再び王城へ
『君を、大地の白騎士団へ迎え入れる為に』
セダルモートの言葉が頭の中を駆け抜ける。
「お……俺が騎士!?」
「そうだ。君は、建国記念日の日に、国王陛下たちをお守りするのに一役買ったそうじゃないか。その功績を陛下がお認めになり、この度正式に陛下直々の騎士に任命する書状が発行された」
「……任命」
「そんな、凄いですね……セイランさん!」
「え? ……そんなすげーことなの?」
驚きの声を上げるレドを振り返ると、レドはコクコクと頷いたあと、滅多にないですよと小声で教えてくれた。
でも、普段からエバンを見ている青蘭としては、自分が騎士に適しているとはとても思えなかった。何より、弟子になったばかりなため、ゲドルクの反応が気にかかった。
それはセダルモートも同じらしく、当人の青蘭よりも、ゲドルクの様子を伺っているような目線を投げかけながらこう告げてきた。
「……ただ、君が入団するのはウチではなく、大地の騎士団なんだ。君も良く知るエバン・シリウスが所属する団だ」
「え、エバンの?」
「ああ。なんでも……君に騎士の適正を見出したのが、大地の騎士団団長ユリアス・グランツと彼のお父上であるシリウス卿らしくてね」
セダルモートの言葉に、青蘭よりも早く反応を示したのはゲドルクだった。
「それは本当ですか?」
「……はい。聞くところによれば、陛下にその場で直に進言していたとか」
硬い表情でセダルモートが頷くと、ゲドルクは何かを考えるように黙り込んだ後、暫くして口を開いた。
「……成程、それなら、わざわざ貴方が遣わされたのにも納得がいく。この厄介者の老人を説き伏せて来いというわけか」
「ダンテ様……申し訳ありません。ですが、わたしは決して、言われるままあなたを説得するためだけに訪れたわけではないのです。個人的に、あなたが‘新たに希望を見出した者’がどんな人物か、この目でみてみたかったのです」
「構わないよ。あなたも辛いお立場だということは承知している。逆に、今日ここへ、セイランを迎えに来たのがあなたで良かった」
「ダンテ様……」
二人はお互いにしか分からない心の内で何かを語り合うように視線を交わした。
それから暫くしてゲドルクが青蘭を見てこう聞いた。
「セイランどう思う?」
「え? 俺が決めて良いんですか……? でも、俺、ゲドルクさんの弟子になったばかりなのに……! 第一俺に騎士なんて……っ!」
青蘭がゲドルクに驚いた顔を見せると、彼は口元に笑みを浮かべて応えた。
「心配しなくとも、騎士になったからと言って破門はしない。——騎士は厳しい訓練と過酷な任務が課せられるが、その分ほかの職種に就くよりは高賃金で待遇もいい。中でも王立騎士団ならば、支援物資や装備が行き届いているから不自由もない。見習いから始めるとしても、セイランの場合は陛下のお墨付きもあることだし、恐らく環境は申し分ないだろう。……誤解をしないでほしいが、私を手伝ってくれるのはとても助かっている。けれどね、ずっとこの暮らしを続ければ、君の貴重な時間を、何の進展もないままいたずらに削ってしまうことにならないかと危惧しているんだ」
「ゲドルクさん……」
「騎士は任務を与えられればどこへでも行く。それは逆も然りで、各方々から選りすぐりの魔導士や人材が集まってもくる。いわば城と騎士の二つが合わされば情報の宝庫だ。以前も話したが、仮面の男の手がかりを得られる可能性も大いに高いだろう」
その言葉に青蘭はハッとさせられた。ゲドルクには青蘭の想いは充分伝わっているのだ。
考えればわかることだった。弟子入りを受け入れてくれた彼が、何も考えずに青蘭に薦めるはずがない。それなのに、自分はよく考えもしないで否定して、目の前の与えられたチャンスを危うく棒に振るうところだった。
青蘭は自分の考えのなさを反省し、考えを改めた。
「ゲドルクさん、背中押してくれてありがとう! 俺、騎士やってみるよ!」
青蘭が頷いてはっきりと宣言すると、ゲドルクは一つ頷き、今度はセダルモートへ向き直った。
セダルモートもゲドルクの視線に少しだけ身構える。
「セダルモート殿、一つだけ私から条件を付けさせて欲しい」
「……何でしょうか?」
「セイランに至っては、特例として宿舎住まいではなく、この家から城へ通うことをどうかお許しいただきたい」
「え、いや、それはっ……!」
明らかに焦る表情で口を挟もうとしてきたのはスザクだ。
しかし、続くはずだった言葉を視線だけで抑え込んだのは団長のセダルモートだった。
矢のごとく鋭い視線を受け取ったスザクの身体がシュンと丸まる。比較的自由奔放そうな彼だが、直属の上司には逆らえない様だ。隣のレオンはというと、この流れは想定内だというようでチラッと隣を見て嘆息するのみだった。
その間に、セダルモートはゲドルクに向き直って真剣な目をしながら力強く頷く。
「——解かりました。何としても、その条件通してみせましょう」
「感謝する」
深々とお辞儀をするセダルモートに習って、ゲドルクそして青蘭も頭を下げた。
✦
「無理を言って申し訳ない」
「いえ、お気になさらず」
ゲドルクが改めて頭を下げると、セダルモートは笑顔で応じ、ゲドルクに頭を上げさせた。
今この場はゲドルクとセダルモートしか居ない。セダルモートが先に青蘭と一緒に部下も外へ出させたのだ。
セダルモートは顔を上げしっかりと目が合ったゲドルクに笑みを浮かべながら言う。
「ゲドルク様が医療団団長だった時代、あなたには数え切れないほどお世話になりました。今こそ恩を返せる機会だと嬉しく思っています」
「あの頃はただ使命を全うしたまでのこと。……しかしながら頼めるのなら、時々あの子の様子を気にしてはもらえないだろうか? 気付いたことがあれば何でも、直ぐに私に知らせていただきたい」
「承知しました。……それにしても、彼の所在を調べるにあたって貴方へ行きついたときには大変驚きましたが、こうしてもう一度お会いできて良かった。今は何を?」
「細々と町医者をしながら隠居生活を楽しんでいます」
「そうですか……貴方のような偉大なお方が。……もう‘城’には戻られないのですか?」
セダルモートの目は真剣だったが、ゲドルクは柔らかい笑みを浮かべ軽い口調で言い諭した。
「こんな老いぼれが戻って今更何になりましょうか。これからは、有望な若い世代がこの国を支えていくのですよ。時代と共に人も移り変わっていくもの。団長殿、あなたも前だけを見て進んで行って下さいませ」
「……はい。しかしながら、あなたにそう呼ばれると昔を思い出して背筋が伸びます」
「はっはっはっ」
ゲドルクが思わず破顔するのを困り顔で見ていたセダルモートだったが、ふとあることを思い出したような顔をすると、突然扉の外を気にしながら声を潜めて言った。
「……そうでした。実は、ゲドルク様のお耳に入れておきたいことがあったのです」
