天空の騎士団と大地の騎士団
「団長!!」
騎士団本部内の廊下を歩いていた天空の騎士団団長アルフォード・セダルモートは、バタバタと大きな足音を立てて後を追って来る相手を振り返った。
「煩いぞ」
「あ……すみません。声大きかったですかね?」
「足音もだ。もう少し落ち着いて、堂々と歩け」
元から強面のセダルモートが視線を鋭くすると、相手のセダルモートの部下スザク・クリードは、思わず身を引きながら慌てて謝った。
「す、すみません」
「……で、ここまでわざわざ追って来て何の用だ?」
溜息交じりにセダルモートが訊ねると、スザクは遠慮がちに答えた。
「一人新人が入るって、しかも団長自らが迎えに行かれるって聞きまして……」
「本当にお前は耳が早いな。そうだ。入る……が、ウチじゃない。大地の騎士団だ」
「え? どういうことですか? じゃあ……何で団長が迎えに行くんですか!?」
驚きと疑問の表情で待っているスザクに、セダルモートはこの後の反応を予想して苦い顔で答えた。
「その新人はどうらや元医療団の長、ゲドルク・ダンテ様の所で世話になっているらしくてな。交渉人としてわたしに白羽の矢が立ったというわけだ」
「え、ゲドルク様ってあの……? 確かに、団長があの伝説のお方と親しくされていたという話は副団長から聞いたことがありますけど、えぇ~……!? それって、いくらなんでも都合良すぎません!? すっげー腹立つ!! 自分達のところの新人くらい、自分達で迎えに行けばいいじゃないですか!!」
「クリード、そんなことを不用意に口に出すな。これは、シルバ陛下の御命令でもある。無礼だぞ!」
予想通りの反応に、これだから言いたくなかったんだと、セダルモートは溜息を深く吐きながらスザクを小突いた。
スザクはというと小突かれたところを抑えながら頭を下げる。
「すみません……」
「わたしを思いやってくれる気持ちは嬉しいが、感情のまま言葉を口にするのは得策じゃない。場合によってはお前の意識せずに放った一言が、団全てに降りかかる災厄となるかもしれない。もっと慎重に言葉は扱え」
「はい……」
スザク反省モードになった時、反対側から一人の若い騎士が歩いてくるのが目に付いた。
銀髪のサラサラな髪をそっと揺らしながら、背筋を伸ばして静かに歩く姿は、その端正な容姿も相俟ってとても優雅で美しかった。
彼はセダルモートたちに気付くと、近くまで来たとき足を止めて一礼した。
これは当然のことのように思うが、所属する団が違う者同士が遭遇した場合疎かにする者が多い。しかし、いつどんな時でも、自分が知る限り彼は一度も礼を掻いたことはない。
立ち振る舞いは堂々としていながらも、真面目で礼儀を重んじる姿勢に、セダルモートは団は違うものの密かに彼のことを買っていた。
「セダルモート騎士団長、クリードさん、おはようございます」
「おはよう。早いな。……総長へ何か御用か?」
この長い廊下を歩き進んで突き当りを右へ曲がれば辿り着く場所は一つしかない。自分も先ほどそこから出て来たところだったのだ。
「ええ、ちょっと……」
「そうか。足止めさせて悪かったな。こちらも今から任務があるため失礼するよ」
「お疲れさまです」
彼は二人が完全に通り過ぎるまで頭を下げたままだった。実によく出来たものだとセダルモートが前を歩きながら感心していると、その後ろからスザクが自分の背後を気にしつつセダルモートに耳打ちしてきた。
「団長、あれシリウス家の次男坊じゃないですか! ちょっとくらいビビらせてやったらよかったのに~!」
しかも、残念なことにその目は子供の悪だくみのような活き活きとしたものだった。まるでさっきの反省モードが幻覚だったかとさえ疑う代わり様に、セダルモートは今度こそ魂が抜けそうな溜息を零した。
「クリード、俺は心底お前に、彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ……」
「え?」
それでも何の事かわかっていない顔で見返され、セダルモートは自分の団の行く末が本気で心配になった。
✦
青蘭がゲドルクの弟子となり半月ほど経った頃のことだった。朝早く、ゲドルクの家を訪れた者達が居た。
「ダンテ様、大変ご無沙汰しております」
「セダルモート殿、これはまた……懐かしい客人だ」
目を細めるゲドルクがセダルモートと呼んだのは、推定四〇代くらいで、灰色の短髪に黒色を帯びた同系色の瞳で、左目に眼帯をした長身の男性。
彼は、オルニワ城からの使者だという。
部下らしき若い男性二人を伴ってやって来たはいいが、青蘭を驚かせたのはその服装だ。彼らは、エバンと同じ白騎士団の制服を身に纏っていた。
白騎士がいきなり何の用だ?
