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Blue knight  作者: 香澄るか
第三章 
14/30

縦獣の男

 「あの男……っ、まさか、国王を狙うつもりじゃないだろうな……!?」


 ビンセントが青い顔をしながら言う言葉を、青蘭は苦い表情で聞いた。


 短刀を手にする男は鋭く一点を見ていたからだ。


 オルニワ国王や王子王女の居る、段上の先、頭上高い場所を。


「だったら……ここでごちゃごちゃ言っていてもしょうがねえ」


 言葉通り青蘭が行動に移って踏み出した時、最悪なタイミングで覚悟を決めたような目をした男が前へ駆け出してしまった。


「あっ、おい!!」


 青蘭が叫ぶと、男は声に反応して一瞬振り返ったように思ったが、伸ばした手はギリギリ届かなかった。空を掴んで離れて行く背中を見つめていると、男が突然に姿を変えた。


 ——豹にも似た、深い夜のような漆黒の毛並みに耳と尾をもつ、金色の目をした四足歩行の獣へと。


「何ー!?」


 青蘭の横でビンセントが声を上げた。


「レドと同じ……あいつも、縦獣……だったのか……っ!」


 ゲドルクはこういう大衆の集まる場ではレドのような珍しい存在は好奇の目にさらされ、危険も伴うと言っていた。


 だからこそ、ここに縦獣が居ることに青蘭は驚いたのだ。


 つい放心していたが、人々の悲鳴に近い声を聴きつけハッとする。どうやら、流石に周りも男の存在に気が付いたらしい。いや、正確には、獣が入り込んだと思っての驚嘆だろうが。


「何だあれは!?」


「中へ入れた者は誰だ!!」


「捕まえろ!! こちらへ向かって来るぞ……っ!!」


 逃げ惑う人々の足音や騒ぎ声が聴こえている筈なのに、獣と化した男は真っ直ぐ前だけを見て警備隊を機潜り、勢いのまま驚きの跳躍力で階段を飛び越えていった。


 そして、ついに段上へ降り立つと、男は国王と対峙した。


 慌てて側近たちが前に出てシルバたちを庇うなか、男は威嚇の目で問う。


≪お前が、国王シルバだな?≫


「如何にも。其方は一体何者だ……?」


 今度はシルバから問われると、男は目の前で元の人の姿に戻ってみせた。


 褐色の肌に民族衣装のような着衣という、彼の風貌をみた王の目が、ビンセントの時と同じく見開かれる。


「お主は……コウライの民か?」


「ああ。五年前、お前の身勝手な戦により多くの同胞と弟を亡くした。仇を取るため、お前の首を捕りにきた」


「……っ」


「お前達、国王をお守りしろ!!」


 押し黙る王と入れ替わり声を上げたのは王子のリスタだった。


 王子の命により、すぐさま奥にも控えていた警備隊が男を取り囲んで鎗の先を向けるが、彼の顔色が変わることは無かった。


 強い憎悪と執着のこもった獣の目が一点に王へ注がれる。


「行け!!」


「「「うおおおお!!」」」


 隊長の号令で一斉に隊員たちが男に襲い掛かったが、男は風のように彼らの間をすり抜け、抜けた瞬間、首の後ろや鳩尾、急所を狙って数を減らして行く。


 手にする武器は短刀だけと侮っていたが、彼の動きはしなやかで隙が無い。線は細いが逞しい身体に見合ったパワーもそれなりに持ち合わせ、身体全体で攻撃を繰り出してくる。何より、闘い慣れしている様子が見ているだけで伝わってきた。


 気が付けば、彼の足元には敗れた者達の残骸が無数に転がっていた。


「な……っ」


 隊長は信じられないものを見ている目を男に向けたあと、雄叫びと共に斬りかかった。


 だが、その数分後、皆の目に映った勝者は、警備隊長ではなく涼しい顔で立っている男の方だった。


「「「信じられぬ……」」」


 側近たちが愕然とするなか、漸く阻むものがなくなったと男がシルバに近づこうとしたところへ、一人の若き白騎士が立ちはだかった。——そう、エバンである。


「まだだ。次の相手は俺だ」


 エバンが剣を構えて告げると、男は首を鳴らしながら呆れたように笑う。


「はあ、次から次へと……よくもまあ湧いて出くるもんだ」


「当たり前だ。そう簡単に手出しさせるはずないだろう。……今からでも遅くはない。陛下へ詫びて大人しくしてはどうだ。そうすれば、いくらかお前の罪は軽くなる」


「戯言だな。こいつらにそんな慈悲はない。捕まったら最後、市場の物言わぬ骨董品の様に、首だけにされて適当な所に放っておかれるだけだ」


「……なぜそう思う?」


「そんなの簡単だ。俺の仲間達がその目に遭った。俺はお前達の言葉は信じない」


「そうか……。では、もう止めはしない」


 キーンという、刃と刃がぶつかる音が城内に響く。エバンと男が闘い始めたのだ。


 しかし、男の方は足技や拳何でもありなので、エバンのかっちりした格好では少々分が悪い。おまけに背中にはマントまで着いているのだ。動き回れば回るほど、布が身体に纏わりついて煩わしい。