「それは一体どのような……?」
空気を察して同じように表情を変えるゲドルクに、セダルモートは声を抑えたまま、注意を払いつつ漸く告げた。
「シリウス卿とユリアス・グランツのことです。ゲドルク様が城を去られて暫く、あの二人は頻繁に陛下の元を訪れているようなのですが、以来……陛下の御様子が何だかおかしいのです」
「おかしいとは?」
「——……陛下の記憶力が著しく衰えているようなのです」
「なに……記憶力が? 例えば、どのようなことが?」
「陛下は、グレンや、彼が居た頃に関わった者達のことを忘れておられるようなのです」
ゲドルクはセダルモートの言葉に耳を疑った。
「それは……では、私のことも、ということか」
「……はい。実のところ、以前からそのような話がわたしの耳に入っていたのですが、今日ここへ来る前に確かめようと思い、直接陛下にお訊ねしてみたところ……そのようにお答えに。考えたくはないですが……もしかすると、あの二人が陛下に何かしたのかもしれません。でなければ、陛下がいくらお年を召されたとはいえ、あれほどお心を通わされていた貴方や、グレンを忘れるなど……おかしくはありませんか?」
「……如何にも、その通りだ。……では、グレンが姿を消したのも、そのことと何か関係しているかもしれないな」
ゲドルクの言葉に、セダルモートも表情を硬くして応じる。
「その事は……わたしも、立場上口に出来ずにおりましたが、ずっと引っ掛かっていました」
「うむ……」
事態を把握したゲドルクは表情を強張らせた。
自分が消えた後に一体城の中で何があったというのか。そして、今も視えないところで確実に陰謀が渦巻いている。
このままでは、城へ向かう青蘭の身も危ないかもしれない。
「……ゲドルク様は、あの男の、グレンの居場所はご存知ないのですか?」
「昔一度文が届いたことがあるけれど、居場所までは書かれていなかった。……そして、今ではその文でさえパタリと途絶えてしまった」
「そうですか……。あの男は今一体、どこで何をやっているのでしょうね」
前に青蘭にも話したことをセダルモートにも聞かせると、彼は残念そうにしながら、懐かしむように遠くを見つめた。
「……私が捜しに行ければ一番良いのだが、話を聞いてしまっては尚のこと、今此処を離れるわけにはいかないな」
「そういえばゲドルク様、セイランは一体何者なのですか……? 見たところ、こちらの人間ではないようですが。……そしてどことなく、彼はあの男を思い出させるところがありますね」
「セイランは‘グレン’同様、異世界からこちらへやって来た人間だ。だからこそ、城へ行かせたとて、もう二度と同じ過ちは繰り返したくはないと思って居るのです」
「グレンと同じ、異世界人……」
「ああ」
ゲドルクがしっかりセダルモートを見て答えれば、彼は暫く黙り込んだ後返事をした。
「……成程、それで。貴方がそこまで親身になってらっしゃるわけですね。そういうことなら、このわたしも、出来る限りの協力は惜しみません」
「有り難い」
セダルモートの言葉にゲドルクは頭を下げる代わりに、その手を取って力強く握り交わした。
「セイラン」
背中から掛けられた声に青蘭は振り返った。
視線の先にはセダルモートとゲドルクの姿があった。話は済んだらしい。
「ゲドルクさん」
青蘭が呼びかえすと、ゲドルクは首にかけていた首飾りを渡してきた。首紐が革製で綺麗な宝石のように輝かしい緑色の石飾りがついている。
「これをかけていなさい。お守りだよ」
「え、けど……っ、これはゲドルクさんの宝物なんじゃ?」
青蘭は彼がいつもこれを片時も離さず首にかけているのを知っていた。いくらなんでもそんな大事そうな物、簡単に自分が受け取れないと柄にもなく動揺してしまう。
しかし、断る前にゲドルクはそれを青蘭の首へかけてしまった。
「確かにこれはわしにとって大切な物ではあるが、セイランの名で守護の祈りを込め直した。だから、もうそれはセイランのものだ」
「そんな……ありがとうございます」
驚いたが、ここまで言われたらもう受け取らない訳にいかなかった。青蘭は控えめな笑みを浮かべながら、首飾りをそっと手にし、ゲドルクに礼を云った。
「気を付けてな」
「はい。……でも、夜には戻るんですよ? 俺」
まるで小さい子供扱いなゲドルクの言いように、思わず青蘭は気恥ずかしくなった。
「はは、そうだな」
ゲドルクはそれを聞いて笑って受け流すが、彼の想いを理解しているセダルモートは薄く笑みを浮かべる事しか出来なかった。
「……あの、そういえば、城までどうやって行くんですか? 馬?」
てっきり彼らは馬車か騎乗してきたと思っていたが、辺りを見回してもそれらしきものが見当たらなかった。まさか徒歩?ゲドルクの事情を考えれば無くはないが内心意外に思っていると、レオンが首元から笛を取り出して吹いてみせた。
涼やかな高音が一帯に響いたとき、突然足元に影が落ちた。雲がかかったのかと上を見上げた青蘭は硬直した。
頭上で宙に浮かんだ三匹の獣がこちらを見下ろしていたのだ。
「ひっ……!?」
「ああ……そうか、初めて見るのか。これは飛獣だよ。——降りて来い!」
セダルモートが呼びかけると、言葉を理解している様子でそれらは青蘭の目の前に降り立った。
黒い体躯に金の眼と鋭い牙・狼耳のモノが一匹。白い体躯に紅い眼とユニコーンのような一角を持った犬耳のモノが一匹、灰色の体躯に橙色の瞳と三日月型の長い牙を覗かせる虎耳のモノが一匹。
いずれも大型で尾は長く、それぞれ毛色と同じ羽が生えており、青蘭がこれまで見てきたどの動物とも呼べない奇妙な姿だった。
「あの……っ、これ……は!?」
「飛獣という翼を持った種族で、こいつらも天空の騎士団の立派な仲間達だ。我々が天空の騎士団と呼ばれるのは所以でもある」
「へえ……え、所以って……まさかっ、こいつらで城へ……!?」
ハッとして青い顔でセダルモートを振り向けば、彼はさらっと笑みを返してきた。
「察しがいいな、その通りだ。——あ、高い所は平気か?」
「は……はい。はは……っ」
青蘭は、張り付く苦微笑を返しながら、頭の中で以前に鳴に言われた言葉を思い出していた。
『青蘭ならいつか空くらいは飛べそうだよ!』
自分の力でと言う訳ではないが、本当に、空を飛ぶことになってしまった……。
「行ってきます」
何やかんやとありながら、黒い飛獣に乗ったセダルモートの後ろに青蘭も乗ると、こちらを見つめているゲドルクとレドに笑顔を見せた。
二人も青蘭を安心させるように微笑み返す。
両脇には、白い飛獣に乗ったレオンと灰色の飛獣に乗ったスザクが警護するように控えている。
「——じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい」
セダルモートの掛け声を合図にとうとう青蘭は向かった。
再び、あのオルニワ城へと。
