青蘭 王城へ
最近は1話あたりの文字数を少なくすることを心掛けていたんですが、今回はどうしても長くなりました。最後まで読んでいたただけたら嬉しいです。
「ここがオルニワ国の……城」
元の世界で起きていることを全く知らない青蘭は、今、白と青を基調とした大きくも優雅なオルニワ王国の王城を前に、呑気にも感嘆の声を漏らしていた。
「兄ちゃん!!」
呼び声に気付いて顔を動かすと、笑顔で手招いているアシュレイの姿を捉えた。
何故、一度別れた筈のアシュレイとこんな場所で一緒に居るのかと言うと、話は昨日に遡る。
この日、オルニワに来て初めて、ゲドルクの元へエバンではない来客があった。
「先生、いらっしゃいますか?」
ノック一回の後、扉をそっと押し開けて訪ねて来たのは、四〇代くらいの女性。
「ああ、オリビアさんこんにちは。今日はどうしましたか?」
その口ぶりに、女性が顔見知りだと知る。青蘭が見守っていると、女性はゲドルクにこう言った。
「アイルが熱出しちゃって……解熱剤と、あと、おじーちゃんの薬また貰える?」
「分かりました。用意するから、ちょっと待っていて下さいね」
「ええ。お願いします」
「オリビアさん、こちらに掛けてお待ちください」
オリビアという女性はレドに促され近くの椅子に腰を下ろすと、待っている間暇を持て余すように辺りを見やった。そして、ふと見たことも無い人物、つまり、青蘭を見付けるなり驚いた様子で声を上げた。
「えっ、誰? 異国人!?」
「あ……こんにちは」
久しくなかったその反応に、油断していた青蘭は、近くの作業台で細かくした薬草の葉や木の実を瓶に詰める作業を手伝いながら、思わず肩をビクつかせた。不安からぎこちなく頭を下げると、注文の薬を包み紙に包みながら、にこりと目を細めたゲドルクがオリビアに言う。
「彼は訳あって私が面倒を見ている青年で、今は仕事を手伝って貰っていてね。どうぞ憶えて帰って下さい」
「そ、そうなんですか……。あの、あなた……名前は? 何処から来たの?」
恐る恐る訊いてくる女性に、青蘭はなるべく穏やかな口調を心掛けて応えた。
「あ、えっと青蘭です。国はえっと……「東のオウリですよ」
「あら、そうなの。確かにあそこなら多国籍の人達で溢れているわね」
出身で詰まる青蘭を察して、横から言ってくれたのはやはりゲドルクだった。
青蘭には『オウリ』が何処にあるどんな国かなんてわからなかったが、ゲドルクの話にオリビアは納得していた。
それから身元が分かって安心してくれたらしいオリビアと打ち解け話していると、薬の用意が終わったらしいゲドルクが、布に包み紐で縛った薬を彼女に手渡した。
「お待たせしました」
「いえ。先生、いつもありがとう」
彼女は笑顔でそれを受け取る。そして、ふと青蘭を振り向いて言った。
「あなたのお陰で待っている間が楽しかったわ、ありがとう。それにしても、随分こちらの言葉が上手いのね」
「え……っ」
「じゃあ、息子が待っているから帰るわね。さようなら」
「あ……はい」
オリビアは一瞬青蘭の表情が変わったのには気付かなかったようで、そのまま笑顔で出て行く。扉が閉まるのを見届けた青蘭は、ゆっくりとゲドルクを振り返った。
「……ゲドルクさん、俺って、この国の言葉喋れちゃってるんですか……?」
「ああ。そういえば……最初聞いたときは驚いたが、エバンに習ったわけではなかったのか?」
「はい。……それどころか、俺、自分ではずっと元の国の、日本語で喋っているつもりでした……っ。アシュレイと最初に会った時こそ違和感はあったけど、日本語が通じていたから段々と感覚が麻痺していって……。――俺の方が、この世界に適応していたのか……っ?」
初めて気づいた事実に、青蘭は動揺を隠せなかった。すると、暫く考え込んだゲドルクが思いついたような表情で告げる。
「……例の、セイランをこの世界へ連れて来たという仮面の男が、双方の言葉が通じるよう術をかけたのかもしれんな」
「え……」
「何らかの目的があって連れて来たのなら、言葉が通じる様にしていてもおかしくはない」
「確かに……。なあゲドルクさん、こういう術が使える人物に心当たりないですか?」
「というのは、翻訳かな?」
「あ、あと、ワープみたいな、場所を移動する魔法とか!?」
青蘭はそう言いながら、最初に仮面の男に出逢ったときのことを思い出す。あの無表情の冷ややかな目をした仮面を。
「翻訳にワープ……転移か。……すまない。ワシの知る中に心当たりは……。ただ、そうなると、その仮面は複数個も能力を持つということか」
ゲドルクの様子から感じ取るただ事ではない雰囲気に青蘭の心が落ち着かなくなる。ゲドルクを急かしたくはないがつい前のめりになって言葉の先を訊ねた。
「それって、凄いことですか?」
「魔力は別に万能ではないのだよ。持って生まれたとしても、その力は自分のエネルギーを糧に放出するから、一度に大きな力を使ったり、乱発すれば消耗する。そうならないとすれば、普段からしっかりと強化をしているか、よほど潜在能力が高いか。潜在能力が高ければ、複数力を扱うことは可能だろう。セイランも知る、グレイが良い例だよ」
「あ、そう言えば……」
て、ことは、あのじいさん、あんななりですげえ潜在能力高いのかよ畜生……!