 青蘭だったらこんな時マントなんて引き裂いてしまうが、両肩の留め金には王家の紋章が入っている。これは、白騎士が国と王家へ忠誠を誓う証なのだ。真面目なエバンが青蘭のような大胆な行動に出られるはずなどなかった。


 それが何より解る青蘭は、悔しそうに、何か自分にもできることはないかを考えた。その時ふと、下に残っていた警備隊の持っている鎗が目に留まった。


 これなら、どうにか出来るかもしれねえ!





「おい、何する気だ!?」


「うるせえ!! ただ突っ立てるだけなら俺に貸せ!!」


 咄嗟に力を込め奪わせまいとした警備隊員にそう怒鳴りつけ、青蘭せいらんは警備隊員から鎗を奪い取ると見上げた。


 声を荒げたことで側にいた者たちが恐れからか道を開けてくれていた。青蘭は見通しがよくなったその場から男を見つめ、目標の高さを定めた。


「ちょっと、そこの君」


「あ?」


 背後からの呼び声に振り返れば、一人の若い男と目が合った。


 相手は、茶色く八分丈のウエストがベルトで絞られたAラインの制服に身を包み、薄桃色の首までの髪を三日月型の耳飾りと共に風に揺らしていた。加えてつば広のとんがり帽子を手にしている姿に、青蘭せいらんのなかである人物像がぼんやりと浮かんだ。


「あんた……まさか、魔導士?」


「お! よくお解りでぇ」


 相手は、青蘭の言葉に嬉しそうに目を細めながら微笑んだ。一方、予想通りの答えに、青蘭はいくらか動揺した。


「マジか……ついに俺も視ちまったか」


「どうしたの?」


「あ、いや。悪い。いいんだ……。それよか、俺に何か用か? 急いでいるから早くしてくれ」


 精一杯の自制心で言葉を選びながら訊ねると、彼は笑顔のままこう言った。


「良かったら僕にも協力させてくれないかな」


「え……?」


「君みたいに王家に恩を売っておいて損はないでしょう?」


「いや、俺は……」


 そう言ったとき、上からカラーン!という何かが地面に落ちたような音がした。


 心臓が跳ねる思いで上を見上げれば、怪我はないが、エバンが男に剣を跳ね飛ばされたことがわかった。このままではヤバいと、青蘭せいらんが慌てて鎗を構えた瞬間、あの魔導士が隙をみて青蘭の持つ鎗に軽く触れた。


 その時彼の口が動いて何かを唱えたが、青蘭は気付かなかった。肩を大きく回すと、とうとう槍を片手で投げ飛ばした。


「行っくぜえー!!」


「「「「はあー……っ!?」」」」


 警備隊の鎗は重量感があり、日頃鍛えている隊員でも片手で投げることは容易ではないはずだった。隊員たちは青蘭せいらんの行動に一斉に声を上げながら、驚愕の目で行方を追った。


 鎗は空気を切り裂くようにビュンッと音を立て、男目掛けて弧を描き飛んでいく。すると、気配に気づいた男が後ろを振り向いた瞬間、何かに驚いた様子で腕を顔の目に構えた。


「く……っ」


 そして、どの拍子に後ろへ態勢を崩しかけたところで鎗が左肩を霞め、傷口から血が流れ始めた。一体男に何があったのか分からない青蘭せいらんや周囲は驚くが、ただ一人、あの薄桃色髪の男だけはクスリと笑っていた。


 ただ何も知らない青蘭は、好機が訪れたと、上に向かって思い切り叫んだ。


「エバン!!」


 その声にハッとした男も再び前を向くが、その時には既に剣を構えているエバンの姿があった。


「残念だが、お前の負けだ」


「……っ」


 目を瞠る男にエバンがそう言い放って剣先を振り下ろす。


 誰もが当たったかと思ったが、男は屈んだ態勢ながら、一瞬のうちに剥ぎ取った自分の腰布でギリギリ刃を受け止めていた。そして、その布をそのまま上手く剣に絡ませると、腕を捻らせエバンの手から剣を奪ってしまった。