『君を、大地の白騎士団へ迎え入れる為に』
セダルモートの言葉が頭の中を駆け抜ける。
「お……俺が騎士!?」
「そうだ。君は、建国記念日の日に、国王陛下たちをお守りするのに一役買ったそうじゃないか。その功績を陛下がお認めになり、この度正式に陛下直々の騎士に任命する書状が発行された」
「……任命」
「そんな、凄いですね……セイランさん!」
「え? ……そんなすげーことなの?」
驚きの声を上げるレドを振り返ると、レドはコクコクと頷いたあと、滅多にないですよと小声で教えてくれた。
でも、普段からエバンを見ている青蘭としては、自分が騎士に適しているとはとても思えなかった。何より、弟子になったばかりなため、ゲドルクの反応が気にかかった。
それはセダルモートも同じらしく、当人の青蘭よりも、ゲドルクの様子を伺っているような目線を投げかけながらこう告げてきた。
「……ただ、君が入団するのはウチではなく、大地の騎士団なんだ。君も良く知るエバン・シリウスが所属する団だ」
「え、エバンの?」
「ああ。なんでも……君に騎士の適正を見出したのが、大地の騎士団団長ユリアス・グランツと彼のお父上であるシリウス卿らしくてね」
セダルモートの言葉に、青蘭よりも早く反応を示したのはゲドルクだった。
「それは本当ですか?」
「……はい。聞くところによれば、陛下にその場で直に進言していたとか」
硬い表情でセダルモートが頷くと、ゲドルクは何かを考えるように黙り込んだ後、暫くして口を開いた。
「……成程、それなら、わざわざ貴方が遣わされたのにも納得がいく。この厄介者の老人を説き伏せて来いというわけか」
「ダンテ様……申し訳ありません。ですが、わたしは決して、言われるままあなたを説得するためだけに訪れたわけではないのです。個人的に、あなたが‘新たに希望を見出した者’がどんな人物か、この目でみてみたかったのです」
「構わないよ。あなたも辛いお立場だということは承知している。逆に、今日ここへ、セイランを迎えに来たのがあなたで良かった」
「ダンテ様……」
二人はお互いにしか分からない心の内で何かを語り合うように視線を交わした。
それから暫くしてゲドルクが青蘭を見てこう聞いた。
「セイランどう思う?」
「え? 俺が決めて良いんですか……? でも、俺、ゲドルクさんの弟子になったばかりなのに……! 第一俺に騎士なんて……っ!」
青蘭がゲドルクに驚いた顔を見せると、彼は口元に笑みを浮かべて応えた。
「心配しなくとも、騎士になったからと言って破門はしない。——騎士は厳しい訓練と過酷な任務が課せられるが、その分ほかの職種に就くよりは高賃金で待遇もいい。中でも王立騎士団ならば、支援物資や装備が行き届いているから不自由もない。見習いから始めるとしても、セイランの場合は陛下のお墨付きもあることだし、恐らく環境は申し分ないだろう。……誤解をしないでほしいが、私を手伝ってくれるのはとても助かっている。けれどね、ずっとこの暮らしを続ければ、君の貴重な時間を、何の進展もないままいたずらに削ってしまうことにならないかと危惧しているんだ」
「ゲドルクさん……」
「騎士は任務を与えられればどこへでも行く。それは逆も然りで、各方々から選りすぐりの魔導士や人材が集まってもくる。いわば城と騎士の二つが合わされば情報の宝庫だ。以前も話したが、仮面の男の手がかりを得られる可能性も大いに高いだろう」
その言葉に青蘭はハッとさせられた。ゲドルクには青蘭の想いは充分伝わっているのだ。
考えればわかることだった。弟子入りを受け入れてくれた彼が、何も考えずに青蘭に薦めるはずがない。それなのに、自分はよく考えもしないで否定して、目の前の与えられたチャンスを危うく棒に振るうところだった。
青蘭は自分の考えのなさを反省し、考えを改めた。
「ゲドルクさん、背中押してくれてありがとう! 俺、騎士やってみるよ!」
青蘭が頷いてはっきりと宣言すると、ゲドルクは一つ頷き、今度はセダルモートへ向き直った。
セダルモートもゲドルクの視線に少しだけ身構える。
「セダルモート殿、一つだけ私から条件を付けさせて欲しい」
「……何でしょうか?」
「セイランに至っては、特例として宿舎住まいではなく、この家から城へ通うことをどうかお許しいただきたい」
「え、いや、それはっ……!」
明らかに焦る表情で口を挟もうとしてきたのはスザクだ。
しかし、続くはずだった言葉を視線だけで抑え込んだのは団長のセダルモートだった。
矢のごとく鋭い視線を受け取ったスザクの身体がシュンと丸まる。比較的自由奔放そうな彼だが、直属の上司には逆らえない様だ。隣のレオンはというと、この流れは想定内だというようでチラッと隣を見て嘆息するのみだった。
その間に、セダルモートはゲドルクに向き直って真剣な目をしながら力強く頷く。
「——解かりました。何としても、その条件通してみせましょう」
「感謝する」
深々とお辞儀をするセダルモートに習って、ゲドルクそして青蘭も頭を下げた。
✦
「無理を言って申し訳ない」
「いえ、お気になさらず」
ゲドルクが改めて頭を下げると、セダルモートは笑顔で応じ、ゲドルクに頭を上げさせた。
今この場はゲドルクとセダルモートしか居ない。セダルモートが先に青蘭と一緒に部下も外へ出させたのだ。
セダルモートは顔を上げしっかりと目が合ったゲドルクに笑みを浮かべながら言う。
「ゲドルク様が医療団団長だった時代、あなたには数え切れないほどお世話になりました。今こそ恩を返せる機会だと嬉しく思っています」
「あの頃はただ使命を全うしたまでのこと。……しかしながら頼めるのなら、時々あの子の様子を気にしてはもらえないだろうか? 気付いたことがあれば何でも、直ぐに私に知らせていただきたい」
「承知しました。……それにしても、彼の所在を調べるにあたって貴方へ行きついたときには大変驚きましたが、こうしてもう一度お会いできて良かった。今は何を?」
「細々と町医者をしながら隠居生活を楽しんでいます」
「そうですか……貴方のような偉大なお方が。……もう‘城’には戻られないのですか?」
セダルモートの目は真剣だったが、ゲドルクは柔らかい笑みを浮かべ軽い口調で言い諭した。
「こんな老いぼれが戻って今更何になりましょうか。これからは、有望な若い世代がこの国を支えていくのですよ。時代と共に人も移り変わっていくもの。団長殿、あなたも前だけを見て進んで行って下さいませ」
「……はい。しかしながら、あなたにそう呼ばれると昔を思い出して背筋が伸びます」
「はっはっはっ」
ゲドルクが思わず破顔するのを困り顔で見ていたセダルモートだったが、ふとあることを思い出したような顔をすると、突然扉の外を気にしながら声を潜めて言った。
「……そうでした。実は、ゲドルク様のお耳に入れておきたいことがあったのです」