居ない筈のグレイの高笑いが聴こえた気がして悔しがっていると、表情で何を考えているか分かった様子のゲドルクが口元を緩ませながら言った。
「セイランよ、王城へ行ってみるか?」
「おうじょう……?」
「お城だよ。王家の方々が住む城だ」
「え、ええっ? 俺が……っ? 何で!?」
「明日になれば自然と分ることだから教えていなかったが、明日は、初代国王がこの国を建国した日で、国をあげて祝い事をする。一日のうち後半は、王族が民の前でさらなる国の繁栄を誓う儀を執り行うため、城の広場が開放される。滅多と無い事だ」
「へえ……けど、それに何の関係が?」
「この日ばかりは、方々から色んな町の人間が集う。その中には必ず、魔導士や、一般の宿り人も居る筈だ。仮面をしていたとはいえ、セイラン自身がその者と再び見まみえれば、もしかしたら気付くことがあるかもしれない」
「そうか……! あ、けど……いいのか? 俺が城へ行っても……っ」
他国の人間なのにと言おうとしたら、目元の皺を更に深めて、ゲドルクは穏やかで優しい笑顔を見せながら言ってくれた。
「大丈夫。セイランの身元はワシが保証している。安心して動きなさい。ただし、場所は王城、ある程度の節度と礼儀は守ること」
「はい。……ゲドルクさん、本当にありがとう!」
思わずゲドルクに駆け寄ると、彼は嬉しそうな青蘭を見てうんうんと頷く。
しかし、直ぐに何かを思ったようでゲドルクの顔が曇る。
「……ただ、問題が一つだけある。誰を同行させるかだ」
「え?」
「エバンは城の警備や儀式の準備に大忙しだ。ワシも患者が出た時の為に此処に残る必要がある。レドも、この子は珍しい縦獣だからね……大勢の人間の中に入るのは何かと危険を伴ってしまう」
「青蘭さん、お役に立てずすみません……」
「いや、良いんだよ。気にしないでくれ!」
「さて……案内を誰に頼むとしようか」
申し訳なさそうに頭を下げるレドと青蘭のやり取りを横目に、ゲドルクが思案しながら呟いていた時、ガタッという物音が玄関の方から聞こえた。
揃って顔を動かすと、そこにはエバンと、もう一人意外な人物が居た。
「アシュレイ……っ!?」
「よう、兄ちゃん!!」
にかっと笑うのは、まさかのあの、アシュレイだった。
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何故、彼がエバンと一緒で、しかもここに居るのか驚いて言葉にならないでいると、様子を見てエバンが状況を説明してくれた。
「偶然にもアシュレイと会って、お前は無事に帰れたかと聞かれてな……。最初は偽りを言うべきか迷ったが、アシュレイは本気でお前のことを気に掛けていたからな、今の状況も含め正直に伝えるべきだと判断した」
「そっか……うん、それが良かったぜ。エバン、ありがとうな」
エバンにお礼を言うと、アシュレイが青蘭に駆け寄って来た。
「兄ちゃん、帰る方法、帰れるまでずっと探すんだろう?」
「ああ。アシュレイとも約束したし、俺は絶対に諦めねえ。必ず、元の世界へ帰る!」
「そっか、安心した! あのさ、兄ちゃんオレ、一緒に手伝うよ! 帰る方法探す!」
「え?」
「エリシアさんには詳しい事は話せてないけど、でも、エリシアさんも兄ちゃんのこと気に入ったみたいで、そうしなさいって」
戸惑った青蘭だったが、一つ心配だった彼の母親の名前が笑顔のまま出た時、心が漸く決まった。
「アシュレイ……ありがとう。頼りにしてるぜ!」
「うん!」
二人が拳を合わせて笑い合っていると、そこにゲドルクがゆっくり近づいて行き、アシュレイに問いかける。
「少年、王城の場所は知っているかな?」
「勿論だよ! 王都に住んでる人間なら、子供だって、目を瞑っていても城の方向指させるって!」
そう愉快に笑うアシュレイに、大人たちはみな破顔する。そして全員で顔を見合わせると、満場一致の形で決まった。
「アシュレイ、早速だが、青蘭の為に明日、王城までの案内を頼んでもいいだろうか?」
「勿論!」
こうして、アシュレイと二人、城へ行くことが決定したわけであった。
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「——兄ちゃん、あそこが、王様達がやってくる広場だよ。もう直ぐ門が開くはずだから皆みたいに門の前で待ってよう」
「おう」
頼もしいアシュレイのお陰で青蘭は無事城に到着した。
開門の予定時刻まで、滅多と公に現れることの無い王族の姿を肉眼で見ようと、警備隊が守りを固める門前に群がる民衆の中に二人も混ざる。
これで、どうにか心配事も無くいきそうだと青蘭は胸を撫で下ろすが、その姿を目ざとくも見つけた者がいた。
「あいつ……っ、あの時の!?」