと捻って向き直ってくれるセダルモートに、青蘭は深く頭を下げた。
「えっと、お世話になりました……!」
すると、セダルモートの纏う空気が和らいだ。笑みが引き結んだものではなく、皺を作って深くなる。
「礼は不要だ。ゲドルク様と再びお会いすることが出来た。それだけでわたしは、心から、今日君を迎えに行って良かったと思っている」
「俺も、貴方のような人と知り合えて良かったです。……また会えるんでしょうか?」
「あの方から君のことを頼まれているからな、会えるとも。……ただ、直ぐともいかないだろうから、これだけ君に言っておこう」
「え……?」
何だろうと思っていると、セダルモートは身を乗り出し、青蘭の肩に手を置くと、二人しか聞こえない声で耳打ちした。
「あちらの団長が言っていることは正しいが、君がああ言ってくれたことは嬉しかった。——君は、どうかそのままで居て欲しい」
「セダルモートさん……」
「ああ、そうだ。君も騎士になるのなら、偉そうにするつもりは別に無いが、これからは団長と呼ぶように?」
「あ……っ、そうっすよね。すみませんでした……っ!」
言われてハッとした青蘭が頭を下げると、セダルモートは揶揄うように歯を見せた。けれど、お陰で青蘭の心が緩んだ。そして、今度は少し声を張って、激励の言葉をくれたのだった。
「――じゃあまたな。最初は慣れないことだらけで辛いかもしれんが、頑張れよ! 君には期待している!」
「はい!」
青蘭が確かな返事をすると、セダルモートは笑みを浮かべ、今度こそ風に乗りながら飛び立って行った。