「それは一体どのような……?」
空気を察して同じように表情を変えるゲドルクに、セダルモートは声を抑えたまま、注意を払いつつ漸く告げた。
「シリウス卿とユリアス・グランツのことです。ゲドルク様が城を去られて暫く、あの二人は頻繁に陛下の元を訪れているようなのですが、以来……陛下の御様子が何だかおかしいのです」
「おかしいとは?」
「——……陛下の記憶力が著しく衰えているようなのです」
「なに……記憶力が? 例えば、どのようなことが?」
「陛下は、グレンや、彼が居た頃に関わった者達のことを忘れておられるようなのです」
ゲドルクはセダルモートの言葉に耳を疑った。
「それは……では、私のことも、ということか」
「……はい。実のところ、以前からそのような話がわたしの耳に入っていたのですが、今日ここへ来る前に確かめようと思い、直接陛下にお訊ねしてみたところ……そのようにお答えに。考えたくはないですが……もしかすると、あの二人が陛下に何かしたのかもしれません。でなければ、陛下がいくらお年を召されたとはいえ、あれほどお心を通わされていた貴方や、グレンを忘れるなど……おかしくはありませんか?」
「……如何にも、その通りだ。……では、グレンが姿を消したのも、そのことと何か関係しているかもしれないな」
ゲドルクの言葉に、セダルモートも表情を硬くして応じる。
「その事は……わたしも、立場上口に出来ずにおりましたが、ずっと引っ掛かっていました」
「うむ……」
事態を把握したゲドルクは表情を強張らせた。
自分が消えた後に一体城の中で何があったというのか。そして、今も視えないところで確実に陰謀が渦巻いている。
このままでは、城へ向かう青蘭の身も危ないかもしれない。
「……ゲドルク様は、あの男の、グレンの居場所はご存知ないのですか?」
「昔一度文が届いたことがあるけれど、居場所までは書かれていなかった。……そして、今ではその文でさえパタリと途絶えてしまった」
「そうですか……。あの男は今一体、どこで何をやっているのでしょうね」
前に青蘭にも話したことをセダルモートにも聞かせると、彼は残念そうにしながら、懐かしむように遠くを見つめた。
「……私が捜しに行ければ一番良いのだが、話を聞いてしまっては尚のこと、今此処を離れるわけにはいかないな」
「そういえばゲドルク様、セイランは一体何者なのですか……? 見たところ、こちらの人間ではないようですが。……そしてどことなく、彼はあの男を思い出させるところがありますね」
「セイランは‘グレン’同様、異世界からこちらへやって来た人間だ。だからこそ、城へ行かせたとて、もう二度と同じ過ちは繰り返したくはないと思って居るのです」
「グレンと同じ、異世界人……」
「ああ」
ゲドルクがしっかりセダルモートを見て答えれば、彼は暫く黙り込んだ後返事をした。
「……成程、それで。貴方がそこまで親身になってらっしゃるわけですね。そういうことなら、このわたしも、出来る限りの協力は惜しみません」
「有り難い」
セダルモートの言葉にゲドルクは頭を下げる代わりに、その手を取って力強く握り交わした。
「セイラン」
背中から掛けられた声に青蘭は振り返った。
視線の先にはセダルモートとゲドルクの姿があった。話は済んだらしい。
「ゲドルクさん」
青蘭が呼びかえすと、ゲドルクは首にかけていた首飾りを渡してきた。首紐が革製で綺麗な宝石のように輝かしい緑色の石飾りがついている。
「これをかけていなさい。お守りだよ」
「え、けど……っ、これはゲドルクさんの宝物なんじゃ?」
青蘭は彼がいつもこれを片時も離さず首にかけているのを知っていた。いくらなんでもそんな大事そうな物、簡単に自分が受け取れないと柄にもなく動揺してしまう。
しかし、断る前にゲドルクはそれを青蘭の首へかけてしまった。
「確かにこれはわしにとって大切な物ではあるが、セイランの名で守護の祈りを込め直した。だから、もうそれはセイランのものだ」
「そんな……ありがとうございます」
驚いたが、ここまで言われたらもう受け取らない訳にいかなかった。青蘭は控えめな笑みを浮かべながら、首飾りをそっと手にし、ゲドルクに礼を云った。
「気を付けてな」
「はい。……でも、夜には戻るんですよ? 俺」
まるで小さい子供扱いなゲドルクの言いように、思わず青蘭は気恥ずかしくなった。
「はは、そうだな」
ゲドルクはそれを聞いて笑って受け流すが、彼の想いを理解しているセダルモートは薄く笑みを浮かべる事しか出来なかった。
「……あの、そういえば、城までどうやって行くんですか? 馬?」
てっきり彼らは馬車か騎乗してきたと思っていたが、辺りを見回してもそれらしきものが見当たらなかった。まさか徒歩?ゲドルクの事情を考えれば無くはないが内心意外に思っていると、レオンが首元から笛を取り出して吹いてみせた。
涼やかな高音が一帯に響いたとき、突然足元に影が落ちた。雲がかかったのかと上を見上げた青蘭は硬直した。
頭上で宙に浮かんだ三匹の獣がこちらを見下ろしていたのだ。
「ひっ……!?」
「ああ……そうか、初めて見るのか。これは飛獣だよ。——降りて来い!」
セダルモートが呼びかけると、言葉を理解している様子でそれらは青蘭の目の前に降り立った。
黒い体躯に金の眼と鋭い牙・狼耳のモノが一匹。白い体躯に紅い眼とユニコーンのような一角を持った犬耳のモノが一匹、灰色の体躯に橙色の瞳と三日月型の長い牙を覗かせる虎耳のモノが一匹。
いずれも大型で尾は長く、それぞれ毛色と同じ羽が生えており、青蘭がこれまで見てきたどの動物とも呼べない奇妙な姿だった。
「あの……っ、これ……は!?」
「飛獣という翼を持った種族で、こいつらも天空の騎士団の立派な仲間達だ。我々が天空の騎士団と呼ばれるのは所以でもある」
「へえ……え、所以って……まさかっ、こいつらで城へ……!?」
ハッとして青い顔でセダルモートを振り向けば、彼はさらっと笑みを返してきた。
「察しがいいな、その通りだ。——あ、高い所は平気か?」
「は……はい。はは……っ」
青蘭は、張り付く苦微笑を返しながら、頭の中で以前に鳴に言われた言葉を思い出していた。
『青蘭ならいつか空くらいは飛べそうだよ!』
自分の力でと言う訳ではないが、本当に、空を飛ぶことになってしまった……。
「行ってきます」
何やかんやとありながら、黒い飛獣に乗ったセダルモートの後ろに青蘭も乗ると、こちらを見つめているゲドルクとレドに笑顔を見せた。
二人も青蘭を安心させるように微笑み返す。
両脇には、白い飛獣に乗ったレオンと灰色の飛獣に乗ったスザクが警護するように控えている。
「——じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい」
セダルモートの掛け声を合図にとうとう青蘭は向かった。
再び、あのオルニワ城へと。