「エバン……っ!!」


 瞬間、青蘭せいらんが再び肝を冷やすも、広場に残っていた警備隊が隊列を組み直し、下から男を弓矢で狙っていた。


「チッ」


「……観念しろ。矢で串刺しになりたくはないだろう」


 状況に気付いたエバンがそう言うも、男は怯むどころか、後ろへ後退ったかと思うとそのまま下へ飛び降りた。その最中で姿が再び獣へ変わる。


 まさかの行動に出遅れた警隊たちが矢を慌てて放ち始めるも、矢は当たることなくあっという間に男の足は地面を捉えた。


「キャアー!!」


「助けてー!!」


 恐怖に震える人々の声でハッとした隊長が、慌てて上から制止を叫ぶ。


「撃つな!! 市民に当る……っ!!」


 その声を聴き隊員たちは止む無く矢の向きを下げると、走りながら男が牙を覗かせ笑ったのが見えた。


「馬鹿にしやがって!!」


 誰より、男の嘲笑に怒りを覚えたのはあのビンセントだった。側にいた隊員の一人から矢を奪うと男に狙いを定めて構える。


「何を……っ!?」


 隊員は止めようとするが、ビンセントの耳には最早届かない。


「黙って逃がしてなるものかああ!!」


「やめろ、ビンセント!!」


 ビンセントの異変を察し、エバンも上から制止をかけるが無駄だった。


 そんななか、ここで青蘭せいらんは大変なことに気付く。


 視界に映り込むオレンジの頭。


 縦獣ジュウジュウの男の進行方向にはアシュレイが居た。このままではアシュレイに矢が当たるかもしれない。


「アシュレイ!! 逃げろ!!」


 青蘭せいらんは喉が潰れる勢いで叫んだ。


「兄ちゃん……っ」


 声が震えている。もちろんアシュレイもそんなことは分かってはいるが、足が竦んで動けない様子だった。


 青蘭は急いでビンセントの方へ走って行くと、背中から飛び蹴りをして弓矢を手放させた。


「グヘッ……!」


 おまけに前に倒れた拍子に頭も打ってそのまま意識を手放してしまった。


「……ふう」


 本当にこいつこれでも騎士なのか?と、胡乱気な目で見降ろしながらも、これで安心だと青蘭せいらんが息を吐いた直後のこと、今度は何処からか、慌てふためく声が聴こえた。


「おい、何やっている……っ!?」


「や……あの……っ」


 見ると、警備隊は矢を打たない筈なのに、何故か一人の警備隊員が命令を無視し、アシュレイと縦獣ジュウジュウが居る方向へ矢を構えていたのだ。


「止めろ……っ!!」


 青蘭がそう口にした直後、矢が手から放たれた。


「くそぅ、何で……っ! アシュレーーイ!!」


 倒れたビンセントは捨て置いて、青蘭がすぐさまアシュレイの元へ走ろうとした。すると、信じられない光景を目にした。


「カハッ……!!」


 叫び声で状況に気付いた縦獣ジュウジュウの男が、まるでアシュレイを庇うようにして飛んできた矢をその身に受けたのだ。


 黒い獣の体躯から赤い血が流れ出ているのが見える。


「何で……あいつ……?」


 疑問に思いながら青蘭せいらんはアシュレイたちの元へ急ぐ。


 その間に、涙目になりながら、アシュレイが黒い体躯をそっと労わるように撫でてやっていた。


「大丈夫……? あの……っ、助けてくれて、ありがとう……っ!」


「……別に、避け損ねただけだ」


 男は、ただそれだけ言うと、グッと力んで、横倒しになっていた上体を起き上がらせた。


「あ、おい……、動いたら!」


 そのタイミングで現れた青蘭が咄嗟に止めようとするが、男は鋭く青蘭を睨み付けた。


「余計なお世話だ」


「な……っ」


 青蘭は言葉に詰まってその場に立ち尽くす。その隙に、男は再び前を見据えると、先ほどよりは速度を落としながらもその場から走り去ってしまった。





 












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― 新着の感想 ―
[一言] 5年前に何が……! エバンも動きづらかったとは言え、なかなかやるな! 青蘭もナイスアシスト! ビンセント、ちょっと直情的なのが玉に瑕だなぁ。 結局カッコ悪い所しか見せてくれない(* ´艸`)…
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