随分親しそうな相手のようだが、追手の存在を聞かされて間もない青蘭としては多少警戒してしまう。もしかして、やはり自分が城に行ったことで何か問題が起こったのではないのかと、嫌な予感も過った。
すると、視線に気づいたセダルモートがこちらを振り向いて挨拶をした。その声は強面に似合わず柔らかいものだった。
「突然の訪問で驚かせて申し訳ない。わたしは、オルニワ国天空の騎士団団長アルフォード・セダルモート。後ろの二名は、わたしの部下たちだ」
「副団長のレオン・ナイトベルトです」
「部隊長のスザク・クリードです」
セダルモートがちらりと二人を見て言ったのを合図に、控えていた部下二人が青蘭とゲドルク達に名乗った。
副団長のレオンは、二〇代後半から三〇代前半。濃藍色の長い髪を首元で一つに緩く束ね、黄色の瞳の上から銀縁眼鏡をかけている。如何にも優秀そうだが、すらっとした見た目からはとても騎士とは思えない。一方スザクは二〇代前半といったところ。鮮やかな金色の短髪に緑色の目をしていて、雰囲気からしてレオンとは対照的に、機敏そうで、背丈もあり程よく筋肉のついた逞しい身体つきをしている。
それにしても、本当に何故彼らはここへ来たのだろう。それに、一つ、セダルモートの挨拶を耳にしてから気になっていたことがある。
「天空の騎士団って……? あんたら、白騎士団じゃないのか?」
ついいつもの調子で聞いたとき、スザクの眉がピクッと持ち上がった。
「あんたら?」
「止せ、クリード」
すぐさま隣のレオンが窘めるように短く言うと、スザクはグッと黙り込むが、青蘭も同じころ合いでゲドルクから視線を受け取った。
確かに、今の自分はただの居候ではなく、ゲドルクの弟子なのだ。彼の客人に対し今まで通りの態度でいいはずがない。
「……すみません。……あなた達も白騎士団じゃないんですか?」
改めて言い直すと、青蘭の態度が意外だったのか、目を丸くした直後にセダルモートは微笑んだ。
「構わないよ。こちらも、部下が失礼した」
「いえ……」
「君が言う通り、我々は白騎士団の一員だが、白騎士団には空を統べる【天空の騎士団】と地上を統べる【大地の騎士団】の二つが存在するんだ」
「え? 何で? ……どういうこと、ですか……?」
意味が分からんという素直な反応を示す青蘭にも嫌な顔せず、セダルモートは丁寧に教えてくれる。
「元々、白騎士団はその名の通り一つしかなかったんだ。しかし、この国には魔獣が出ることがあれば、上空から他国が攻めてくることもある。国防力を高めるために、あるときシルバ陛下が団を二分することをお決めになった。そこから、天空の騎士団と大地の騎士団が誕生したというわけだ。ただ、周りからは何が違うのかイマイチ良く分らない様でね、未だに君のように白騎士団と一括りに呼ぶ者は多い」
「へえ……そうだったんだ。つーか、魔獣って何!?」
「魔獣は、見た目は横獣と変わらないが、草食の横獣と違い肉食系で、時には人を襲うこともある凶暴性が高い生き物だ」
「マジか……じゃない、マジですか……!?」
話には納得したが、自分とは無縁だと思っていたものがこの世界では身近にあるということを知って、青蘭は暫く放心状態だった。
きっと、鳴がいたなら、発狂か歓声か分からない絶叫を上げていたに違いない。
そう思い出すと、鳴は元気だろうか?一人になって、上級生にまた虐められていないだろうか?——母は?自分がいなくなってからどうしているのだろうかという考えが巡って、気持ちが沈んだ。
「——実は、我々が今日やって来たのは、他でもない、君を王城へ連れてくるよう国王陛下より仰せつかったからなんだ」
「俺を……? 何で?」
セダルモートの言葉に俯けていた顔を上げ不思議そうに訊ねると、彼は驚くべき言葉を口にした。
「君を、大地の騎士団へ迎えたいそうだ」
「え……?」
あなた達は天空の騎士団なのに、俺が入るのが大地の騎士団?何で?
というか、そんなことより前に、俺が騎士団に入る!?
さっきまでの沈みを一旦消し去るには十分威力のある言葉だった。
青蘭は疑問符を頭に幾つも浮かべながら、驚愕の表情でセダルモートを前に固まった。