『君を、大地の白騎士団へ迎え入れる為に』
セダルモートの言葉が頭の中を駆け抜ける。
「お……俺が騎士!?」
「そうだ。君は、建国記念日の日に、国王陛下たちをお守りするのに一役買ったそうじゃないか。その功績を陛下がお認めになり、この度正式に陛下直々の騎士に任命する書状が発行された」
「……任命」
「そんな、凄いですね……セイランさん!」
「え? ……そんなすげーことなの?」
驚きの声を上げるレドを振り返ると、レドはコクコクと頷いたあと、滅多にないですよと小声で教えてくれた。
でも、普段からエバンを見ている青蘭としては、自分が騎士に適しているとはとても思えなかった。何より、弟子になったばかりなため、ゲドルクの反応が気にかかった。
それはセダルモートも同じらしく、当人の青蘭よりも、ゲドルクの様子を伺っているような目線を投げかけながらこう告げてきた。
「……ただ、君が入団するのはウチではなく、大地の騎士団なんだ。君も良く知るエバン・シリウスが所属する団だ」
「え、エバンの?」
「ああ。なんでも……君に騎士の適正を見出したのが、大地の騎士団団長ユリアス・グランツと彼のお父上であるシリウス卿らしくてね」
セダルモートの言葉に、青蘭よりも早く反応を示したのはゲドルクだった。
「それは本当ですか?」
「……はい。聞くところによれば、陛下にその場で直に進言していたとか」
硬い表情でセダルモートが頷くと、ゲドルクは何かを考えるように黙り込んだ後、暫くして口を開いた。
「……成程、それなら、わざわざ貴方が遣わされたのにも納得がいく。この厄介者の老人を説き伏せて来いというわけか」
「ダンテ様……申し訳ありません。ですが、わたしは決して、言われるままあなたを説得するためだけに訪れたわけではないのです。個人的に、あなたが‘新たに希望を見出した者’がどんな人物か、この目でみてみたかったのです」
「構わないよ。あなたも辛いお立場だということは承知している。逆に、今日ここへ、セイランを迎えに来たのがあなたで良かった」
「ダンテ様……」
二人はお互いにしか分からない心の内で何かを語り合うように視線を交わした。
それから暫くしてゲドルクが青蘭を見てこう聞いた。
「セイランどう思う?」
「え? 俺が決めて良いんですか……? でも、俺、ゲドルクさんの弟子になったばかりなのに……! 第一俺に騎士なんて……っ!」
青蘭がゲドルクに驚いた顔を見せると、彼は口元に笑みを浮かべて応えた。
「心配しなくとも、騎士になったからと言って破門はしない。——騎士は厳しい訓練と過酷な任務が課せられるが、その分ほかの職種に就くよりは高賃金で待遇もいい。中でも王立騎士団ならば、支援物資や装備が行き届いているから不自由もない。見習いから始めるとしても、セイランの場合は陛下のお墨付きもあることだし、恐らく環境は申し分ないだろう。……誤解をしないでほしいが、私を手伝ってくれるのはとても助かっている。けれどね、ずっとこの暮らしを続ければ、君の貴重な時間を、何の進展もないままいたずらに削ってしまうことにならないかと危惧しているんだ」
「ゲドルクさん……」
「騎士は任務を与えられればどこへでも行く。それは逆も然りで、各方々から選りすぐりの魔導士や人材が集まってもくる。いわば城と騎士の二つが合わされば情報の宝庫だ。以前も話したが、仮面の男の手がかりを得られる可能性も大いに高いだろう」
その言葉に青蘭はハッとさせられた。ゲドルクには青蘭の想いは充分伝わっているのだ。
考えればわかることだった。弟子入りを受け入れてくれた彼が、何も考えずに青蘭に薦めるはずがない。それなのに、自分はよく考えもしないで否定して、目の前の与えられたチャンスを危うく棒に振るうところだった。
青蘭は自分の考えのなさを反省し、考えを改めた。
「ゲドルクさん、背中押してくれてありがとう! 俺、騎士やってみるよ!」
青蘭が頷いてはっきりと宣言すると、ゲドルクは一つ頷き、今度はセダルモートへ向き直った。
セダルモートもゲドルクの視線に少しだけ身構える。
「セダルモート殿、一つだけ私から条件を付けさせて欲しい」
「……何でしょうか?」
「セイランに至っては、特例として宿舎住まいではなく、この家から城へ通うことをどうかお許しいただきたい」
「え、いや、それはっ……!」
明らかに焦る表情で口を挟もうとしてきたのはスザクだ。
しかし、続くはずだった言葉を視線だけで抑え込んだのは団長のセダルモートだった。
矢のごとく鋭い視線を受け取ったスザクの身体がシュンと丸まる。比較的自由奔放そうな彼だが、直属の上司には逆らえない様だ。隣のレオンはというと、この流れは想定内だというようでチラッと隣を見て嘆息するのみだった。
その間に、セダルモートはゲドルクに向き直って真剣な目をしながら力強く頷く。
「——解かりました。何としても、その条件通してみせましょう」
「感謝する」
深々とお辞儀をするセダルモートに習って、ゲドルクそして青蘭も頭を下げた。
✦
「無理を言って申し訳ない」
「いえ、お気になさらず」
ゲドルクが改めて頭を下げると、セダルモートは笑顔で応じ、ゲドルクに頭を上げさせた。
今この場はゲドルクとセダルモートしか居ない。セダルモートが先に青蘭と一緒に部下も外へ出させたのだ。
セダルモートは顔を上げしっかりと目が合ったゲドルクに笑みを浮かべながら言う。
「ゲドルク様が医療団団長だった時代、あなたには数え切れないほどお世話になりました。今こそ恩を返せる機会だと嬉しく思っています」
「あの頃はただ使命を全うしたまでのこと。……しかしながら頼めるのなら、時々あの子の様子を気にしてはもらえないだろうか? 気付いたことがあれば何でも、直ぐに私に知らせていただきたい」
「承知しました。……それにしても、彼の所在を調べるにあたって貴方へ行きついたときには大変驚きましたが、こうしてもう一度お会いできて良かった。今は何を?」
「細々と町医者をしながら隠居生活を楽しんでいます」
「そうですか……貴方のような偉大なお方が。……もう‘城’には戻られないのですか?」
セダルモートの目は真剣だったが、ゲドルクは柔らかい笑みを浮かべ軽い口調で言い諭した。
「こんな老いぼれが戻って今更何になりましょうか。これからは、有望な若い世代がこの国を支えていくのですよ。時代と共に人も移り変わっていくもの。団長殿、あなたも前だけを見て進んで行って下さいませ」
「……はい。しかしながら、あなたにそう呼ばれると昔を思い出して背筋が伸びます」
「はっはっはっ」
ゲドルクが思わず破顔するのを困り顔で見ていたセダルモートだったが、ふとあることを思い出したような顔をすると、突然扉の外を気にしながら声を潜めて言った。
「……そうでした。実は、ゲドルク様のお耳に入れておきたいことがあったのです」
