エバンの申し出
「一体、どういうことですか!?」
青蘭が大地の騎士団へ入団するという一報を耳にしたエバンが飛び込んだ先は、大地の騎士団団長ユリアス・グランツの執務室だった。
大きな音とその勢いに、たまたま書類にサインを貰う用があり、既に部屋を訪れていた副団長のアビス・エスバルトは目を剥いた。
「シリウス……っ?」
チラリと視線を投げてみるが、ユリアスは動じる素振りなく目は書面の文字を追い、手は動きを止めることなくペンをさらさらと走らせている。
様子を黙って見守っていると、やがてユリアスが淡々とした口調でエバンに問いかけた。
「——どういうこと、とは?」
「どうして、勝手にあいつを騎士団へ引き入れたりしたんですか!」
「勝手に……? お前にいちいち許可をとらないといけない相手だったのか?」
「そ、そういうわけじゃ……っ。――でも、知っていたんですよね。あいつと俺が知り合いだと」
そう言えば、ユリアスは初めて手を止めたかと思うと、腕を組みながらエバンを見据えた。
「知っていたらなんだ。お前に人事権があったわけでもない。ましてや、意見を言える立場でもない一団員が、あろうことか陛下がお決めになったことに口を出すのか? それに、今朝方は総長室まで異議申し立てに向かったそうじゃないか。お陰で、わたしが呼びつけられる羽目になった」
「……それについては申し訳ありません。ですが、そもそも陛下が任命されたのはウチの父と貴方の進言があったからでしょう!」
「そうだとして、何がいけないのだ? お父君とわたしはこれでも彼の適性を見込んで進言したつもりだ。君が彼の親しい友人ならば、ここは腹を立てずに共に喜ぶべきじゃないか」
その言葉に、エバンの目に険しさが宿る。
「確かにわたしにとって大切な友人ですが、あいつには特別な事情があって、騎士なんてしている場合ではないのです!」
「ほう……? けど、今し方、大地の騎士団より連絡が入ったぞ。彼はウチに入ることを受諾したと。あちらの団長と共に既に向かって来ているらしい」
「な……っ」
今聞いた言葉が信じられないという顔のエバンに、ユリアスは不適に微笑みを返す。
「本人が決めたならもう文句は無いな?」
しかし、エバンは納得がいかなかったのか、眉を上げながら低く吐き捨てた。
「あなた達がそう差し向けていないのであれば」
その瞬間、側で聞いていたアビスの目がカッと見開かれた。
「——無礼だぞ!!」
横から突如鋭い声が飛んできたことで、この時初めてエバンは、自分以外にも部屋に人が居たことに気が付いた。
「あ、アビス副団長……っ!?」
驚いているエバンの顔に、アビスの眉が呆れたようにハの字で下がった。
「俺に気付きもしていなかったとは。頭に血が上って視野が狭まっている証拠だな」
「……はい。申し訳ありません……っ!!」
エバンが深々と頭を下げるが、アビスは表情冷ややかなまま言い募った。
「先に頭を下げる相手が違うのではないか?」
それが誰を指す言葉なのかは言うまでもなかった。
「……騎士団長」
エバンはアビスの非難を受けて謝罪の言葉を口にしようとしたが、言う前にユリアスがそれを制した。
「いい。俺もお前を煽った自覚はある」
「……あの、厚かましいとは承知で、一つお願いがあるのですが」
「何だ?」
「どうしても取り消して貰えないのであれば、あいつの二人一組の相手は、俺……わたしに、一任していただきたいのです」
エバンは罵倒される覚悟で、今思いつく限りで一番、今後の危機回避となるだろう対策に打って出た。
予想通り、側で再びアビスから冷ややかな視線を向けられているのを感じながらも、こればかりは譲れないエバンはしぶとくユリアスを真っ直ぐ見続けた。
「……なるほど。まあ確かに、気心知れた者の方がいいだろうな。——解かった」
「ありがとうございます!」
自信は無かったが、エバンはユリアスの返事を聞くなり安心したように打って変わって笑顔になった。
その顔を見て、ユリアスは内心やれやれと苦笑交じりに息吐きたくなるところだったが、そのタイミングで部屋に他の団員がやって来たことで空気が緩むことはなかった。
「——失礼します。団長、天空の騎士団が城に帰還したとの報せが入りました」
「解かった。直ぐ向かう」
ユリアスは報告してきた団員に即答し、次にエバンへ視線を移した。
「一応聞こうか。一緒に来るか? お前の相棒を迎えに」
「はい」
エバンが確りと頷いて答えると、ユリアスは薄い笑みを浮かべ椅子から立ち上がり、上着を羽織ると部屋を先に出て行った。その後に続いたアビスは、背後のエバンをチラッと見た後、ユリアスの背中を追いながら複雑な表情をしていた。