「それは一体どのような……?」
空気を察して同じように表情を変えるゲドルクに、セダルモートは声を抑えたまま、注意を払いつつ漸く告げた。
「シリウス卿とユリアス・グランツのことです。ゲドルク様が城を去られて暫く、あの二人は頻繁に陛下の元を訪れているようなのですが、以来……陛下の御様子が何だかおかしいのです」
「おかしいとは?」
「——……陛下の記憶力が著しく衰えているようなのです」
「なに……記憶力が? 例えば、どのようなことが?」
「陛下は、グレンや、彼が居た頃に関わった者達のことを忘れておられるようなのです」
ゲドルクはセダルモートの言葉に耳を疑った。
「それは……では、私のことも、ということか」
「……はい。実のところ、以前からそのような話がわたしの耳に入っていたのですが、今日ここへ来る前に確かめようと思い、直接陛下にお訊ねしてみたところ……そのようにお答えに。考えたくはないですが……もしかすると、あの二人が陛下に何かしたのかもしれません。でなければ、陛下がいくらお年を召されたとはいえ、あれほどお心を通わされていた貴方や、グレンを忘れるなど……おかしくはありませんか?」
「……如何にも、その通りだ。……では、グレンが姿を消したのも、そのことと何か関係しているかもしれないな」
ゲドルクの言葉に、セダルモートも表情を硬くして応じる。
「その事は……わたしも、立場上口に出来ずにおりましたが、ずっと引っ掛かっていました」
「うむ……」
事態を把握したゲドルクは表情を強張らせた。
自分が消えた後に一体城の中で何があったというのか。そして、今も視えないところで確実に陰謀が渦巻いている。
このままでは、城へ向かう青蘭の身も危ないかもしれない。
「……ゲドルク様は、あの男の、グレンの居場所はご存知ないのですか?」
「昔一度文が届いたことがあるけれど、居場所までは書かれていなかった。……そして、今ではその文でさえパタリと途絶えてしまった」
「そうですか……。あの男は今一体、どこで何をやっているのでしょうね」
前に青蘭にも話したことをセダルモートにも聞かせると、彼は残念そうにしながら、懐かしむように遠くを見つめた。
「……私が捜しに行ければ一番良いのだが、話を聞いてしまっては尚のこと、今此処を離れるわけにはいかないな」
「そういえばゲドルク様、セイランは一体何者なのですか……? 見たところ、こちらの人間ではないようですが。……そしてどことなく、彼はあの男を思い出させるところがありますね」
「セイランは‘グレン’同様、異世界からこちらへやって来た人間だ。だからこそ、城へ行かせたとて、もう二度と同じ過ちは繰り返したくはないと思って居るのです」
「グレンと同じ、異世界人……」
「ああ」
ゲドルクがしっかりセダルモートを見て答えれば、彼は暫く黙り込んだ後返事をした。
「……成程、それで。貴方がそこまで親身になってらっしゃるわけですね。そういうことなら、このわたしも、出来る限りの協力は惜しみません」
「有り難い」
セダルモートの言葉にゲドルクは頭を下げる代わりに、その手を取って力強く握り交わした。
「セイラン」
背中から掛けられた声に青蘭は振り返った。
視線の先にはセダルモートとゲドルクの姿があった。話は済んだらしい。
「ゲドルクさん」
青蘭が呼びかえすと、ゲドルクは首にかけていた首飾りを渡してきた。首紐が革製で綺麗な宝石のように輝かしい緑色の石飾りがついている。
「これをかけていなさい。お守りだよ」
「え、けど……っ、これはゲドルクさんの宝物なんじゃ?」
青蘭は彼がいつもこれを片時も離さず首にかけているのを知っていた。いくらなんでもそんな大事そうな物、簡単に自分が受け取れないと柄にもなく動揺してしまう。
しかし、断る前にゲドルクはそれを青蘭の首へかけてしまった。
「確かにこれはわしにとって大切な物ではあるが、セイランの名で守護の祈りを込め直した。だから、もうそれはセイランのものだ」
「そんな……ありがとうございます」
驚いたが、ここまで言われたらもう受け取らない訳にいかなかった。青蘭は控えめな笑みを浮かべながら、首飾りをそっと手にし、ゲドルクに礼を云った。
「気を付けてな」
「はい。……でも、夜には戻るんですよ? 俺」
まるで小さい子供扱いなゲドルクの言いように、思わず青蘭は気恥ずかしくなった。
「はは、そうだな」
ゲドルクはそれを聞いて笑って受け流すが、彼の想いを理解しているセダルモートは薄く笑みを浮かべる事しか出来なかった。
「……あの、そういえば、城までどうやって行くんですか? 馬?」
てっきり彼らは馬車か騎乗してきたと思っていたが、辺りを見回してもそれらしきものが見当たらなかった。まさか徒歩?ゲドルクの事情を考えれば無くはないが内心意外に思っていると、レオンが首元から笛を取り出して吹いてみせた。
涼やかな高音が一帯に響いたとき、突然足元に影が落ちた。雲がかかったのかと上を見上げた青蘭は硬直した。
頭上で宙に浮かんだ三匹の獣がこちらを見下ろしていたのだ。
「ひっ……!?」
「ああ……そうか、初めて見るのか。これは飛獣だよ。——降りて来い!」
セダルモートが呼びかけると、言葉を理解している様子でそれらは青蘭の目の前に降り立った。
黒い体躯に金の眼と鋭い牙・狼耳のモノが一匹。白い体躯に紅い眼とユニコーンのような一角を持った犬耳のモノが一匹、灰色の体躯に橙色の瞳と三日月型の長い牙を覗かせる虎耳のモノが一匹。
いずれも大型で尾は長く、それぞれ毛色と同じ羽が生えており、青蘭がこれまで見てきたどの動物とも呼べない奇妙な姿だった。
「あの……っ、これ……は!?」
「飛獣という翼を持った種族で、こいつらも天空の騎士団の立派な仲間達だ。我々が天空の騎士団と呼ばれるのは所以でもある」
「へえ……え、所以って……まさかっ、こいつらで城へ……!?」
ハッとして青い顔でセダルモートを振り向けば、彼はさらっと笑みを返してきた。
「察しがいいな、その通りだ。——あ、高い所は平気か?」
「は……はい。はは……っ」
青蘭は、張り付く苦微笑を返しながら、頭の中で以前に鳴に言われた言葉を思い出していた。
『青蘭ならいつか空くらいは飛べそうだよ!』
自分の力でと言う訳ではないが、本当に、空を飛ぶことになってしまった……。
「行ってきます」
何やかんやとありながら、黒い飛獣に乗ったセダルモートの後ろに青蘭も乗ると、こちらを見つめているゲドルクとレドに笑顔を見せた。
二人も青蘭を安心させるように微笑み返す。
両脇には、白い飛獣に乗ったレオンと灰色の飛獣に乗ったスザクが警護するように控えている。
「——じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい」
セダルモートの掛け声を合図にとうとう青蘭は向かった。
再び、あのオルニワ城へと。
『君を、大地の白騎士団へ迎え入れる為に』
セダルモートの言葉が頭の中を駆け抜ける。
「お……俺が騎士!?」
「そうだ。君は、建国記念日の日に、国王陛下たちをお守りするのに一役買ったそうじゃないか。その功績を陛下がお認めになり、この度正式に陛下直々の騎士に任命する書状が発行された」
「……任命」
「そんな、凄いですね……セイランさん!」
「え? ……そんなすげーことなの?」
驚きの声を上げるレドを振り返ると、レドはコクコクと頷いたあと、滅多にないですよと小声で教えてくれた。
でも、普段からエバンを見ている青蘭としては、自分が騎士に適しているとはとても思えなかった。何より、弟子になったばかりなため、ゲドルクの反応が気にかかった。
それはセダルモートも同じらしく、当人の青蘭よりも、ゲドルクの様子を伺っているような目線を投げかけながらこう告げてきた。
「……ただ、君が入団するのはウチではなく、大地の騎士団なんだ。君も良く知るエバン・シリウスが所属する団だ」
「え、エバンの?」
「ああ。なんでも……君に騎士の適正を見出したのが、大地の騎士団団長ユリアス・グランツと彼のお父上であるシリウス卿らしくてね」
セダルモートの言葉に、青蘭よりも早く反応を示したのはゲドルクだった。
「それは本当ですか?」
「……はい。聞くところによれば、陛下にその場で直に進言していたとか」
硬い表情でセダルモートが頷くと、ゲドルクは何かを考えるように黙り込んだ後、暫くして口を開いた。
「……成程、それなら、わざわざ貴方が遣わされたのにも納得がいく。この厄介者の老人を説き伏せて来いというわけか」
「ダンテ様……申し訳ありません。ですが、わたしは決して、言われるままあなたを説得するためだけに訪れたわけではないのです。個人的に、あなたが‘新たに希望を見出した者’がどんな人物か、この目でみてみたかったのです」
「構わないよ。あなたも辛いお立場だということは承知している。逆に、今日ここへ、セイランを迎えに来たのがあなたで良かった」
「ダンテ様……」
二人はお互いにしか分からない心の内で何かを語り合うように視線を交わした。
それから暫くしてゲドルクが青蘭を見てこう聞いた。
「セイランどう思う?」
「え? 俺が決めて良いんですか……? でも、俺、ゲドルクさんの弟子になったばかりなのに……! 第一俺に騎士なんて……っ!」
青蘭がゲドルクに驚いた顔を見せると、彼は口元に笑みを浮かべて応えた。
「心配しなくとも、騎士になったからと言って破門はしない。——騎士は厳しい訓練と過酷な任務が課せられるが、その分ほかの職種に就くよりは高賃金で待遇もいい。中でも王立騎士団ならば、支援物資や装備が行き届いているから不自由もない。見習いから始めるとしても、セイランの場合は陛下のお墨付きもあることだし、恐らく環境は申し分ないだろう。……誤解をしないでほしいが、私を手伝ってくれるのはとても助かっている。けれどね、ずっとこの暮らしを続ければ、君の貴重な時間を、何の進展もないままいたずらに削ってしまうことにならないかと危惧しているんだ」
「ゲドルクさん……」
「騎士は任務を与えられればどこへでも行く。それは逆も然りで、各方々から選りすぐりの魔導士や人材が集まってもくる。いわば城と騎士の二つが合わされば情報の宝庫だ。以前も話したが、仮面の男の手がかりを得られる可能性も大いに高いだろう」
その言葉に青蘭はハッとさせられた。ゲドルクには青蘭の想いは充分伝わっているのだ。
考えればわかることだった。弟子入りを受け入れてくれた彼が、何も考えずに青蘭に薦めるはずがない。それなのに、自分はよく考えもしないで否定して、目の前の与えられたチャンスを危うく棒に振るうところだった。
青蘭は自分の考えのなさを反省し、考えを改めた。
「ゲドルクさん、背中押してくれてありがとう! 俺、騎士やってみるよ!」
青蘭が頷いてはっきりと宣言すると、ゲドルクは一つ頷き、今度はセダルモートへ向き直った。
セダルモートもゲドルクの視線に少しだけ身構える。
「セダルモート殿、一つだけ私から条件を付けさせて欲しい」
「……何でしょうか?」
「セイランに至っては、特例として宿舎住まいではなく、この家から城へ通うことをどうかお許しいただきたい」
「え、いや、それはっ……!」
明らかに焦る表情で口を挟もうとしてきたのはスザクだ。
しかし、続くはずだった言葉を視線だけで抑え込んだのは団長のセダルモートだった。
矢のごとく鋭い視線を受け取ったスザクの身体がシュンと丸まる。比較的自由奔放そうな彼だが、直属の上司には逆らえない様だ。隣のレオンはというと、この流れは想定内だというようでチラッと隣を見て嘆息するのみだった。
その間に、セダルモートはゲドルクに向き直って真剣な目をしながら力強く頷く。
「——解かりました。何としても、その条件通してみせましょう」
「感謝する」
深々とお辞儀をするセダルモートに習って、ゲドルクそして青蘭も頭を下げた。
✦
「無理を言って申し訳ない」
「いえ、お気になさらず」
ゲドルクが改めて頭を下げると、セダルモートは笑顔で応じ、ゲドルクに頭を上げさせた。
今この場はゲドルクとセダルモートしか居ない。セダルモートが先に青蘭と一緒に部下も外へ出させたのだ。
セダルモートは顔を上げしっかりと目が合ったゲドルクに笑みを浮かべながら言う。
「ゲドルク様が医療団団長だった時代、あなたには数え切れないほどお世話になりました。今こそ恩を返せる機会だと嬉しく思っています」
「あの頃はただ使命を全うしたまでのこと。……しかしながら頼めるのなら、時々あの子の様子を気にしてはもらえないだろうか? 気付いたことがあれば何でも、直ぐに私に知らせていただきたい」
「承知しました。……それにしても、彼の所在を調べるにあたって貴方へ行きついたときには大変驚きましたが、こうしてもう一度お会いできて良かった。今は何を?」
「細々と町医者をしながら隠居生活を楽しんでいます」
「そうですか……貴方のような偉大なお方が。……もう‘城’には戻られないのですか?」
セダルモートの目は真剣だったが、ゲドルクは柔らかい笑みを浮かべ軽い口調で言い諭した。
「こんな老いぼれが戻って今更何になりましょうか。これからは、有望な若い世代がこの国を支えていくのですよ。時代と共に人も移り変わっていくもの。団長殿、あなたも前だけを見て進んで行って下さいませ」
「……はい。しかしながら、あなたにそう呼ばれると昔を思い出して背筋が伸びます」
「はっはっはっ」
ゲドルクが思わず破顔するのを困り顔で見ていたセダルモートだったが、ふとあることを思い出したような顔をすると、突然扉の外を気にしながら声を潜めて言った。
「……そうでした。実は、ゲドルク様のお耳に入れておきたいことがあったのです」
「それは一体どのような……?」
空気を察して同じように表情を変えるゲドルクに、セダルモートは声を抑えたまま、注意を払いつつ漸く告げた。
「シリウス卿とユリアス・グランツのことです。ゲドルク様が城を去られて暫く、あの二人は頻繁に陛下の元を訪れているようなのですが、以来……陛下の御様子が何だかおかしいのです」
「おかしいとは?」
「——……陛下の記憶力が著しく衰えているようなのです」
「なに……記憶力が? 例えば、どのようなことが?」
「陛下は、グレンや、彼が居た頃に関わった者達のことを忘れておられるようなのです」
ゲドルクはセダルモートの言葉に耳を疑った。
「それは……では、私のことも、ということか」
「……はい。実のところ、以前からそのような話がわたしの耳に入っていたのですが、今日ここへ来る前に確かめようと思い、直接陛下にお訊ねしてみたところ……そのようにお答えに。考えたくはないですが……もしかすると、あの二人が陛下に何かしたのかもしれません。でなければ、陛下がいくらお年を召されたとはいえ、あれほどお心を通わされていた貴方や、グレンを忘れるなど……おかしくはありませんか?」
「……如何にも、その通りだ。……では、グレンが姿を消したのも、そのことと何か関係しているかもしれないな」
ゲドルクの言葉に、セダルモートも表情を硬くして応じる。
「その事は……わたしも、立場上口に出来ずにおりましたが、ずっと引っ掛かっていました」
「うむ……」
事態を把握したゲドルクは表情を強張らせた。
自分が消えた後に一体城の中で何があったというのか。そして、今も視えないところで確実に陰謀が渦巻いている。
このままでは、城へ向かう青蘭の身も危ないかもしれない。
「……ゲドルク様は、あの男の、グレンの居場所はご存知ないのですか?」
「昔一度文が届いたことがあるけれど、居場所までは書かれていなかった。……そして、今ではその文でさえパタリと途絶えてしまった」
「そうですか……。あの男は今一体、どこで何をやっているのでしょうね」
前に青蘭にも話したことをセダルモートにも聞かせると、彼は残念そうにしながら、懐かしむように遠くを見つめた。
「……私が捜しに行ければ一番良いのだが、話を聞いてしまっては尚のこと、今此処を離れるわけにはいかないな」
「そういえばゲドルク様、セイランは一体何者なのですか……? 見たところ、こちらの人間ではないようですが。……そしてどことなく、彼はあの男を思い出させるところがありますね」
「セイランは‘グレン’同様、異世界からこちらへやって来た人間だ。だからこそ、城へ行かせたとて、もう二度と同じ過ちは繰り返したくはないと思って居るのです」
「グレンと同じ、異世界人……」
「ああ」
ゲドルクがしっかりセダルモートを見て答えれば、彼は暫く黙り込んだ後返事をした。
「……成程、それで。貴方がそこまで親身になってらっしゃるわけですね。そういうことなら、このわたしも、出来る限りの協力は惜しみません」
「有り難い」
セダルモートの言葉にゲドルクは頭を下げる代わりに、その手を取って力強く握り交わした。
「セイラン」
背中から掛けられた声に青蘭は振り返った。
視線の先にはセダルモートとゲドルクの姿があった。話は済んだらしい。
「ゲドルクさん」
青蘭が呼びかえすと、ゲドルクは首にかけていた首飾りを渡してきた。首紐が革製で綺麗な宝石のように輝かしい緑色の石飾りがついている。
「これをかけていなさい。お守りだよ」
「え、けど……っ、これはゲドルクさんの宝物なんじゃ?」
青蘭は彼がいつもこれを片時も離さず首にかけているのを知っていた。いくらなんでもそんな大事そうな物、簡単に自分が受け取れないと柄にもなく動揺してしまう。
しかし、断る前にゲドルクはそれを青蘭の首へかけてしまった。
「確かにこれはわしにとって大切な物ではあるが、セイランの名で守護の祈りを込め直した。だから、もうそれはセイランのものだ」
「そんな……ありがとうございます」
驚いたが、ここまで言われたらもう受け取らない訳にいかなかった。青蘭は控えめな笑みを浮かべながら、首飾りをそっと手にし、ゲドルクに礼を云った。
「気を付けてな」
「はい。……でも、夜には戻るんですよ? 俺」
まるで小さい子供扱いなゲドルクの言いように、思わず青蘭は気恥ずかしくなった。
「はは、そうだな」
ゲドルクはそれを聞いて笑って受け流すが、彼の想いを理解しているセダルモートは薄く笑みを浮かべる事しか出来なかった。
「……あの、そういえば、城までどうやって行くんですか? 馬?」
てっきり彼らは馬車か騎乗してきたと思っていたが、辺りを見回してもそれらしきものが見当たらなかった。まさか徒歩?ゲドルクの事情を考えれば無くはないが内心意外に思っていると、レオンが首元から笛を取り出して吹いてみせた。
涼やかな高音が一帯に響いたとき、突然足元に影が落ちた。雲がかかったのかと上を見上げた青蘭は硬直した。
頭上で宙に浮かんだ三匹の獣がこちらを見下ろしていたのだ。
「ひっ……!?」
「ああ……そうか、初めて見るのか。これは飛獣だよ。——降りて来い!」
セダルモートが呼びかけると、言葉を理解している様子でそれらは青蘭の目の前に降り立った。
黒い体躯に金の眼と鋭い牙・狼耳のモノが一匹。白い体躯に紅い眼とユニコーンのような一角を持った犬耳のモノが一匹、灰色の体躯に橙色の瞳と三日月型の長い牙を覗かせる虎耳のモノが一匹。
いずれも大型で尾は長く、それぞれ毛色と同じ羽が生えており、青蘭がこれまで見てきたどの動物とも呼べない奇妙な姿だった。
「あの……っ、これ……は!?」
「飛獣という翼を持った種族で、こいつらも天空の騎士団の立派な仲間達だ。我々が天空の騎士団と呼ばれるのは所以でもある」
「へえ……え、所以って……まさかっ、こいつらで城へ……!?」
ハッとして青い顔でセダルモートを振り向けば、彼はさらっと笑みを返してきた。
「察しがいいな、その通りだ。——あ、高い所は平気か?」
「は……はい。はは……っ」
青蘭は、張り付く苦微笑を返しながら、頭の中で以前に鳴に言われた言葉を思い出していた。
『青蘭ならいつか空くらいは飛べそうだよ!』
自分の力でと言う訳ではないが、本当に、空を飛ぶことになってしまった……。
「行ってきます」
何やかんやとありながら、黒い飛獣に乗ったセダルモートの後ろに青蘭も乗ると、こちらを見つめているゲドルクとレドに笑顔を見せた。
二人も青蘭を安心させるように微笑み返す。
両脇には、白い飛獣に乗ったレオンと灰色の飛獣に乗ったスザクが警護するように控えている。
「——じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい」
セダルモートの掛け声を合図にとうとう青蘭は向かった。
再び、あのオルニワ城へと。